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一騎打ち

 エルカドは手の甲をこちらに向けて、こっちに来いとジェスチャーをする。そうして連れて来られたのは、教室の大広間から開けた中庭だ。

 ここは魔法の実技に使っており、新緑が芽吹き始めた灌木が数本と、三方は壁か他の部屋に繋がる戸口に囲まれている。

 そして壁際のあちこちには、魔法のターゲットとなる人型の的や動く敵を模した練習用の振り子があった。


 ――魔法か……。

 魔法はまだちゃんと習ってないから使えない。一方、エルカドはここの親分となるやつだ。多分、魔法の腕には自信があるだろう。それに喧嘩になればガタイの大きさは有利に働く。一方、自分は体も小さく子供の体感覚にもまだ慣れきってない。

 この不利な条件の中で少しでも有利に事を運ばなければならない。


 ラドは少し考えると、あえて不敵な笑いを作る。

「勝負は何にしますか? 魔法だけじゃ面白くない」

「俺はなんでもいいぜ」

「エルカドさん、これを!」

 駆け寄ってきた取り巻きの一人が、エルカドに木刀を手渡す。

「エルカドさんなら、これで充分ですよ」

 内心ほっとした、魔法オンリーでないならばまだ勝ち目はある。


 エルカドは手渡された木刀を舐めるように眺め、ぽいとラドに投げる。

「お前はここで一番ちっこい。その木刀で俺に一撃食らわせたらお前の勝ちにしてやる。それでどうだ」

「ええっ! 甘いですよ! エルカドさん」

「新入りにハンディなしじゃ、こっちの格が疑われる」

 すると大広間の方から「そうだ、そうだ!」の声。

 なんの声援だよと思うが子供たちは興があるイベントにアドレナリン爆発なのだろう。


 ラドはエルカドが投げつけた木刀をパシリと取ると、エルカドの鼻先を木刀で指し凄んで睨みつけた。木刀の長さは自分の頭ほどもある。だいたい四スブ(一スブは三十センチメートルなので百二十センチメートル。ガウべルーアでは、一ホブ約三十メートル、一スブ約三十センチメートル、一セブ約三センチメートルが単位)くらいだろうか。明らかにラドには大きすぎるが、

「望むところです!」

 言い放つ。


 流石にリアル喧嘩なのでヒュウゴもこちらにやってくる。だが止めるのか思えば一言。

「エルカドくん魔法の出力は絞れよ、死なれては困るからな。わはははは」

 いや、わはははじゃねーだろ。それに言うなら怪我されては困るだ。喧嘩=死とはぶっ飛びすぎだが、察するに剣と魔法の世界の死生観はかなりワイルドらしい。

 ラドは木刀を両手で掴むと覚悟を決めて剣道のような構えをとった。エルカドも木刀を構える。


「やっちまえ!」

 ヤジが飛ぶ。そんなのを飛ばすなら自分で戦え! いや、それはエルカドに勝ってから言う台詞だ。


「好きにかかってこい」

「では遠慮なく」


 “始め”の挨拶代わりに言葉を交わすと、直後エルカドはなんの躊躇いもなく、えいっと踏み込んで木刀を振り下ろしてきた。

 速攻とはなかなかこ狡いが打ち込みは甘くまずは試し打ちといったところだ。動きにもそれほどの切れはない。

 当たらないと見切ったラドは、一歩引いて最小限の距離で避ける。


 続けてエルカドは体を開き剣先を上に切り返して、切り上げるように逆袈裟で薙ぐ。

 それをラドはバックステップで難なく避ける。


「流石に避けるな」

 褒めているのか当然と思われているか分からないが、フッと笑うエルカド。

 この位は予想の範囲だ。体だって勝手に動く。

「お褒めにあずかり、光栄です」

「お前からも、かかってこいよ」

「チャンスがありましたら」

 緊張した場面で敬語になってしまうのはサラリーマンの悲しい性だ。だがそこに意識を払って手元が疎かになっては意味がない。


「来ないなら、またこっちから行くぞ!」

 言葉の通りの猛攻が始まる。上段から強い一撃、さらに横なぎに一撃。その二撃とも木刀で受ける。カツンと硬い音がしてビリビリと手に痺れが走る。一撃が重い!

 ――いや僕の力が弱いんだ。


 顔を顰めるラドをみたエルカドは勢いを得て、上から袈裟後に一線、踏み込んで脇あたりの払いを続ける。ラドは袈裟を避け、木刀を滑らせて落として柄側で払いを受ける。自然に体が動くのが不思議だ。


 その後も次々に打撃がくるが、ラドはそれを木刀の重さに振り回されながら受け流していく。動きが見えるのが不思議でならない。見えるから受けられる。ならば反撃も可能ではないかと試みに木刀を振り下ろすが、なにやら自分でも分かるほどへっぴり腰で、まったく打ち込みに切れがない。


「おい木刀に振られてるぞ、動くのは口だけか?」

 言われてカチンときて滅法木刀を振ってみるが、全く当たる気配もない。

「おらおら、守りがお留守だ」

 そんな腰砕けをチャンスと、エルカドが軽くて素早い打ち込みをパシパシと入れてくる。早い打ち込みは木刀が重いラドには不利だ。

 腕かすり、脇のあたりをギリギリで避け、それでも避けきれず太ももに軽いのを食らう。軽いから動きが止まる程の痛みはないが、数を食らえばそれなりのダメージだ。


 あっという間にペースを崩されて、ジリジリと後退を余儀なくされ壁際まで押し込まれてしまった。

「ほら、もうあとがないぞ」

「そうみたいですね」

「顔から余裕が消えたぞ」

「僕はもともとこんな顔です。それよりあなたこそ油断してやれるなんてナシですよ」

「ほざけ! ならこれで終わりだ!」

 エルカドは声高らかに宣言し、突きで間合いに入ってくる。入りがフェンシングに近く鋭い。そしてさっきとは比べものにならない程早い。

 意表を突かれたラドはこれを弾くか避けるか一瞬迷った。その迷いが反応を鈍らせ、体捌きを半端なものにさせる。

 あわや突きの直撃!


 避けきれない剣先がラドは左肩を突く、ラドはその勢いを殺すように勢いに逆らわず受ける。剣先から伝わる反動が左側ずうんと突きぬけ、殺しきれない勢いに体勢を崩しそうになるが、なんとか左足を着き直し、ふらつきながらも立ち直る。遅れて打撲のみっしりした痛みが全身を駆け巡った。


 エルカドは突きの体勢のまま、首だけこちらに捻りにやりと笑う。

「よく踏みとどまったな。これは魔法の出番はなさそうだ」

「お喋りしてる暇なんてあるんですか?」

 二撃が来ることを予想して、ラドはわっと伏せた。木刀を持つエルカドの右手が不自然に力んだからだ。予想通りエルカドは突きの木刀の刃先をラドの首側に切り返し左に薙いだ。

 空を斬る木刀。


「お前、勘がいいな」

 勘ではない。手が見えたし二段攻撃はエルカドの好きな戦い方だと初戦で学んだからだ。

 ラドはそのままゴロゴロと二、三回転し、うまく壁から離れてエルカドの間合いから離れたところで立ち上がる。

 無様に地を転げまわるラドを見て、エルカドの取り巻き連中はゲラゲラと笑っている。だが笑いたければ笑えばいい。


 ――この距離なら木刀は来ない、踏み込んだ一撃はないだろうけど距離を取れば魔法がくる。本で読んだ火と氷冷の魔法のなかで、実戦魔法は火の魔法しかない。ここで皆が練習しているのを見たところ、火の魔法は詠唱の長いものと短いのがあった。エルカドが使うとすれば短い方だ。その詠唱時間なら唱えている無防備な間に――と、考えている間にエルカドは魔法の詠唱に入る。

「やっぱり来た!」

 ラドは詠唱中を狙おうと、踏み込んで突進した。


 だが!

「インエルアルトフォルス エンゲルトアル ゲッテンカテーロ!」

 魔法の詠唱! しかも早い! なんともっと短い魔法があったのだ。

 そう思う間もなくエルカドの手の先から火の弾が弾け、こちらに飛んでくる。直撃だ!

「バカめ! 詠唱中が狙い目と思ったか!」

 避ける事すらできない! なら一か八か!


「斬る!!!」

 なんとラドは火の弾を木刀で正面から切り捨てた!

 いや『切り捨てた』は適切ではない、砕け飛散すると思えた魔法弾は、意に反して木刀に吸い込まれていったからだ。

 吸収された火の弾は一度は姿を隠したが、今度は尋常ではない勢いで燃え広がり木刀を飲み込んでいく。そしてみるみるうちにラドの手元にまで迫ってきた。

 魔法とはそういう特性があるらしい。このまま持っていると自分の手にまで炎は広がってしまう。ラドは木刀を投げ捨て、そのままエルカドに突っ込む。

「でやーーー」

 燃え盛る炎で焦ったが、魔法を放った今こそチャンスだ。


 だがエルカドは無防備に立っているようで、突っ込んでくるラドをよく見ていた。

 絶妙なタイミングでラドの腹に横蹴りを繰り出す。

 食らった方はたまったもんじゃない。ラドは「ぐふぅ」と声を上げると真横に吹っ飛び、広間に四隅にあった灌木に背中を強か打ち付つける。


「はははっ、無様だな」

 無慈悲な笑い声。


 体の中心が重い。苦しい。内臓をもろ手で絞られるような、今まで経験したことのない痛みが背中を突き抜ける。

 止まりたい。うずくまって楽になりたい。そんな自然すぎる欲求に駆られるが、そんなことしたら相手の思う壺だ。ラドは鉄の味の唾をプッと吐きだし、口元を袖で拭って腕を上げて防御の構えをとった。

 背中を打ちつけた拍子に口を切ったらしい。後から後から塩味のぬるりとしたものが湧いてくる。

 だが大丈夫だ。まだいける。

 吹っ飛んだことで蹴りの勢いはある程度吸収しているはずだ。


 戦ってみて分かったが、エルカドは意外に油断していない。そして自分の体は思ったよりも動く。身軽だし俊敏だ。何より目がいい。

 考えるでもなく今の自分は十歳だ、三十代の愚鈍なイメージは捨てた方がいい。


 ラドは絶妙な距離をとりエルカドの隙を狙う。エルカドはその距離を詰めるではなく、火の魔法をラドの逃げ先に放ち動きを狭めようと試みる。

 定石の戦い方だ。

 ならこっちも定石でいってやる。相手が疲れるか痺れをきらすまで逃げてやる。

 ラドは小柄を生かして右へ左へとステップを刻み、巧みに魔法弾から逃げる。短い詠唱でもある程度の間がある。半ホブ(十五メートル)も離れれば、野球の球だって避けられるのだ。


「おのれ、ちょこまかと」

「僕はご存知の通り小さいですから、逃げるのが得意なんです」

 そう受けて余裕を見せるが流石に息が切れてきた。

 確かに定石だが、これじゃ消耗戦だ。逃げているだけでは勝ちはないし、形勢を逆転させるスキは、こちらから動かないと作ることはできない。何よりHP削り戦法は子供の頃から性に合わない。


 イライラが募っているのは向こうも同じらしい。

「イン エルアルトフォルス」

「イン エルアルトフォルス!」

「イン エルアルトフォルス!!!」

 頭に血がのぼり始めたエルカドは、魔法の連発を始める。

 まさに乱れ撃ち。だが閃いた。

 エルカドは自分が思い通りになる世界を生きてきたヤツだ。だから思う通りにならない状況が我慢ならない。それに自分の力に自信がある。力で思い通りにならない状況を作れば、冷静なら油断しないエルカドも頭に血が上り思考が乱れる。


「エルカドくん、当たりもしない魔法を乱打しても意味はありませんよ。それに僕程度の素人に恐れをなして遠くから攻撃なんて、正直がっかりです」

「なんだと!」

「だって僕は武器もないんですから。そんな僕に近づけもしないなんて、ぷぷっ!」

 両手をぴらぴらと振って挑発。

「こいつ! ならお望み通り剣で勝負をつけてやる」


 よし乗って来たぞ。エルカドは警戒を解かずにこちらに歩いてくる。喧嘩といってもこれは勝ち負けがあるゲームだ。ゲームなら勝利条件を満たせばいい。たしかに魔法も使えないし武器も手にしてないが、それはこの勝利条件に当てはめれば、むしろメリットかもしれない。


 ラドは気づかれないように、エルカドが歩く方向をコントロールする。エルカドを中心に円弧状に動いて距離を保っていれば、見た目には一定の距離をとるための回避運動に見えるはずだ。


 勝利条件。それは『木刀でエルカドに一撃を食らわす』だ。そのためには木刀を手にいれなければならない。幸い魔法を受けた木刀はすっかり燃えて、ラドにはちょうど良い一スブ(三十センチメートル)くらいの長さになっている。これならいける。


 エルカドは「逃げんじゃねー」と言いながら、ラドを追い詰めようと魔法を交えて距離を詰めてくる。

 それに合わせてラドは中庭に形を利用して回り込み―、エルカドが木刀との軸に入ったのをみて一気に駆けだした!


「やっとやる気になったな、新入り!」

 エルカドは火の魔法の一撃放って、その動きを迎え撃つ。だがラドには奥の手があった。

「エルカドくん、あなたの負けです」

「なに?」

 魔法弾の着弾直前、ラドは自分の上着を空に放り投げた! 上着は眩しい光線を放ち魔法を吸収して一気に燃え上がる。その光が一瞬ラドを見えなくする。

「僕の力を見くびっているからですよ!」

 その言葉にエルカドはびくりと表情を揺るがす。同時にラドは走りながら燃えカスの木刀を拾い上げ逆手に持ち替えた、そして

「イン エルアルトフォルス エンゲルト――」

 エルカドの目の前で手をかざし魔法を唱える!


「貴様! 魔法が使えるのか!!!」

 エルカドが体を落として身構える。やられると一発で勝負が決まってしまう顔を守るのはヒュウゴが教えてくれた守りの常道だ。その通りエルカドは両腕で顔を覆う!


 だが――。

 火の魔法は来ない。

 どうしたんだと、エルカドが腕の隙間から様子をみた刹那、

「いてっ!!!」

 前転しならエルカドの弁慶の泣き所に木刀の一撃を入れるラドがいた。


「バカな――」

「だからみくびるなって言ったんです。それを勝手に勘違いしたのはあなたです」

 脛が痛むのかショックなのか分からないがエルカドは膝から崩れる。さすがに悔し泣きはしていないが、むしろ周りがガヤガヤとうるさい。


「エルカドさんっっっ!」

「このガキ、やっちまえ!」

「こいつ!」

 子分達が一斉に動き出す。

 ラドはエルカドの前に仁王立ちに立ち、挑みかかる子分達を最大の威圧をもって制する!


「僕はエルカドに勝った! ハンディ戦だったけど僕は堂々と勝った。それを認めないのはエルカドをバカにしたことになるぞ!」

 怯む一同。

「それともキミたちは集団で僕を倒して、エルカドの勝利に置き換えるのか! エルカドもキミ達も、その程度で喜ぶ人間なら甘んじて僕はキミたちに倒されてやる! どうなんだ!!!!」

 言葉に乗ったエネルギーに当てられて、どの子も拳を振り上げたまま止まった。


「僕が言いたいのはそれだけだ。あとは好きにしろ」

 ラドは木刀の破片を投げ捨てて振り向かず広間を出た。

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