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しんがり

 お呼ばれしている戦場は高機動馬車をかっ飛ばしても王都から二時間以上も離れた所にあった。


 夜明け前の乾いた大地に砂塵が舞い上がっている。

 あれが主戦場だが手前で馬車を降りたので戦場の具合は全く分からない。


 寄せ集めの兵であふれかえった溜り場にライカを同伴して足を向ける。

 一角にラドの知らない貴族や騎士団長が車座になって集まっている。二十、いや三十名くらいだろうか。

 だが見渡しても騎士団長の頭数の割に兵が少ない。つまり、どの騎士団も人数が少ない弱小騎士団であることを意味している。


「ライカ、僕らもあそこに加わろう」

「わかったにゃ」

 集まる騎士達に交じる。


「招集されたマージア騎士団です。皆さん……いえ諸卿らもですか」

「ああ、我々も今しがた来たところだ。だが来てはみたが指揮官がいない。皇衛騎士団からの要請なのでアズマ殿だと思うのだがこの乱戦だ。戦場を抜けられぬか、あるいはもう」

「我々のミッションは?」

「聞かされてはおらん、皇衛騎士団の援軍要請とだけ聞いているが」

 お手上げとばかりに手を上げるどこぞの騎士団長に合わせて同情の吐息をつき、ラドはおよそ七十ホブ向こうの砂塵を見る。

 さて、どうやって援軍に入るか……まさかバーゲンセールに乗り込むように何の策もなく戦場には入れまい。

「この中で、最も位の高い貴族は?」

「ここにいるのはみな準貴族だ。最初に動けるのは俺たちだからな」

 たぶんこの調子では誰も作戦など考えてはいないだろう、と思いつつセオリーに準じる。

「では先任将校を……」

 と提案する前に、王都方面からやってくる蹄の音に皆の視線が集まる。


「ワイズ殿!」

「おお、スタンリー・ワイズ卿がいらした!」

 氏は慣れた手綱さばきで馬を止めると、空から舞い降りた天使のようにひらり下馬し、大股だが颯爽とこちらに向かってくる。その姿が実に優雅で、なんとまぁ様になること。


「援軍の騎士殿か」

「いかにも、ワイズ卿」

 スタンリーは挨拶もそこそこに、車座に居並ぶ面々をぐるりと見回すが、ある人物を見つけてはたと視線を止める。

「ラド・マージア……」

 名を呼ばれてしまっては無視もできまい。ラドは事務的にしかし恭しく頭を下げる。

「お久しぶりです。スタンリー卿」

「軍功は聞く」

 ただそれだけだが、過去の因縁に染まった冷たい声が耳朶に響く。

 美男子が燃やす負の感情は実に重い。そして人をおぞけさせるだけの迫力を持つ。ライカはそれを敏感に感じてか、「こいつ、こわいな」と耳元で小さく言ってラドに体を寄せる。


 スタンリーは困惑する弱小準貴族騎士団長を立たせて列に並べ、現状の説明と我々を投下する意味と期待する状態、そのために求める行動をテキパキと指示する。

 さすがは希代と言われるだけあって指示は的を射て明確だ。サラリーマン会議のような空気の読み合いや、責任回避な曖昧な言葉は全くない。

 もっともこっちは命を懸けているのだから、適当だったらたまらないのだが。


「隊を二つに分ける! 第一隊は横陣(おうじん)をもって皇衛騎士団の後方から戦場に入り、推して進行し皇衛騎士団に代わりに敵を迎えよ。皇衛騎士団にはその間に引いてもらう。第二隊は背後を襲い前方にかかる圧を下げよ。知能に劣る狂獣は火砲に吸い寄せられる!」

「御意!」「委細承知いたしました!」

 スタンリーの作戦指示に鋭気を得た各騎士団長が力強く返答する。

 その気合と各騎士団の兵数を確認して、スタンリーは列に並ぶ騎士団長を「第一隊!」「第二隊!」と分けていく。ラドはどういう根拠か分からないが第二隊だ。


「第一隊は短期戦となる。動かぬ皇衛騎士団兵は捨てよ。動ける者は蹴ってでも後退させろ! あらかた皇衛騎士団が引くのを確認して戦線を一気に下げる。入れ替わりの皇撃騎士団が参戦するまで、最低でも一時間は持たせていただきたい。では各騎士団、配置につけ!」

 スタンリーの掛け声に合わせて、各騎士団長はガウベルーア式敬礼で頭を下げ、二部隊に分かれて行動を始める。もちろんラドも動くわけだが、

「待て、マージア殿」

 まだ足も動かさぬというのにスタンリーの声がかかった。

「君の部隊は有能だと聞く」

 また心にも無い事を言う。

「お褒めにあずかり光栄です」

 準貴族の身分なら貴族に一対一で話しかけられれば、跪いて頭を垂れるのが通例だが、今は戦闘の真っ最中だ。ラドはペコリと小さく頭を下げて返礼する。だが視線は離さない。なぜならラドの遥か上にある灰色の瞳が怪しく光っているからだ。

「その能力を買って頼みがあるのだが」

「出来ることでしたら、むろんご協力しましょう」

 これは間違いなく面倒を言ってくる顔だ。

「しんがりを務めてくれないか。皇衛騎士団は見ての通り惨憺たる状態だ。通常の速度で後退できるとは思えん。第一隊が皇撃騎士団と入れ替わり下がれるよう、君たちが後ろを支えて欲しい」

「ならばしんがりは第一隊で勇猛な騎士団が担うべきではありませんか」

「マージア殿なら気づいたろうが、第一隊が狂獣の反撃を抑えつつ、皇衛騎士団の撤退を支えるのは荷が重い。彼らの負担を軽くしたいのだ」

 ――こいつ。わざと二部隊編成にしやがったな。

 と思いつつ、まっとうな反論を試みる。

「しかし僅か十二名の騎士団に、野戦のしんがりなど務まりませんが」

「それをやってきたのが君だろう。私やアンスカーリ公の期待を裏切らないでくれ」

 スタンリーは反論を許さず言い捨てると、まるで興味を失ったように去っていくのだった。



「うげー」

 スタンリーが踵を返すのを見て、ラドは彼の背中にしかめっ面を差し向けベロを出した。

 この男は想像以上に女々しい。闘技場の一件をまだ根に持っているらしい。

「なんだ、あいつ!」

 不機嫌なのはライカも同じだ。一方的に困難な仕事を押し付けられて、意味不明にも『期待を裏切るな』と言われたのだから。だが『あいつ』と言うのをみると、どうやら過去に会ったことをすっかり忘れているらしい。

「はぁ~あ、スタンリーにはだいぶ恨みを買ってたみたいだね」

「なんでだ? どこで買ったんだ?」

 やっぱり本当に忘れていやがる。スタンリーもこのくらい忘れっぽかったら良かったものを……。


 マージア騎士団と合流する間に、スタンリーとの事始めを分かりやすくライカに説明し、十二名の仲間としんがりの役目をどう果たすかを考える。

 でも考えつかないので、そのまま仲間にしんがりの事を話すとリレイラお得意の戦略エンジンが火をふいた。

「この人数でしんがりは論理的に無理です! 無理に決まってます!」

 リレイラのメッシュの入った髪が日の出前の空に光り、ラドを正面から捉えて告げる。

 全く正論だ。確かにどれほど工夫をしたところで十二名でこの敵と対峙するのは不可能だ。だが論理的という言葉にピンときた。つまり正論で考えるから答えは出ないのだ。

「じゃズルをしよう」

「ズルですか? ラドには考えがあるのですか?」

 イチカの碧の瞳が期待を込めてラドを見る。その目はパーンの仲間達も同じだ。

「しんがりといっても、今回は皇衛騎士団と第一隊が引き上げる時間稼ぎだ。それさえできれば目的は達成だろ」

「しかし、その時間稼ぎができないのです」

 理知的なリレイラの言葉がラドに向かう。

「じゃあ、みんなに聞きたいんだけど、狂獣ってこんなに計算高く動けるものかな?」

「と、いいますと、ラドさん」

 この質問に興味を引かれたのはイオ。

「天下の皇衛騎士団がこんなドジを踏むはずがない。ということは奇襲的にこの攻撃は成立したんだ。知能のない狂獣が奇襲?」

「確かに変ですね」

「そして僕らは一度、こんな奇襲を受けている。だよねライカ」

「おっ! サノハラス街道のアレだな!」

「そう、あの時、僕ははっきり聞いている。狂獣はシンシアナを襲わないと。なぜかは分からないけど、シンシアナにはそういう奥の手があるんだ。たぶん今回もそういう親玉がここにいて、そいつが奇襲を仕掛けているんじゃないかな」

「なら、そいつを探して倒せばいいんだな!」

 ライカは腰のベルトの新装備に手を当て勇んで答える。

「惜しい。それはちょっと違う。倒してもこの暴走は止まらない。止まるように命じてもらうんだ」

「でもそう上手くいくのでしょうか?」

「上手くいってもらわないとコッチが困る。といっても元々十二名にしんがりを務めさせる方が悪いんだから、失敗したときは僕は堂々と、この現状をアンスカーリさんに伝えるつもりだよ。それをどう料理するかは知らないけど」

 そう言った顔が余程、悪人面だったのだろう。

「ラドは結構悪い人ですね」

「あれ? 知らなかった?」

 イチカがにぱっと微笑んだ。



 早速ラド達は第二隊に加わり、戦場を大回りして狂獣の群れの後ろにつく。

 この中で一番獣化度が高いのは、イノシシのパーンのシシスだ。マージア騎士団でも最近急成長の若手筆頭である。

「シシス、あるいは君ならこの敵集団の中に入れるかもしれない。後方から偵察に入ってシンシアナ兵がいるか確認してくれないか。けど危険だと思ったら直ぐ戻ってくるんだ」

「あい、わがった」

 大型犬が唸るような声が返ってくる。

 シシスは獣化度が高いので口吻が獣に近く言葉が不自由だ。だがそれはしゃべり難いだけであって思考はしっかりしている。へたをすると調子がいいライカよりしっかりしているかもしれない。


 シシスは街道警備の上着を脱ぎ、毛むくじゃらの分厚い上半身をさらけ出すと、四つん這いになって一直線に敵集団に駆けていく。だが集団に絡むかというところでピタリと止まり、何やらきょろきょろ辺りを見回すと急反転して帰ってきた。


 帰投後、一声。

「だめだ。あでいじょうすすむど、ぎがへんにだります」

 んん? どういう事だろうか。

 だが気が変になると言うのを無視して作戦を進めるわけには行かない。ここは一旦、騎士団を止めてシシスから詳細を聞き出す。

 すると原因は分からないが敵集団に近づくほどに、意識が朦朧としてきて、気持ちが高ぶって止められなくなるという。

「確かにそれは変になりそうだな。他には気づいたことは」

「にごいがじまじた」

「匂い? どんな?」

「あばいにごいです」

「甘い匂いか……」

「もしかして、さっきからするふわんとした匂いのことか?」

 メンバーの中で鼻がよいライカには、この匂いが分かるらしい。

「え? ここでも匂いがするの? イチカは分かる?」

「いえ私は」

「リレイラは?」

「私もわかりません」

 だが他のパーンも鼻をヒクつかせると、「確かに微かにするかも」というではないか。

「いつから匂いはしてるんだ?」

「んー、風が止んだあたりかなぁ。さっきより匂うぞ」

 シシスの言う通りなら、このまま匂いを嗅ぎ続けるとパーンの仲間達は正気を保てなく可能性があるので、安全のために手拭いで即席マスクを作り装着させる。

「てきじんどながは、ごのにおいがづよくなるんでず」

 マスクで一層聞き取りにくくなった声でシシスが補足する。

「街で嗅いだ事のある匂いかい?」

「いえ、はじべてでず」

「ならば皇衛騎士団の匂いじゃない。街で嗅いだ事のない匂いだからね」

「土地由来の匂いでもないです。ここに来たときに匂いはしませんでしたから」

 もし匂いがあれば、ここにくる間にライカやシシスが気づいた筈だ。だからリレイラの言う事は合っている。

「ならば狂獣の匂いでしょうか?」

「あり得るけど、捕食のために匂いを使う生き物は一般的に捕食したい生物のみが嗜好する匂いを発するんだ。なぜなら自分より強い生き物まで集めたくないからね」

「ならば狂獣の匂いではないですね。やはりこの匂いで誰かが狂獣をコントロールしていると」

「だろうね。狂獣全体を魅了する匂いを出す狂獣なんて聞いたことないから……」

「しかし匂いなどというどこに広がるか分からない曖昧なもので、奇襲を成功させられるでしょうか」

 イオの素直な発言。

「がぜをづかえばいい」

 一言だがシシスが鋭い発言をする。

「風を操作するには魔法が必要です。それではガウべルーア人が関与した事になってしまいます」

「風か……」

 ラドは顔を上げて地形を見る。ここは乾燥地帯だが王都側には広大な農地がある。敵は戦線の伸びからみて北東から王都に迫る方向に攻めてきたらしい。

 風は王都側からの微風。東にある薄の原にはもう日が昇り始めている。


「そうか、陸風だ! 畑は緑が豊富で乾燥しているここより比熱が大きい。だから夜は温度差で畑の方向に風か吹く。それを使ったんだ」

「なるほど、日が昇って気温が上がってきたから風向きが変わっていますが、夜ならこの風は逆風なのですね。それならシンシアナ人でも風を使えます」

「よし! おおよそ敵さんのカラクリが分かった気がするぞ。ならこっちは逆の事をやってやろう! イチカ、リレイラ! 魔法で王都側から吹く風を作る。イチカはみんなとここに残って地表を広く温める魔法を顕現させてくれ。僕とリレイラとライカ、イオは王都側の戦端に行き、そこで氷冷の魔法を使う。これで風が強く起きるはずだ。僕らの推理が正しければ、この風で甘い匂いは後ろに流れて狂獸の足は止まる」


 状況を理解した皆は無言でうなずくと、二手に分かれてそれぞれの役目を始める。

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