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通常の三倍だ

 翌日はイチカとリレイラも交えて生産作戦会議だ。

 まだ朝ごはんのペトパンを食べているというのに、カチャは気早くも、昨日の発注について話し始める。

「ラド坊、今までの三倍の早さで魔法鋼の剣を作りたいんやけど」

 来たぞ。さっそくムチャぶり。

「どうやって?」

 ペトパンをミルクに浸して柔らかくなったかを確認しつつ、興味のない体で返事をしてパンをついばむ。

「それを考えるのがラド坊の仕事や。ええか? ウチは売る。職人は作る。ならラド坊の仕事はなんや?」

「見てるだけ」

 できれば面倒には関わりたくない。あえて素知らぬふりで話を流すと、「んな、タダ飯はあかんで!」と、ペトパンを取り上げられて、ツッコミなしのドストレートな答えが返ってきた。

「ちえっ、わかってるよ、生産管理だろ」


 なんだか前の世界の仕事に戻ったみたいだ。便利屋として使われていたから、なかばプロジェクトマネージャーみたいなこともやらされていた。メンバーのスキルと仕事量をみてタスクを割り振り進捗を確認する仕事だ。

 遅れている仕事があったら仕事量と人を調整するのだが、人なんて簡単に入れてもらえないから、あふれた仕事は自分でやる。

 学生時代の自分はキラキラしていなかったから、その復讐のように仕事では絶対見返してやりたかった。だから負の想いをエネルギーに人一倍頑張ったが、それが重なって過労死だ。

 だから進捗なんて単語は、聞いただけで胃が痛くなる。

 とは言え取ってきた仕事はこなさなければならない。特に皇撃騎士団の仕事なのだから、反故にしたら本当に大変な事になりそうだ。


「えーっと三倍早くだっけ? どっかで聞いたことあるフレーズだけど、なら分業だね」

「分業ですか?」

 カチャの前に興味をそそられたリレイラが口を挟む。

「カチャは分業って知ってる?」

「しらへん」

「説明しよう! 分業とは――」


 生産量を増やす基本はラインを増やすに尽きる。そのためには不慣れな素人労働者を、いかに早く一定水準の仕事をする戦力にするかが要諦である。ラインを増やしても生産性が上がらなければ、生産量は増えないからだ。

 そのために生み出されたのが分業だ。

 分解された一つの小さな仕事を反復的にやり続けることで、その工程だけ最速で職人並の能力に到達させる。


 なーんて原理を説明すると、カチャは、「そらええな」と、なんのこだわりもなく食いついた。 

「なら鍛冶の仕事はどう分解するんや?」

「そうだねぇ、アキハの仕事を見てると、転炉で溶解、鍛錬、成形、焼き入れ、研磨、刃付け、魔法処理かな。焼き入れ工程は魔法で代用できるから、その工程は飛ばせるかな」

「ほな、この工程それぞれに人を当てれば、ええんやな」

「そうだね、そして各工程に三人つけば三倍。五人つけば五倍の生産量になる」

「そうやな! なるほどなぁ〜、ラド坊、頭ええなぁ」

「ありがと。けど分業には一つ問題があって最初に教える人が大変なんだ。誰でも初めはあるからね」

 カチャはふんふん頷いて、納得した顔をするとよっしゃと声をかけて立ち上がる。


「ほな、ウチは勘所のエエやつらをかき集めてくればええな」

 と言ったきり、ラドの目をジーっとみる。

「まさか僕が……」

「そうや、それがラド坊の仕事やもん。交渉よろしゅう」

「ちがうよ、僕の本当の仕事は魔法の研究だよ~」

 すっかり親方の叱られ役が板についてしまった。カチャの方が口が達者なんだから自分が説得に行けばよいものを、そういう面倒な仕事は押し付けにくる。全く上司使いが荒い。



 なかば浮浪者と思しき人々が、ずらりとマッキオ工房に並ぶ。

 この一人一人がこれから、皇撃騎士団の剣を作るのだと思うと信じられなくなる。

 やっと白百合の仕事が終わってほっと一息をつく親方に、更なる大量発注と新たに分業の手法を教えるのは、たいへん気が重かったが、親方は発注量を聞いても、「そりゃ、結構な数じゃねーか」と言っただけでノーとは言わなかった。どうやら白百合の大量発注で味をしめたらしい。

 分業についても、「ラドがうまく行くって言ってんなら、いい方法なんだろ」と、全面的な理解を示してくれる。

「職人として分業を受け入れるんですか」と確認すると、「いいやり方だと思うぜ、こういう大量生産には合ったやり方じゃねーか」と、方法論自体にも納得しているようだっだ。

 相変わらず、ものづくりに関しては頭の回転が早い。


 だが気が重いのはもう一つ、この仕事がタダってこと。

 ――これを聞いたら絶対親方は激怒するよな。よしロハの話は後で落ち着いてからにしよう。ここで断られたら面倒だ。騙すわけではない、聞かれなかったから後でするのだ。うん。後で。


 ラドはさっそく親方と鍛冶の仕事を細かく分割する。親方はラドが想像するよりもはるかに細かく仕事を割り、それぞれに持ち場を与えて人数を割り振る。三倍だからといって単純に各工程に三人ずつ付ければいい訳ではない。それではボトルネックの工程に生産量が固定されてしまう。

 親方は論理的か勘か分からないが、そのことに気づいているようだった。怖い人だが、こういうエンジニアとしての鋭さを見ると、ラドはどうしてもマッキオを好きになってしまう。

 だが、親方がそうなのか、シンシアナ人の気質がそうなのか、儲け話しになると彼は弱い。

 少しでも金の匂い感じると、ああだこうだと文句をつけ、いいように話を自分に都合よくしてしまう。それだけはいただけないクセなのだが。

 逆に困ったときは金で焚き付ければ動いてくれるので、マネージャーとしては扱い易いお人である。

 だから怖いのだ。「この仕事でいくら儲かるんだ」の一言が。

 ――やっぱ、今は言わないでおこう。


 敷地はそれなりに広いとはいえ、いきなり五十名近い労働者が衆参すると、マッキオ工房はなんの祭りかと周囲が訝るほどの大賑わいになる。

 この人数が多いかと言えば、これでも少ないくらいだ。

 金属工房の仕事は多岐にわたる。実は剣を打つ以外に燃料の運搬、炉の管理、資材の移動など仕事は山のようにある。それを能力に合わせて配分していくのは、それだけで一苦労だ。

 親方はアキハと手分けして一人一人と面談して、その人に合った仕事をアサインしていく。


 また道具を作るための道具、つまり治具(じぐ)や工具もライン分が必要なので調達しなければならない。もし調達できなければ作ることになる。

 ところがこの冶具が高い。もともとガウベルーアでは金属製品が高い。やっとこ一つでもガウべルーアでは、大人一人が十日は食えるだけの値段になる。

 一言で分業といっても、言うのとやるのとでは大違いだ。


 財布から豆まきのようにロクタン貨が消えていく様子に、金に敏い親方はドキッとするセリフを言う。

「おいラド、こんなに規模をデカくして大丈夫なんだろうな」

「もちろん大丈夫ですよ」

 そう、ここは自信満々に言わねばならない。悟られてならぬ! この仕事がゼロロクタンだと。

 それに分業の発案者であるが、この手法が確実に上手く行くかは、やってみなければ分からないのだ。


 それを察したカチャがひょいと顔を出す。

「問題あらへんて、最初の準備は何でも不安なもんや。けど、これからいくらでも注文が入るよって」

「ほんとに大丈夫なんだろうな」

 不安顔のひげもじゃとひきつった笑顔のラドがカチャを見る。こういうときは男の方が肝っ玉が小さいのは、この世界でも同じらしい。

 前の世界でも高校受験のとき、自分より遥かにレベルの高い学校を受けるアキハの方が平然としていた。

「大丈夫だよ。尚だってさ」

 そう言ってケラケラ笑っていたものだ。


 そんな準備をしているうちに、皇撃騎士団から最初の剣が台車で届いた、その量なんと五十振り。

「マッキオはん、ウチがカレンファストの旦那と約束したんは、十日以内の納品や。この五十本を十日以内に魔法鋼の剣にして返すで!」

「おう!」

「翌日にまた五十本、その翌日にまた五十本や。全部で千本くるで」

 その数字に親方は、ヤケクソ気味に腹が決まったか「おう、やったるで!」とエセ関西弁で気合いを入れるのだった。

 親方もとんでもない娘に見初められたものである。


 剣は次々と届く。裏庭に積まれていく剣の山に、最初はラドも不安をためていたが、流れ作業とはかくも効率がいいものなのかと、言い出したラドも親方も大いに驚いた。

 それはもちろんカチャもアキハもである。


 最初の一本目は素人が作るだけあって、あちこち指導が必要で親方は大忙し。仕上がるまで六日もかかったが二本目が上がるまでには二時間もかからない。そしてそのペースで三本目、四本目が上がってくる!

 このペースなら五十本は八日後でき、最初に六日のロスがあっても全然納期に間に合う!


 これに気を良くしたのは親方。次第に減っていく剣の山を背に、様子伺いにきたカチャに吹いてみせる。

「おい、カチャさん。もっと注文はないのかよ」

 工房で働く労働者の働きっぷりを腕を組んで眺めながら、親方はこれ以上ない笑顔で問う。

「これからや、まずはこれを納めきるやろ。そしたらバンバン注文くるで」

 なんでそう言い切れるのか分からないが、カチャは自信満々に胸を叩く。


「そうかい、そうかい。そりゃ楽しみだ。ところでもう二百本は納品したと思うが入金はいつなんで? 今回の実入りは楽しみだぜ。なんせ前が百万ロクタンだ。今回は二百万か? 三百か?」

「ゼロや」

「おっしゃーっ! ゼロかぁー、そりゃ楽しみだぜ! ぜ? ああっ! ゼロだぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 喜色に舞い上がっていた親方の顔が、喜びから、驚き。そして怒りへと目まぐるしく変わる。

 そして手がぬっと伸びてきた。ラドの方に!

「ラド! てめぇこの剣、何本打つと思ってんだ! それにこいつらの金はどうする!!!」

「なんで僕に!!!」

「この話、持ってきたのてめぇだろうがぁぁぁ!!!」

「そうですけど、単価聞かなかったのは親方だし」

「言わねーてめぇが悪いんじゃ、このクソタコ助が!!!」

「あ、後で言おうと思って! まだ言ってませんでしたけど」

「ロハで受けるかこんな仕事! 払え! てめぇの命で払いやがれ!」

 食い殺さんばかりの怒りだが、カチャは平然として受ける。

「まぁ、マッキオはん、焦りなさんな。これは投資や。なあ、考えてもみぃ。ガウべルーアには何人の兵がいる? 全員にこの剣を売るんやで。二百や三百万ロクタンで狼狽えるでないって。それに賃金は後払いや。次の受注でなんとでもなる」

「バカヤロウ! 材料が買えんだろ! このアホンダラ!」

「何いうてはるんや、目の前にぎょうさんあるやろ」

 カチャの視線の先を追う親方。ラドもアキハもその先を追う。

 そこには皇撃騎士団から預かった剣から抜いた刀身があった。

「……まさか溶かすのか、この剣を」

「そや。そいでこの三分の一の材料で新しい剣を作るんや。残りはウチらの取り分や」


「あ……」

「商人なめたらあかんで。知っとるで鉄が高いんは。シンシアナの輸入品やもな。売値の半分以上は材料費やろ。まぁ売値ゼロでもトントンかちょい儲かるやろ」

「いや手間がかかってる、足りねぇ」

「マッキオはん、ウチをなめてもろては困る。そない計算できへんと思うか? 欲の皮はらんほうが身のためやで」

 マッキオはカチャに凄まれてスゴスゴと引き下がる。代わりにやりきれない思いを別の方に向ける。その先はもちろん。

「ラド、てめぇ、そこのコークス運べ、あれだ、運び屋の教育、ちゃんとしやがれ!」

 お鉢が回ってきたのはラドだった。



 コークスを運ぶフリをして、そっとカチャと工房裏口から退散する。これ以上ここにいると、いらぬお叱りを受けそうだ。

「カチャすごいね」

 その計算高い儲けの仕組みを褒めると、

「そやろ、なぁラド坊。ウチへのご褒美に、いい服買ってくれへん!?」と、おねだりときた。

 まぁ最近懐が温かいのは全てカチャのおかげだ、この難局を乗りきれたのもカチャのおかげだし、こちらはご相伴に預かっている身。日頃の感謝も込めて買ってあげることにする。


 それにしても親方、めっちゃ怖かった!

 中身四十にして、チビったよ。

 それを確認しようとして股間を触ったのを見て、カチャがニヤリと笑った。

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