飲ませて有耶無耶大作戦
ラドは多くの兵を失った皇衛騎士団の再建に乗り出す。
統合中隊長とは初耳だが、要するに騎士団にある何個かの中隊の面倒を同時に見ろという事だ。管理限界があるから隊を分けるのに、それを一人でやれとはいったいどういう了見か。
だが……、まぁいいか。文句を言っても国王陛下から頂戴した仕事は『ハイかイエス』しかないのだ。それに前の世界の大臣だって三つくらい兼任していた人もいたし。
さて、皇衛騎士団は六大騎士団の一つである。
このような大騎士団は複数の貴族が魔法騎士を出すことで成立している。構成員が多いと貴族同士で権力争いが起きる。それを防ぐために連隊は公爵クラス、大隊は侯爵クラスが預かると暗黙の了解がある。
もっとも王国にはそのような爵位はない。あるのはアンスカーリやワイズのような大貴族、それ以外の貴族、名誉称号の準貴族の三つだけだ。だが呼称はなくとも貴族の中には明確な上下関係が存在しており、大貴族の取り巻き貴族、その取り巻き貴族の取り巻き貴族と、出汁巻き卵のような階層構造が形成されている。
件の皇衛騎士団は王国が所有しアンスカーリに信託した騎士団となる。だから騎士団長はアンスカーリ派のアズマであった。
通常の騎士団運用では一度取り決めた信託を崩すことは無いが、今回のように騎士団の存続にかかわるような大打撃があると、同派閥から魔法騎士を出すのが難しくなるため、王国は一旦、信託を外して別の大貴族の預かりにする事を考える。
今回は騎士団長が戦死する大事であったため、アズマ戦死の報が入った瞬間から、ラドの知らない貴族の裏世界ではハチの巣を突いたような大騒ぎになっていたそうだ。
それを力と策略で引き続きアンスカーリ閥が信託を勝ち取ったことになる。そりゃカチャも色々動く筈だ。
さて騎士団長のポストであるが、このような場合、正式に騎士団長が任命されるまでの間、副騎士団長が一時的に騎士団を引き継ぐのが慣例となる。副団長が不在ならば連隊長クラスが、それが無理ならば大隊長クラスがと、あくまで同騎士団の中から暫定騎士団長が任命されるのだが、ラドその慣習を完全に無視して、いきなり統合中隊長になり事実上の騎士団指揮権を持つことになる。
戦死者数が多過ぎたというのが理由だが、これでは当然、生き残った魔法騎士達も納得しない。
――ブルレイド王め、僕がぽっと出の準貴族だって忘れてるだろ!
溜息。
ここはサラリーマンスキル『前例踏襲』で行って欲しかったのだが、どうやら国王は権限がない人間が組織に変化を起こすのに、どれほど莫大なカロリーが必要なのか分かっていないらしい。
だが流石にアンスカーリはそう思ったらしい。そして就任の挨拶にはアンスカーリが付き添うことになった。
挨拶にはおじいちゃん同伴とは……、なんとも孫の顔を見に来る父兄参観な気分だ。
王城に入り、広間の入り口横にある控室に籠る。
ここの覗き窓から広間を見ると、先に参集していた二十名の魔法騎士達が肩を落として突っ立っていた。
誰もが私服である。
本来ならば就任の挨拶は、ピカピカに磨いた武装を着用し新団長を迎えるのが通例である。新騎士団長に騎士団の武勇と士気を誇示する為だ。だが今回は特例でそれはない。なぜなら誰もが大怪我を負っており、とても武装などできる状態ではないからだ。
三角巾で腕を吊っている者、松葉杖を当てた者、狂獣の爪にやられたのだろう、腹に晒しを巻いているが、その晒しが血と膿で湿っている者もいる。ひどい有様だ。
アンスカーリが入城してきたので控室を出る。
子供には重すぎる広間の扉を押し開けると、魔法騎士の面々は痛めた体に鞭打って身を引いて新上官のために通り道を作る。だがその動きが止まる。
そりゃそうだろう。現れたのが孫同伴状態のアンスカーリなのだから。
とはいえ貴族の世界は礼儀の世界。戸惑いつつも跪ける者は膝を落として頭を垂れる。
アンスカーリの登場に驚いたが、貴族の世界は蔭口が回るのも早いので、主役は“ちみっこの方”だとみな分かっているだろう。
なんとも居心地の悪い通路をサイケカラーのアンスカーリと歩く。
今日のアンスカーリルックは、足首まで隠すダブダブの黄色のキュロットとシャツ。それに赤い斑点模様が一杯ちりばめられている。お前はク○マ○ヨイか!
魔法騎士達の前に立ったアンスカーリは鷹揚に手を上げる。
「楽な姿勢でよい」
魔法騎士達は重たい体を上げて杖で体を支えたり、容態がひどい者は椅子に腰かけてアンスカーリの言葉を待つ。
「狂獣の合では大儀であった。貴公らの奮戦により王都への襲撃という最悪の事態は免れた。まことに偉大な戦果である」
讃辞が並ぶが、そんな言葉は全て儀礼であると皆、織り込んでいる。
「この戦いでアズマが亡くなっておる。公は儂と共に戦場を駆けた仲じゃ。知に長け、武勇に長けた巨星を失ったことを誠に残念に思う」
公と言うか。戦死すると二階級特進するのはこの世界でも同じらしい。
話がアズマに及ぶと魔法騎士からすすり泣く声が聞こえた。尊敬され愛された人だったのだろう。その後釜を任されるのは重そうだ。
「生き残った我らは、アズマの志を引継ぎ、一層、勇猛精進し魔法騎士として王国の防衛を担ってもらいたい。新騎士団長は適任者を検討しておる。それまでの間、貴公らにはラド・マージア統合中隊長のもとで皇衛騎士団を再編成してもらうことになる」
空気が一気に不穏になる。
声がない。
顔色も変えないのに空気が変わるって、どれだけ嫌われているんだと思うが、断れない以上やるしかないので腹を決めて嫌われ役を演じてやることにする。
「ラド・マージアだ。新たに皇衛騎士団統合中隊長を陛下より仰せつかった。若輩であるがよろしく頼む。ともに力を合わせて皇衛騎士団を立て直し、アズマ・ファムカルディガーラ前騎士団長に恥じない働きをしたいと思う」
あーもう、こういうとき自分の高い声が本当に嫌だ。まったく子供だ。いや実際子供なのだが、威厳がない。迫力がない。セントバーナードを前にキャンキャン吠えるチワワのようで滑稽だ。
沈黙という名の圧力がひしひしと迫る中で、ラドと魔法騎士の間に見えない駆け引きが行われる。あるいは値踏みかもしれない。
ふと魔法学校の初日を思い出す。あの時もこんな感じで“こいつは敵か仲間か、上か下か”の駆け引きがあった。だがアレは子供の力比べだ。これに比べれば何の罪もない。
今回は絶対力負けできない駆け引き。
そんな中、最前列に立つ男が声を発する。
「アンスカーリ公、発言をお許しいただけますか」
アンスカーリは素知らぬ顔で無視をする。
心の声は『知らぬ。お前の上官は儂ではない』と言ったところか。ラドは心の中でふふっと笑う。何がさみしい老人だ。このじじいは権力の亡者だ。力とは何かを犬のようにかぎ分けてふるまう。
だが自分がチワワならアンスカーリはシュナウザーか? ひげ老人だから。
腹の中で水玉模様のアンスカーリを四つん這いに這わせながら、ラドも素知らぬ顔で広く全体を視界に収めるだけで答えない。答えは相手が自分に許可を求めた時に与えるのだ。
しばらくして。
「ラド殿、発言をよろしいか」
少々敬語がなっていないが、向こうも分かったらしい。
「許可する」
「この度の狂獣の合では……」
「先に名乗れ。無礼だ」
よく言うよと自分で思いながら、発言を遮り相手の無礼を正す。初めにナメられてはいけない。自分は彼らより目上だと強く認識してもらわないと、この先しっぺ返しを食らうのは自分なのだ。
「失礼した。エフェルナンド・イクスと申します。この度の狂獣の合では、我々は正しい情報を得ることができず大敗を喫した。わたしは何度も狂獣の群れを偵察しアズマ殿に報告し……」
「自分は悪くない、大敗の因は判断を誤った前騎士団長のミスだと言いたのか」
「違う! いえ違います。アズマ殿が判断を誤ったとは思いません。ですが私も間違った情報を報告していないのです」
いきなりそんなことを新任中隊長に言うとは、どうやら大敗の原因について彼らは聴取を受けていないらしい。この戦はただ皇撃騎士団の快勝だけが報じられ、大敗の責任は一方的に彼らが取らされている構図が読み取れた。勝てば官軍というが、それではアズマさんも浮かばれまい。
「分かっている。狂獣が何者かに率いられていたのは自分が確認している。貴公らの無念は理解しているつもりだ。騎士団の再編は事実をしっかり踏まえて行い、アズマ前騎士団長の無念を晴らすつもりだ。後ほど真実を詳しく教えてくれ」
「はっ!」
「エフェルナンド、散会後に貴殿らの話を聞かせてもらいたい。意見のある者をまとめろ。王城近くに行きつけの店はあるか?」
「はい、主城門のすぐ近くに“恵みの泉”という店があります」
「そこに集めよ。時間もちょうどよい、昼飯を食いながら聞かせてもらう」
「はい!」
サラリーマンスキル『上司のおごりでガス抜き』。覚悟はしてたけど、大人二十名におごりか……。お金足りるかな。
“恵みの泉”での話は実に有意義だった。
微妙な距離を感じる彼らに酒を勧め、テーブル一杯に飯を頼む。
麦酒に土酒、蒸し芋や鬼栗のマッシュなど見慣れた料理から、豆の塩煮にイナゴのから揚げなど、自分も食べた事のないご馳走を並べる。さらに奮発して馬肉の燻製や、鶏肉、牛のステーキも頼んでしまった。
店には二十名全員がやってきてた。
始めは遠慮がちだったが、酔いが回ると次第にほぐれ、開戦にいたる経緯や、狂獣の動き、戦場の惨状を興奮気味に話してくれた。
聞くと、この中で本陣近くにいたのは、たまたま参謀付きだったエフェルナンドのみで、他十九名は各部隊の下っ端魔法騎士で、陣の後衛で野営をしていたため、運よく生き延びることが出来た者達だった。だから準貴族の中隊長でも、不満はあるが文句くらいは言いに来たという訳か。
エフェルナンドが麦酒をあおりながら語る。
「自分が最初に森の中で狂獣の群れを見つけたんとき、もっとちゃんと見ていれば……」
その後は、「アズマ団長、申し訳ございません」と、弱々しく半べそをかく。それをみた仲間の魔法騎士も「お前のせいじゃない」と励ます。
男の友情なんだか、泣き上戸なんだか。でも責任を感じるのも分からなくはない。
「今回のはアズマ前騎士団長でも判断を誤る。狂獣は謎のバブルに操られていた。そいつらはワルグの皮を被って狂獣に化けていたし、それを見破らないと奇襲は読めなかったよ」
「シンシアナの手の者ですか!」
エフェルナンドは予想しない答えに、アルコールに赤くした目を丸くして驚く。
「どうやらシンシアナは狂獣をコントロールする術を持っているらしい。僕はサノハラス街道で狂獣とシンシアナ相手に戦った時、シンシアナ兵にそのことを聞いている」
「え! 中隊長、実戦経験があるんですか!」
「戦えるんですか!」
「子供じゃないんですか!」
失礼だな、こいつらっ!
「バカにするな。マージア騎士団は街道警備をしてるんだぞ」
「俺、てっきりアンスカーリ公の腰巾着かと思ってましたよ」
腰巾着って……、ひどい言われようだ。
「あのね……僕はむしろアンスカーリ公とはお近づきにはなりたくないんだよ」
「ホントっすかぁ」
「エフェルナンド、お前酔ってるだろ」
だんだん口が荒くなるエフェルナンドに仲間の騎士が割って入る。
「いやいい、僕は騎士団長じゃない。中隊長なんだからさして皆と階級は変わらない、こういう場ならタメ口でも構わないさ」
「ホントっすか?」なんて上官にいう酔っ払いに絡まれつつ次第に話を引き出す。
「ところで中隊長、さっきの話、騎士団をどう再編するんですか」
だんだんうつろになるエフェルナンドに代わって、酒に強そうな騎士が真顔で質問をする。この男は左腕に三角巾をしている。あの戦いで腕をやられたのだ。
「みんなの話を聞いて思った。やっぱりガウベルーアの騎士団は接近戦に極度に弱い。何かの拍子に情報が錯綜して、敵の襲撃に気づかなかったら、どの騎士団も一撃で同じ状況になってしまう」
「はぁ、それは我々も話しましたが」
「魔法の強みは破壊力だ」
「はい戦場でライトニングを見ました。狂獣が何十匹もふっとんでました」
「ああ、だがあの魔法を詠唱するのに一分近くの時間がかかる。けど戦闘中の一分は余りに長い時間だ。それこそ籠城でもしなきゃ持てない時間だよ」
「おっしゃる通りです。我々も魔法の詠唱中に何人もやられて、そのやられている仲間を犠牲にして魔法を詠唱するような戦いでした」
「そうなんだ。その間に無抵抗の魔法兵はなぶり殺しにされてしまう」
「しかし、そのために三段構えの陣があります」
「でも陣形が整えられない夜襲はどうだい?」
「それは……。もしや今回は見事にその弱点を突かれていると」
「そうなんだ。その狡猾さがシンシアナ絡みの証拠になる。今後はそんな戦いが多くなる」
「なら中隊長はどうするんですか?」
ラドはここが勝負どころと大きく息を吸った。
「マージア騎士団で実験したが効果はもう立証できている。半獣人の大隊を作って前衛を任せる。僕は彼らを半獣人ではなくパーンと呼んでいるが、ガウベルーア人より圧倒的にタフで早い。彼らが敵を押さえている間に、魔法騎士と魔法兵が敵を削る。仮に夜襲になっても彼らは接近戦で戦いきれる」
この発言には酔っ払いの騎士達も酔いが覚めたようで、だれもが言葉を失いラドを見つめている。
「冗談ですよね……。中隊長」
「本気だ。僕はアズマ前騎士団長と約束した。この大敗の原因をつきとめ、同じ過ちを繰り返さない皇衛騎士団を作ると。その方法に制限は付けない」
「ありえません! 皇衛騎士団ですよ。大騎士団はいち貴族の騎士団とは違います。王国の騎士団に半獣人を入れるだなんて」
「パーンだ。半獣人ではない。なら貴殿は剣技でシンシアナ人と互角に戦えるのか」
「そ、それは」
「貴殿はどうだ」
「わたしには……」
「貴殿は」
「残念ながら」
「パーンはできる。我が騎士団のパーンはシンシアナ兵と互角に戦ったぞ」
「しかし、皇衛騎士団は王都の防衛です。そこまで過激な再編はしなくてもよいではないですか」
「否! 逆ではないか。最終防衛を担う我々に敗北は許されない」
「中隊長。半獣いえパーンには狂乱の危険があります。敗北が許されないのでしたら、内部にそのような不確実性を抱えるのはリスクではありませんか」
なるほど中には頭が切れる者がいる。
「貴殿の言うところはもっともだ。だが狂乱は抑制手段が見つかっている。それにいつ狂乱するかもわかっている。また半獣落としの恐れも狂乱のパーンと交わらなければ問題はないし、それほど獣化度の高いパーンを入隊させるつもりもない」
「は、はい……」
「安心してくれ。パーンを編成するといっても部隊は分けるつもりだ。貴殿らは遠距離攻撃旨とする魔法大隊として後衛に配する。ただもし可能なら、遊撃隊として混成部隊も作りたいと思っている」
「混成……ですか」
「状況に合わせた運用をするには、特徴に分けた部隊編成は必須だ。だがそれだけでは十分ではない。戦場ではとかく想定外が起こる。魔法兵を後方に置いて安全を確保しても、伏兵が現れたり、僅かに陣形が崩れただけで潮目が変わることがある」
それを引き戻すのに莫大なカロリーがかかる。この回復は奇策でなんとかなるものではなく、兵数でなければ取り返せない。魔法鋼の武器を持ってしても戦局を変えるのは局所に占める数しかない。そんな時、多様に振る舞え機動力がある混成部隊が重宝する。
「大丈夫だ。無理な配置はしない。まずはパーンを知ってくれ。話はそれからだ」
「はい……」
予想通り渋い反応だったが、現実、夜の奇襲で十の七を失った部隊に反論の余地はなかった。
――ギリギリ受容ってところか……、まぁそうだろうな。
“恵みの泉”の宴会は、そのまま晩御飯になだれ込み、更に深夜まで続いた。こういうときは大いに飲ませて食わせて忘れさせてしまえだ!
その思い通りに、みなは怪我人とは思えぬほど、大いに食べて大いに飲み、千鳥足で帰っていく。
そして最後に残されたラドのもとには、目玉が飛び出るほどの領収書が手渡された。
「麦酒一杯二百ロクタンって、めっちゃ高いじゃん!」
そりゃあいつら、吐くほど飲むはずだ。