不思議の国のアキハ
それから暫くして。
風雨が荒れ狂う台風にも、ぽっかりと青空が見える目がある。
今日は珍しく台風娘のカチャがお出かけで、ラドは静かな午前を迎えていた。
今朝、発行されたばかりの『騎士団員証』をカチャに手渡すと、
「おおきに。ほな、ウチは行くところがあるさかい」と、食べかけの朝食を慌てて口に詰め込む。
「どこにいくの?」
「街道警備本部や」
「なんの用事で?」
「言わなあかん?」
「ぜひ」
ここまでしつこく聞くには訳がある。
さすがラドも学習した。
『この娘を放置するのは危険である』と。
最近は朝起きたら何より先に今日のカチャの予定を聞く、「さてと」と言ったら何をする気か聞く、一緒に歩くときは見失わないように必ず後ろを歩くクセがついてしまった。
「制服や。ウチまだ街道警備の服もってへんやろ。それともラド坊がウチのスリーサイズ測って作ってくれるやったらエエけど」
「しないよ、そんなこと」
「ショックやわぁ。けっこうスタイルには自信あんのに。ちょっと見てみる?」
と言って、ちらりと胸元をはだけて谷間を見せる。
「いいから、早くしまいなさいっ!」
「えー」
全力で背中を押して、カチャを家から追い出す。
確かに街道警備の制服に女物はない。ライカもイチカもリレイラも凹凸がないツルペタ体系なので、腰回りをベルトで締めれば、小さいサイズの男物の制服で何とかなる。特にライカは筋量があるので、むしろ男物が丁度いい。イチカは背が小さ過ぎるのでラドと同じく街の服屋で似た物を用意した。
しかしカチャは明らかに女性体型だ。男物の制服ではアチコチ余ったりキツかったりするだろう。
それは分かるのだが……、
「カチャめ、女物の特注品だから僕に内緒で本部に掛け合ってオーダーしやがったな」
後で高額の請求書が来なきゃいいけど。
そういえば騎士団に女の子を入れても良かったのだろうか? 今更だが確認もしないなんて我ながら非常識だと思う。
「まぁ、自由にやれって言われてるからいいか。これでカチャも晴れてマージア騎士団の一員だし」
そんな具合に珍しくカチャからも開放されたので、今日はマッキオ工船、もとい工房に行ってみる。弟子の二、三人死んでなければいいけど……本当に死んでいたらどうしよう。神様がいなくても呪いってあるのかしらん。
工房に行ってみると鬼畜と化していた親方の更に恐ろしい姿を見てしまった! なんと満面の笑顔で弟子や工員に休みを出しているではないか!
「おめぇら、今日は休んでいいぞ」
死相がくっきり顔に出た弟子に、なんと千ロクタンのお小遣いを付けて、背中を叩いて工房から追い出している!
そんな鬼の撹乱を物陰からワナワナしながら見ていたら、親方に見つかってしまった!
「ようラド~、どうしたぁ~そんなところで。全くおめぇは作る側のことも考えね~で勝手に仕事増やしやがってよぉ」
なんて口では愚痴るが顔はさにあらず、目じりが下がりまくってホクホクだ。
そうか! 今日は初回納品。つまり手元に現金が届く日だ。そりゃ満面の笑顔になるはずだ。
なにせ受注総額は七百万ロクタン。親方の取り分だけで百四十万ロクタンもある。そんな大金なんて庶民が目にする金じゃない。
しかも、いつもなら頭を悩ます鉄の調達も、荷馬車一杯のクズ鉄がやってきたので使いたい放題。材料原価ゼロの夢のような利益率だ。
「ラド。ちょっと来い」
怪しげな笑顔で手招きをする親方。み、み、見慣れないので、逆に怖くてとても逆らえない。
「せっかくの休みだ。アキハと遊んでこい」
と言って、手に二千ロクタンを握らせる。
「親方……」
「いいって、いいって。ラドには世話になってるからよぉ」
「アキハ?」
アキハを見ると、この世の終わりのような真っ青な顔をしてブルブルと首を横に振っている。これは『何も言うな、これ以上言うな』のサインだ。
「アキハもよくやったなぁ」
コクコクと頷くしか出来ない二人は、ひげ面のおっさんの慰労という身の毛もよだつテンダネスを貰い、震え上がって工房から逐電。君子豹変、機嫌が変わらぬうちに退散である。
「怖かったねぇ~」
「逃げてきて正解だったわ。あそこにいたら絶対何か起こってた」
「だね、急に吠えたり噛み付いたりとか」
「急にハンマーで殴られたりとか」
こわっ! こういうお天気は何かの一言で急転するものだ。逃げて正解。
「ところでこれからどうする、ラド?」
「せっかくだから、本当に遊びに行こうか」
「うんっ! じゃ私着替えてくる!」
アキハの顔がお日様のように輝くのが嬉しい。
今日は日頃のハードワークの慰労を兼ねて、久しぶりに二人でお出かけだ。
えっ? デートじゃないかって?
違います。あくまでもお出かけです!
アキハはラドの官舎のすぐ近くに部屋を借りて一人暮らしをしている。工房は親方が寝泊まりしているから、そこにはいられない。ラドの官舎は家族しか入れないから、イチカ、ライカ、リレイラは同居出来るがアキハは無理だ。
上京したとき、アキハはラドと一緒に暮らすと駄々をこねたが、ラドが官舎の管理人に掛け合っても同居の許可は降りなかった。そもそも部屋の広さ的にも五人暮らしは苦しい。
そんな理由もあり、アキハはぶーぶー言いながら官舎の近くに部屋を借りた。
そのアパルトマンの古びた木枠のドアをノックする。
「アキハ準備できた?」
中からバタバタと何が倒れる音がして、「ああ、もう!」とアキハの声。慌てて準備をしていて何かを引っ掛けたようだ。
片付けなんて得意じゃないタチだ、部屋には入ったことはないが、たぶん散らかり放題なのだろう。
「慌てなくていいよ」
「大丈夫! 今いくから」
アキハはもうドアの目の前に来ているらしく、スカスカのドアの向こうから、よく通る声が明瞭に聞こえる。
「おまたせ」
勢い良く玄関扉が開く。
「ううん、待ってないけど、ずいぶんと時間がかか――」
なんてこった!
目の前にはフリルがついたピンクの縦縞のエプロンワンピに身を包んだ少女がいるではないか!
「誰!?」
余りの驚きに無意識の声を発し、ナメで足先から腰、胸と見上げる。
スネまである長いスカートの裾から見えるフリル。ふんわりしたワンピは腰で絞られ白い花柄のエプロン状の装飾でまとめられている。髪は後でまとめて、ゆるく結んだフィッシュボーンだ。アキハはそれを肩から前に垂らしていた。
まるでふしぎの国のアリス。
フリルのエプロンワンピは華奢な子が身にまといそうだが、色味もデザインも可愛すぎて、アキハの体格とキャラではない。なんたって胸周りがパンパンだ。こんなりっぱな胸のアリスはいない。
だが、モジモジ恥じらう仕草と普段のギャップが……、ちょっと萌えるかも!
特にフィッシュボーンの髪型が新鮮で、もじもじするたびに肩のあたりをするすると動くのにもドキッとしてしまう。
頬をほんのり赤らめて言葉を詰まらせたアキハは何故か泣きそうな顔でラドをじーっと見ている。そしてやっと出した言葉は、
「なんか言いなさいよ」
不機嫌そうに言う。
ラドは我に返り、見とれ過ぎた自分を振り落とす。そしてコッチも一声を選ぶ。
「似合わねぇーーー!」
そう言うしかない。『似合うね』なんて言えない。だってキャラクターじゃないのだ。それはきっと本人も分かっている。
でもちょっとエモいのも事実だ。それを言うのこっちが照れる。うまく誤魔化しながら気持ちを伝えるにはこの言葉しかなかった。
だがアキハは泣きそうな顔をいっそう曇らせ、「……かえる」と、まだ玄関も出ていないのにドアノブに手をかける。
「うそうそうそ! ごめん! そんなことないって! かわいいって!」
「いい、もういい」
「ちょっと驚いただけだって。だってアキハ、そんな服着ないじゃない。スカートだって子供のとき以来だし。ほんと女の子っぽくてびっくりしたんだって」
「うそつき。似合わないって言った」
愁訴を湛えた目で言う。
「真に受けんなって。もうアキハったら」
ラドはアキハの手をしっかり取り、アキハの胸までしかない体からとは思えない力でアキハを引っ張る。
不意だったのだろう、アキハは「きゃっ」と聞いたこともない少女の声で驚くと、トトっと小股で前につんのめる。
ラドはそんなアキハを全身で受け止める。
「行こう! 今日はアキハの好きなところに行こう! どこでもいい。なんならお腹一杯、肉を食ってもいい」
「食べれないよ。こんな服で」
「あはは、そうだね。じゃ小鳥のように色んなものをつまんでもいいよ」
「食べ物からはなれなよ、ラド」
「あははは、そうだね。せっかく二人なんだ。今日は普段出来ないことをやろう!」
いつもと立場が逆だ。アキハはラドに引っ張られてバタつく玄関を出た。
遊びに行くと言っても、王都の出身ではない二人には、どこへ行けばいいのか皆目見当がつかない。なにせパラケルスには遊びなんてない。大人は飲むか風俗、子供はひたすら走り回るだけ。貧しい農奴の娯楽など年に一度の祭りしかない。
いっそ街をプラついているライカの方が王都の遊びを知っているのではないかと思える。
そんな二人が知っている楽しみなど、繁華街の市場しかない。目を合わせるとアキハも同じことを考えているらしく、互いに引っ張る手が自然と市場の方に向かう。
それがおかしくて、また目だけでうなずき合って目だけで笑う。
市場は人でごった返していた。色とりどりの服、果物、装飾品、そして様々な日曜雑貨。何に使うか分からない壺や、路地で彫刻や針子をする職人もいる。売っている物も歩いている人も、この全てを包む雰囲気が混沌としていて、多様と言う名の悦に満ちている。
「ところで、その服、どこで買ったの?」
「北の市場。王都に来たばっかりのときに買ったの」
「意外だったよ。アキハがそういう趣味だったなんて」
「なによっ、悪い!」
本人も気にしているのか服の事を話題にすると、ヤンキーフェイスでギロっと睨む。
「睨むなって。普段着と落差がさ」
「普段なんて見たことないじゃない。あれは仕事着。ひらひらしてちゃ仕事になんないもん」
「ひらひら好きなの?」
「分かんない。ロザーラさんがそういうの着てたから……」
そういうことか。
「アキハも女の子だもんな。僕といるときはいつも荒事ばっかりだもの」
「そうよ。そんなのばっかラドが頼むから」
「ごめん、ごめん。それはアキハが頼りになるからだよ」
「おだててもムダよ、もうしてやんないから」
「うそ、アキハはやっちゃうよ」
「ほんとにもう! 手伝ってやんないから!」
なんて言いつつ笑うアキハの笑顔がかわいいと思う。それが今日は何故かするりと口から出る。
「あははは、今日のアキハはかわいいよ」
「ちょっ! なによ急にっ」
「ちょーっと服が小さいけど」
「し、仕方ないじゃない! ここに来てからも大きくなってるんだから。だいたい一年近くも私を誘わないラドが悪いのよ!」
「そうだね。ほんとにそうだ」
言い合いに掛け合い、でもそれが童心に戻ったようで楽しい。
ちょうど小物店の横を過ぎると、キラリと光る光跡が目をよぎる。
それは色とりどりの石をはめた櫛。
そのきらめきを目に止めたラドは、露台に綺麗に扇を描いて並べられた、つげ材の髪飾りを手に取る。
「これなんて似合うんじゃない?」
「それ、ウチの工房のガラスじゃないの?」
「うふふ、かもね」
「お客さん、それはエマストーンも嵌まるすぐれもんだよ。こっちがウルック街道の石だ。一緒に買ってくれたら安くしますぜ」
店主が売り込みに来る。
それを聞いて二人は顔を見合わせて密やかに笑い合う。それが不思議なのか店主が聞いてくる。
「どうしたんだ? 何か変なこと言ったか?」
「へへへ、大したもんだよ、アキハ」
「うふふ、大したものね、ラド」
我慢しきれなくなって二人で大声で笑う。
「あははは、はぁ~、おじさんこれを下さい。青いのがいい。彼女が昔、青い綺麗な石をくれたんだ。そのお返しだから」
アキハは受け取ったつげの木にガラスの装飾を施した髪飾りをラドに刺してもらう。
「ピンクには合わないんじゃない」
「でも、アキハには似合ってる」
アキハは満足そうな笑みを湛えると、少しかがんでラドを見る。
「ありがとう。ラドが私だけに何かくれるの初めてかも」
「そんなことないよ」
アキハは思う。
――そんなことある。私はラドから貰ったものを全部覚えているもの。これでわたしもイチカと一緒……。
アキハは胸の辺りが満ちるのを感じて、編み込んだ髪に無理やり刺さったつげの櫛を指先で撫でる。その指先からラドの香りがした気がした。
そのあと店主に面白いモノはないかと聞いて、『プラータ』という出し物を紹介される。
翻訳されないということは、この世界にしかないエンターテインメントらしいが、見に行ってみると前の世界で最も近いのは参加型の大道芸みたいな遊びだった。
大道芸か……。
高校の頃だったろうか、秋葉に誘われて街のあちこちのストリートで行われる大道芸を見に行ったことがあった。その頃の自分は秋葉と一緒にいるのが受け入れられなくて、無関心を装ってつまらなさそうに見てしまった。
僻んでいたのだ。明るくて可愛くてクラスで人気者の秋葉は、いつの日からか自慢の幼馴染から屈辱を喚起させる人になっていた。秋葉とまるで釣り合わない自分が彼女から声をかけられて一緒にいるのは、お情けに思えてしまって。
バカな自尊心だと思う。いまの自分だったらもっと素直に楽しめたものを。
出会いは一度しかないのに、本当にもったいない事をしたと思う。
だから、そういう何事もないことを大事にしたい。今度は忘れないでアキハとそうしたい。
リュートに似た楽器が奏でる軽快な音楽に合わせて、アンスカーリみたいなサイケな服を着た男が踊る。彼は踊りながらボールを次々と放り投げるのだが、それを観客がさきっちょの小さく凹んだ棒で受け止める遊びがプラータだ。
ボールは思いの外、簡単に受け止められるのだが、踊りまくる男がしばしば邪魔しに来る。一緒に踊ろうと誘いかけたり、お尻をぶつけてきたり、突然全力でボールをぶつけたり。
そんな障害に負けずに音楽が止まるまで、ボール持っていた人が祝福を受けるというものだ。祝福はみんなの拍手と、この遊びにかけたロクタン。
とにかくファニーな男の踊りと仕草に笑わされる他愛もないエンタメだが、ご老人にはなかなか人気で、昼だというのにじいちゃんが一杯見世物小屋にいた。
ラドたちが参加すると、爺さんどもは大盛り上がり。なんでだろうと思ったが、その理由はすぐに分かった。
踊りの男は何をやっても許される設定らしく、薄毛の爺さんの頭を必要以上にいじるは、股の下をくぐり抜けて玉を触るは、やりたい放題。だったら若い女の子にやることは一つ。
哀れアキハのスカートは盛大にめくられ、その度に爺さんどもは歓喜の声を上げて大喜び。
どうやらこれは若い女性がいるときのお約束らしい。それで爺さんどもは盛り上がっていたのだ。
アキハは「もう!」なんて怒っているが、相手が年寄りなので怒るに怒れず。
「いやぁ、案外面白かったね」
「わたし、何回パンツ見られたか」
「よく我慢したよ。あんなことされたらカチャなら逆にお金を取りそうだ」
「ちょっと? まさか今日はカチャと行きたかったなんていわないでしょうね」
「それはない! ていうかカチャは苦手なタイプだから」
「そうなの? 最近いつも一緒だからてっきり」
「ていうか、まさかアキハがカチャのこと苦手だとは思わなかったよ、元気がいいところは似てるから意気投合するかと思った」
「うーん、カチャというか、実はわたし女の子が苦手なのよね」
「へー、そうなの? イチカやライカやリレイラは大丈夫じゃない」
「イチカとリレイラは別よ。生まれたときからの付き合いだもの。そうじゃなくて、どう扱ったらいいかわかんないの。わたし男の子とばっか遊んでたし、ハブルだから根が乱暴だし」
「自覚あるんだ」
「ちよっと! 人が真面目に話してるのに」
ラドが笑って話しを受けているのに、アキハは真顔で想いを語りだす。
「王都にきて思ったんだ。やっぱり私は違うんだって。女の子は剣を持って戦ったり、鉄を打ったりしない。みんな華奢で小さくてかわいいの。服を買ったけどやっぱりダメ。ラドにも笑われちゃうし」
「そんなことないよ。僕はいまのアキハがいいと思うよ」
「……ありがと、でも違うの」
「人なんてどうでもいいじゃない。僕はアキハのおせっかいで元気一杯で、ちょっと乱暴だけど、みんなのために頑張るところが好きだよ。だから、それでいいんだよ。もちろんハブルなんて関係ない」
アキハは顔をぷいとそむけてラドと歩く足を止めた。
そして急にラドの手を取ると、「甘いもの食べたくなっちゃった。お菓子探しにいこ!」と言って、一直線にラドの好きなブッセの店に向かうのだった。
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ラドには今の顔を見せたくなかった。きっとラドは私の不安に気づいてしまうから。
今のキミがいいは、裏返すと変わってしまったら嫌いを意味する言葉。
『わたしは、いつまでも元気で乱暴でおせっかいな頑張る子』
でも本当は違う、それをロザーラさんやレジーナさんと触れ合ったあの日にハッキリと知ってしまった。嫉妬深くて弱虫で、そのくせ人を見下してて、だから周りのことばかり気にして、それを隠すためにつっぱって大雑把に振る舞ったり元気を装う。
でもラドはきっとそんな私の本当の姿を知らない。だから優しい笑顔で残酷な言葉を言えるのだ。
ラドが知っているのは十歳の私、工房で二人してふざけ合っていた頃の私だけだ。
なぜならラドの時間は止まっているから。
どんなにエラくなって新しい魔法を作ってもラドの本質は変わっていない。
そんなラドの横にずっと一緒に居られるのだろうか。私は繕った自分じゃなくて私らしく生きたいと思い始めている。弱い自分、孤独な自分、捨てられるのが怖い今の自分を越えて大人になりたいと思っているのに。
私は変わっていく。もう変わり始めている。けど変わる怖さも覚えている。
あの日、私が大泣きした日、あの場では恥ずかしさのあまりラドが放っておいてくれてよかったとホッとしたが、家に帰って一人になって、なんで何も聞いてくれなかったのかと悲しくなった。
ハブルの差別や居場所のない惨めさに泣いたんじゃない。ラドと私を狭い所に閉じ込めてきた切なさに、本当の自分を厚い壁の向こうに置きざりにしてきた寂しさに泣いたのに、ラドはそれを見てくれようとしなった。
そして思うようになった。
ラドはラドの中にない私を認めてくれないのではないかという怖さを。
それを考えるとまた胸が苦しくなり、メソメソしそうになる。そんな自分から変わりたいのに……。
――ダメ、ラドの前では元気なアキハでなきゃ。
まだそう思ってしまう。
何から何まで矛盾だらけの私。
そんな自分を抱きながら、私は声を張って装う。
「甘いもの食べたくなっちゃった。お菓子探しにいこ!」
と。