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入城

 瓦礫に埋まった堀を越え、サルタニア城内に入る。

 未だ戦中ムードの市街はマジックランタンの明かりも無く真っ暗だ。その中をライカの夜目を頼りに領主の館に向かう。

「この子、意外に重い」

 なんてロザーラをおんぶするアキハの愚痴を聞きながら。


 サルタニア領主の館に門を叩いたラド達は、領主アクツ・サルタニア、つまりロザーラの父に怒りを持って受け入れられた。

 衛兵に捕まり半ば連行されて謁見の間に通される。

 前方にしか明かりがない薄暗く不気味な謁見の間は、壁沿いに太い木製の柱が並ぶ如何にもヨーロッパの古城にありがちなホールだった。

 その冷たい床に跪かされて、アクツ・サルタニアの登場を待つ。

 床も含めて総木造りなのに冷たい空気が漂っているのは何も冬の寒さだけではない。アクツ・サルタニアの怒りの念がそう感じさせるのだろう。


 じんわり冷えるホールの真ん中でしばらく待つ。

 やっと目を覚ましたロザーラはアキハの背の上でガタガタと震えている。魔力欠乏症の体にこの寒さはキツすぎる。衛兵にはその事を話したが何の配慮も無い。


 突如前方のマジックランタンが明るくなり、アクツ・サルタニアが大股で謁見の間に入ってきた。

 乱れた髪を手で撫で付け、無言でドカッと正面の椅子に座る。

 椅子は一つ。何となく二つあるイメージだったが違った。


「貴様ら、よくもサルタニア家の顔に泥を塗ってくれたな!」

 それが彼の第一声であった。

 城壁もぶっ壊しているので、いい顔はされないだろうとは思っていたが、予想以上の怒りラドはたじろぐ。

 領主の低めのダミ声は続く。

「自領防衛の手柄を貧民に奪われたと知られては、どのように国王に詫びればよいというのだ。しかもその手引き実の娘がしているなど」

 彼はラフなガウンの袖を持ち上げて、大きな掌で目元を覆った。顔の皺を見ると見た目は五十歳程度に見えるが、締まったが体は四十代に見える。

「ち、父上!」

 アキハの背中の上から鋭い声がするが、座上の人は続きを言わせない。

「いいかげん下郎の背中から降りよ! この恥知らずめ。貧民に背負われて入城した娘など古今東西きいたこともないわ。恥を知れ! この痴れ者が」

「申し訳ございません!」

 降ろしてくれとロザーラはアキハに小声で伝える。アキハは「大丈夫なの?」と確認するが、それを制してロザーラは降りる。だが案の定、背中の傷の痛みと貧血の眩暈でふらりと倒れそうになる。それをもう一度、アキハが支える。

 そんな哀れな姿を見ても父は冷たかった。

「情けなや。そのような体たらくで何をしに戻ってきた。よもや王都が嫌になって、これを言い訳に戻ってきた訳ではあるまいな」

「いえ、決してそのようなことはっ」

 酷い言いがかりに正義感の強いアキハが反論しそうになる。それをラドが目で止める。ここで介入するのはロザーラにとってマイナスだ。『庶民と馴れ合いおって』などと曲解されるのがオチである。


 領主は謁見の間が重くなるほど深い溜息をつく。まるで湿っぽい息がここまで届きそうな程の。

「ロザーラよ、今日の事は決して口外するな。この成果はお前が女だてらに騎士団を指揮し、サルタニア騎士団が実力で勝ち取った勝利だ。我騎士団は死をも恐れず勇敢にシンシアナ兵と戦った。そして激戦の末に敵を退けたのだ。背中の傷はその名誉とせよ」

「父上、それでは辻褄が合いませぬ。それに真実は多くの騎士や魔法兵が見ております。それに民も」

「口を封じよ。忠義とはそういうものだ」

 サルタニア領主は断じて切り捨てる。

「その者どもを地下牢に封じろ。口外されてはまずい」

 その命令を受けて木柱の向こうに潜んでいた衛兵が八名ほど出てくる。


 兵はラドやアキハ、リレイラの両腕を掴み背中に回して容赦なく締め上げ縄をかける。

 ライカはもっと酷い。四方から剣を突きつけら、四つん這いになったところを足で踏み潰され、猿轡を付けられて捕縛される。

 だがそんな扱いを受けてもライカは震えても何一つ抵抗しなかった。

 震え。それは睥睨する兵たちへの恐れではなく怒り。だが真っ直ぐにラドが信じているから、屈辱への怒りですら我慢できる。


「今日は夜も遅い。朝までおけ」

 つまり朝には口を封じるという意味だ。アクツ・サルタニアの言葉の冷たさにはその含みがあった。

 アキハのこの言葉の主ではなく、ラドに刺さる視線を向けていた。その視線が言っている。

『この分からず屋の領主に反論しなさい! 言い返せるのはあんただけなんだから』と。

 こうなる予感はあった。そしてハブルの自分が口を開けば更に事態を悪化させてしまう。だからラドに託したのに、ラドは口をつぐんで動かない。なら私が背中の縄を引きちぎって、この領主をぶん殴ってやる。

 突き刺す視線はそういう意味だ。


 ラドはアキハの視線を痛いほど感じていたが、アクツ・サルタニアに言うべき言葉を持たなかった。彼に論理は通じない。取引できる材料もない。自分達は口外せぬと言ってもたぶん彼は信じない。感情的になっている相手に情で訴えるのも不可能。

 打ち手なしだ。

 そもそもこの戦いは初めから分の悪い話なのだ。

 上手くいかなきゃシンシアナ兵に殺される。上手く行っても自分達は邪魔者扱いだろうと踏んでいた。だからロザーラが元気だったら彼女をサルタニアに置いて、そのまま消えるつもりだった。

 同じ活躍でも庶民と貴族では受け取られ方が違う。王都の騎士団に援軍を頼むのすら拒む者が、名もしれぬ庶民に助けられたら何と思うだろうか。無名の新人作家が受賞する直木賞なんて比じゃない位の反感だ。

 それでもロザーラを届けたのは、アキハもライカもリレイラもそうすることを望んだからだ。三人ともこれが危険な橋だと分かっていてもそれを選択した。


 衛兵が乱暴に腕を引っ張る。

 体面、沽券、プライド……。

 裸の王様にロザーラの願いや我々の想いを理解してもらう事は完全に諦めていたが、それでも連行される前に、一言だけサルタニア領主に問うことにした。

 それは三人の覚悟に応えるために、そして反論ではなくただ純粋に、この世界で生きた五年間の答えを聞きくために。


「領主アクツ・サルタニア卿。謹んでお伺いしたいことがございます」

 アクツ・サルタニアはラドの質問を無視して椅子から立つ。庶民の問など聞く必要はないからだ。

「王国にとって民とはなんでしょうか!!!」

 この言葉になぜかアクツ・サルタニアは足を止めた。

「物だ。王国の所有物に他ならん」

「ならばアクツ・サルタニア卿に伺います。領主にとっての領民とは」

「我の領地の我の民の事など、貴様に話す言われなない!」

「ならば……。ならば城外に住まう者の命をどう思われますか」

塵芥(ちりあくた)のことなど知らぬ!」


 再び歩み出すアクツ・サルタニアはもうラドの方を向くことはなかった。

「庶民の下らぬ問いに、高貴なお声をいただき感謝申し上げます」

「下郎どもを連れて行け」

 ラドは自ら問いを閉めて目を伏せた。



 衛兵に連れられて暗い地下への廊下を歩く。やけに足音の響く道のりを黙々と歩きながらラドはひとり考えていた。

 アクツ・サルタニアは答えていないようで、明確な答えを与えてくれた。

 この世界の人はみな誰かのモノだ。生きるために畑を耕す、それは所有者のため。奴隷として働く、それは街のため。辺境の地方を治める、それは国王のため?

 自分の所有権は自分にはない。それはガウベルーア人も同じ。ただ違うのは庇護があるかないかだけ。誰かの庇護を受ける代わりに誰かに所有されている。

 貧民の自分は哀れなのだと思っていたが、それはどの身分でも等しく同じなのだ。公証荷屋のエルカドも、成功を収めたと言われるヒューゴ先生も。

 なら王国にいながら、どの領も存在を認めていないパーンはどうなのか。彼らは王都に生き奴隷として働いている。だがパーンというだけで庇護されず相手の都合で捨てられ殺される。

 ハブルはどうだ、シンシアナ人は。マッキオ親方は税を納めているのにガウベルーア人と同じ権利は得られない。

 この国は狂っている。王国は矛盾だらけだ。

 領主や貴族が民を守っていると言うのなら、母アラッシオはなぜ守られなかった。なぜ未だ守られぬ。

 ホムンクルスを軍事糧秣とみなすアンスカーリに腹が立つが、臣民を俗として扱うこの国の貴族にも腹が立つ。ブリゾ・アンスカーリ、アクツ・サルタニア、カレス・ルドール、スタンリー・ワイズ。どの貴族も民の事を考えているとは思えない。

 国王、貴族、商人、豪農、農奴、ハブル、パーン。誰かが誰かを所有する連鎖の果てには誰も信じれない王国があり未来がある。それで国を治めていると言えるのだろうか。

 ここは剣と魔法の夢の世界じゃない。力がぶつかる、エゴと奪い合いの世界なんだ。

 そして、そこにとろけていく自分に腹が立つ。



 衛兵には「サルタニア卿は慈悲深いお方だ。いま殺されなかっただけマシだと思え」と言い捨てられ牢屋に放り込まれた。確かにそうかもしれない。朝まで延命してくれたのだから。

 もし謁見の間であっさりアクツ・サルタニアに切り捨てられていたら、なんという皮肉なのだろうと思う。いっそ、あのシンシアナの司令官にスッパリ切られた方がどれだけ良かったと思ったに違いない。

 ――あいつの名前はセネガだったか……。目の前で死んでいく部下を見て背中が震えていた。向こうの方が正常なんじゃないだろうか。あんな残虐な事をした自分なんかより。


 ラド達は無限に体温を奪っていく地下牢で身を寄せ合って暖をとる。

 誰も口を開かなかった。

 そして一人二人と、眠りに落ちていくのだった。



 城ごとが寝静まる頃。

 そんな夜中の地下牢に、潜めた靴音とランタンの揺らめく明かりが近づいて来る。


「ラド殿、ラド殿」

 密やかな声だったが眠れずにいたラドはゆっくりと目を開ける。聴きなれた声の主は。

「ああロザーラ、もう大丈夫かい」

「ああ、まだ軽く眩暈がするが大丈夫だ」

 その会話にリレイラが目を覚ます。

「ロザーラ、動いて良いのですか? 背中を切られていましたが」

「それも大丈夫だ、傷は浅かった。もう血は止まっている」

 それでなくても低めの声のロザーラだが、周りを気にしてか声のトーンは更に低い。

 そんな声だが寝付けないでいたライカやアキハも目を覚ます。

「ん、どうしたの?」

「にゃ、ロザーラか。なんだかヒラヒラの服を着てるぞ」

 夜目がきくライカには、カンテラの明かりでもロザーラの服が見えるらしい。

「これか。城内では女らしく振舞えと父上がうるさい。私は好きではないのだがな」

「なんか鳥みたいでおいしそうだぞ」

「おいしい?」

「まぁライカなりの、かわいいという事だよ」

「そうか、それは……ありがとう」

 カンテラの仄かな明かりでも、ロザーラの頬が赤くなるのが見えた。


「で、どうしたんだい。こんな夜更けに。しかも一人で」

 ロザーラは炎の揺れるランタンを置いて、ちょこんと牢の前に膝を抱えてしゃがみこみ、伏し目がちに床を見た。

「謝りたいと思った。ラド殿を初め皆には非常に無礼を働いたと自覚している。なのにサルタニアを救っていただいた」

「しょうがないよ。キミは諜報の仕事があるんだもの。僕らとは馴れ合えないし。それに不本意だったんでしょ? アンスカーリ側に取り入るために用意された仕事が」

「なっ! 知っていたのか!」

 牢屋に似合わぬ大声。

「分からないと思った? 最初にアンスカーリの口からキミの名前がするっと出なかったときに気付いたよ。これは当て込まれた仕事なんだって」

「な、ならば、なぜ私を野放しにした。魔法の秘密だって。それになぜサルタニアの救出に向かったのだ!」

「ロザーラにはロザーラの正義があるんでしょ。それを止められない。それにキミは変節なんてしないタイプに思えたし」

 ロザーラは愕いた顔をゆるりと戻して真顔で答えた。

「正義などない。父上に言われるままに政治的な理由で王都にいるに過ぎぬ。父上は上を目指したいのだ。このような辺境ではなく、陛下のお側に仕える栄誉を欲している。だからこんな辺境に未練などないし、父上にとって女の私など駒に過ぎぬ。中央の貴族の元に嫁ぎ血を繋ぐだけの役割」

「そうか。夜会と聞いたからね。ロザーラは美人だし社交界で人気がありそうだ。僕にそれをどうこう言う筋合いはない。キミはキミの人生を生きるといい。ただ、もしキミに願いがあるなら、それを諦めないで欲しいと思うけど。これは老婆心かな」

「願い?」

「サルタニアの領民を守りたいんでしょ。だから城外の領民を捨てて籠城するお父さんを許せなかった」

 ロザーラの目に力が宿る。

「そうだ。だがラド殿の言う通り、私は無力だった。一人では何もできなかった」

「あの魔法はロザーラの力だよ。たしかにリレイラも唱えたけど、この子はこの調子で集中力がない。キミの半分も唱えていないんだよ」

 ラドはリレイラの頭なでて軽く抱き寄せた。そうは言っているがリレイラを信頼していることが、よくわかる。

「だとしても、あの魔法はラド殿が唱えるべきラド殿の魔法だ。無力な私はなにもしていない。だた詠唱しただけ。しかも何が起きたのかも知らぬ」

「それはちょっと違うな。僕じゃできないんだ。なにせ魔力がないからね」

 諦め口調に手を広げるラドとは対照的に、「なに」と驚き顔を上げるロザーラ。切れ長の目がまん丸に開いている。

「王立魔法研究所の所長なのに魔法士ではない。魔力がないだと?」

「黙っててごめんね。これバレるとまずいかな」

「まずいもなにも所長職は解任、いや王国陛下やアンスカーリ公を欺いた罪で重罪だぞ!」

「じゃ僕は解任で犯罪者だね」

「……」

「前も言ったけど、僕はロザーラの事が嫌いになれない。何かを守るために強くあろうとする姿が僕は好きなんだ。だから僕もそうあろうとしている。それをキミはいつも僕に思い出させてくれるから」

「ラド殿……」


 遠くからロザーラを呼ぶ声がする。どうやらアクツ・サルタニアのお呼び出しらしい。ここに来ているのがバレたのか、なにかのお小言か。

「すまぬ。父上が呼んでいる」

「ああ、いってらっしゃい」

「ここまで言って、父上に逆らえぬ私を笑わないのか」

「それでもお父さんだもの、そういうのを大事にするのも好きだよ」

 ロザーラは静かに立ってランタンを手にとりもと来た道を戻ろうとするが、ふと足を止めて振り返った。

「……好き好き言うな。バカ者」

 顔が赤みを帯びて見えたのはランタンのせいか、魔力欠乏症から回復したせいか。ロザーラはヒラヒラの服に合わぬ歩幅で廊下を歩いていく。


「だれかに見せたいほどの、お転婆だ」

「それ、わたしのことでしょ」

「いいや、誰とも言ってないよ」

「もう、ラドったら、べらべら余計なことまで喋っちゃって。よかったの?」

「いいんだよ。彼女には分かって欲しかった」

「ところで主任、先ほど老婆心と言ってましたが。主任は女性なのですか? 老婆とは年老いた女性の事です」

「ああ、それはお節介という意味だよ。歳をとるとあれこれ言いたくなる事があるんだ」

「ならば主任は老人なのですか?」

「ラドは、まだ十五歳なのに、じじいっぽいんだよ」

「失礼だなぁアキハは」

 だが本当の自分は三十歳も半ばだ。そりゃ、この中で一番年長で人生経験がある。そんな歳からみたら、やっぱり若い人が夢を諦めるのは見たくないものなのだ。



 明朝早く、品の良いスレンダーなおばさんが牢の前に現れて、密かにラド達を裏口から出してくれた。

「見つからぬうちにお逃げください。そしてここ数日の件は全てご内密に」

 しっかり口止めをされて、食料も荷物も返されずラド達はゴミのようにサルタニア城を放り出された。あるのは杖とアキハの剣だけ。丸腰でないのはさすがに温情か。


「なんなの? ロザーラさんとも会えないだなんて!」

 アキハはご立腹だが、イザとなったら館ごとぶっ壊して出ようと思っていたので、この手引は本当に助かる。

 この放免っぷりはあの後ロザーラが父親に嘆願を重ねて、それでもダメで勝手にやったのは明白だった。

「まぁ命あってものだねだ。この事はみんな内緒で頼むよ。じゃないと僕が殺されちゃうから」

 軽く笑いながら王城を出るが、それを聞いた三人は震え上がって無口になってしまった。



 早朝の城下町は、籠城の緊張から解放された喜びに満ちており、日の出を祝う朝鳥のように明るい声が早くも響いている。だがそれは城下の話であり、城壁近くの家々は岩につぶされた家も多く、惨事に胸を痛める沈痛な雰囲気が漂っていた。

「主任、泣いている婦人がいます」

「ああ、家族が怪我をしたのか、或いは死んだのかもしれない。僕らのせいで」

「ならば謝罪を」

 そう言いかけて走り出そうとするリレイラの手を摑える。

「やめるんだ」

「しかし、リレイラがやったのです」

「ちがう、僕らがやったんだ。でも謝って済む話じゃない。それに損害を恐れて止めていたら彼らも救う事は出来なかった。僕らは悪い事をしたけど僕らには覚悟があった。だから僕らは悪じゃない」

「さっぱりわかりません」

 余りの矛盾に足が遅くなるリレイラをライカが引っ張る。

「誰かが困るって分かっても、やらなきゃいけない事はあるにゃ。そうやってみんな生きてるんだぞ」

「母さんもですか?」

「そうだ。しゅにんに会うまで母さんは一杯、悪い事をした。でも今は違う、正しい事をしてるぞ!」

 胸を張って鼻息も荒くリレイラに教える。それを見ているとラドの心は刃をプスリと刺されたように痛くなる。

 ――ライカそれは違う。僕はライカに何度も人を殺めさせている。本当は今の方が悪い事をしているかもしれないんだ。それにシンシアナ人だから殺していい訳じゃない。

「なっ、しゅにん」

 だが、それを言ってはいけない。

「ああ、皆が仲良く平和に生きるために僕らは頑張ってるんだ。魔法の研究もね」

「はい、主任!」


 城外にはもうシンシアナ軍はおらず、外は爆風と炎で焼けただれた荒地になっていた。今年の収穫が終わった後で良かった。これが刈り取る前の麦畑だったら農民は皆飢え死にだったろう。

 乗り捨てた馬車もキタサンもそのままあった。

 それほど慌てふためいた潰走だったのだろう。


 事が終わったので、あとは王都に帰るだけだが、折角、街道の果てまできたのだ、ラドは街街に立ち寄って他の領土の生活や領主はどういう人物なのか見て歩くことにした。

 アクツ・サルタニアは貴族の中でも特殊なお方なのかもしれない。他の領主はもっと穏健で人道的で優しく、パーンもハブルも認めているかもしれない。それをこの目で確認したかったのだ。

 それに急いで帰っても、良くてブタ箱、あるいは……なのだから、最後の旅なら、いっそこの世界の自由を満喫した方がいい。


「寄り道して帰ろうよ」と言うと、アキハは「えー、わたしはちょっと急いでるんだけどなぁ」と、珍しく生真面目なことを言う。

 生きるフリーダムなアキハが早く帰ることを希望するとは!?

「なんで?」

「この剣、そっとバレないように戻しておきたいんだよね」

 恐る恐る腰からぶら下げた剣を見せる。

「どうせ早く帰ったってバレるよ」

「なんでさ」

「ちょっと抜いてごらん」と、アキハに剣を束から抜かせて天に透かして見せてやる。

「ほらやっぱり、刃がボロボロだよ」

 血の気が引くアキハ。

「最初にシンシアナ兵の一撃を正面から受けたでしょ」

「うん」

「凄い音がしたもん。そんとき、あーこれはもうバレたなって思った」

「うぅ~、どうしようラドーーー!」

「この刃こぼれは研ぎ直せるレベルじゃないね。打ち直しだ」

「むーりー! 私の技能じゃそんなの~」

「だから早く帰っても意味ないんだって」

「ラド! いっそ逃げよう。えーっと駆け落ち!」

 リレイラがひょいと二人の間に顔を出す。

「それは愛し合ってる男女が同棲するために逃げる事です」

「愛なんて、どうでもいいのぉ~!」

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