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しんがり2

 急ぎ王都側の戦線に加わったラドは、ライカ達の接近戦の突破力で火の魔法が背中から降り注ぐ戦線に切り込む。

「ライカ、僕は敵の先導役はこの集団の先頭にいると踏んでいる。何名かは分からないけど匂いの濃いところ辺りだ。そいつは他の狂獣とは違う動きをしているハズだから、みつけたら構わず切りつけろ」

「わかったぞ」

 同じくイオもうなずく。

「リレイラは氷冷の魔法を空気にかけろ! 見渡す限りの広範囲にだ!」

 それを合図にリレイラは氷冷の魔法を視界一杯に展開する。顕現範囲は百平方ホブには広がっているはずだ。術者にかなり重い魔法だが、リレイラの魔力量ならばなんとか大丈夫だろう。


 その魔法が効果を発揮し始めると、さすがに周囲がひんやりしてきた。

 風が動き出している。

「後方―――!!! 撤退を始めろ! ここはマージア騎士団がしんがりをつとめる!!!」

 ラドの異質なまでの甲高い大声が戦場に響きわたり、その声に促されて各騎士団は初めはゆっくりと、だが次第に早く撤退を開始する。

 負傷した多くの魔法兵を抱えながら後退していくので足は遅い。それでも準貴族の私兵団はじりじりと後退していく。

 運ばれていく負傷兵は名高い皇衛騎士団だというのに、誰もが革鎧さえ武装をしていなかった。剣一本、魔法のみの戦いだったということは、恐ろしいほど完璧な夜襲だったのだ。


「どうだ、風は」

「ラドさんの背中から来てます。追い風です」

「よし、狂獣の動きは?」

「変化が出てきてます。なにやら戸惑っているような」

「よし読み通りだ。ライカ、イオ! 匂いにやられるな! 目をみはれ! 狂獸とは違う動きの者がいないか見つけるんだ!」

「了解~」

 気楽に返事をするが、ライカの目はもはや人の目ではなく狩人と化した猫の目になっている。

 その集中力をもって前方から迫る敵をズバズバ倒す。

 ライカのために作った武器は二つ。手裏剣と二本のグラディウスだ。ライカはそれがとても気にいったらしく、「軽くて最高にゃ!」とときめいていたが、そのグラディウスが朝日に白銀の閃光を放つ。

 横のイオも負けていない。彼が手にするのはハイデュラビリティのショートソードだ。イオの腕力ならばシンシアナ兵なみに破壊力のある長剣を使えるが、スピードを旨とする彼らの戦い方には合わないので、あえて身軽な薄みの剣を作った。

 イオはそれを小枝を振り回すように扱っている。


 二人が飛ぶように戦場を駆け抜けると、その後ろに血しぶきを吹いて倒れる狂獣が続く。

「凄い! キレ味が落ちない!」

 初めて実践で使う武器に、二人からは感嘆の声が漏れる。

 今回作った刀身は魔法処理だけではなく、徹底的に表面を滑らかに作っている。これは身を切った脂で切れ味が落ちるのを最小限にするためだ。

 二人の足が止まらないところを見ると、その効果はいかんなく発揮されているらしい。


 ライカやイオを含めた四人のパーン達は互いに背中を守りながら、戦場の中の縦横無尽に駆け巡り違和感を探す。動きが単調な狂獣相手ならば接近戦の強さと素早さは圧倒的な優位になる。

 もっともそれは短時間だけ使えるアドバンテージなのだが、今はそれだけがラド達の武器だ。

 あとは違和感を見つけるのが早いか、体力が尽きるのが早いか。


「いた!」

 高い声がした!


 その声がラドの耳に届くより早いか、ライカは一気に駆け出し、戦線を横に走り抜けたかと思うと、狂気と化すワルグより二回りは大きい狂獣オルグの一撃をジャンプでひらりと避け、空中で回転した体制のまま、腰のベルトに仕込ませた手裏剣を矢継ぎ早に三発放った。

 それは過たず人サイズの狂獣ワルグの額に刺さり、ワルグは狂獣とは思えない程、あっけなくバタリとその場に倒れる。

 ライカの方は空中でくるりと回って姿勢を整えると、近くの狂獣の頭を足場に二段ほどジャンプして、倒れたワルグの上に着地。そして何を思ったかワルグの皮をはいだ!

 一瞬、『何!』と思ったが、中から現れたのは人?


「しゅにーん、捕まえたぞーーー」

 その言葉が言い終わらないうちにイオも動く、そして同じくワルグを仕留める。

「ラドさーーーん! ハブルです。ハブルの男が狂獣の皮を被っています」

 ハブルというのは意外だったがやはり、自然発生した集団じゃない、人に率いられていたのだ。


「そいつらの荷物を漁れ! 匂いの元があるはずだ! それを敵集団の真ん中に投げるんだ!」

 その言葉を理解した二人は、すぐさま倒れたハブルの持ち物を調べ、なにやら液体の入った牛乳瓶ほどの器を空に向かって思い切り投げた。

 それが陽光を浴びてキラキラと輝く。


「ガラス……あんなガラス瓶なんて工房で作ってないぞ」

 王国内に別のガラス工房があるのなら、王都にそれが出回っている筈だ。だが市場で見たことはない。

 ならシンシアナで作られたガラスなのか?

 シンシアナとガウベルーアは敵対し合っているが、まったく国交がないわけではない。街道には特別な許可を得た商人が行きかい、ごく僅かだが貿易も行われている。だからガラス製造技術が流れる可能性はゼロではないのだが……。


 その疑問を考察する前に大きな変化が起きる。

 投げられた小瓶に向かって狂獣が集まり始めたのだ。やはり匂いで我を忘れてつられてきていたらしい、狂獣は風に押された匂いに流され次第に後退を始める。

 集団で引っ張られてきた奴らだ、ある一団動き出すと周りもそれにつられて動き出す。狂獣には異種で群れ作る習性はないが、この狂獣達はそのくらい朦朧としているのだろう。


 ラドの背中の騎士団は遅いながらも撤退を始めている。

 後退する狂獣と撤退する騎士団。

 その狭間にぽっかりと無戦闘空間が現れた。


 そこは踏みつけられボロボロに破れた皇衛騎士団の陣幕と累々たる亡骸の原だった。

 焼けただれた狂獣死体の数倍はあるだろう皇衛騎士団兵の死体は、どれもこれも五体満足ではない。臓物をさらけ出す死体は当然で、中には頭をかち割られている者もいる。

 血を吸った大地は真っ黒になり、血だまりでぬかるみが出来るほどだ。

 まるで人を卸金ですりおろしたような光景。

 朝飯を抜いてきて良かったとラドは思う。気を抜いてじっくり見れば瞬間に湧き上がる吐き気で胃液まで吐いてしまうだろう。


「イオ、イチカたちと合流する。ここに呼んできてくれ」

 走るイオの背中を目で追いながら、大規模戦がもたらす悲惨な現状をラドは目に焼き付けていた。

 この中に僕らを助けてくれたラテン系の顔立ちの街道警備のお兄さんがいたかもしれない。同じ故郷から徴兵された少年もいたかもしれない。王都ですれ違った兵隊さんも……。


 とても直視できない凄惨な光景の中を一歩一歩と歩く。

 またこの景色を見てしまった。サルタニア事変が最初で最後だろうと思っていたのに……。

 騎士団を立ち上げるという事は、誰かを守るという事は、この中に身を置くという事なのだ。

 それがパーンの自由を得るために支払う代償。

 そこに今度はイオ達を巻き込んでしまった。だがこの忍土の中で新しい未来を作るには、誰かが汚れ仕事をやらねばならない。それがこの世界ルールなのだから。


 死体を避けながら一人、世界の理を思案しつつ足を進めると、皇衛騎士団の死体がぷつりと無くなる。どうやらココが戦端が開かれた場所らしい。

 そこに突っ伏す、ひときは立派な剣と杖を持った魔法騎士を見つけた。

 白髪交じりの偉丈夫で、羽織っただけの金糸刺繍のローブの背中には大穴が開いている。

 狂獣の一撃にやられたようだが、地面のシミが後ろに続いているところを見ると、腹に穴を開けられても彼は足を止めなかったらしいと分かる。

 たぶん皇衛騎士団の団長か側近の一人だろう。踏みつけにされボロボロではあるが立派な佇まいはそれを物語っていた。


 ラドは何かに誘われるように彼に近づく。

 男は片手を上げた状態のまま突っ伏しているので、脇に手をいれてそっと仰向けにしてあげる。

 顔が見えた。

 その風貌はラドがこの世界に来て初めて会った魔法騎士に似ていた。

 ……いや、それは思い違いだろう。

 あのときは、もう外は真っ暗で顔も体格も見えなかったのだから。

 覚えているのは渋い声だけ。

 だがその声も忘れかけるほど、もうこの世界に来てから時間が経っている。


 だが、それでも、この男は衝撃の出会いを思い出させる何かを持っていた。

 いうなれば、あの時に見た魔法騎士の尊厳。

 最後の瞬間まで朝日の向かって仲間を鼓舞していたであろう姿は、死してなお威厳を伝える気迫があった。


 ラドは亡骸を引き起こして座らせ、体をぶつけ合いながら北東に後退していく狂獣の群れが見るように全身で支えてあげる。

 “英雄”

 たとえ惨敗でも完敗でも最前線に立ち、狂獸に向かって戦いを挑んだ騎士に与える称号は、英雄でなくて何だろうか。

 まったく身勝手だ。

 そんな称号など身勝手だと思う。

 そして勝手にこの男に自分を助けてくれた騎士の面影を重ねているのは分かっている。

 だが真正面から狂獣を受け止めた男の覚悟は、何故かラドの胸に刺さって抜けなかった。



 敵の軍勢は引き潮だ。コントロールを失えば狂獣など個の戦闘体だ。陣形を立て直すなど彼らの微量な脳では考えもしないし、朦朧としていなくても出来やしない。

 合流したイチカとリレイラが追いついてくる。

 ラドはリレイラを見ないで言う。

「ねえリレイラ、ブロードライトニングを狂獣の中心にぶち込んでやってくれないか。この人のせめてもの弔いにしたいんだ」

「この集団にブロードライトニングを使っても数は減りません。合理性に欠くと思います」

「わかっている。けど魔法騎士の誇りを最後に見せてあげたいんだ」

「しかし、この方は既になく――」

 言いかけたところでイチカがリレイラの口を止めた。

「みんな手を合わせてくれないか。この国には亡き人を弔う習慣はないけれど、僕はこの人にそうせざるを得ないんだ」


 天空に閃光が走り、遅れて爆音が轟く。

 遠く向こうの雷撃が落ちた地点の狂獣が塊となって空を舞う。


 一撃で百の狂獣のしとめる魔法の力――。


「見ましたか。我々はこれほどの力を得ているのです。あなたの無念が晴らせたのならなによりです」


 ラドは小さい体で、白髪交じりの騎士を背負ってこの場を後にする。

 大人の男だ。ラドの体躯にはアンバランスなサイズなので、重そうに運ぶ姿にライカが手を出す。

「ライカが馬車まで連れていく」

「ありがとう。でもこの人は僕の力で連れていきたいんだ。明日は我が身だ。きっと無念だったろうから、その思いを僕は彼の重さで感じたいから」

 朝日を浴びた二人の影が、どこまでもどこまでも枯れた大地に伸びていた。



 しんがりの役は無事成功し、昼には皇撃騎士団の先鋒が到着し、その圧倒的な火力で野原にたむろう意志持たぬ狂獣達を魔法でなぶり殺しにした。

 こちらに挑もうとする狂獣もいれば、散り散りに逃げ惑う狂獸もいる。

 だがどれも魔法の餌食となっていく。

 皇衛騎士団は惨敗を通り越して、ほぼ壊滅的な状態だった。

 八千を超える大集団は三分の一も残っておらず、魔法中心の部隊への夜襲が、どれほど効果的なのかを物語っていた。

 準貴族の寄せ集め騎士団には怪我人の救出と搬送が命じられ、怪我人を積めた馬車を曳いて一部隊、一部隊と戦場から去っていく。

 後は皇撃騎士団の仕事だ。皇撃騎士団五万が揃って追撃に移れば狂獸は逃げだし、更にその先に控える東征騎士団に頭を押さえられ、三日も経たずこの乱は鎮圧されるだろう。


 ラドはそんな中、直行で帰還する気にもなれず、王都の周囲を哨戒しながら帰ることにした。

 もしかしたら狂獣は伏兵となっているかもしれない。ハブルが居たのならシンシアナが絡んでいる可能性もある。もしそうなら見逃せば空の王都が大惨事になるかもしれない。

 しかし、王都を大回りに一周してもシンシアナ兵にも狂獣にも出会わなかった。

 この襲撃はそこまで周到に計画された作戦ではなかったのかもしれない。


 だが、ウルック街道の外れに襲撃された馬車を見つけた。

 完膚なきまでに破壊された馬車はバラバラに破壊され、周りには撃ち殺された人々が横たわっている。まだ死体が腐っていないところをみると、昨日か今日にやられたらしい。

 馬車には破壊されて読めないが「なんとか商会」の文字が見える。どうやら国と国をまたいで商売をする商団らしい。

 その馬車の残骸に、下敷きになった女性がいるのをライカが見つける。

「しゅにん、この女、まだ息があるぞ」

「みんな注意深く馬車をよけて! その娘を僕らの馬車に。まだ助かるかもしれない、急いで王都に戻ろう」

 ラド達は生き残りの娘を連れて、ひっそりと王都に戻った。

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