イノベーション
騎士団と銘打ったが自分でも御大層な名前を付けてしまったと思う。
通常、騎士団は千名以上の規模になり、騎士団長や部隊長は貴族のエライ方々がなるものらしい。そんなルールは設立後に聞いたが、知った所でどうにもならないし貴族が所有していれば騎士団になるらしいので、響きもカッコいいので兵団ではなく騎士団で押し通す。
騎士団の設立に合わせて兵装も整える。発注先はもちろん親方の工房だ。
街道警備の主たる相手は狂獣や悪辣な野党だ。狂獣は知能がないので猪突猛進だが、野党らは襲撃の成功率を上げるために物影に潜み、獲物が近づいたところで奇襲を仕掛けてくる。だが街道整備もバカじゃないので、ほとんどの道は見通しが良くなるように作られている。
そのため野党の襲撃は奇襲か遠距離からの弓を使った挟み撃ちが多い。
守る街道警備はそれに対応するため盾を装備し魔法で攻撃を行う。剣は接近戦に備えての補助装備だ。
だがマージア騎士団はパーンが構成メンバーなので、接近戦を想定した武装となる。つまり剣や盾が主要な武装となるのだが、これがガウべルーアではバカ高い! 金属スプーンですら高価なのに、それが剣ならいか程しようか。
いつでもどの世界でも、モノをいうのはマニ・マニ・マニ~、金である。
次に考えなくてはならないのは移動手段だ。
ラドが担当する守備範囲は三千ホブ(九十キロメートル)にわたる。この広大な範囲はとても十二名で守れるものではない。
そこで一計を講じる。
専守防衛で重要になるのは機動力と敵の察知力だ。
機動力は馬だ。
だが予算の都合で全員に馬を与えることはできない。そこで二頭立て簡易馬車を二つ用意して分乗することになるのだが、その馬車の性能が心許ない。オール木製の馬車は車輪も車軸も弱く悪路の高速移動には耐えられない。そして木製の軸受けでは、早く走るほど級数的に転がり抵抗が増大し馬が疲弊してしまう。
性能アップが必要だ。
必要なのは転がり抵抗を極小にするための軸受けとベアリング。そして悪路の衝撃を吸収し軸受の負担を抑えるサスペンション。さらに少々の衝撃でも壊れない強度の高い車輪と車軸の開発だ。
そこまで分かれば何を作ればいいかは親方に言うだけだ。こっちも費用がかかりそうだが、ここは工房開所のお世話をしてやった恩を最大に売って安くて良い物を作ってもらおう。
敵を早く発見する方法にはアイデアがある。
高速道路にある緊急電話である。
要するに要所要所に電話を置いて、何かあったら街道警備を呼び出して貰えばいい。
と言っても電線なんか引かない。ここは魔法の世界だ。なら魔法で緊急電話を作ってしまう。
送信側には、LC回路のように”魔力の顕現化”と”顕現中の魔法の魔力転換”を繰り返して共振させる魔方陣と、共振して作った魔力パルスを増幅する魔法陣を書く。
これは魔法を魔法で打ち消せる現象、つまり魔方陣は顕現中の魔法から魔力エネルギーを吸収できる『魔法上書き現象』を応用したものだ。
また火の魔法の魔方陣も書いておく。
利用者がこの魔方陣に触れて魔力を流すと、魔力パルスが発信され、同時に火の魔法が上空に打ち上がり救難信号となる。
受信側にはマナカウンターを応用して作ったマギウスアンテナの魔方陣を書く。このアンテナが魔力パルスを受け取ると、魔力ループ回路の配したマギウストランジスタ魔方陣のゲートが開いてライトの魔法が発動する。
あとは魔力パルスに色々なパターンを持たせておけば、受信側のライトの明滅パターンで、どの送信魔方陣が発動したか分かるという寸法だ。
論理ができたら早速実験だ。魔法のいいところは、思いついたら魔法陣を書くだけであっさり実現できるところにある。ハードウェアが要らないのは実に便利。
例によってイチカとリレイラに実験を手伝ってもらう。こんな基礎的な魔法で失敗はありえないが、もしもを考えて洛外(王都の城壁の外)の荒れ地で実験をする。
この魔法は騎士団の活動に直結するので、騎士団長になったライカも連れて行くことにする。ライカにはこれからマージア騎士団に起こる全てを知ってもらわなくてはならない。
王都の西門の跳ね橋を出て、我らがやって来たサノハラス街道を少し行き、そこから脇の荒地に抜ける。
東のウルック街道は豊かな畑の真ん中を突っ切って行くので、麦の穂がそよぐ金色の波や、緑の葉のそよぐ心温まる風景の中を歩くことになるが、サノハラス街道は乾いた大地の真ん中を突っ切っているので、岩と赤土の物悲しい風景の中を歩くことになる。
それが西へ西へと延々と続けば気持ちも萎える。
王都を挟んで西と東。灌漑が整備されていない、水が無いというだけでこれほど世界は違うのだ。
「このへんでいいかな」
馬車を止めて送信用の魔法陣を書いた石――エマージェンシーストーン、略してエマストーン――をリレイラに手渡す。
「リレイラ、エマストーンを持って向こうまで行ってくれる。そして僕が合図したら、エマストーンに魔力を流してみて」
「はい、魔力を流すだけですか? 呪文は?」
「魔力だけで十分だ。呪文は魔法陣を選択するためのものだ。魔法陣が単一で魔法の展開が一定なら呪文はいらないんだ」
「主任はいつの間にそんな発見を」
「君たちが寝てる夜の間にね」
「主任が馬に乗ると、いつもウトウトしていたのは惰眠を貪っていたからではないのですね」
「あの~、毒舌がまんま口から出てますよ、リレイラさん……」
「失礼しました。心の声と本当の声の区分は難しいものです」
「日頃からそう思ってるならなお悪いよ。いいから早く行って!」
命令を受けるとリレイラは、「はっ!」と背筋を伸ばして首肯し猛ダッシュで彼方まで走る。どんどん小さくなる背中が小指の先ほどになると、リレイラはこちらを振り向き大きく手を降った。
「準備はいい?」
例の真っ黒のローブに大きな帽子をかぶったイチカの頭がこくりと頷き、左手は高く杖を掲げる。受信用の魔方陣はイチカが持つ杖に掘っている。
ラドも手を振ってリレイラに合図を送り返す。
すると遠くでポンと火の魔法が空に上がるのが見えた。それとほぼ同時にイチカが持つ杖が灯台の明りのようにピカッとひとつ光った。
「うまくいったみたいだね」
「そうですね、実験成功おめでとうございます」
成功は折り込み済みなので二人に感動はない。喜ぶというか納得。
だが呆然とするのはライカ。実験の本質を理解しているラドとイチカと違ってライカはこの結果に満足しない。
「これだけか?」
「そうだよ。これだけだけど、この光るパルスの回数を変えたエマストーンを街道に点々と置けば、救助が必要な旅人が何処にいるか分かるんだ。僕らはそのパルスを数えてエマストーンに急行すればいい。唯一の問題は危険に遭遇した旅人がエマストーンまで到達できるかだけどね」
「これで私たちは巡回し続ける必要はなくなりますね」
「そういうこと」
「んん?」
ライカの目の中に幾つものハテナマークが見える。どうやら説明してもライカの知識では、この通信手段の凄さが分からないらしい。
「では早速、エマストーンを街道に置きにいかないとですね」
「いや街道近くにある大きい石に魔法陣を彫り込もうと思ってる。エマストーンを持ち逃げされるとマズいから」
「ああ、そうですね。エマストーンを取られてしまってはいけません。うっかりしていました」
「あはは、イチカも抜ける事があるんだね」
「んんん?」
全く会話についてきていないようだが、そこはライカ。そんな細かいことでは悩まない!
「んー、まぁいいにゃ! とにかくピカっとしたら走ればいいんだな。じゃさっそくエマトンに行っくにゃー!」
こいつには後でもう一度、名前から教えよう。
馬車の方は――、想像はしていたが親方とは大喧嘩だ。
「ラド、てめぇ。貴族になったからってなんでも通ると思うな!」
「貴族は関係ないです! 僕は限りなく真円の鉄球と軸受が欲しいって言ってるだけなんですから」
「気楽に真円なん作れるわけねーだろ」
「平面の上に溶けた鉄を乗せて、転がせれば、できるじゃないですか」
「バカかてめぇ、溶けた鉄だぞ。簡単に言うな」
「じゃ軸受はどうなんですか。鋳造すればいいですよね」
「型がねぇだろ」
「作ってください」
「そのお気楽ぶりが貴族さまだってんだ、お高く止まりやがって」
「木枠ならろくろ作れます。それで砂型で取れば」
「くっそガキが! ハンパに作り方知ってるから話しずれぇ」
親方は近くあった金床を蹴ろうとして思い留まる。怒り心頭だがかろうじて、これを蹴ったらどうなるのかが分かるくらいの理性は残っているようだ。
イライラを解消できず「うがぁ」と大声をあげる親方を尻目にアキハが助け船を出す。
「ねぇ親方。やろうよ」
このような局面ではアキハは絶対ラドの見方だ。それにアキハもラドが求めるベアリングなるものが、どのようなモノなのか、それをどう作るのかを見たい思いもある。少しずつだが彼女の中にも職人魂が芽生えてきており、ラドの話を聞くと作り方がぼんやりと頭に浮かぶようになってきた。それを確認してみたい。
「やんねーとは言ってねぇ」
「じゃお願いします」
「てめぇに言われて、ハイそうですかって、言うこと聞きたくねーんだよ!」
「うっわ、親方、大人げない。実は作れないんでしょ」
「クソガキどもに言われたくねぇ」
「やぁね男って、精神年齢低くて」
焚き付け調子にぷいと横を向くアキハの頭に、あわやトンカチを降ろそうというところで、これまた思いとどまる親方。
このクソ生意気なガキどもをいっぺん半殺しにしてやりたいところだが、さすがに本当にやればタダでは済まない。
「出来るが簡単じゃねーんだ、そもそも丸いものをどうやって研磨すんだ。だいたいサイズだって簡単には揃わねぇ」
「丸が難しければ円柱でもいいですよ。それなら研磨も楽ですし」
「なんで?」
「棒を回して同じ位置から、ヤスリをかければいいんだよ。金属加工はいかに回転うまく使うかなんだ」
「そっか、でも研磨って思ったよか大変なんだよ。時間かかるし」
「今回のはピカピカになるまでやらなくても大丈夫だよ。軸受もベアリングも使っているうちに勝手に研磨されるし。それにベアリングはちょっとサイズが違っても、こっちでうまく組み合わせるから、それほど厳密じゃなくても」
いとも簡単に作れるように言われて、何か言いたそうな親方。
「……高けーぞ」
親指の爪を見せて、お金のサインを作る。
親指の爪がお金のサインになるのは、ガウべルーアの通貨であるロクタンのサイズが、丁度、大人の親指の爪くらいだからだ。
「あ、それはこの工房の世話した代金ということで今回は激安で」
「できるかボケ!」
「じゃ、ウチの騎士団の全員分の剣とバックラーも発注するんで、それで安く」
「仕事増えてんじゃねーか!」
「親方、大丈夫だよ! それ私が作るから。親方はベアリングと何とかていうのを作って」
そのアキハの答えに男二人は慌てて割り込む。
「まって! アキハは不安だから」「まて! うちのブランドに傷をつけんな! てめぇーに本物の剣は十年はぇー」
「ひっどーい、二人して!」
結局、アキハの口添えもあり割引価格で、軸受にベアリングとサスペンション、それに剣とバックラーの作成も受けてもらえた。
お金は月賦。この世界にない月払いの概念を親方に納得させるのに二時間もかかったが、分割払いの概念が無いのに利子の概念だけはしっかりあり、「じゃ月初めの残高の百の三(つまり三パーセントのこと)を毎月追加で払え」と親方にケチ臭いことを言われてしまった。
ほんとガメツイわー、シンシアナの人って。
でも複利が無くてよかった。この概念だけは絶対に親方には教えないでおこう。あとリボ払いとかも危険。
程なくして軸受とベアリング、そして板バネのサスペンションが届いた。
アキハに手伝ってもらい馬車に装着時してみると想定以上の出来栄え! まるで吸い込まれるように軽々と荷馬車を引くこと出来る。
「すごーい! 人の力で軽々だよ!」
裏声で喜ぶアキハを見ていると自分も嬉しくなる。子供の頃からの付き合いだ。声のトーンだけで気持ちがシンクロしてしまうのだろう。
押し引きする荷台に、交互に腰掛けて乗り心地を確認する。
「乗り心地もぜんぜん違うね。おしり痛くないかも」
「だね。アキハのゼイ肉だらけの尻肉でも痛かったんだもん、僕は今までホント辛かったよ」
「何よ! そんなお肉なんてついてないわよっ」
なんてウソむくれしてアキハはラドの脇にゴツっとタメパンチを放つ。痛くない程の。
王都に来て思うようになったが、アキハはこういう一つ一つの行動がいちいちガウべルーアの女の子っぽくない。王都で十五の娘はもっと着飾り、恋の話に花を咲かせ、か弱く振舞っている。それは早く結婚するのがこの国では美徳とされているからだ。
どういう因習なのかは分からないが、女性の権利が制限された世の中で、いかにイイ家のイイ男の元に嫁ぐかは彼女たちの人生にとって核心的な死活になっている。聞く話では独り身の女性の生活は非常に厳しいらしい。我が家に集まったパーンの仲間達ではないが、スペースの決まった社会の枠に無理矢理にでも収まらねばならない彼女たちのプレッシャーは相当だと思う。
だがアキハは違う。
飾らないし、男と対等にやり合う元気ちゃんで、こういう社会の制約から自由だ。
初めて会った女の子がアキハだから、それが普通だと思っていたが、こんなアクティブな女性はガウべルーアの中で特異で奇異な存在だと王都に来てから知った。
だからだろう、アキハが王都の女の子の誰よりも輝いて見えるのは。
それはアキハがハブルだからかもしれない。ハブルだから枠すら与えられなかった。
一方で社会の枠は息苦しい苦しみも与えるが、つながりも生む。
同じ時を生きて、同じ体験をする喜び。この喜びや経験はアキハには与えられなかった。
だから、その代わりになる幸せをアキハには与えたい。彼女がハブルだと知ったあの日から強くそう思う。
――アキハにはずっと笑っててもらいたい。
「どうしたの?」
考え込んでぼーっとしてしまったラドにアキハは小さく声をかけた。
「いやなんでも。車軸と車輪も金属にしようと思ったけど、当面はこれで十分かな。ありがとう、アキハ」
「えへへ、どういたしまして。作ったの親方だけどね」
「でも、アキハがやろうって言ってくれたからさ」
アキハは少し自慢げに身を反らせて満足そうにうなずくと、ラドの手を引っ張って荷馬車の荷台に一緒にパタリと倒れて寝そべる。
まだ肌寒い風が、土臭い春の香りを運んでくる。
冷たい木の感触に身を引き締められて、アキハとラドは溶けかけた雪の中から顔を出す雪割り草のように日を浴びて暖を取り入れた。
風がアキハの髪と遊び、目をつむるラドの頬にかかる。
アキハの存在……。
ただ、隣にアキハがいることが心地よい。
――大事にしたいんだ。そのためにもっと頑張らないと。僕らはここでは普通じゃな。なら普通じゃなく頑張らないと普通は作れないんだ。
「よしっ! アキハ、ここからスタートだ」
「んん? どうしたの急に」
「なんでもないっ!」
ラドは早速、十一名のマージア騎士団を引き連れて処女警備に出ることにする。