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ハメルンは何を吹いた

 時は少し戻る。

 角材で殴られ気を失ったラドは、その後どうなったのだろうか。



「無様だな、ラド・マージア」

 うっすらと聞こえてくる人を小馬鹿にした男の声と、それに続く甲高い笑い声にラドは目を覚ました。

 冷たい空気が鼻に入り脳を刺激する。そして口いっぱいに広がる鉄の味。

 何処とは言えないが髄に染みいる不愉快さから開放されたくてモソリと体を動かす。だが自分の体なのに思い通りに動かない。


「ラド!!! ああっ良かった!」

「主任! 無事でしたか」

 聞き慣れた少女の声が後頭部から飛び込んできて、イチカやリレイラも一緒なのだと分かる。ならばココは家か?

 いや、礫と砂のベッドに突っ伏していると皮膚感覚は言っているのだから違う。

 どうやら自分は家から連れ出されたらしい。


 初冬の地べたは吹きっ晒しと相まって死ぬほど冷たい。

 そして薄暮の時は生ける者から急速に熱を奪い、空きあらば魂を死者の世界に引きずり込もうとする。

 もう少し長く気を失っていたら、自分も土中の人だったろう。


「いいザマだな」

 いいザマ? 何かいいザマなのだろうか。

 肘をついて体を少し起こし、這いつくばった体勢のまま声の方に顔を向ける。

 眼底に力を入れると灰色に霞んだ視界に、徐々に色が戻ってきた。


 目の前に人が……いる。

 つま先から順に見上げていくと、上質綿のスラックス、嫌味なほど装飾華美な指輪をした華奢な手、成人男性とは思えない細い腰が見えた。

 その後ろには腕を組んで自分を見下ろしている沢山の人達。

 この目の意味は何だったろうか……。

 そうだ抗議の目、怒りの目、悪意の目だ。


「準貴族が庶民に吊るし上げられるとは。屈辱の限りだろう」

 この声の抑揚に覚えがある。

 ――カレス・ルドール。

 またか。

 またこの男が企んでいるのか。

 まったく気が滅入る。

 本当に面倒なやつ。


「失態です。主任をお守りできませんでした」

「ごめんなさい、ラド」

 さっきは近くに聞こえた二人の声が遙か後ろから届く。

 二人とも後悔の匂いを含ませた口調であったが、自分の味方がココにいる事実は思いのほか力強く、おかげで耗弱(こうじゃく)した心身にも幾ばくかの安ぎが訪れ、思考が自分の中に戻ってきた。

「リレイラ、イチカ、ぶ、じ……か」

 ぼんやりする頭で話しかけると、「はい」と元気のない返事。どうやら状況は良くないらしい。


「悠長だな。女の心配をする前に自分の心配をしたらどうだ。ラド・マージア」

 いちいちフルネームで呼ぶな!

 声も喋り方も立ち居振る舞いも名前の呼び方までも、何から何までウザイ。

 こうなると捕まってしんなりするのも癪なので、不調を推してでも力を奮い起こし反撃を試みる。だが立ち上がろうとしても、そもそも立ち上がれない。


 何度か踏ん張り、肢体を動かしてみて分かった。

 どうやら自分は枷を受けているらしい。

 手を後ろに縛られ、足首も布切れで巻かれて自由を奪われている。そして頭は誰かに上から押さえつけられている。そりゃ立ちたくても立てないはずだ。

 だが、サマにはならないが地べたに這いつくばってでも、口だけは動かしてやる!


「この暴動は、お前が先導したのか」

「先導? フッ、愚かな。これはレイベランダー諸君の民意だ! 半獣人どもに高貴なる職を与え、反乱を企てる貴様に鉄槌を食らわしたに過ぎん」

「反乱だと!? 僕はこの国のために必要な事をしている。それにレイベランダーに不利不自由は与えていない!」

「分かっていないようだな。貴様はいわれなくこの環境に転げ落ちた者の苦渋を知らぬ。だから善人面で彼らを虐げるのだ! 誰もが認め難い環境の中で、自らに希望を与えながら崖っぷちにへばりつくツワブキのように生きている。その辛さ、私には痛いほどわかる。だから彼らに教えてあげたのだ。お前らの微かな希望を土足で踏みにじろうとしているヤツがいる。それはラド・マージアという反逆者であると」

 何を朗々と詭弁を。だいたい嘲笑う歪んだ顔に『やっと私怨を晴らしてやった』と書いてあるではないか。

 だが背後に控える血走った眼差しは、確かにこの世界に強烈な不満を抱き、怒りを自分にぶつけようとしている意思だ。

 彼らはカレスに焚き付けられたが、愚かにもそこに火と燃料を投じたのは自分。


 だが……

「パーンはどうした!? 乱闘になっていたパーンの皆はどうした!」

 それとパーンの虐殺は別だ!


「パーンの皆さんは、その……鎮圧されました。騎士団が現れて何名も犠牲者が」

 答えをもたらしたのはカレスではなくイチカだった。


「皆、殺したのか! 彼らはこの街の仲間だぞ!」

「仲間? 王都に混乱をもたらす貴様にとっては仲間だな。いいかよく聞け。そもそも半獣人などヒトではない! 役にも立たぬ家畜以下だ。そいつらを騎士団に入れるだと? ならば殺して当然! むしろ成敗した我らに感謝して欲しいくらいだ!」

「貴様!!!」

「おっと、その怒りは矛先が違うだろう。狩ったのは私ではない、皇撃騎士団だ。おおかた魔法鋼剣の試し切りをしたかったのだろう、きゃつらめ喜々として狩っていたぞ」

 なんという……。

 自分が作った魔法鋼の武器が仲間を傷つけるだなんて、なんという皮肉だろうか。

 しかも失態をやらかした自分ではなく、パーンが贖罪の山羊になってしまった。

 騎士団編成についてパーンは全く関係ないのに、うかつにも自分が彼らに声をかけてしまったせいで。


「細身の折れぬ剣とは、なるほど我ら向きだ。半獣人どもの手足が面白いように飛んでいたぞ」

 カレスはそこまで言うと何が面白いのか笑いを堪えきれず、あの甲高い声でゲラゲラと下卑た笑いを響かせた。

 日の落ちた薄暗闇の中でも、額に手を当てて仰け反って笑うシルエットが、まるで影絵のようにヌルヌルと動いて見えている。

 ラドにはそれが悪意の塊に思えた。


「止めなかったのか……カレス」

「止めたろう。お前の企みを。そして王都全体に騒ぎが広がる前に首謀者を捕えた。おかげで半獣人の反乱は収まり王都の平穏は保たれた」

「たわけた事を!」

 カレスは仰け反った首をだらんと戻し、頑是ない子供を上からたしなめるようにラドに顔を寄せる。

「たわけはお前だ。貴様の目論見などお見通しだ。誰とどのような約束を交わしたかは知らんが、半獣人を取り込みシンシアナと結託して王都を混乱に貶める。アンスカーリには上手く取り入ったようだが、老人は騙せても私は騙されん!」

「そんなデタラメ、なんの証拠がある! 僕とシンシアナの接点は一つもない! 信じられないなら白百合騎士団のロザーラ・サルタニアに聞いてみろ。僕の潔白が証明される」

「お前に取り込まれた女の妄言など、なんの証拠になる」

 狂った発言だか確かにそうだ。自分に親しい人の発言では証言にならない。だが、そういう人でないとパーンの仲間達や親方との関係は説明できない。

「どうした、反論できまい」


 いくらカレスを睨みつけても歯ぎしりするしかない。

 客観的に考えれば、自分のやってきたことはガウべルーアの方針からいちいちズレている。それを変革と呼ぶか反逆と呼ぶかは立場によりけりだし、決めるのは後世の歴史家の仕事だ。

 奴隷扱いのパーンを開放すれば既得権益層が反発するのは必至だ。しかも奴隷所有の益は国民の殆どに及ぶ。だから奴隷は自然に開放されることはない。

 人は利益に敏感だ。そして利益という意味では奴隷も街道警備も人々にとっては大差がない、なぜならどちらも見下してよい相手なのだから。

 だが皇衛騎士団は違う。構図が逆転してしまう。

 だから奴隷の開放は反社会活動に他ならないのだ。


「反逆罪である! 魔法局諜報部カレス・ルドールの名において、ラド・マージアを断罪する!」

 カレスが宣言すると、後ろに控える市民達がうぉーと答える。自分たちの手でお高くとまった貴族を断罪する。もはやその高揚感に完全に酔っているとしか思えない。

 こうなれば相手は誰だっていい。何かの理由をつけて権力から引きずり降ろせば留飲は下るのだ。


 カレスが腰に差した剣をスラリと抜く。

 宝石をちりばめた剣柄がいやらしく光り、剣先が宙を舞ってラドの首にピタリとあたる。

「因縁だな。ラド・マージア。だがこれで終いだ。私をたばかった事を後悔して死ね」

 白刃が耳元を駆け上がり、高々と黒い天を指した。

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