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魔法学校

 アキハが置き去りにしたのは、街の中央にある大きな個人宅。アキハは学校と言ったが、いわゆる子供たちが集まる学舎ではなかった。

 個人宅は他の住宅とは格が違う、大谷石に木造の屋舎が乗った高価な作りだ。なんでも武功をあげた魔法兵が、褒章を元手に故郷に開いたもので、氏はここで何人もの生徒を育て上げ、徴兵の度に有能な魔法兵を王都に送り込んでいるそうだ。

 そう聞くとどんな凄い人から教えを乞えるかと期待が高まる。


 ラドが胸をときめかせ私邸の門をくぐると、無駄に爽やかな声が飛んできた。

「きみがラドくんだね。よく来たぁぁぁ!」

 この異様にテンションの高い男が、ここの主にして唯一の先生、ヒュウゴだ。

 テンションの高い魔法士?

 そう思うのは無理もない。魔法士と聞いてラドがイメージするのは、とんがり帽子に長いひげの浮世離れした老人だ。ところが目の前にいるのは、自分と変わらぬシンプルな襟なしシャツを着た一般ピーポー。杖すら持っていない。

「わたしが今日から君に魔法を教えるヒュウゴだ!」

 涼しい目元を細め、白い歯をキラリとこぼす。

 なんだかちょっとカッコイイじゃない。ほんと、ちょっとだけだけど。


 さっと伸びる太い右腕。

 アンド、左腕。

 そしてなぜか一歩前に。

 更にもう一歩。

 そしてハグ。

「ひぃ!」

 眼前に迫る綺麗に整えられたショートボックスの髭面に気圧されて、つい悲鳴をあげてしまう。

 一般ちゃう! 愛情表現豊富過ぎピーポーだ!


「かわいいな、ラド君は」

「ぼ、僕はそっちの趣味はなく」

「わははは、どっちの趣味だい。それより君の魔法士の可能性は無限だ! さぁ仲間達と深遠なる魔法の世界を学ぼうではないか!」

 ヒュウゴは痛いほどの握力でラドの手を取ると、脱臼でもさせる勢いで腕をブンブンと振り回す。

「なぁに安心したまえ! 君を大魔法士にしてみせよう! 任せてくれ! はははははは」

 こんな暑苦しい一般人に本当に任せられるのだろうか。行き過ぎた前向き加減と親密感に一抹の不安を感じつつ引きつった笑顔をヒュウゴに返す。

「よろしく……お願いします」

「いい返事だ。こちこそ、よろしくたのむよ!!!」

 ヒュウゴはひょいとラドを抱きあげると頬に髭を擦りつけて、もう一度熱いハグをした。

 ――その愛情表現、ノーサンクスです。これはもはやポジティブハラスメントだよぉ。



 私邸はロの字型の平屋で、中庭は芝生と灌木の開放的な作りになっていた。熱血漢はその一辺となるひょろ長い大広間にラドを通す。

 どうやらここが教室らしい。と言ってもどこにも黒板はなく机も席も適当に置かれているので実に学校らしくない。なにより部屋の奥行きが一ホブ(三十メートル)もあり、しかも大広間の真ん中には点々と大きな木の柱があるせいで視界が悪すぎる。せめてキッチリ机を並べればそれっぽいのだが、どうやらココでは前の世界の常識は通じないらしい。


 適当な席につくとヒュウゴはまず初めにと、学校の仕組みを教えてくれた。

 学校なんて言葉があてがわれているが、それはラドの頭で理解するこの世界で一番近い概念であって、実体は多人数相手の家庭教師みたいなものだ。

 学年別のカリキュラムはなく桜の季節の一斉入学もない。生徒は都合都合で入学し、先生が合格といえば卒業していく。そのため生徒の年齢や実力は様々で、先生はそれに合わせて魔法にまつわる知識や実技を個人レッスンで教えていく。

 そうして集まった生徒は現在十五名。

 だが朝だというのに来ている生徒は、五,六歳の子供が数名のみだ。理由を聞くと登校時間は家庭事情によりマチマチなので、朝でも生徒は数名しか集まらないのだそうだ。


 その生徒達を見ると、どの子も仕立てのよい擦り切れていない服を着ている。

 アキハは学校はお金がかかると言っていたが確かにその通りだ。実際、授業料はちょうどホムンクルス工場の賃金と同じ額でかなり高い。ある程度裕福でないとここには来れない訳だ。

 つまり貧乏人のラドは、ここを卒業するまで工場を辞められないことを意味している。それでも憧れの魔法が学べて魔法騎士に近づくと思えば、辛い仕事も頑張れるというものだ。


 ここで学べる事は魔法の知識と実技だ。

 知識は学科で学ぶ。学科は魔法史と魔法基礎に別れており、更に魔法史は古代魔法史と現代魔法史に別れている。

 もともと魔法はある種の才能のように光の魔法や火の魔法を使える者が突然生まれてくる偶発的なものだった。それをアンスカーリ家が古文書を解読し、誰もが習得できて戦いに使えるまでに体系化した。アンスカーリ家はその功績により貴族の中でも最重要位置を占めるに至っている。かくいうパラケルスもアンスカーリ領だ。

 アンスカーリ家が復活させた魔法には、光の魔法(ライト)火の魔法(ファイア)氷冷の魔法(コールド)が存在する。他に水の魔法というのもあるが、それは全く使い物にならないので解読も殆ど進んでいない。

 書籍には過去はもっと多彩な魔法があったと記されている。なんでも星をも落とす魔法があったらしい。


 魔法基礎は水を除く三つの魔法の習得となる。簡単にいうと詠唱とキャストの習得だ。

 詠唱とは言わずと知れた呪文を唱えて魔法を顕現させること。キャストはその魔法を敵に当てる事だ。この二つは全く別のスキルとなる。他に魔方陣もあるが覚えても意味がないので教えないそうだ。

 実技は実際に魔法を行使する。

 第一段階は魔法の顕現。第二段階は魔法のキャスト。第三段階は威力の調整。第四段階は威力の向上となる。これをライト、ファイア、コールドの三つに対して行う。

 それらを習得したら卒業となる。もっとも判断は先生の主観だが。


 一通り学びの仕組みを教えてもらい、「ラド君は全くの魔法初心者だね。だが安心したまえ! むしろ癖がないぶん未来がある! わははは」と、これまた暑苦しい激励のコメントをもらう。

「では座学から始めよう!」と言って、どかんと机の上に積まれたのは十冊の分厚い本。

「これ全部ですか?」

「そうだ!」

 何故だか鼻息も荒く答える。

「これが分からないと、魔法は使えないですか?」

「……そうだ!」

 ――あれ? なんだこの微妙な間は。自信が一気に揺らいだような。

 この手の違和感を放置しないのが大人の処世術というものだろう。なのでサラリーマンスキル! ”軽くカマかけ”をしてみることにする。


「へぇ、そうなんですね………………本当ですか?」

「本当だ」

「本当に?」

「本当だ」

 語尾にビックリマークが付いてない。ということは。

「ウソですね」

 ズバリ言うとヒュウゴ先生は視線をあちらに飛ばし、無理に素知らぬ顔を作る。


「ウ・ソ・で・す・ね」


 ごまかしきれないと悟ったヒュウゴは、カッとラドを見据える。

「よく見抜いた! 流石は私の弟子になりに来ただけのことはある!」

「いえ弟子になった覚えはありません。それに魔法学校って、この街ではここしかないですし」

「君は賢い! 私はそれを見抜いたのだ!」

 ウソなら最後で突き通して欲しいが、あっさり口を割るところにヒュウゴの人間性が滲み出ているというか、ただ漏れている。

 どうやらこの人は素でウソのつけない人らしい。そのヒュウゴは、そりゃ周りに聞こえるだろうという大きな小声でラドに秘密を教える。

「内緒だが実は一冊も読まなくても魔法は使える。だがそれでは格好がつかないだろう? だからメジャーな魔法の本すべてをかき集めたんだ」

 いやそれ大事な秘密だろ! 言っちゃうんだこの人。


「ヒュウゴ先生は全部読んだのですか?」

「……もちろん」

 分かりやす過ぎるわー、この人。


「はい、読んでないんですね。ついでにいうと、この本を売りたいんですよね。書籍は高価ですから儲けになりますし。この家を維持するには、それなりの費用も掛かりそうですし」

 表紙が手書きなのを見ると、この世界には活版技術はなく写本だとわかる。

 一方ヒュウゴは押し黙り、額から汗を吹き出す。

「でもだな、ラドくん。魔法を教えるのには時間とお金がかかるんだ。それにこの本を集めるのにどれほど苦労したことか。それがなんと四万ロクタンで買えるんだぞ」

 なるほど。商談ときたか。

 前の世界では伊達に営業はやっていない。押し時、引き時は判っているつもりだ。そして初対面の今こそ重要な瞬間だと理解している。行けると思ったら言葉はやんわり、中身は鋭く突っ込む! その意味で先鋭され過ぎている世界からきたラドは、見た目は十歳でも中身は大人、口を開けば無敵である。

 このセールス、いまこそ勝負と悟った。リーマンスキル”商談”発動!


「でもいらないです。だって読まなくても魔法使えるんでしょう」

 ヒュウゴは頭を抱える、明らかにシマッタという顔だ。

「いや待てラドくん、魔法の全てが書かれてるんだ。ココには」

「メジャーな全てですね。それに先生だって読んでないのに、先生やれてますし」

「そ、それはだな。読む前に基本を知っていたからだ」

「それを教えてくれるのがここでしょう?」

「……」

「それとも読ませるだけで教えないと?」

「……」

「読ませるだけの授業で?」

「……わかった。四万ロクタンは君には高すぎた。三万にしよう」

 いきなり二十五パーセント引きの提示。

 こりゃ言い値だと分かったラドは、さっそく値切りを始めることにする。勝手に向こうから値切ってきたのだ、乗らない話はない。

「価格って価値ですから。価値ないって先生、仰ってましたし、そんなものに三万ロクタンも出せませんし」

「まて、まてまて! 私が苦労して集めた本に価値がないだって!?」

「収集の苦労は努力であって、本の有意義さとは関係ないですから」

 ヒュウゴは反論を試みようとするが口をパクパクさせるばかりで声が出ない。ゴクリと唾を飲んで一拍おいて手を広げた。

「……オーケー、ラドくん。分かった、二万でどうだ」


 ラドはバラバラと本をめくる。速読は得意なので概要はざっとみて把握した。十冊ある本のうち、意味がありそうなのは五冊。そこらへんはヒュウゴも把握しているだろう。ならこの半額は硬い。ここはその下値から攻めるべきだ。

「五千ですね」

「五千! そりゃないだろ!」

「じゃいらないです。パラパラっと見て中身もだいたい理解しましたし」

「うぐぐぐ、一万なら」

 ヒュウゴは興奮か焦りか分からないが、とにかく顔が赤くなってきた。それにまだ寒いというのに脇汗ぐっしょり。

「五千」

「九千五百!」

「五千」

「九千!」

「はぁ、もういいです。授業をしましょう。僕も授業料払ってますし」

「ラドくん、きみホント十歳?」

「ええ、見た目の通り十歳ですよ。えへっ」

 これでもかと、にっこり微笑む。


「分かった八千にしよう。これ以上は無理だ。写本に五千ロクタンもかかってるんだ」

「ああ~、やっぱりそうなんですね、一冊五百ロクタンくらいかなと思ってました」

 言ってから青ざめるヒュウゴ。

「授業料も結構しますよね。ひと月で三千ロクタンでしたっけ。それで最初は本を読むだけですから」

「分かった。六千で……」

「はい、僕も心の中でそのくらいかなって思ってました。じゃこの金額で手打ちとしましょう。料金は後払いで。では、この本の裏表紙に金額と冊数、日付と二人の名前を書いておきましょう」

 そそくさと本を開いて獣歯牙ペンを用意するラドの手慣れた仕草を、あ然と目で追うヒュウゴ。


「仰せのままに。ラドくん……きみはきっといい魔法士になるよ」

「そうですか? それは嬉しいです」

 失意のヒュウゴは、「まずはこれをじっくり読んで下さい」と、何故か丁寧語を言い残し肩を落として向こうの生徒の元にいく。


「さてと」

 ラドは息を吐くと一番簡単そうな、『現代魔法基礎 魔法の解読と発展』を手に取った。

誤植訂正

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