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取引の狙い目

 楽しい時間はあっという間に過ぎていくものだ。

 ラドは名残惜しくも手を振って別れたアキハの顔を胸に刻み帰路につく。アリス仕様の服がキツイのか、柄にもなく小さく手を振り何度も振り返るアキハの姿が、三夏の夕にしっぽり溶け込んでいく。

 それが少し寂しげに見えたのは、きっと今日が楽しすぎたからだと思う。


 夕焼けに染まった官舎に戻り、自宅の玄関を開けると、先に帰ってきていたカチャが慌ただしく出迎えてくる。

「おそいで、ラド坊! 出番や! しゃんとした服に着替えてーな」

「な、なんで急に?」

「アンスカーリ様と皇撃騎士団長の所に、これから行くんや」

「ええ! これから!? なんで? なんで僕が?」

「んなもん、きまってるやろ。あんたがラド・マージアやからや!」

 確かに自分はラドだが、それが何の理由になるのだろうか? 訳の分からないまま、カチャが手綱を握るキタサンに乗せられ、一路、魔法局へ。

 着くなりグイグイ手を引っ張られ、ディナーが用意された、いつか見た会談室に通される。

 そこには相変わらずネジの緩んだ色の服を着たアンスカーリと、胸に勲章をしこたま刺繍した白服の騎士が座っていた。


「遅れてもうて、ほんまに申し訳ございません」

 緑と黄色と赤のストライプ服のアンスカーリが口を開く。その色味、お前は伊勢丹か!?

「カチャ殿、ラド、本日はご苦労である」

 ――はぁぁ? なんでカチャは殿で僕は呼び捨てなんだよ!

 腹の中でマジ叫び。

「カチャ殿、お招き戴きありがとうございます」

 白服の騎士がおだやかに微笑む。

 カッコイイとはこういう声を言うのだろう。男のラドでもゾクッとする心地よいバリトンボイスが部屋に響いた。

「こちらこそ、エラいすまんかったわ。急に呼び立ててもうて。いい話は早いほうがエエおもてな」

「ええ、おっしゃるとおりです」

 ――何だ、どうなっている???

「まぁ座って下され」

 挨拶も早々に三人は申し合わせたように席に座る。そのテンポに取り残されたラドは完全に部外者の様相だ。


 アンスカーリがテーブルの横にある灰皿スタンドのような道具に手を置く。するとそこから繋がる魔法結線がゆるりと光り、呼応して奥の扉から召し使いが出てきた。

 前は使っていなかったが、どうやら貴賓との晩餐に使う呼び鈴らしい。

 アンスカーリは、召し使いに小声で注文を出す。

「カチャ殿、ご存知と思うがカレンファスト卿じゃ。皇撃騎士団長にして、カレンファスト領を治める南方の重鎮。文武に長けた男じゃぞ」

「もったいない紹介です。カチャ殿、お目にかかれて光栄です」

 カレンファストは無駄のない所作で優雅に頭を下げる。黄色みを帯びた魔法の明かりのせいではっきりとは分からないが、多分ブロンドだろう髪がサラサラと雪崩れる。カレンファストはそれを掻き上げて、カチャに白い歯を見せた。

「いやいや、カレンファスト卿に頭を下げられると、ウチのほうが申し訳ないわ」

 そんな社交辞令の間に、飲み物が運ばれてきた。

 それは手のひらに載せるとかわいいサイズの陶器の器。その器には透明な液体が入っている。

「まぁ、カチャ殿、この出会いにまずは一献」

 アンスカーリの言葉にカチャは運ばれてきた、小さな器を取る。

「おおきに、これは米酒やな! 高級品やないの!」

「まぁこんな時にでもないと、いただきませんからな」

 それがラドの元にも運ばれてくる。

「マージア殿は嗜まれるかな?」

 若干バカにしたふうにカレンファストが聞くので、思わず見栄を張って「もちろん」と答える。

 だが酒は今も昔も得意じゃない。特に土酒は匂いもアルコールもキツかった。もう二度とゴメンである。

「それは良かった、私もマージア殿とは一度、酒盃を酌み交わして、ゆっくり話したかった」

「光栄です」

 ――なに話すんだよ。全然見えねーよ!


「では、勝利に盃を」

「盃を」

 この国では乾杯をそう言うらしい。確かに飲み干すわけではないから乾杯ではない。だがカチャは、その酒をきゅっと飲み干す。何だかよく分からないが負けたくないのでラドも合わせて飲み干す。

 ――コレ、ほとんど日本酒だ。

「んまー! 噂通りの喉ごしやな!」

「まことに」

 カレンファストと同意。

 ンもうっ、いちいち声がカッコイイわ! カレンファスト!

「カチャ殿、好きなだけ煽ってくだされ」

 アンスカーリは満面の笑顔で歯を見せると、召使いを呼んで食事を運ばせる。相変わらず女に甘い。

 カチャはそんな老人の勧めを有難く頂戴して、米酒にまつわる南方の話を二、三披露する。それを興味深そうに、時に楽しそうに聞くカレンファスト。

 カチャの色のある話っぷりにアンスカーリの顔も緩む。

 そんな世間話の後、カチャはテーブルに置いた盃を中指の先でスッと押した。


「さて早速やけどビジネスの話や、白百合騎士団の話はお聞きの通りや。ウチが魔法局で話したのはホンマやと分かってくれたとおもう」

「ああ、間違いない。我々の仕事を遂行するにあたり、あれは非常に魅力的だ」

「そやろ」

「ついては当騎士団でも使いたいのだが、我々は白百合と違い規模が大きい。その手間も含めて幾らか上乗せして――」

「ええで、ロハで」

 食い気味の答に、目をぱちくりさせる男二人。

「カチャ殿、今なんと申されたか?」

「ぎょうさんあると納期遅れるやろ。そのご迷惑料含めてや。ダダで納めさせていただきますわ。ああお姉さん、米酒はウチや」

 糸に細めた目で、カチャは召使に酒のお代わりを求める。

「しかし、それではカチャ殿の大損ではありませんか。皇撃騎士団の納品数は百や二百ではありませんから」

「わかっとる。せやからロハはメインの武器だけや。それも同じ形の武器で納めさせてもらいます。ラド様、ええよな」

 急に様扱いで振られて酒を吹きそうになる。急すぎ! 文脈も分からずいいとは言えない。だが、カチャの目が『いいと言え』と言っている。カチャがイケると言うなら、ここは専門家に任せるしかない。商売はカチャの方が頭が回るのだ

「もちろん」

「よっしゃ、ボスの了解も出たで。そっちはどうや?」

「こちらは……、アンスカーリ公、よろしいですか?」

「カレンファスト卿の随意になされ」

「ならば、この話乗らせてもらう」

「よっしゃ決まりや。そのかわり、あんさんらが今持ってる剣は頂くで、ああ、もちろん鞘柄に差し替えるためや。それと刀身はもういらんからもらうけどな」

「もっともでしょう」

「よっしゃ、これで手打ち。話はしまいや。あとは現場でやるさかい。飯でも食おうや」

「あ、ああ」

 完全にカチャのペースに飲まれたカレンファストは、にこやかな中にとまどいを見せつつも美味しい話にありつけたことに喜色を隠さなかった。

 だがこの中で達観していたアンスカーリは、カチャの狙いを見抜いていたらしく、笑顔の中にも鋭い目を隠さない。


 それを物語るようにアンスカーリは一言、カチャに忠告する。

「この度は、まずこの老人にご相談いただき感謝申し上げる。引き続きよろしく頼みますぞ」

「もちろんや! ウチは商人やさかい!」

「ほぁははは、何をいわんや。もはや王国に多大な貢献をした貴族か騎士ですとも」

「あははは、それも悪ないな」

「何かありましたら、この老人を頼りなされ。同胞として力になりましょう」

 だがラドには、なぜカチャが皇撃騎士団と話しているのか、何でアンスカーリと意気投合しているのかサッパリであった。



「いゃあ、飲んだな、食ったなぁ~」

「なんでウチの女の子達は、こう偉い人たちの前でたらふく食えるかな。僕はいつも緊張してるのに」

「なんや、ラド坊あがっとったんか?」

「上がりはしないけど、場を弁えてるんだよ」

「何を~、ウチが弁えてへのかぁ~」

「カチャ、酔ってるだろ」

「酔ってへん。酔ってへんから歩けてる」

「僕の肩を借りてね」

「借りれるもんは全部借りるんやーーー!」

 夜が深い街は、もう酔っぱらいも歩いておらず、ただ音もない静かな街を、カチャの叫びだけが石の壁を往復する。

「あーはははぁ~、はぁ~、なぁラド坊、怒らへんの?」

「何に?」

「ウチがロハでシゴト受けたこと」

「なんで怒るのさ」

「ラド坊が、大損するかもしれへんのに」

「損するのは慣れてるよ。それにカチャがやりたいなら僕は止めない。きっとカチャには考えがある。僕より深い考えがね」

「ウチを信用するんか?」

 二人は目を合わせない。合わせないが、ラドとカチャの脚取りは、測りもしないのに合っていた。

 カチャを支えるラドの耳に、カチャの早い鼓動がトクトクと聞こえる。背丈が随分違うので、ラドの頭はちょうどカチャの胸のあたりにある。


「カチャお酒強くないでしょ」

「話し変えんといて。ウチを信じるんか」

「ああ、信じてる。だって僕はメイドリンさんからカチャを預かったからね」

「メイド……なんで知ってるん?」

「それは秘密。実はボクは超能力者なんだ」

 カチャがメイドリン団長に助けられたのは、ライカから聞いていた。もともと打算があって助けた訳ではないが、初陣のとき、カチャの叫びに聞こえたメイドリンなる人物が気になり、ちょっと調べたのだ。

 そしてカチャは戦災孤児の自分を拾ってくれた彼女をとても慕っており、そんな思慕してやまない人を失ったのは耐えられない喪失だったと知った。そんな恩義を忘れぬ人が悪人のはずはない。それはメイドリン団長の言葉を熱く語るカチャを見て、もはや疑いようもなかった。

「バカやな。ラド坊は。なんでも信じてもうて」

「そう? 僕は人を見る目が有る方だと思うけど」

「……アホ。もう、チャラにも恩返しにならんわ」

「恩返し? なんの?」

 カチャはたっぷり余韻をとってから、ラドの肩を掴む手に力をこめた。

「命ごと拾うてもろたんや。最初はメイドリン団長に。そしてラド坊に」

「そんなの当り前だよ。倒れてるんだもん」

「ラド坊にとっては当り前なんか?」

「そうだよ」

「ちゃうやろ。この世界はではな。死ぬんや。ああなったらもう誰も助けてくれへん。だからウチはもう諦めとった。助かっても良くて奴隷や」

「……」

「だからウチが目覚めて、ベッドの上にいたとき、どんだけ嬉しかったか。ラド坊にはわからんやろ。有難かった。けど信じられへんかった。だから試した」

「何を」

「こいつらはウチ売るんか、使い倒すんか。見極めようと思うたんや。せやから白百合騎士団でめちゃめちゃやった」

「あれか。僕は試されてたんだ」

「あれでラド坊がウチに愛想をつかして捨てるんか、それともボロ儲けして目の色が変わるんやないかって。でも違った。もしかしたら……でも信じていいか自信があらへんかった」

「なんの自信?」

「……ホンマの仲間かどうか」

 カチャは仲間と言った。

 柄にもなく弱々しい声が、冷たい夜の空気を纏って足元を抜けていく。そんな零落をラドは壊したくなる。


「ならカチャは無駄をしたね」

「なんでや?」

「だって最初から仲間だったんだから。マージア騎士団のメンバーは、みーんな拾われたはみ出し者なんだもの」

 ラドはカチャを支える肩を外して、大げさに両手を広げて歌舞いてみせる。

「そうか……、そうやな。ははは、なら初めから合格やないか」

「そう、それともう一つ勘違い」

「なんや?」

「仲間には恩返しなんて、いらないんだよ」

「……そやな。ほんまや。もう、ラド坊優しすぎるわ。そない言われたら抜けづらなるやろ」

「えっ! 騎士団やめるの?」

「ああ、今やないけど、ここはホントのウチの居場所やない。ウチの戦いは戦闘やない」

 それは予感のある言葉だった。

「やっぱり、そう感じてたんだ。だからチャラとか恩返しって言ってたんだね」

「そないなところや、助けてもろた分はお返ししなアカン」

「お返しもいいし、やめなくてもいいよ。カチャの席は永久欠番で取っておくから」

「永久欠番?」

「あっ、野球がないから分からないか。席だけ取っておくって事。兵站長としてね」

「なんで、兵站長を知っとるんや」

「レジーナって白百合の子に聞いた。何でもマージア騎士団の代表みたいな口ぶりで出てきたって」

「あはは、そや! あんときはそんくらいの勢いやったわ」

 大笑いしてアルコールが一気に回ったのか、カチャはふらっとよろける。それをラドは体いっぱいで支えて、カチャの胴に手を回す。

「お嬢さん、こんな僕で良ければ肩をお貸ししますよ」

「小さくて頼りにならんわ! もう。ほんまに……」


 王都の夜は暗い。

 満天の星の海の浜辺を砂に足を取られて歩くように、よろけながら二人は歩く。

 カチャがふらつけばラドが支える。カチャもラドに持たれ過ぎないように頑張る。

 そうして、一歩、一歩。

 ただ足音だけが、石の道に不規則に響く。


「ラド坊、あんさんの下にマッキオ工房を組み入れればよろし。職人を飼えば継続的に利益になるで」

「えー、そんなことしたら、一緒にアキハが付いてくるよ」

「あの娘、エエ娘やん。大事にしてやり」

「わかってる」

「わかってへんよ。ウチがベタベタしたら、『アキハに触るな』って怒らな。そない言われたら、もう一発でメロメロやで」

「そんなキャラじゃないよ。僕もアキハも」

「そう思ってるのはラド坊だけちゃう?」

「それは分かんないよ。僕らは近すぎるから」

「なら、一人にしちゃあかんやろ。あの子はホンマは強ない。うちが……いやもう終いや。ほらラド坊。もう家が見えてきた。夜が明けたらまた忙しなるで」

「ホント。だれかのお陰で、また明日から忙しくなりそうだよ」


 夜道のカチャとの話しは、誰にも言わないことにした。

 カチャの陽気な糖衣の内側は、寂しさと自分の居場所への渇望で乾ききっている。世界不信の砂漠の中で、商売という自尊心の朝露だけを頼りに生き延びてきた。

 それだのに、いや、だからだろう。受けた恩を大事にする暖かさがまばゆく輝きを放つ。逆に商売に対する合理の刃は、恐ろしいほど冷たく光るのだろう。

 そんな非対称の苦しさを、いつかカチャが解き放ってくれたのなら嬉しいと思う。

 帰るなり居間で倒れこみ、スピスピと満足そうに寝息を立てるカチャみてそう思う。


「しまった! なんでアンスカーリとカレンファストなのか聞きそびれた!」

 まさかそれを聞くためだけにカチャを起こすわけにもいくまい。

「まぁいいか、明日で。ホント、僕も女の子には甘いや」

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