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それぞれの景色

 目覚めたロザーラは自分を覗き込む顔に思わず尻込みした。

 身長六スブ半(195センチメートル)はあろうかという、無精ひげの浅黒顔に、眼光鋭いシンシアナ人。

 女性にしてはかなり背丈の大きい、田舎臭い服を着た女。

 銀髪に人とは思えぬ透き通る肌、そしてエメラルド色の瞳を持つ”パラケルスの魔女”と呼ばれる少女。

 茶と黒のまだらの髪の毛に、切れ長の冷たい瞳をもつ娘。

 何がおかしいのか、にぱっと笑ったネコ耳の半獣人。

 そして、どう見ても十歳児としか思えない自分の上司。


「あ、起きた!」

 最初に声を発したのは、アキハと名乗った田舎臭い娘だった。


「痛っ!」

 体を起こそうとすると首筋に激痛が走る。

 そうだ、あの半獣人に手刀を食らったのだ。十歳児は『半獣人は人と変わらない』と言ったが、全くもって危険ではないか。

 だが真に危険なのはシンシアナ人だ。田舎娘はシンシアナ人の男を親方と呼ぶのだから、この娘もシンシアナの者かもしれない。シンシアナの女には会ったことはないが女子供であっても何をしでかすか分からないヤツらだ。だから第一声で弱みを見せてはならない。

 気持ちを奮い起こし声を張る。


「貴様は何者だ。シンシアナ人と王都で何を企んでいる」

 状況はそんな質問を許さないのは分かっている。だが屈してはいけない。いかなる時も貴族は尊厳を持たねばならぬと兄上は常々おっしゃっていた。それは今のような事態に備えてだ。


「さっき言った通りだよ。金属工房を開くって」

「信じられるか! さては地下スパイ組織の者か! 悪さをする前にその首、刎ねてくれる!」

「おいおい、気の強ぇねーちゃんだな。アキハ以上じゃねぇか。かわいげのねぇ」

「ちょっと親方! なんで私をディスんのよ!」

 マッキオはアキハの顔に大きな手を被せ、グイと押しのけてロザーラに近づく。


「いいぜ、ねーちゃん。なら首でも腕でも刎ねてみろや。俺は国王の営業証明も持ってんだからな」

 マッキオは口応えするロザーラを挑発するように、ロザーラの花顔(かがん)に顔を近づけた。この世界に歯など磨く習慣はない。口臭と汗の臭いにロザーラは顔を顰める。

「寄るな、汚らわしい!」

「このやろう! そんなに汚らわしけりゃ、その手で俺をブツなり引っ掻くなりしてみろやい」

 マッキオがロザーラの右手首を乱暴に取り上げ、体が浮くほどグイと捻り上げる。


 ――い、痛い! 手首が内側から軋む! だがたとえこの手が折れても悲鳴など上げてなるものか!

 ロザーラはマッキオに怒りと蔑みを混ぜた視線をぶつける。


「ちょっと、親方! 脅してどうするのよ! ごめんねロザーラさん、無粋なおっさんで。痛かったよね」

 田舎娘はシンシアナ人の手をピシャリと叩いて黙らせる。こんな乱暴極まりないシンシアナ人に言うことを聞かせるのだ、やはりこの女はシンシアナ人なのだろう。いや違う……、この骨格と肌の色は……。

「貴様、ハブルだな」

「そうだけど……」

「ハブルの同情など、恥辱以外のなにものでない!」

「それ、いまは関係ないでしょ」

「王国はハブルに居住権を与えておらん!」

 この女は助けて恩を売り、隙を作って都合よく事を運ぼうとしているに違いない。ハブルは物を奪い、人を殺め、不埒を働く奴らだ。この王国でそのような外道を許してはならない。


「ちょっとストーップ! 待って、待って!」

 バチバチと火花を散らす三人の間にラドが割って入る。それぞれ思う所を言い足りない三人は、言い争いを止められて不満げな顔をラドに向けるが、ラドの口から出た言葉に毒気を抜かれる羽目になる。

「一度聞いてみたかったんだけど、ハブルってなんなの? 前にも言ってたよね」

「ええー、ラド、いまさらそれ聞くの!?」

「うん、何度か聞いたことがあったけど、アキハとハブルって何の関係があるのかなって」

 あまりに場違いな質問にアキハもマッキオもポカン顔だ。

「バカかてめぇ。ハブルってのはシンシアナとガウベルーアのハーフだ。シンシアナの兵が女恋しさに、ガウベルーアの女を襲ってできた子だ」

「え、そうなの?」

「穢れた子だからな、ガウベルーアじゃ大抵捨てられる。だがシンシアナじゃ労働力になるし、仕込めばいい捨て奸(すてがまり)になるから時々さらいにくるのよ」

「アキハがそうなの?」

「もうっ、知らなかったの? わたし言ったよ。三歳くらいの時に」

「三歳!? 知るか! そんな小さい頃のこと!」


 まったく愚かな奴らだ。アホな工作員にはアホな仲間。この十歳児はそうとは知らずに今の今までハブルと幼馴染をやっていたのか。だがそれなら確かにガウべルーアの民でもシンシアナに加担をするのは理解できる。ハブルの子ならばシンシアナに買われて、この悪臭を放つシンシアナ人と繋がっていてもおかしくない。そこにたまたま幼き折より仲の良いガウベルーアの子供がいたのだ。放っておく手はない。まったく魔法局から与えられた情報のとおりである。


 そもそも自分がここに派遣されたのはアンスカーリ公から仰せつかった監視のためだ。彼は自分を名指し、『ラドがどんな研究をするか監視し逐一報告せよ』と言ってきた。

 王国最高位貴族からのご指名に驚いたが、それ以上に、私が父上の野心のために差出した慰み者と知っての指名だった事に驚いた。

 なぜ私なのか、なぜ監視をするのか。その目的を聞きたかったが、アンスカーリ公はそのような些細な質問を許す間を与えてはくれなかった。

 その後、公の指示で魔法局諜報部に行くとカレス・ルドールなる胡散臭い貴族に呼び出され、『王都にシンシアナの地下組織がある。ラドという工作員を監視せよ』と命令を受けた。これはまだアンスカーリ公もご存じない話だという。

 そんな重要なミッションになぜ自分が選ばれたのか、カレスもまた何も教えてくれない。

 二人は私に何かをさせようとしている。だが彼らが背中に隠しているモノは皆目検討がつかない。それが自分をイライラさせる。

 自分は父上やアンスカーリ公、ましてカレスの駒ではない!

 だから局面を変え、盤上の地になるまいとあがいてきたのに、気ばかりが急いてどうにもならない自分が不甲斐なかった。


 だが、それも仕舞いである。

 十歳児の尻尾はつかんだも同然だ。ここまでの状況証拠は全て黒を示している。闘技場で半獣人を逃がしたのは、裏街のスラムの奴らと繋がっているからだ。そして仲間のハブルは明らかにシンシアナと繋がっている。さしずめシンシアナと結託し、半獣人をけしかけて王都を混乱させる魂胆だったのだろう。

 これを魔法局とアンスカーリ公に報告すれば、自分はこの仕事から解放される。そうしたらアンスカーリ公に嘆願して即サルタニアに帰る。今年は不作だ。苦しんでいる領民が心配だ。

 だが……。

 その前に、どうやってここを無事に脱出するか、それが目下の課題である。


 そんなロザーラの思惑を無視して、ラド達の話は進む。

「そうか。どおりで強いはずだよ。ホムンクルス工場でシンシアナ兵を倒したとき、僕にはあんな戦いは絶対無理だと思ったんだ。それに土壇場の度胸の良さとか不思議に思ってたんだ」

「ラドは私がハブルだから、あんな無茶させるんだと思ってた。コゴネズミの襲撃の時とか女の子にやらせる戦い方じゃなかったもん」

「そんなの知らなかったよ。ただアキハなら行けると思ってたから。僕より動けるし工場で戦ったときより体も成長してるから絶対強くなってるって」

「そんな期待なんて迷惑よ」

「でも戦い抜いたじゃない」

「あの時はそうだったけど、最近は全然ダメ。昔より体のキレがなくて」

「それって成長したんじゃなくて、太っただけなんじゃないの?」

「ちがうわよ!」

「ガハハハ、そりゃな、ハブルは長じるとシンシアナの血が薄くなってくんだ。子供の頃が一番つえー。ガタイもいいし、こいつみたいに魔法を使える奴もいる」

「へー」


 三人は自分達の話に熱中だ。だが閃いた!

 シンシアナもハブルも直情的で己に過信で思考は苦手だ。十歳児は口こそ達者だが世間知らずでツメが甘い。パラケルスの魔女ももう一人の女も賢いが十歳児のいいなりだ。ならば素直に謝れば何事もなくここを抜け出せるのではないか?

 芝居の類は子供の頃より苦手ではあるが……やるしかないか。

 ロザーラは腹を決めてひと芝居、打つことにする。


「済まぬ、王国公認とは知らず無礼をした。貴殿はいつガウベルーアに帰化したのだ?」

「ああ? もう十年近くだ。税金も人より収めているし、貴族達の武器も納めてるぜ。まぁ優良市民ってやつだ」

「それは失礼した。それにそこのお嬢さん、ハブルと罵って申し訳なかった。あなたは我々に危害を加える方ではないと分かった」

「ええ? ああうん」

「改めて非礼を詫びたい。ついては今日の所は帰宅してもよいだろうか。ラド所長」

「ああ、うん。こっちこそさっきの無礼を謝りたいと思ってたからいいけど」

「それはもうよい。わたしの早とちりであった。では来たばかり申し訳ないが失礼する」

 ロザーラはやおら立ち上がり、痛めた頭を無理やり下げて、そそくさと玄関に向かって歩み出す。


 ――よしっ、うまくいった!


「あ、ロザーラ!」

「な、なにかな? 所長」

 あわや感づかれたかと思い飛び上がりそうになるのをギリギリで押さえ込む。心臓はバクバクと脈打ち胸が痛い。寒空だというのに一気に背中から汗が噴き出してくる。


「コート忘れてるよ。外は寒いから」

「う、うむ。忠告、いたみ入る」

 ロザーラはイチカが腕にかけたコートをやけに離れた位置から奪い取ると、片手を通しながら玄関に向かって歩き出す。気品を重視するロザーラにしては、ながら歩きは珍しい光景であった。


「どうしたの? 急に」

「さあ……気まぐれな人だから」

 ラドとアキハは顔を見合わせた。

 


 その日の深更。

 カレス・ルドールは王都の秘密通路でロザーラ・サルタニアと会っていた。


 王都の地下には主要施設や貴族邸を結ぶ地下通路が走っている。それは特定の貴族しか知らない秘密の通り道で、古くは王都建設の頃から存在していた。

 ここはその通路の一つ、旧ルドール邸と市街の出口を結ぶ秘密の抜け道。

 人ひとりの道幅の通路をひたすら真っ直ぐに歩くと、通路は突如丁字に分かれる。その右手に広さ半ホブ四方ほどの警備兵が詰める控室があり、テーブルと椅子しかない殺風景な空間にはマジックランタン明かりが淡く色合いを変えながら四面を照らしている。

 テーブルには灯火に髪を煌めかせるロザーラと、手の甲の火傷痕をしきりにさするカレス・ルドールが向き合っていた。


「やつの周りにはシンシアナ人とハブル、半獣人がいます。そしてそのような輩を次々と集めているようです」

「やはりだな。パラケルスの工房にいたシンシアナ人とハブルも王都に来たのか」

 健康的で張のあったカレスの頬は、二十歳は老けたかと思うほどコケている。目も窪み、パラケルスに現れたときの面影はもはやない。だが口許だけはひどく歪んだ半笑いを作っており、それが皮肉にも彼をカレス・ルドールだと分からせていた。

「はい、工房を移すといっておりますがどこまで本当か」

「やはり来たか! 苦節、やつらの遂に尻尾をつかんだぞ!」

 カレスは嬉しさに興奮し、握り拳で粗末な木製テーブルの天板をドンドンと叩く。腕が上下に動くたびに手の甲に出来たケロイドが突っ張り、皮膚らしくなく質感でテラリと光る。

 ロザーラはその歓喜を冷ややかに見ていた。

「あやつらは黒とわかりました。ならばわたくしの役割はもう――」

「下がれ。小僧の拘束はこちらで行う。それまで小僧を足止めしろ。気取られるな」

「いえ、わたくしはこれ以上――」

「兵を動かすには準備がいるのだ、時を稼げと言っている!」

 ロザーラに続きを言わせずカレスは小虫を払うように手を振り退出を命じる。同じ貴族でも男子と女子は位が違う。さらに王都の貴族と辺境の小貴族ならばなおさらだ。ロザーラの困惑などカレスの眼中にある筈もない。

 部屋を後にするロザーラの背で、一人の男の奇声が消えた。



 カレスはロザーラが灯していたマジックランタンが消えた真っ暗な部屋で、ひとり声を殺して笑っていた。

 復讐である。これは復讐である。

 そもそも自分がアンスカーリに追われ、救いを求めたスタンリーからも蔑まれたのは何故か。

 パラケルスに辞令を届け、しばらくもせぬうちにアンスカーリが自分を敵対視し始めたのは何故か。

 ルドール家は大きな家ではない。だが祖父の代からアンスカーリに仕え秘匿の仕事も任させる由緒ある家なのだ。それをひっくり返すなど田舎小僧の力でできることではない。

 この出来すぎた話には裏がある。それはシンシアナの地下組織。

 小僧はシンシアナと繋がっている。あの辞令を受けとった後、小僧はシンシアナの地下組織を使ってアンスカーリを何らかの情報を吹き込んだ。それも我邸宅を焼き打ちし、ルドール家を滅亡させるほどの偽情報を。

 でなければ、まっとう貴族が同派閥の貴族の邸宅に火など放つものか! そのような卑劣なことをするのはシンシアナしかいない。


「あの小僧のさえいなければ――」


 今頃ホムンクルスを横流し巨万の富を得ていた。そして目覚めたホムンクルスをアンスカーリ家に上納し特別待遇で迎えられていたはずだ。それがスタンリーにかろうじて拾われ、捨て駒のように諜報部に送り込まれるとはっ。


 怒りと怨みは簡単に人の目を曇らせてしまう。

 考えずとも田舎の子供が王都の地下組織に繋がるなど、それこそ非現実的な話だがカレスの全ての思考は己の身勝手な思い込みで埋め尽くされ、そんな常識すらかき消してしまっていた。

 この先には破滅が待っている。だが刺し違えても復讐を果たす。

 今の彼は、ただ双眸に復讐の二文字を映す自爆装置であった。



 その頃、ラドはロザーラと色々あってヘトヘトに疲れているというのにアンスカーリに呼び出されていた。

 アンスカーリは夜にラドに会うことを好む。

 表向きは「一人の飯はまずいから来い」との事だが、会いに行ってもさして飯など食わず、ただひたすら魔法の話しをする。そして疲れると、『次の貴族の集まりが面倒だの』、『遠縁の叔母がどうしたの』、『どこぞの別荘に庭のバラに虫がつくだの』くだらない老人のグチが始まる。

 要するに話しがしたいのだ。その格好の相手にされているらしい。

 そうして愚痴を聞かされるのが習慣になり、愚痴なので相手の事などお構いなしに話は深更まで及び、ただラドが消耗して深夜に帰宅するの日課になりつつあった。

 そんなこんなで、今日もすっかり遅くなった夜更けの帰り道。


 いつもの秘密通路の店を出た先で、ラドは視界の隅に街の隘路に消えて行く黒髪の女性を見かけた。

「あれ、ロザーラ?」

 そう思い一度離した視線を戻すと、もうどこにもいない。

「ん? どこだ?」

 不審に思い黒髪の女性が消えた道に足を進めると、そこは行き止まりの石壁になっている。


 三面を石壁に囲まれた空間で立ちすくむ。


 だがすぐにこの構造の異常さに気づいた。

 王都は静脈流通をもつ二重構造になっている。建物が面する表道路と静脈流通の裏通路を両立させるためには、建物と建物で裏通路を挟み込み、結節点を巧みに配して裏路地を切れ目なく繋ぐ必要がある。これをL字の建物を配することで実現している。そのため王都は角の多い迷路状になりがちだ。

 その構造を知っていると三面に窓が無い行き止まりは変だと気づく。

 建物の裏は裏路地だから窓はない。表通路に窓がないならこの建物に窓はないのか?


 何かおかしいのではないかと気づけば違和感を探す五感が働く。

 しゃがみこんで足跡を探し、壁を触って手触りの違いを感じる。だが先に反応したのは耳。

「笛の音?」

 近くからヒョーと僅かな音がする。その音源に辿り着く前に道の隅に数個の石ころがあることに気づいた。近づくと――これは石ころではない。突起だ。

 珍しく平らじゃない石畳に興味をひかれ、ラドは石を踏んでみる。

 だが何も起きない。


 少し悩んで辺りを見回すと壁にも二つ突起がある。足元にも二つの突起石、壁にも二つの突起石。

 万歳するとちょうど届きそうな位置にある。


「となると――」

 四つの突起を同時に押してみる。

 するとゴゴっと石を擦る音がした。

「やっぱり」


 音のした方に顔を向けると、それはさっきの笛の音の方向。そして笛の音はもうしていない。

 ラドは音のあった石壁の正面に立ちそっと押してみる。

「……動く」


 わずかにできた隙間をこじ開けて、あたりを伺いつつ暗闇の中に身を滑り込ませる。

 その通路の先にいる人物を求めて。

誤植報告ありがとうござます。

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