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狂獣の合

 魔法鋼の魔法陣は個人的に作ったものなので、魔法研究局には納めずマージア家の秘伝にすることにした。そもそもイメージで補完しないと動かない魔法など、恥ずかしくて外に出せない。

 というのを言い訳にしておく。

 因みに魔法陣といえば、丸形にルーン文字を書き込んだ図形を想像するが、現実の魔法配列はそれ程単純ではなく、渋谷の地下街のような複雑で奇っ怪で歪な形になってしまう。

 古文書に記載のある魔法陣も世界地図の嵌め込みパズルのようにバラバラの形をしており、これを組み合わせて美しい魔方陣を書くのは困難を極める。


 さて難題だった家計収入の方だが、レジーナの申し出がヒントとなり、『エマストーンの魔方陣を売ればいいじゃん』と気づいた。

 そこで行きつけの小物商店の主人に一刻印幾らのロイヤリティ契約を結び、エマストーンを販売する許諾を与えたのだが……。

 この世界には特許も商標も存在しないわけで、魔方陣はあっというまに模倣され、エマストーンは様々な店で売られるようになってしまった。

 緊急時の使用を想定し、魔力を流すだけで魔法が顕現するようにしたのが仇となった。魔法陣に依存しすぎてコピーが容易になってしまったのだ。

 魔法陣を刻印するだけでエマストーンができると分かれば、売る側はいかに人気のある商品に魔法陣を刻んで高値で売るかに血道をあげる。そのマーケティングは商人の方が一枚も二枚も上手だ。

 旅装備の革ベルトに魔法陣を刻む者、小刀に彫金する者、ペンダントや耳飾りに細かな魔法陣を仕込む者。同じ石でもメノウやヒスイに魔法陣を刻めば値段は驚くほど跳ね上がる、数回魔法を使えば焼き切れる紙でも、高い紙に枠取りの装飾を施して立派な箱に入れれば高価な商品に早変わり。

 この世界も付加価値の生み出し方は変わらない。

 こうなりゃロイヤリティを売った商店は権利料を払うだけ損ということで、「後生ですから魔法陣を買い取りにしてくれませんか」と、懇願されてやむなく貴重な収入を手放すことになった。


 これはマーケティングと権利に無頓着だった自分の一方的なミス。

 おかげでさしたる儲けもとれず、コピーした者がぼろ儲けする構図となってしまった。

 残ったのは『マージア騎士団のナントカってヤツが、便利な魔法を作ったらしいぜ』という曖昧な名誉と、四つの街道を行きかう人々が便利なエマストーンセットを持ち歩くブームだけ。


「マーケティングはビジネスの基本! コピーガードはデジタル技術の基本だろ!」

 何年サラリーマンやっててこんな失敗をするんだと、怒り口調で独り言を石壁にぶつけるが、広まった魔法と漏らしたお尿は止めようもない。

 なんで魔法陣にプロテクトをかけなかったのだろう。例えば物質毎に異なる魔力抵抗を利用して、刻印するに素材に応じた魔法陣を仕組むとか一工夫しておけば良かった。


 エマストーンは場所毎に変えないと意味がないため、旅人は旅路に合わせて宿場町の名が刻まれたエマストーンを身につけて旅をする。つまりエマストーンは沢山の種類がある。

 さらに魔方陣は数回使うと壊れる消耗品なので、エマストーンはバカみたいに売れる。

 露店で次々と売れるエマストーンを見て思う。

「あー、これが全部、ホントは僕のお金になるはずだったんだ……」

 だが、全ては後の祭り。

「まったく、こういうところだけ情報化社会になりやがって、研究して次は絶対コピーガードかけてやる!」


 持ち歩きエマストーンが広まると、それに合わせて街道警備も待機位置を決めて警備をするようになった。

 この先はマージア騎士団と同じ思考である。街道警備は普段はどこかに留まって左うちわで警報を待ち、何かあったら駆けつける。

 時代は待機型の警備に変わって、街道警備の負担は軽くなり、現場に駆けつける時間も圧倒的に短くなった。

 敵に怯える街道の旅は過去のモノになりつつある。まったく平和な世の中になったものだ。



 そんな赤貧に喘ぐラド以外が平和な日常を送る、ある暑苦しい初夏の夜。王城二階にある皇衛騎士団詰所に、二つの揺らめく影があった。

 石に囲まれた薄暗い部屋には、王都近郊の地図とマジックランタンの明かりが一つ。

 そこに居るのは、一人の若い魔法騎士と中年ながらいまだ壮健な皇衛騎士団長、アズマ・ファムカルディガーラである。


 ガウベルーア王国には、六つの大騎士団がある。

 大騎士団はそれぞれ、狂獣の侵入を阻止する東征(とうせい)騎士団。西方諸侯の離反を留める西威(せいい)騎士団。南方を守る南護(なご)騎士団。シンシアナ帝国と対峙する北進(ほくしん)騎士団。そして王都を守ることに特化した皇衛騎士団と、王の剣となる直属の皇撃騎士団。

 これとは別に王の側に仕えて、王妃を守る白百合騎士団があるが、これは六大騎士団には数えない。

 それぞれは序列の高い貴族が騎士団を率いており、連携することなく活動をしている。貴族にはその貴族なりのやり方や考え方があるからだ。


 アズマはそのなかの一つ、皇衛騎士団をもう二十年も預かっていた。

 出自は南方の小さな貴族で、若い頃は戦で大いに活躍した。優れた先見性からくる緻密な思考は、特に騎士団の派兵に力を発揮し、まだホムンクルスの魔力回復が運用されていない頃は、『派兵の鬼』と言われた男だ。

 その手腕を買われて、皇衛騎士団の団長に抜擢された。

 そんな武勇と南方系特有の通った鼻筋と目に近い太い眉は、多くの貴族女性を虜にしたという。

 だが本人は至って真面目な気質で、十八で妻を娶ると他の女性には一切目もくれず、妻一筋に愛を貫いた。

 だが妻を誰にも紹介したことはない。それがまたカッコイイと、貴族の婦女子の間で評価が上がる。

 さすがに五十を超えて貴婦人の間でアズマの名前を聞くこともなくなったが、未だ大騎士団を率いる重鎮であることは変わらない。

 

 そのアズマのゴマ塩のひげが静かに動く。

「明朝、軍議を開く、主要な魔法騎士を呼び出せ」

 重厚な声は人生の重さを乗せて石の間に染みていく。



 事の発端は、王都の出入りする旅人の噂だった。

「王都の東に広がる森が不穏だ」と。

 殆どの旅人は街道を使って城下街から城下街を旅する。旅人の目的はある街で調達した物資を別の街に運搬する貿易だ。

 だがそれだけでは生活に必要な全ての物資は手に入らない。たとえば木材。想像の通り木材は森に入らなければ手に入らない。森に自生する特殊な食物も、薬の原料になる希少な動植物も森の恵みで成り立っている。

 また人数こそ多くはないが、灌漑用水の整備のために森へ出入りする者もいる。そのような危険と隣り合わせの特殊な仕事で高収入を得ている旅人もいるのだ。


 そんな仕事を生業とする誰かが、深夜の酒場で囁いた一言。

「最近、森が静かじゃないか」

 そのつぶやきに反応したのは、同じく森を生業とする者たちだ。

「ああ、仕事はしやすいが、物騒でいけねぇ」

 泥酔で呂律の回らない舌が発する矛盾した発言だが、そんな直感めいた言葉にまた一人が反応する。

「全くだ、ありゃあれだ。なんてったか~」

「なんだぁ、おまえ、何か知ってるんかぁ~」

「そんだ、ごうだ! ありゃ狂獣の合の前触れだ」

「ごうだぁ?」

「じっちゃんに聞いたことがあんだ、なんでも、ん百年に一度、狂獣が森から溢れ出るんだ。その前触れでエライ森は静かになるってな」

「百年だぁ? んなモンが今なワケねーだろ」

 酔っ払いは目を回して、あおった土酒をテーブルにぶちまける。

「わはははは、んだなぁ」

 最初はそんな笑いの中に掻き消えた酒場の与太話だった。


 だが同じく思っていた者が他にもいたのだろう。次の日も別の酒場で同じ話がネタにあがる。

 そのうち、『狂獣が列をなして森を横切るのを見た』、『いや、森の切れ目の狂獣が集まるのをみた』、『今日は共食いを見た』と、噂は収束するどころかどんどん広まり、ついには笑い話ではすまなくなり、真偽はどうなんだと問い合わせが皇衛騎士団に舞い込んだというわけだ。


 東の森の異変は、本来ならば東征騎士団の管轄となる。丸投げしても良い相談だったが、アズマは万事において慎重な男だった。東征服騎士団に託す前に、真偽を確認しようと思ったのだ。

 彼は一人の若い魔法騎士に森の偵察を命じる。

 この点でもアズマは慎重であった。

 並の騎士団長ならば、偵察など魔法兵に命じたはずだ。だが、危険な森に忠誠心も責任感も薄い魔法兵を送ったならばどうなるだろうか。それを危惧したアズマは、自分の部下でも信頼できる魔法騎士に偵察を託す。


 騎士団長直々に肩を叩かれ「頼りにしている」と言われて、舞い上がらない者などいない。十人隊長を任されているエフェルナンド・イクスもその例外ではなかった。

 命を受けたエフェルナンドは大胆にも狂獣の皮を被り、森の奥を目指す。

 森は広い。迂闊な者なら樹海に迷いすぐ狂獸の餌食となる。だがウルック領に家を持つ、まこと小さな貴族の末弟である彼は、貴族でありながら森に入り慣れていた。貧しいがゆえに森に自生する貴重な薬草を取り、収入の足しにしていたからだ。

 森と共に少年期を過ごした彼は、どこで覚えたか森の特性をよく知っていた。木に生える苔から方角を知り、葉音で風か生き物かを聞き比べる。足跡を見て狂獣の縄張りを警戒する。

 そんな彼が慎重に歩めば、ある程度の危険を回避しながら森の奥までいける。

 といっても、エフェルナンドですら三百ホブ(九キロメートル)も潜ったことはない。ガウべルーア王国で最も森の深奥まで到達した冒険家でも、千ホブにも届いていない。

 だが彼は彼の持てる勇気を振り絞り、およそ七百ホブまで進み、その(まなこ)で異様な光景を目にした。


 多種多様な狂獣が集まる大集会だ。

 コゴネズミにワルグ、その親分ともいえるオルグ。五つ目の巨人ファンスアイズ。ムカデのような地を這う狂獣ハリンシュ。どれも人を凌駕するサイズと破壊力をもつ狂獣だ。それが共食いもせず、誰かの指示に従うようにゆっくりと何処かを目指して動いている。

 本当に先導されていのかは分からない。仮に居たとしてそれが狂獣なのか半獣人なのかも分からない。ただ言えることは、狂獣は集まり群れを成して森の外に向かっているということだ。

 彼は悟った。自分は何としても生きてアズマ団長の元に辿り着きこの事実を報告せねばならない。もし自分に何かあれば、この恐ろしい狂獣の行動は看過され、奇襲となってガウベルーアの人々の命を脅かすだろう。

 その予兆を感じたアズマ団長の信頼に応えるのは今。


 ガウベルーア人は他人を信用しない傾向がある。だが彼は我が騎士団長に心酔していた。

 アズマ・ファムカルディガーラは、幾度となくシンシアナと戦いガウべルーアを救った英雄だ。彼をモデルに活躍を描いた芝居をエフェルナンドは王都の演劇場で見たことがある。

 それは危機に陥った騎士団のもとに仲間を引き連れ颯爽と現れ、形勢をひっくり返して去っていく。そして戦勝を祝う王の前で報奨を固辞して次の戦場に向かうエンディングであった。

 自分もああなりたい! あんな騎士になりたい!

 南方の有力貴族の口利きであったが、自分が皇衛騎士団に入ると決まったときは、子供の頃に憧れた英雄と共に戦える栄誉に胸を躍らせた。

 彼が自分と同じ貧しい貴族の出という所も、弱小貴族の三男坊であるエフェルナンドを酔心させるに十分な理由だった。

 そして実際にアズマに会って、彼に対する興奮は尊敬に変わった。彼は確かに知的で謙虚な騎士の中の騎士であったのだ。


 そんな男が自分を指名している。

 自分が森に詳しい事をアズマが覚えていた事も嬉しかったが、こんな特命に自分だけが指名された事が何よりも嬉しかった。

 だから何としても、命に代えても期待に答えねばならない。


 青年は森を走る。

「何においても、アズマ殿のお耳に入れねば」

 異様なまでの静寂に満ちる森は、先程みた異変の前触れそのものである。



 なんとか詰所に辿り着いた彼は、緊急の面会をアズマに申し入れる。

「アズマ殿、偵察のご報告です」

 開けた扉の向こうにある若き魔法騎士の表情を見てアズマは全てを理解した。何十年も騎士団長の任につけば、報告の良しあしなど顔を見れば分かる。

 そして、こんな時にやることは決まっている。

 アズマは妻からもらった愛用のスタッフをスタッフホルダーから取り上げるとマジックランタンを引っ掛けてエフェルナンドを奥の部屋に招き入れる。

「地図が見たい、報告は詰所にて受ける」


 エフェルナンドは初めての王城二階にある詰所に入る。

 ここは今は使われていない監視塔だ。王城は増築を繰り返しており、極めて初期に建てられたここは王城がまだ小さかった頃の防壁の名残を色濃く残している。

 アズマは編みカゴに放られたスクロールの地図をひっつかみ、慣れた手つきで四隅を文鎮でとめて大テーブルに広げる。

「感覚で良い。森のどこまで潜ったか報告せよ」

「はい。日が天中の時、オーエスト山が正三の方(しょうさんのほう)(ガウべルーアでは半周を十等分して角度を数える。正三の方は観測者から見て右回りに約五十五度)に見えましたので――」

 エフェルナンドは地図が一杯に広がる机に端に回り込み、「ココ、森の深奥七百ホブまで潜ったと思われます」と地図に指く。そして「そこに狂獣の集団を見つけました。その数は私の視界からは確認しきれぬ万に迫る大集団です」と一気に話を続ける。

「どこに向かっているか分かるか」

「はっきりとは分かりません。しかし集団は何者かに率いられるように、ゆっくりと移動しております。行く先は――」

 地図上の指が狂獣の集団となり、ゆっくりと地図上を滑べり、ひときは大きい城の絵の上で止まる。

 そこは王都。

 アズマはやはりと思う。噂は本当だったのだ。

 『森が不穏』とは曖昧ではあったが、森に通う者たちは王都でヌクヌクと暮らす一般人とは違う感覚を育んでおり、森の僅かな異変に気づいていたのだ。


「王都にはいつごろ到着すると思われるか」

「はい、進行は非常に緩やかです。およそ二日後に森を出て、それから十五日目には王都から目視できる距離に接近すると思われます」

「何物かに率いられていると言ったか」

「はい。ですが私にはその者の存在を確認できませんでした」

「獣種はいかようか」

「はい。ワルグ、オルグ、ファンスアイズ、ハリンシュ、コゴネズミもおります。ゾウフルは確認しておりませんが、ほかにも新種の狂獣もおりました」

「数が分からぬのが脅威だな。我が騎士団で迎え撃てると思うか」

「ファンスアイズ、ハリンシュは森を出れば暴れに暴れるでしょう」

 アズマはしばらく考えて、ごま塩になった髭を動かした。

「明朝、軍議を開く、主要な魔法騎士に呼び出せ」



 命を受け、切れの良い敬礼をして退出する若き魔法騎士を、アズマは複雑な心境で見送る。

 皇衛騎士団長など大層な役割を担っているが、戦闘のない現代となっては老後の腰かけ名誉職だ。そもそも王都が攻められることはないし、魔力の補充が効くようになってからは援軍派兵の任など皇衛騎士団に一度も声がかかったことはない。

 エフェルナンドは『アズマ殿との戦を共にすることを楽しみにしております!』と目を輝かせて言ったが、城壁の中に閉じこもって何が騎士団長だろうか。

 自分が演劇の主人公のモデルになったのは知っている。貴族の支持を高めるプロパガンダで、実にありふれたストーリーの演劇だが、英雄に憧れるのはなにも子供の特権ではない。若い魔法騎士もまた同じだ。

 そういう純粋な若人を何人も見てきたが、いつも思うのは現実の自分はそれほどできた人間ではないし、汚い取引も卑怯な戦いもしてきたという負い目だ。なにより勝ち戦と言われた戦いの陰で数多の部隊を切り捨て部下の命を失ってきている。

 当時は戦死など戦果にはやむを得ない犠牲だと言い張ってきたが、いま思えば期待に応えんがため道理を曲げてまで強いて来た犠牲に、さしたる正義があったとは思えない。

 自分は強かったのではない、負け戦を冷淡に切り捨てる合理さが人よりあっただけなのだ。

 それを負い目と感じるようになったのは、武人として一つの区切りがついてしまった証だろう。


 アズマは若き魔法騎士の期待と覇気が残る詰所で一息を吐く。

「アンスカーリよ、これが最後だ。わたしは期待に応えるのは。シャフィラはもういない。お前との約束はもうないのだから」

 アズマ・ファムカルディガーラが最後の戦いを決意した瞬間であった。

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