ホムンクルス工場
「何が錬金術だ、こんな仕事辞めてやる!」
「わたしに怒んないでよ!」
最近入り浸りのアキハの家の食卓で、ラドはひげ根イモに木製のフォークをぶっさして怒りをアキハにぶつけていた。
「特に上司が気に入らないっっっ!」
「知らないわよ! 私のせいじゃないし!」
工場にいたのは、うだつの上がらない痩せでちょび髭の工場長。名前はウィリスといい、目下にはめっぽう厳しい男だった。たぶんウィリスは目上にはヘコヘコするタイプだ。奥に引っ込んだ暗い目がそうだと言っている。間違いない。
その工場長に言われた仕事が、ホムンクルスの世話。
ホムンクルスは石造りの培養槽で育てられている、工場の中にはその培養槽が置かれた育成棟が二十棟ほどあり、一棟には培養槽が六個から十個置かれている。そのうち半分は空の槽だ。
培養槽には緑色の半透明な液体が満たされており、その中に一体のホムンクルスが横たわっている。いうなれば石のお風呂みたいなものだ。
培養液は定期的に取り換えなければならない。それが数日ペースで行われている。
この培養液の交換に始まる全ての作業がホムンクルスの世話だ。
この交換作業がとにかく大変。まず空の培養槽に培養液を満たす。それを桶で運ぶだけでも重労働なのに、そのあとホムンクルスを取り出し、新たに培養液をはった培養槽に移し替えなければならない。
その際、ホムンクルスを綺麗にしてあげるのだ。相手は人造人間とはいえ人だ。意識はなくても生きている以上、様々な汚物を出す。
ラドは“人間は基本臭い生き物”だと初めて知った。
取り出したホムンクルスは一時間以内に髪を切り、垢を擦り体を拭いて、新しいパンツを履かせて石槽に戻す。女性のホムンクルスは、ゆるゆるのシャツを着させる。
ぐったりした女性に毎日パンツをはかせている自分の姿はなかなかシュールだ。
なお、一時間以内というのはホムンクルスが弱い生き物だからだ。それ以上の時間、外に置くと衰弱して死んでしまうらしい。
ラドが面倒をみているホムンクルスは全部で三体。仕込んだばかりの素体、三歳くらいの女の素体、十五歳くらいの男の素体である。小さいホムンクルスはまだいい。十五歳くらいのホムンクルスはラドよりもはるかに大きいし、しかも意識がないからぐったりしていて動かすだけでも一苦労である。
「寝てる奴にパンツ履かせるなんてムリだよ!」
「なんの話よっ!」
いかん、つい思い出し怒りに、アキハに当たってしまった。
だがそんな苦労をしても工場長は、「おらクソガキ! ちゃんと働け!」と、世を逆恨みするような暗いオーラで愚痴るばかりで手伝いもしない。手伝わないどころか尻を蹴ってきやがる。いたいけな少年がホムンクルスのパンツを、手を真っ赤にして洗ってるにもかかわらずだ。
ホムンクルス製造の研究をしている自分を想像していたラドは、余りのギャップに数日通っただけで、すっかりこの仕事が嫌になってしまった。
それをアキハに愚痴ると「仕事ってそんなものだよ。嫌でもやるの。生きるためなんだから」と正論を言われてしまった。
なんて大人!
十歳のリアル子供に窘められて、ぐうの音も出ない。
「でもさ、相対的に辛い仕事だと思うんだ。他の仕事は知らないけど離職率が高すぎる。この数日でもう二人も辞めてるんだよ。工場は臭いし重労働だし、勤務時間は長いし、工場長のウィリスは嫌なヤツだし。なによりやっても自分のスキルアップにならないんだ。十年やったって僕の筋力しか上がらない。せいぜいパラメータが上がっても忍耐力だけだよ。それ魔法に関係なくない? 僕は魔法が使えるようになりたいんだ。あの魔法騎士みたいに」
「はいはいパラメータ? ラドの難しい言葉はもう慣れたわよ。それにスキル? よくわかんないけど腕を上げたいんでしょ」
「そう! だってアキハは仕事するほど、親方からいろんな技を盗んでるじゃない」
「いや盗んでないけど」
「盗むってそういう意味じゃなくて、やり方を見て覚えるって意味だよ」
「で?」
「でじゃなくて、僕もそういう仕事がしたんだよ。魔法に繋がるような」
「無理だよ。男の子はふつう家の仕事を継ぐんだもん。宿屋の子は宿屋になんの! ラドは住み込みなんだからコネでも工場の仕事につけただけですごくラッキーなんだから」
「なにそれ! この世界に職業選択の自由はないの!?」
「ないの! なれても兵士だけだよ」
「じゃ兵士になる。魔法兵士に」
「だ・か・ら! 魔法が使えないとなれないの!」
「なら魔法覚えるから教えてよ」
「もう! 何度も教えても出来なかったじゃない! 私じゃもう無理だよ」
ああそういうこと。最初の夜に魔法を教えてとせがむラドをアキハがはぐらかしたのは、そういう前科があったからだ。記憶がないから分からなかったが、それは一回や二回ではないらしい。
「じゃ、どうしたら覚えられるのさ」
「魔法学校に通いなよ。ダメもとで」
「あるの? そんなの」
「あるけど……、お金もかかるし、それに――」
「行く! この街にもあるの? ねぇどこ、どこにあるの?」
詰め寄られまくったアキハは盛大なため息ついて、しぶしぶラドを魔法学校に連れて行くのだった。