編成フェイズも存外嫌いではない
ラドはまず後衛の魔法中隊の中隊長補をエフェルナンドに任せることにした。
二十名の魔法騎士と合わせて、およそ三百名の生き残り部隊だが、完全にエフェルナンドに任せると集団凝集性が高い中隊になってしまうので作戦参謀としてリレイラをつける。
リレイラは冷静に戦局を見抜く力がある。これが『人を模して戦う』と書物にあるホムンクルスの力だと思うが、異分子をチームに入れるには丁度いい理由だ。もっとも冷静冷徹すぎて魔法騎士達と仲良くできるか心配なのだが。
前衛のパーン中隊はライカが統べる。中心となるのはマージア騎士団の八名だ。ここに新た募集するパーンの仲間を加える予定だ。
パーン中隊はかなり大規模になる。
裏街で兵を徴募すると、奴隷になっていない殆どの子が手を上げてしまった。ここから見た目で十五歳以上の子を兵士として、それ以下の子は訓練兵として採用することにする。
尤もパーンなので実際の歳は分からない。
その計画を皆の前で説明すると、イオが地に伏して泣いて喜んだ。
「覚えていてくれたんですね!」と。
裏街の子たちを騎士団に入れて欲しいと最初に話してきたのはイオだ。本人も無理だと分かって話した事だったが、それが実現するのである。感涙を堕すのも無理はない。
たが、すでに奴隷になってしまったパーン達は、所有者の利権もあり開放できなかった。それに入隊する子供達も親元を離れなければならず、小さな子には辛い話だ。
負の循環を断ち切るのは難しい。何処かで無理をしないと廻っている流れは変えられない。
ここは自分も心を鬼にして、パーン達には無理と覚悟を決めてもらわなければならない。チャンスは今しかないのだから。
パーンは種族によって得意不得意がある。
例えばウサギ系のシャミに戦闘は期待していない。彼女は持ち前のすばしっこさで伝令として活躍している。
戦闘の潮目が変わるのは早いので、いざというときは戦場の全体像を把握してリレイラやラドに相談せずシャミの判断で援護を決めることもある。そのための勉強や訓練も彼女は積んでいる。
ライオン系のイオやイノシシ系のシシスは『威圧』の力があるのでリーダーを任せている。
他にもライカのような身軽で身体能力の高いパーンは、陽動や撹乱に長けていたり、嗅覚の鋭い者は匂いを追ったスニークできたりとパーンはとにかく個人差が激しい。
その特性を見極める採用試験は、中隊長補であるライカと王都の裏街に詳しいイオの仕事だ。
だが採用試験なんてライカもイオも得意分野ではないから、二人とも裏街から帰ってくるとグッタリ。
「街道警備より、疲れるにゃ」
「ホントです。主君はよく貴族の偉い方々と交渉できますね」
と変な形で尊敬を戴いてしまった。
そういえばいつの間にかイオは自分の事を主君と呼ぶようになった。気恥ずかしいのでやめて欲しいのだけれど。
さて問題は、魔法中隊の魔法兵増強と、もう一つの中隊、混成部隊をどう作るかだ。
パーンと組みたいと思うヒトは少ないだろうが、王都と言えど皆が皆、豊かで自由な生活をしているわけではない。
諸事情あって食うに困る人は農奴や歩荷、あるいは最近アチコチで設立された魔力売買の仲介を行うレイベランダーギルドで魔力を売って細々と生計を立てている。
彼らは元々別の仕事をしていた者達だが、怪我や病気、戦乱に巻き込まれて職を失い、やむにやまれず底辺の仕事に就いた者達だ。
底辺の仕事は恐ろしく簡単に就けるが、就いたが最後、容易には抜けられない。安賃金で死ぬほど働かされて、金を貯めようと頑張っても気づけば搾取されている。
まるで蟻地獄。
そうして半奴隷制度社会の陥穽に陥り落ちて行く人は王都でも意外に多かったりする。
だがそんな底辺から抜け出す方法が一つだけある。
志願兵だ。
魔法兵になれば兵役を盾に底辺の仕事を離れられる。そして魔法兵として仕える数年の間に武功があれば、あるいは伝手でも得れば、裏で金でも作れれば、それを足掛かりに元の生活に戻れるかもしれない。
その望みに己の運命を託して手を上げる人は必ずいる。そこに賭して貧民居住区に掲示板を立て募集をかけてみる。興味がある人は夜にでもこっそり我が家の門を叩くだろう。
『皇衛騎士団魔法兵募集
募集1 魔法中隊魔法兵
募集2 パーン(半獣人)混成中隊魔法兵
身分種族性別不問
今の生活を抜け出して誇り高き王国兵になろう
王都の平和を守るのはあなただ!』
んーーー、募集としてはちょっと煽り過ぎるきらいがあるが、王都の人達はマージア騎士団の街道警備に好意的なのだ、多分大丈夫だろう。
看板を建てに貧民街に行くと、レイベランダーギルドの周りに真昼間から暗い目をして酒を飲むレイベランダー達が集まっていた。どうやらギルドホールに入りきれず溢れ出しているらしい。
「なんか荒んだ雰囲気だなぁ」
声に出すまでもないが、何かを物色する視線がラドを追いかけてくる。
こんな街に、ちょっとパリッとした服装で来たのが良くなかった。
王都では今、魔力売買が大盛り上がりみせている。
マッキオ工房で魔力を売った市民は、初めて魔力が受け渡し可能な力だと知った。
火の魔法や氷冷の魔法など複雑な魔法はある程度の修練が必要だが、日常的に使うライトの魔法は誰もがなんの苦労もなく自然に使えてしまう。だから魔法は走ったり考えたりするのと同じく普通の力で、まさか自分の魔力を誰かに渡せて、さらにお金になるとは誰も思わなかったのだ。
だが魔力が金になると分かると、目ざとい商人はその売買で利ザヤを稼ぐことを考える。そして相場が荒れると需給のバランスを取ることで利益を得るギルドが生まれる。
そんなこんなで、マッキオ工房で魔力を売るアルバイトが成立した数日後には、比較的まずしい人が住む居住区を中心に雨後の竹の子のように魔力売買ギルドが立ち上がったのだ。
魔法鋼の処理には莫大な魔力が必要だから、”魔力売買ギルド”は食いっぱぐれる事のないオイシイ組み合いという訳だ。
ギルドに登録するメンバーは『レイベランダー』と呼ばれ、魔力の提供だけが仕事になる。
魔力の授受が頻繁に行われるようになると、大量の魔法を長時間にわたり送り続けられる者、一気に重魔法級の魔力を渡せる者、どんな相手にも魔力を強制的に送り込める者と能力に差があることが分かってきた。この能力は魔力容量、魔力流量、魔力圧と呼ばれ、能力の高さによってレイベランダーはランク付けされ価格が決められる。
魔力容量があっても、重魔法が顕現できるだけの大出力の魔力を供給できなければ、いざという時に役に立たない。魔力圧が低ければそもそも対象者に魔力を送れない。ギルドスタッフは依頼の仕事を見て適材適所にレイベランダーを割り振っていく。
そうしてランクづけされたレイベランダーは、ランクを表すブレスレットをもらいギルドに登録されていく。因みにSランクレイベランダーは黒柿木のブレスレット、Aランクは白木、Bランクは茶色の杉木のブレスレットを魔法を示す左手に嵌める。
魔力の売り先はマッキオ工房だけではない、商団の護衛者が純粋に魔力を目的としてレイベランダーを雇うことも多い。街道の旅路はエマストーンのおかげで大分安全になったが、商団は街道警備が手薄な地方をめぐることも多いので従来通り護衛が必要となる。だが長旅になれば商団の護衛者も魔力が尽きて使い物にならなくなってしまう。
ならば商団は護衛者をとっかえひっかえして旅を続ければよいと思うのだが、腕の立つ護衛はそうは多くないのが実情だ。そこに現れたレイベランダーは護衛して欲しい商団と護衛したい護衛者を繋ぐもってこいの存在となった。
有り体にいえば生きた魔力バッテリー。ホムンクルスの肉と同じ扱いだが、利があればそんな事はどうでもいいらしい。
そのレイベランダーと富裕層との間で最近イザコザが多いと聞いていたが、さっそく数件のギルドでギルドから溢れたレイベランダーが集団になって、近くの商店に絡んでいるのを見つけてしまった。
本来ならば彼らは無力な貧民であり、住む土地を持たない放浪者であり、明日の食事も分からぬ搾取の対象だ。
いうなれば最弱キャラ。
だがそんな彼らが団結して市場の商人を責め立て、彼らから食べ物や商品を巻き上げていた。
特筆すべきはその団結力。
いざこざはまるで自然発生的に集まったかと思うとリーダーもいないのに、ターゲットを数の力で取り囲み同じような主張で責めたてていく。一体どこで話を申し合わせているのか、誰が集団をまとめるリーダーなのか。
実態が分からないことが不気味だという者もいるが、弱い者が強い者を責める構図は気持ちがよいので賛同する市民も多く始末に負えない。
まぁそういう不安は、お金のある商人やおエライ貴族の不安なので、貧民出身準貴族の自分には関係ない話だろうケド。
さて、魔法の研究も進めておく。
魔力は貯める事のできない力だが、顕現中の魔法から魔力を引き抜く事はできる。これを応用すると数秒だけ魔力を保持できる事が分かった。これは地味だが魔法史に残る大発見!
この仕組みを応用して、いま魔法照明弾を開発中だ。
今回の襲撃で分かったことは、ガウべルーアは極度に夜襲に弱いということ。夜目が効かないからあっさり夜襲を受ける。また視界が悪いと遠距離攻撃を旨とする魔法戦では圧倒的に不利なる。
大騎士団を預かるのならば、この課題は早急に対策しなければならない。
あと突如ひらめいたスナイパーマギウスライフル。
魔法を顕現させるポイントは術者が思考できるポイントまで拡張できる。ならは望遠鏡で覗いた遠方もその範囲になるはずだ。
と言うことで親方の力を借りて魔法陣を刻み込んだ銃身に望遠鏡を付けたスナイパーライフルを作ってみる。ちょっとカッコつけて魔法陣はライフリング風にしてみた。
すると、予想通り!
遥か遠方にある的の直前で火の魔法を顕現できるではないか!
実験は大成功なので、魔法鋼の剣の次世代兵器として騎士団に売り込めるように工夫を凝らしてみる。
まず安全装置。
暴発しちゃ困るので銃一つ一つに合符する鍵魔法陣を用意し、使用者は鍵魔法陣に魔力を流して使用するようにする。鍵魔法陣は銃に対して一対一にして発行すれば、ライフルはその人しか使えないし鍵魔法陣を持たない人はライフルに魔力を流しても暴発することもない。
なにより鍵魔方陣を紙にして、焼き切れる度に発行すれば、何度も儲かる新しいビジネスモデルになる。ご家庭にあるプリンタと同じビジネスモデルですな。
しかし魔法で狙撃とは我ながらエグイかつセコイ武器を作ったモノだと思うが、弱いガウべルーアには必要な兵装だと思う。大地を割るとか、メテオを降らせるとか、溶岩が噴出してドバーとかド派手なエリア魔法がないのだから、このくらいのズルは許してもらいたい。
因みにサルタニア事変で使ったガソリン生成の魔法は、その後魔法陣を整理してマギウスナパームと名付けて『新魔法一覧』の重魔法の章に登録している。だが威力がありすぎて怖いので使えないようにプロテクトはかけておいた。
ちなみに重魔法とは一人では詠唱できない大型の魔法のこと。
詠唱するには一つの魔法の詠唱を複数人で引き継ぐ直列詠唱か、同時に複数人で詠唱する並列詠唱か魔力の供給を受けながら詠唱するサイマル詠唱をする必要がある。
もう一つ魔法といえばバリア。あのアニメで空中に魔法陣が出てきて攻撃を防ぐヤツ。あれをどうしてもやりたくて殆ど趣味で研究を続けている。
分子結合力を調整する魔法陣があるので空気の粘度を高めてバリアにする実験をしているのだが、なにせ空気なので一定の場所を維持できないし粘度と言っても、「あっ、なんかふんわりがある感じー」byアキハくらいの抵抗しかなくバリアとは程遠い。
古文書を漁っているのだが、メンタルバイタルコントロールなる項目で詰まっている。魔力を直接注入する事で精神に影響を与えるバフ魔法らしいが、詳細はイチカでも読めていない。
魔法の可能性はまだまだあるらしい。