暴露かいっ!
王の退場を見届け、それでなくても低い頭を下げて貴族達を見送る。
まさに針のムシロ。
三々五々に帰っていく貴族達から反感と軽蔑をたっぷりとかけられたせいで、体重が一セシュ(約二十キログラム)は重くなった気がする。
ふんわり焼けたと思ったら、頭からたっぷりはちみつとメイプルシロップをかけられたパンケーキの気分だ。
「はぁう~、疲れた……」
やっとこさ開放されたラドはへなへなと冷たい石に腰を下ろした。
「ラド坊、うまいもんやないか」
「なにがうまいだよ。カチャこそ、どこであんな礼儀を覚えたんだよ」
「商団やもん、礼儀をしらんと務まらへんよ」
「あ、そうですか……」
何がうまいものだ。場慣れしたカチャには気楽な対応だろうが、急に呼び出されて大役を任されるコッチの身にもなってもらいたい。周りを見渡せば知らない大人ばかり、何を言われるかは分からないが貴族共は皆、自分を見下している。しかもこちとら礼儀にはとんと疎い素人だ。
平然となど出来るものか。この謁見だけで真っ白に燃え尽きたわ!
そんな萎え萎えなところを更にアンスカーリに捕まる。
「上手く行ってよかったのう」
このじじぃ、大概ニコニコしているが鷹の目を隠しており正直気が抜けない。だが今日ばかりは心底愉快らしく目の奥まで透けるようなホクホク顔だ。
見慣れないので、それはそれで怖いのだが、それ以上に一人で楽んでいるのが憎い!
「何がですかっ」
「中隊長じゃよ」
「僕はなりたかなかったです」
「阿呆、上手く行ったのは儂じゃ」
阿呆……。こんな酷い目にあって阿呆ですか。
だがなぜラドが中隊長になるとアンスカーリが喜ぶのか分からない。
ラドは間抜けな顔で愉楽に浸るアンスカーリを見上げた。
「帝国と向き合うスタンリー坊やの北進騎士団は強大じゃ。坊やに皇衛騎士団を押さえられれば力のバランスが崩れるところじゃった。しんがりの件といいカチャ殿の提案といい、まことに都合がよかったわい」
「なんだ政治力学ですか……大事ですかね、そんなもの。でもよくスタンリーが皇衛騎士団を狙ってるだなんて気づきましたね」
「お前は気づかなんだか?」
「ぜ~んぜん、すみませんね、なにせ僕はボンクラ準貴族ですから」
卑屈に答えるとアンスカーリは驚くべきことを言う。
「狂獣の合の朝、お前の家には来た者は儂の使いではないぞ」
「えっ?」
「儂が弱小兵団に援軍を求めるわけなかろう。お前はあいもかわらず迂闊じゃのう。あのような騒動の時は必ず依頼元に仔細を確認するものじゃ」
「言われると確かにアンスカーリさんが僕に援軍だなんて。じゃあれはどこから?」
「あれはカレス・ルドールの手のものじゃ」
「カレスってホムンクルス工場に来たアンスカーリさんの子飼いですよね。イケスかない」
「子飼いではない! しかも元じゃ、今はスタンリー閥の小間使いをしておる。あやつはホムンクルスを横流しして儂の裏をかこうとしたからのう、儂の派から追放して家に火を放ち親父の持っとった儂の秘密ごと消してやったわい」
疲労のあまり適当に老人の相手をしていたが、流石に物騒な話に身が引き締まる。
「消したって殺しちゃったんですか! 確かに僕を工場長に任命するなりホムンクルスの横流しを指示するわ、マウント取ってくるわ、態度は悪いわ、前工場長とは共謀してるわ、かなりのクズですけどそこまでしなくても」
「腐っても貴族じゃ殺しはせん。そもそもアンスカーリ家とルドール家は古くから親交のある家柄じゃ、そのくらいの温情はかけてやるわい」
「あんなクズに」
「クズクズいうな。カレスの父は手際こそ悪かったが実直な男だったのじゃ、それで面倒事を任せておったのじゃが」
「それがホムンクルス工場の世話ですね」
「じゃが子に親のよい所が受け継がれんのは世の常でのう」
三代目続く分限なし、よくある没落話しである。
「ちょうどお前を工場長に任命したとき、あやつめ自分で工場長をやると言って横流しのボロを出したのじゃ」
なぜそれがボロなだろうか? 気に入られようと進んで僻地の仕事に志願したのかもしれないし、案外田舎のスローライフが好きなのかもしれない。この人は内偵でも持っているのかと上目線で思案していると、先を読んだアンスカーリが聞く前に答える。
「工場長なぞ下賤な仕事につきたい貴族がおるか! それに重要施設とバレんようにウィリス程度の無能がちょうどよいと常々カレスには言っとったからのう」
無能! うっかり聞きたくないことを聞いてしまった。
人事なんていつの世もエライ方のお好みとご都合だし、まっとうな理由で工場長になったとは思っていなかったが、真実を知るとさすがにショック。
「そんな閑職に無能な僕を推薦してくれてありがとうございます。ところでなんでカレスの手のものが僕のところに来るんですか?」
「戦乱に紛れてお前を仕留めるつもりじゃったようじゃのう」
「まじっ! なんで!?」
命を狙うなんてタダ事じゃない! なにゆえほぼ庶民の自分が命を狙われねばならないのか!
「怨みじゃろ。儂と繋がっていると言って脅すわ、目覚めたホムンクルスは素直に納めんわ、貧民のくせに陛下に認められて準貴族になるわ、一方、きゃつは没落の一途じゃ、何から何まで憎いじゃろうな。それとスタンリーは儂がお前を皇衛騎士団長の空席にあてがうと読んだようじゃし」
「筋違いですよ! 確かに昔、軽く脅しましたが恨みを買うほどじゃないです! それに目覚めたホムンクルスを納める話しなんて知りませんし」
「あやつが魔法局を偽って書いた手紙じゃぞ」
「……え、あれカレスが?」
「そうじゃ。スタンリー坊や庇護を求めるために、目覚めたホムンクルスを手土産にしたかったようじゃな」
「家も財産も焼かれた文無し貴族だから、情報を売る気だったのか」
「あやつの横流しが分かってからホムンクルスの製造は魔法局の儂の直轄にしたのじゃが、それを他の者に悟られぬよう封蝋は“カレス・ルドール”から変えておらなんだ。ところがサノハラス街道の異常襲撃を調査する諜報から、『魔法局封蝋の製造指示でホムンクルスが運搬されている』と、報告があってのう」
「それ、僕だ」
「左様。そのような指示が出せるのはカレス以外に考えられんじゃろ?」
「ですね」
「それでホムンクルス工場長から横領密告があったことにして、あやつを追放して家を燃したのじゃ」
「怨みってそれですよ! 何で僕の名前出すの!? ヒドい、やり過ぎですって! 百歩譲って僕もカレスには喧嘩を売ってますし、スタンリーのメンツは潰してますけど、逆恨みをこじらせてるのはアンスカーリさんのせいじゃないですか!」
「すまんのぉ、統合中隊長は詫びにはならんか?」
そこだけは自覚があるのか、アンスカーリは年甲斐もなくウィンクなぞして可愛く仰る。
「それは……まぁ騎士に憧れはありますから、嬉しくなくはないですけど。きな臭いのはゴメンです」
ここに至り、ラドは数年間に起きた様々な事件の全体像をやっと理解した。
――つまり工場長になったあたりから僕の人生は見事にアンスカーリに操られてという訳だ。研究所をまかされたり、準貴族の称号を与えられたりと、庶民にはあり得ない事が起きているのは自覚があった。そこにアンスカーリが絡んでいるのも分かっていたが、なぜ自分なのかが分からなかった。
だがそれは、単純にお貴族同志の派閥争いに運悪く巻き込まれたダケだったなんて。
そりゃ確かに酷い目に合うはずだ。そして踏み込んでしまった以上、これからも……。
「はぁ~~~。なんか僕、体重が一セシュは重くなった気がします」
「そか? ラド坊は相変わらずちっこくてかわいいで」
「ラド坊? ラド坊か、わはははは、いいあだ名ではないか」
――もう勝手に笑えよ!
その後は、カチャがいろいろ動いて皇衛騎士団長の後釜が自然とアンスカーリ派に流れる工作があったと聞いた。
狂獸の合のしんがりの武功はスタンリーが持って行ったと思っていたが、カチャが準貴族たちの言質を集めて真相を暴露しアンスカーリが王の耳に入れたそうだ。
だが皇撃騎士団はしんがりが際立つと武功も薄くなるので、その見返りでカレンファストへ魔法鋼の武器をあてがうことになったという。
全部、自分の知らない所でつながってるじゃないか!
「カチャ、まさか賄賂は使ってないよね」
「アホ抜かせ、ウチはクリーンや! これは感謝の気持ちやラド坊への」
そう堂々と言われてしまっては、もう何も言えない。
どうやら今回は暴露回らしいので、ついでにロザーラのことも聞いてみる。なぜロザーラは自分のところに来たのか。なぜ裏でカレスと繋がっていたのか。
「お前が何をするのか分からんのから目が必要じゃった。まぁ途中からカレスの動きを知るために諜報部に身を置かせたがな」
カレスは家を焼かれた後、スタンリー・ワイズに泣きつき、お情けで”扶持付き貴族”という働いて給料を貰う非常に恥ずかしい貴族ポジションになったという。それで魔法局にいたらしいのだが。
「そんな道具みたいに使われてロザーラが可哀想じゃないですか。それにカレスに取り込まれたらどうするつもりだったんですか」
「あの娘はそんな玉じゃあるまい。それにロザーラ嬢ちゃんをアクツ・サルタニアの軛から開放してやったではないか」
はははと哄笑して憚らぬアンスカーリ。
「そんなの偶然でしょ。監視で押し付けたくせに」
「偶然で物事はうまく行くか! ハブルと半獣人娘達と一緒にすればじゃじゃ馬娘は自分から飛び出す算段があったわい」
むむむ、確かにその読みはあたりロザーラはアクツ・サルタニアの元から自ら離れ、自分で人生を選びめでたく白百合騎士団で楽しい毎日を送っている。
悔しいがアンスカーリの意図どおりだ。
「しかし研究局は成果を上げておるな、あの剣。いつあんなしろものを作りおった。どんな原理じゃ」
「言ってもわかりませんよ。詳細は教えない代わりにちゃんと王国に還元してますから、魔法研究局の任務は果たしてますからね」
「なんじゃ、最近のお前は可愛くないのう」
「そうなんですわ、アンスカーリ公、ラド坊、最近、反抗期なんですわ」
「まったく面倒じゃのう」
「ほんまに」
「どつちがだよ! カチャも意気投合しない!」
カチャはラドをネタに散々笑いを作ると、頃合いを見てひらひらの金魚みたいなドレスを摘んで優雅に頭を垂れる。
「アンスカーリ公、ほんまに良きご縁を頂き、恐悦至極に存じます」
「カチャ殿、わしらのだけの時は畏まるでない。役を離れれば儂など一人の寂しい老人じゃ。忌憚なくいこうではないか」
「そう仰っていただけて嬉しく思います。お許しいただけるなら、また参上仕ります」
「うむ、お主の未来に期待しておる」
そう言うとアンスカーリは、すっかり平らになった胸のあわせから一枚の証書を取り出す。
「約束の物じゃ。汝に王室御用達証書を発行する。ガウべルーア王国のために尽くすが良い」
カチャはひざまずいて証書を戴く。なるほどカチャの目的はこれだったか。だがアンスカーリは皇衛騎士団を守り、ラドは新しい役職を得て、カレンファストは新武装を得て、考えてみれば誰も損はしていない。こういう三方よしの気の回し方はさすがは商人だと感心する。
これで全ての目的も達成して、今日の儀式はお開きかと思ったら、散会の際にアンスカーリはぽつりと独り言のように言葉を紡いだ。
「ラド、アズマの件、すまんかったな」
「はい? アズマの件?」
「お前が運んできた遺体の事じゃ。皇衛騎士団長、アズマ・ファムカルディガーラ」
やはりそうだったか。狂獣に蹂躙されてボロボロであったが、身なりの良さは騎士クラス以上だと思っていた。
「あいつは儂の古い戦友じゃ、遺体を弔ってくれたことに礼をいわせてもらう」
驚いた! アンスカーリが自分に礼を言うとは!
そしてアンスカーリは大きくため息をつく。
「お前に似たバカなヤツじゃった。バブルや半獣人に甘くてな。勝手やってシャフィラの事は儂に上手く振る舞えという。迷惑ばかりかける奴でな」
迷惑だというのに遠い目で嬉しそうに思い出を語る。それだけ皇衛騎士団長はアンスカーリと近しい人だったのだろう。そして色々と言い訳をしていたが、戦友が守ってきたポストにアンスカーリは思い入れがあったのだろう。それもあって皇衛騎士団長はスタンリー・ワイズに渡したくなかったのだとやっとわかった。
「大切な人だったのですね」
「無二の友じゃった。シャフィラが死んでからすっかり老けてしまったが、お前の事を気にしとってな。出陣式の晩餐で会った折、お前に会いたいと言っとった。シャフィラの導きじゃな」
「シャフィラさんってどなたですか」
「アズマの妻じゃ。バブルの娘でな。話せば長いがアズマはシャフィラのためにバブルも住める王都にするよう動いておった」
遠くをみるアンスカーリにそれ以上は聞けなかった。
そんな貴族がこの国にもいたとは。
皇衛騎士団中隊長。
カチャは『出会いは人には作れない』と言ったが、これはしっかりやらないとダメだ。半端な気持ちでやってはアズマさんに笑われてしまう。