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別れと出会い

 ラドは準備のための一時帰国を認められてパラケルスに戻る。

 その前に親方に頼まれていた工房の敷地を見つけておいた。在り金をはたいて手付金を払い、アキハにこの土地を託す。


 帰路の道中、パラケルスが近づくにつれアキハは『ラドと離れることが嫌だ』と、珍しく駄々をこねた。

 アキハとの付き合いは長いが、こんなに聞き分けのないアキハは初めてだった。

 そんなアキハに、「王都に工房を開けば、また一緒なんだから」と本当にそうなる分からない事を何度もいい聞かせて、やっとの思いでパラケルスに残ることを決意させる。

 それでも「わたし行くからね、絶対、王都に行くからね」と何度も何度も、事あることにアキハは言った。


 パラケルスに着いて最初の仕事は、工場はマイカに任せる事だった。

 イチカはラドの教えた管理業務を殆どマイカに教えており、本当にラドの知らないうちにちょっとしたマネージャーになっていた。

 少々計算が苦手なのが不安だが、すぐにでも工場長代理は務まりそうだった。

「お任せください。ラドさんにご迷惑は二度とかけませんから」

 二度との意味を少し考えるが、あの市場の出来事だと思いあたる。あそこでぎゃあぎゃあ騒いでいた子が、敬語で、しかも意思のこもった顔つきで自分を見るなんて。そんな小さな出来事を今でも悔いているなんて、その想いがいじらしくて、ラドはすっかり自分より大きくなったマイカをしゃがませて三毛色の頭を撫でる。

「僕はマイカが迷惑だなんて思ったことは一度もないよ。でも嬉しいな。マイカがそう思ってくれることが僕は本当に嬉しい」

 マイカはすっかり引き締まった顔をいっそう真面目にして、「ありがとうございます」とぺこりと頭を下げる。

 ――みんなあっという間に大人になっちゃうんだな。

 それが嬉しくもあり寂しい。


 母には全てを話した。

 母はラドがあの大貴族アンスカーリに認められたことを喜び、しかしそれ故に自由を奪われた事に怒り、何よりラドが急に自分のもとを離れることをとても悲しんだ。だが涙を堪えて「頑張りなさい。あなたにはイチカちゃんもライカちゃんもいるのだから」と励ます。

 そして「わたしのことは心配しなくていいのよ」とほろりと言うと、ラドの頬に手をそえて躊躇うようにラドを抱いた。

 そう簡単には会えない、あるいはもう会えない予感があるのかもしれない。

 たとえ養母でも、母という生き物は子供のそういうことに敏感なのだろう。


 ヒューゴとエルカドにも挨拶に行く。

 ヒューゴ先生には新しい魔法のことは言わなかったが、魔法の知識を買われてアンスカーリのもとで働くと伝えた。するとヒューゴはそれは非常に喜び、「やはりラドくんは、ただものではなかったな!」と、抱き上げて頬ずりする。

 過剰なラブはノーセンキューだが、喜んでくれるのは嬉しい限りだ。

 だが、「ところでラドくんの師匠は、この私だと言ってもよいかな」と、なにやら意味有りげなことを言うではないか。

「うーん、まぁいいですけど」

「なんだ、釈然としない返事じゃないか」

「確かに先生には初めに師事しましたが、魔法の知識は殆ど教えてもらってませんから」

「そう言うなよ。いろいろ教えたじゃなか。戦場からの逃げ方、陣形、弓の扱いに野営の張り方、狂獣のことも、そうそう礼儀作法だって」

「そうですね。魔法以外のいろいろを」

 いたずらっけ一杯にヒューゴに目配せすると、彼はもう手慣れたもので「私は『ラドくんを育てたのは私だ』と言って、美味しい仕事にありつきたいんだ」と、包み隠さず本音を暴露する。

「正直すぎますよ、ヒューゴ先生は。言ってもいいですけど、変な事になっても知りませんよ」

「ありがとう、ラドくん!」と、両手を取ってぶんぶん振り回し、挙句の果に熱いハグ。

 ――絶対男好きなんだ、この人は。間違いない。


 エルカドはヒューゴほど単純ではないので、「そうか、大変だな」とポツリと言う。

「まぁなにもできないが、ラドの無事を祈ってるぜ。それと――」と、励ましのお言葉に加えて餞別をくれた。

 預けていた白馬、キタサン。

 キタサンは預けた体を取っているが、謝罪としてエルカドにあげた馬だ。

「王都に出れば旅も増えるだろ、もとはラドの馬だ。それに白馬は目立つから荷馬に向かないんだ。正直、飼葉ばかりが減って困っていた」

 なんて心にもない事を言う。

「わかった。ありがたく受け取っておくよ」

「おう、もっともその足が届けばだけどな」と、エルカドはラドの頭から足先をナメて見て、へへっと笑う。

「意地悪だなぁ。いいよ、ライカに手綱をとってもらうから」

「あはははは、あいつはラドに懐いてるからな」

「何度も命を助けられたよ。……すまないね、なのにエルカドのところの御者さんは助けられなかった」

「気にするな。そういう危険承知な仕事だ。それをお前が新しい魔法でなんとかしてくれ」

「ああ、わかったよ」

 まさか最悪の出会いで始まって、こういう関係になるとは思わなかった。

 ――いい奴じゃないか! エルカド!


 親方には合わない。いろいろ面倒そうだし、どうせ近々王都で会うだろう。なによりアキハがうるさい。旅立ちの前に顔を出したらアキハ泣くんじゃないだろうか。

 アキハのそういう顔は見たくなかった。

 ――面倒なんだよアキハは。口うるさいし、お節介だし、感情の起伏があり過ぎるし、ほんとアイツとは合わないんだ、僕は。

 

 そうして全ての準備が終えたラドは、白馬にまたがり一路王都に向かう。

 荷物は背嚢ひとつ。お供は三人。やんちゃなライカに、もの静かなイチカ、ご飯ばかり食べているリレイラ。

 なんか西遊記みたいだ。



 王立魔法研究所とは、なんと大仰な名前だろうか。

 研究所と言うくらいなのだから多くの魔法の権威が、ひたすら魔法の研究に没頭する大学のような所なのだろう。そんな機関の所長に自分がなる。

 自分より遙かに年上の研究員なら魔法の知識も桁違いだろう。なにより人生経験が違う。まあ一応三十歳なりの人品を備えていると思うが、パラケラスには品格が高い大人は居なかった。だからこの世界の大人の流儀には疎い。

 それに相手は洗練された王都の人だ。そんな人達のトップに浅学な田舎者が立つなんて。


「ねぇイチカ、最初の挨拶とか考えおいた方がいいかな」

 緊張で緩くなってきたお腹を両手で押さえて不安げな眼差しをイチカに向けると、心中を察したイチカが優しい言葉をかける。

「考え過ぎではありませんか」

「ならいいけど」

 一方、そんな気配りなど微塵も出来ない二人。

「そうにゃ、挨拶なんて名前をいえば十分にゃ」

「緊張とは、失敗を恐怖と感じる自意識過剰な精神状態により起こる発汗などを伴う生理現象です」

「わかってるよ! こと細かに論述しないでっ」

「主任はプライドが高いのではありませんか」

「リ、リレイラって、時々、毒舌だよね……」

「毒舌ですか? 生憎、そのような便利な舌は持ち合わせていません」


 そんな取り越し苦労を重ねて、胃を痛めて王都に到着。魔法局に出頭しアンスカーリに着任の挨拶をする。

 貴族相手の挨拶は、ヒューゴ先生に教えてもらった。片膝をついて武器を前に置いて頭をたれる。直接相手の目を見てはいけない。それは敵対する意思があることを示すからだそうだ。そして右手を胸に当て、左手を背中に回す。

 どういう意味があるのかと問うと、右手は忠誠を示し、左手はあなたの前では魔法を使いませんという意思表示なのだそうだ。

 言われるともっともらしい理由だ。確かに王都の検問でも、衛兵は左手を後ろに回していた。


 周囲に部下のいるアンスカーリは、私邸のひとときとは別人のように権威的に振舞う。

 着任の挨拶の後の雑談などはなしだ。いきなり「本日より研究に精を出せ」と命じてそれっきり。

「あの、わたくしはこの後どうすれば。研究所がどこにあるかも知りませぬゆえ」

「研究所はどこにあるかじゃと? 儂が知るか」

「はい? では共に研究をする者がいれば、その者に伺いますので」

「言うたであろう。魔法はアンスカーリ家以外では解読できておらんのだ。そんな研究者などいるわけなかろう」

「え? でも、研究所があるって」

「作るんじゃ」

「誰がですか?」

「おぬしじゃ」

「僕? じゃ職員は」

「集めよ」

「どこから」

「知らん。それを考えるのがお前の仕事じゃ」

「え?」

「どうした?」

「えー、えーーー!!!」

 マジ!? 冗談は魔法だけにしてよ! じゃ研究テーマとか機材とか、いやその前に王都の人脈ゼロなんですけど! パラケルスの人脈もゼロだったけど。人、どうするの?


「いやはや、手が焼けるのう。ならば一人あてがってやろう」

「は、はい。助かります」

「あーなんと言うたかな? そうじゃロザーラじゃ。無愛想じゃがべっぴんじゃぞ。明日か明後日か明々後日には儂のところに来るじゃろ。そいつに頼め」

「ありがとうございます!」

 超絶無茶ぶりなのに、なぜか恩を着せられてしまった。アンスカーリおそるべし!


 そうして後日、ぽっとラドの前に現れたのは、切れ長の目に黒のストレートロングヘアーのミステリアスな雰囲気を持つ美少女だった。

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