仇討
二日後にカチャは魔法で鍛え上げた武器を手に入れて、その足で一緒に街道警備に出る。
マージア騎士団の警備輪番はまだだが、警備に出る事自体は止められていない。
貴族といえども懐事情は様々だ。狂獣退治で小遣い稼ぎをしている場合もあるし、特に小さな騎士団では徴兵された兵の要望に応えて、団長がしばしば王都周りの警備をすることがある。
王都の郊外に向かいながら、カチャに戦いの基本を伝授する。
「いいかい、警報の火の魔法が上がったら、そこに――」
「わかっとるって。こないだまで守ってもらう側やったから」
「なら話は早い。警報が鳴ったら急行する。カチャが使える魔法は?」
「ひと通り行けるで。火の魔法、水の魔法、氷冷に光」
「いいセンスだ。イメージ型の思考が得意だね」
「そうや」
「魔法陣を渡しておくよ。呪文はその下に書いてる。これは省エネ型の火の魔法ファイアバレットだ。威力は中型の火の魔法と同等だけど、効率はおよそ百倍いい」
「へー、こんな紙切れでねえ」
カチャは魔法陣をピラピラと風に泳がせ、日に透かして珍しそうに見る。
エマストーンは一般化してきたが、いわゆるスクロールの魔法陣で魔法を使う方法は騎士団でこそ用いられているがまだ一般化していない。珍しく思うのは無理もない。
「ただし、所詮は紙だから、五、六回使うと焼き切れるけど」
「ここぞというとき、使わせてもらうわ」
「次に戦闘の基本。戦いの基本はイニシアティブを取ること。そして最高のイニシアティブは敵に見つかる前に仕留めることだ」
「そんなことできるんか?」
「地形を使えば可能だけど。王都近辺じゃ難しいな」
「なんや。期待してもうたわ」
「でも、敵がどこにいるか火の玉の警報で分かるから遠方から攻撃ができる」
「なるほどな。んで近くまで来たらこの剣でザンバラリやな」
「まぁそうだね」
ラドの説明が終わるとカチャは馬車で先行するライカと合流して警備についた。
初陣に興奮しているのか、カチャはフンフンと鼻息も荒く、ライカと二人して御者台に腰掛ける。
カチャの制服はまだないから服はライカの旅装束だ。パーンが着た服だから袖を通すのをためらうかと思ったが、カチャはそういうのにこだわらなかった。だからライカの横に座ることにもためらいは無い。
「ライカはんは、ラド坊と長いんか?」
「うーん、しゅにんに拾ってもらったのはいつだったかなぁ」
「なんや、あんさんも拾われた口かいな」
「ライカが、腹ペコで動けないときにご飯をくれたんだ」
「そか、そりゃつらい話やな。でもめっちゃうれしい話やな」
「うん、嬉しかったぞ! 半獣に話しかけてくれる人がいて、ご飯もくれて、ライカと仲良くしてくれた。思い出しても涙がでるにゃ」
「……なんや、ラド坊ええ子やな」
そんなラドには聞こえない所で同苦を語り合う間に、けっこう近くでひょろひょろと火の魔法があがり、天空でポンと強い光が弾ける。
サインとなるパルスを数えるまでもない。目の前である。現場に急行だ。
「ライカ、馬で先行しろ!」
後ろの荷台からラドの声が飛ぶと、条件反射のようにライカは馬車から降りる。
「わかったにゃ!」
ライカは慣れた手つきで馬車につながるハーネスを外すと、手綱を取って馬に飛び乗る。そしてキタサンの腹に一発拍車をいれる。
と同時にその後ろにカチャが飛び乗った。
「ウチも一緒に行く!」
「だめにゃ」
「ウチは早く狂獣に復讐したいんや、ウチを拾うたメイドリン団長の仇をとったる!」
強弁したカチャの顔を見て、ライカは彼女を馬に乗せることにした。危険な戦いになって、もしやられたとしても彼女はきっと後悔しないだろう。この顔はそんな意志を現している。だから彼女の意思を尊重する。
それにもしラドが殺されたら、自分もそうするだろうから。
だが戦闘において同情はない。ライカは背中の同伴者など、まるで居ないかのように馬を走らせる。
カチャは自分が、持っている女だと常日頃から思っていた。それは商団が全滅してなお自分が生きていることで確信になった。そんな自分なら、この初陣はツキに恵まれる。
そんな予感は見事に当たる。
襲われているのは親子三人の旅人。狂獣はワルグが二匹。ここいらで僅かに二匹のワルグなど例の狂獣騒ぎの残党以外に考えられない。なら目の前の敵は自分の仇そのものである。
「さっそく会えたな」
後ろからライカの背中をみっちり掴み、舌を噛まぬよう口の中でつぶやく。
ライカは威嚇のために騎乗のまま、旅人に襲いかかろうとするワルグに急接近し、敵の興味をこちらに引きよせそうとする。
いきなり斬りかかったりはしない。
このまま降りて戦いに入ると、ワルグは興奮して旅人を殺しかねないからだ。
だが、馬を取って返して一度距離を取ろうとする瞬間!
カチャはヒラリと馬から飛び降り、片手を地について着地するや否やワルグの方に走り出した!
「カチャ!」
声をかけたときにはもう遅い。カチャはもう馬を降りた後だ。
「なんのつもりにゃ」
「メイドリン団長の仇!!!」
カチャはスラリと剣を抜くと、狂犬のように低く唸るワルグ一匹の喉元を切りつける。だがワルグは咄嗟にその剣をボクサーのように両腕でガードして受ける。
金属が鳴る音が鈍く響いて敵は一撃から命を守り、そしてもう一匹のワルグが入れ替わりに戦闘に立つ。
「ちっ! 獣っ」
カチャは商人のいい顔を捨てて、目だけで周囲を伺う。
ワルグはサビだらけのなまくら刀を持っている。これは多分、殺されたガウべルーア兵のモノだ。なぜなら狂獣には鉄を打ち武器を作ることなんて出来ないから。
鋭い牙を剥いて襲いかかる狂獣とカチャの打ち合い、だがカチャはそれを剣で受ける。
二打、三打と打ち返し、だがやはり敵は強く押され気味になる。向こうのほうが力も強く反応も早い。
当たり前だ。二足歩行で人の体格をしているが相手は獣だ。獲物を狙う瞳と鋭く太い爪、分厚い皮は敵を倒し食らう機能の何物でもない。
ワルグは一度しゃがむとフェイントをかけて、下からカチャを切りつける。それに慄いたカチャは後ろに躓くように尻もちをつく。
「まずっ!」
その予想通り、敵が切りつけてきた!
やばいとパニックになりかけた時、ライカの手裏剣が立て続けに二つ、ワルグの剣を持つ利き手に刺さる!
痛みに動きの止まるワルグ。
「いまにゃ!」
その言葉を聞き終わる前に、カチャはしゃがんだ態勢のまま、ワルグ斜め上から切りつけていた。
その大ぶりな攻撃をワルグは剣を上に構えて防ぐが、先ほどの打ち込みで弱っていたか、ワルグの剣はカチャの剣に断ち切られ、そのまま剣筋を変えながらも、胸に斜めの切り込みを入れる。
「ぐぎぇーーー」と叫びをあげるワルグ、だがまだ死んでいない。
「もうひと押しにゃ」
「言われなくても、やったるわ!」
カチャは立ち上がり、力任せの袈裟がけを二つ。それでも生きてまだ動く敵の胸に勢いよく突撃し、心臓のあたりに無理やり剣を突き刺し貫通させる。
「よし仕留めたぞ。もう一匹はライカが仕留めたから大丈夫だ」
騎乗のままワルグを仕留めたライカは手綱をあやつり、キタサンをカチャの横に寄せる。
カチャはハァハァと乱れる息を刹那に止めて、ツバをごくりと飲む。
――なんて硬いやつなんや。手がしびれている。けど、仇をうった。討ってやった。
「メイドリン団長……」
語尾は喉が詰まって声にならなかった。敵を討つと急に力が抜けたのか、目頭が熱くなって来たのだ。
そこで始めて、自分は今までずっと気を張っていたのだと分かった。
腰と気が抜けてカチャがぺったりと地に腰をつける。
カチャが女の子座りで地面と仲良くなってる間にも、ライカはテキパキと動き、敵の持ち物をあらため、襲われていた家族と話し、遅れてやってきたラドに状況を報告してくれた。
その姿をずっと目で追う。猫系の半獣人のクセに、ラドが来るとワンコのように嬉しそうにかけていく。そして自分より遥かに小さい子供の貴族、ラド・マージア。
不思議な子供だと思う。
そのラドからライカは何か指示を受けてこちらにやってる。
「カチャは無鉄砲だ。危なかったぞ」
「あははは……、なんやアタマに血登ってもうて」
「その剣じゃなかったら、お前は死んでたにゃ」
「剣?」
言われてワルグの胸から剣を引き抜く。
確かに剣は無事だ。曲がりはないし、驚くことに刀身は血を弾いている。
「これで拭くといい」
ライカが腰に巻きつけた麻の布巾をポイと投げる。
身を乗り出して受け取り言われるままに剣を拭くと、かつて見たこともない奇麗な刀身が現れた。
まるで打ち立てのようにまばゆい刃紋。それは層をなして複雑なダマスカス紋様を映していた。なにより刃こぼれ一つしていない。手が痺れるほど打ち付けたはずなのに、この革ベルトの厚みもない剣は、剣戟の衝撃などもろともしなかったのだ。
それはワルグが持つ剣を見てもわかる。足元には刃がぼろぼろになった、ノコギリのような剣が落ちている。もともと錆びだらけの骨董剣だと思うが、それをボロボロにしてあまつさえ断ち切るのだから。
「すごいなぁ」
「魔法鋼の剣はすごいだろ。それ、しゅにんが考えたんだ。いくら切っても壊れないし、切れ味も悪くならないんだ」
ライカは嬉しそうにカチャに説明する。
「そうなんや……これ。ホンマすごいわ、これ……これ、これは使えるわーーー!」
カチャのワルグに悲鳴にも劣らないキンキン声がラドの耳朶に響いた。
「ラド坊! いまから王都に戻るで!」
「どうしたの急に!」
「ちゃうねん。ウチの復讐は狂獣を倒すことやあらへん。儲けることや! 拾うてくれたメイドリン団長がウチに教えてくれたのは商売のイロハや。なら、メイドリン団長へのたむけは、ウチが団長より儲けて成功した姿やろ!!!」
「う、うん」
急に出てきたメイドリンってだれやねん、と思いつつ、ラドはカチャが何を吹っ切ったのだと分かった。そういう気持ちは大事にしないといけない。
大切な何かを失った気持ちは良く分かる。魔力がないと言われたあの日、アキハがしてくれたのは、ただひたすら気持ちを傾けてくれたことだった。それを知っているなら、そんな気持ちになった人を心から応援しなければいけない。
「わかった、何かやりたいことを見つけたんだね。僕ができることなら協力するよ」
「もう、ラド坊、やっぱ好きやわ!」
もともと会った時から元気な娘であったが、さらにアッパーテンションになったカチャの喋りは、息をつく暇を与えぬ速射砲だ。
カチャは言いたい事を息継ぎもなく言い切ると、今度はラドの脇に手をいれて子供を抱きかかえるように持ち上げ、頬をすりつけギュウギュウと愛撫する。
「ちょっと、やめてよ。子供じゃないんだから!」
「ええやん、ええやん。何歳かしらへんけど、こんな美人のお姉さんの頬ずりなんて、金払ろてもできへんで」
金を払ってまでって……そんな事は三十路の思考でも出てこなかったが、中には仮初でもそのようなひと時の快楽に身を任せたい人もいるのだろう。事実、ウィリスはそれで人生を棒に振っているのだし。
「それで、カチャは何をしたいの?」
「狂獣の戦場にいくんや!」
「え? 戦場? 何しに?」