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○○が仲間になりたそうにこちらを見ている

 その夜――。


 ラドは王都の貧乏宿の二階でふて寝をしていた。

 アキハとライカとリレイラは、下の酒場で勝利の宴の真っ最中だ。

 事の意味を理解していない彼女らは、すっかり戦勝気分に浮かれており、「せっかくの大勝利なんだから、目いっぱい盛り上がっちゃおー」と、大盛り上がりで一階の酒場への階段をかけおりて行った。

 ラドはそんな気分にはなれず、三人の誘いを断り、「じゃ下で好きなだけ食べてきなよ」と、有り金全てを渡して追いやってしまった。

 ――きっとまた身動き取れなくなるまで食べる気だろう。いいさ、好きにすれば。


 イチカはラドの横に硬い丸椅子を置いて、ちょこんと座っている。

 言葉はない。ただそこにいる。

 どんな顔をしているかはラドには分らない。ずっと背を向けて丸くなってふて寝をしてるからだ。だがそれが心苦しい。

 重苦しい時間が流れる。


「ごめんイチカ」

 イチカに背を向けたまま謝る。


「どうして謝るのですか?」


「……イチカに無理をさせた」

「そんなに無理はしてません」

 そんな訳はない。途中で疲れ果てて寝ていたじゃないか。


「なら、危ない目にあわせた」

「全然危なくなかったです。ラドと皆のおかげで」

 また沈黙。


「たぶん僕はしばらくパラケルスには帰れない」

「どのくらいですか?」


「十年か二十年か」

「そうですか。それは寂しいですね」


「イチカは寂しくないのかい」

 沈黙。


「私は寂しくありません」

「そう、それは冷たいな……」

 期待外れの言葉にがっかりする。


「なぜですか?」

「だって、イチカは僕と離れても何ともないなんて」

「なぜわたしがラドと離れ離れになるのですか?」

 ラドはベッドを軋ませてイチカの顔を見る。


「今日アンスカーリが言ったじゃない。僕は王立魔法研究所の職をあてがわれたんだ。全貴族の前で宣言されて逃げ場もなかった。辞退すればたぶん命はない。あの爺さんの目はそういう目だ。色のある鳥は籠に入れて鳴かなくなったら躊躇なく殺す」

「そうですね。私達にパーンをけしかけるんですから」

「分かってるじゃない」

「ええ、だから私も一緒に行きます。それともダメですか?」

「えっ?」

「なぜラドは自分だけ王都に残ると思ったのですか? 家族なのに、なぜ?」

「……」

「時々ラドが分かりません。一人で抱え込んだり、今も自分だけ残るつもりだったり。家族は一緒にいるべきです」

「でも、イチカには工場もあるし。一応、パラケルスは故郷だし」

「工場はちゃんとマイカさんがやっています。彼女はラドが思うよりしっかり者です」


 イチカは年上の女がするような顔でラドの肩をそっと撫でた。

 それがラドに甘い安心感をもたらすが、そこに包まれてしまうのも嫌で無意識に否定の言葉を探してしまう。


「ならライカはパラケルスに戻るよ。妹がいるのだもの」

 するとイチカは、こくんと小首を傾げて訳が分からないという顔をする。


 そこに重々しく階段を上ってくる三つの足音がした。

「ちょうど三人が戻ってきたようです。聞いてみましょう」

 バタンと扉を開けて、すごいお腹をした三人が次々と入ってくる。

「きっついわー、もう食べらんない、もームリ!」

「ライカも、なんか生まれちゃいそうにゃ」

「リレイラも、もうムリです。こんなに食べたのは生まれて初めてです」

「あんた、この前も同じくらいた食べていたじゃない」

「成長期なので、今回はもっと食べました」

「ライカ、なんか気持ち悪くなってきたぞ」

「ちょっと、ここで戻さないでよ」

 まったく、かしましい。


「あの、ライカ? ラドが王都に残らなきゃいけないんだけど、ライカはどうしますか?」

「ん? しゅにん残るのか? ならライカも残るぞ」

「主任が残るなら、リレイラも残ります」

 ほらねと言わずイチカは柔らかくラドに微笑みを返す。その顔にはこう書いてある。「私の言ったとおりでしょ」と。

 その微笑みにラドは胸が一杯になってしまった。ライカやリレイラが一緒に残ると言ってくれたこともあるが、だがその笑い方が、まるで秋葉だったから。


 自分がまだ泣き虫な子供だった頃、拗ねて秋葉に泣きつくと、決まって秋葉は、“大丈夫だよ”と慰めてくれた。そして実際どうにかなると、こんな顔で微笑んで言うのだ。

“私の言うとおりだったでしょ”と。

 同い年だったのに秋葉は大人だった。いや自分が子供過ぎたのかもしれない。

 顔はアキハの方が秋葉に似ている。でもイチカの在り方や仕草はまるで秋葉のそれと同じで、イチカが大きくなる程、それは似てきて、久しく忘れていた秋葉の事や恥ずかしい童心を思い出してしまう。

 それが懐かしいのに遠すぎて苦しい。


 そんな感傷が押し寄せているのに、アキハはラドの前ににゅっと顔を出す。

「えっ、ラド、パラケルスに帰んないの?」

「そうなんです。さっきのアンスカーリさんの宣言は王都に残れという事みたいなんです」

「えー、やだよ、じゃ私はどうするの。ひとりでパラケルスに帰れって言うの!?」

「ちゃんと送っていくよ。一人旅は危険だもん」

「そうじゃなくて、私一人置いてくの!?」

「人聞きが悪いなぁ、僕だってこうなる予定じゃなかったよ!」


「あの、すみません」

 二人の鞘あてが始まりそうなところに扉をノックする音がする。

 こんな知人もいない土地の来訪者を訝しく思い、誰かと問うと、自分はアンスカーリの使いだと言うではないか。

 なぜこんな時間にと考えるまでもない。老人は気まぐれだ、思いついたら先の大興行も催してしまうし、ふらっと田舎の工場長に会うこともある。また何か思いついたのだろう。


「アンスカーリ公が、今すぐ私邸まで参上するように申しております。お連れの方もご一緒に」

「え、急過ぎ! わたしそんな貴族のお家に行くような服なんて持ってないわよ」

「そのままで結構です」

「その前に、その腹で入る服なんてないよ」

「う、うるさいわね!」



 身支度を整えた――といっても体を拭う程度だが――ラド達は、使いの者に連れられ夜の街を歩く。

 試合のときは、ぽんやりした魔法兵が案内人だったが、今度はいかにも触れば血が出る切れ者が案内をする。

 歩く道は明らかに周囲を警戒した回り道だし、『アンスカーリ公の私邸の事はご内密にお願いしますと』予めクギを刺すことを忘れない。馬車を使わないのも、彼の服装がいかにもボロなのも、全て計算づくのようだった。


 王都の町並みを形作る道沿いの石壁の建物は、全て店舗兼アパートだ。一階、二階は商店になっており、その上の階は住居になっている。

 これほど広大な王都にして城壁に囲われた安全な土地は少なく、そこに住まうために人々は住処を上へ上へと伸ばしている。

 高層建築とは何処かで聞いた話だが、いつの世も人の考え方は同じらしい。


 その一区画にある、変哲のない店舗に彼は入る。

「ベンス洋品店……ここが私邸?」


 案内人の鋭い視線が後ろを歩くラドに飛ぶ。

「すみません。詮索してしまって」

 自分と同じように余計なことはするなと注意しようと、後ろを歩く女子四人の気配を探ると、アキハもライカも察してか黙々と着いてきていた。さすがに今日ばかりは神妙にすべきと思ったのだろう。

 と思ったら三人は食べ過ぎで歩くのが辛いらしく、揃ってお腹を抱えて俯いている。

 そんな風景にちょっと緊張がほぐれる。


 「どうぞ」と言われて入った扉は店舗には繋がっておらず、二階の住居への入り口になっていた。だが案内人はその部屋には入らず、廊下にひっそり置かれた大ぶりな置時計の前に立つ。そして時計のゼンマイを逆方向に何度か回した。

 カチリと音がして置時計がバクリと開く。その向こうは真っ黒な穴。


 隠し扉だ。


 僅かな魔法の明かりが、延々と下にのびる階段の一段目を静かに映す。

 地下通路に繋がる扉を二階に作る意外な設計が、アンスカーリの慎重な性格を物語っている。


 案内人が壁をさわると壁からぶら下がるランタンに魔法の光がいっせいに灯る。壁には何かの塗料で線が引かれ、それがマジックランタンに繋がっている。魔法士本人を灯火の発電機にしようというわけだ。

 案内人は靴底を鳴らして左手を壁に伝って先に進む。


 五分は歩いただろうか、上り階段が見えてきた。

「粗相のなきよう。アンスカーリ公は寛大ですが、無礼なものには厳しいお方です。品格を重んじられます」

「はい」と返事はしたが、そんな貴族の礼節など知る由もない。

「みんな、騒ぐのだけはやめてくれよ」

「そんな元気もない……って」

「同じにゃ~」

 お前ら元気がなくなるほど食うってどういうことだよ。と思いつつ、今日に限っては都合がいいのでそのままにしておく。


 登りきった階段の終着は、石壁の埃っぽい書庫だった。窓から差し込む僅かな月明かりで確認すると、その蔵書量はホムンクルス工場など比較にならず、あちらが街の書店なら、こちらは県立図書館位の蔵書量を誇る。

 さらに暗さに負けずに目を凝らすと、それら全てが装丁の凝った古文書だった。多分魔法関係の書物なんだろう。

 これがアンスカーリ家、数代の遺産というわけだ。


 案内人はその書籍の森を抜けて、小奇麗な書斎と思しき部屋にラド達を置いた。

「ここでお待ちください」


 リレイラが待てと言っているのに、書棚の本を取ろうとする。

「調度品には勝手にお手を触れないよう。私は全ての配置を覚えてます。もし触ったのなら分かりますゆえ」

 慇懃無礼な警告にリレイラが慌てて伸ばした手を引っ込める。

 そんな脅しを言い残して、案内人は音もなく扉を閉めて消える。



「はぁ~、肩凝った」

 そう本音を漏らすのはアキハ。

「そうは見えなったけど」

「緊張して口きけなかったわよ」

 どうやら無口だったのは満腹ばかりではないらしい。

「しかし、すごいお屋敷だね。書斎がこれだよ」


 しばらくするとノックがして、先程の案内人が戻ってきた。先に部屋に入るとくるりと踵を返して、入り口に向かって深々と頭を下げる。

「ほうほう、ラド、よく来たな。今日は大儀じゃった」

 ブリゾ・アンスカーリ……。呼び出しはそっちだろう。

「ええ全く大儀でした」と、嫌味の一つでも言ってやろうと思ったが、ここでご機嫌を損ねる訳にはいかないので、「ご心配いただきありがとうございます」と言っておく。

「なに、心配などしておらなんだ。その小さい娘がパラケルスの魔女か? 随分と可愛らしい魔女じゃな」

 イチカは赤面し小さくなってうつむく。

 ――クッソじじい! 可愛らしいじゃねーだろ。少しは庶民の心配をしろ!

 言わないけど。


「下がれ」

 アンスカーリは案内人を手で払って戸を閉めさせる。

 そして自分はそそくさと高価な、それはふかふかの椅子に腰掛けニコニコとラドとイチカを交互に見た。


「何か言いたそうじゃな」

「仰ってもよろしいでしょうか」

「なんじゃ」

 なんでこんなに嬉しそうなんだという顔。話の趣旨は今日の件に決まっているのに。

「騙しましたね。僕を」

「騙した? 何を騙した?」

「もう、どこから話したらよろしいか」

「なんでスタンリーの小僧と戦ったかということか」

「それもあります。相手は大貴族の次期当主です。アンバランスにも程があります」

「わはははは、あの小僧、雷を見たとき腰が抜けてたの。いや、愉快じゃった」

「その愉快のせいで僕らは恨みを買ってます!」

「そうじゃろな」

 当然だろうという顔でラドを見る。

「……まさか、それも計算のうち?」

「お前は頭がいいのう。ますます気に入ったわい」

「こんな庶民を相手に、そこまでしなくても」

「長く生きると分かることがある。儂がお前の本質を見てないと思うでない」

「……ならば、私ごときに魔法研究所の所長など不釣り合いだとお分かりになられるでしょう」

「不満か? 魔法研究所はよい器と思うたが。それとも所長程度では不満と申すか」

「とぼけないで下さい! 僕はアンスカーリ公が勝負と関係なくホムンクルス技術も新魔法を力づくで手に入れようとしてると言ってるんです!」

「関係なくないわい。儂の領内で起きたことは全ての儂のものじゃ。その上で儂はきゃつらの面前でお前が作った新しい魔法を認めた。じゃからお前を所長に任じたのじゃ。それとも本当に殺されたかったか」

「そ、それは……」

「それみよ。儂があの場に入らねば、お前はスタンリー坊やならずとも、どこかの諸侯に殺されとるぞ」

「い、いや。さすがにそこまでは……」

「立場を考えてみよ。貧民の出自の者が王国にない魔法を作ってワイズ家の次期当主を打ち負かす。反ワイズ派はひと時、留飲も落ちようが、ふと頭をよぎるじゃろ。百数十年前、ガウベルーアに魔法をもたらし筆頭貴族になった者の事を。儂が逆の立場なら今のうちに消しておくがな」


 ラドの背に冷たいもの走る。たしかにそうだ。事実スタンリーは、あわやラドを撃つかという勢いだった。アンスカーリの言葉は狂言ではない。

「なら僕は魔法を作るべきでは……」

「ラドよ。もしお前が魔法を作ってこなかったら、あるいは逃げ出しても、わしはお前を殺すつもりじゃった」

 その台詞にぎょっとするのは後ろに控えていた四人だ。

「ちょっと、そんな約束だったの?」

「いや、殺されるのは僕も初めて聞いた」

「それみよ。儂をたばかる者を儂が生かすはずあるまい。権威は仔細な有言実行があるからこそ、いざというときに意味を成すのじゃ。お前は魔法の知識は一級じゃが、世渡りはまだまだ子供のようじゃのう」

「はぁ」

「過ぎたるもの持てば世は茨じゃ、素直に儂の元にくだれ」

 聞いた事のない格言だが心当たりはありすぎる。その通りだ。確かに運命の歯車は既に回っている。そして皆を巻き込んで危険の連続なのだ。


「図星じゃな。一般人で王立施設の所長は大抜擢じゃ。それこそ儂の加護がないと殺されるほどの。お前の運命は一体目のホムンクルスを作ったときに既に決まっていたのじゃ。亡くなったのは残念じゃったが」

 それは事実だろう。そして油断すれば殺される、その殺す相手にはアンスカーリも含まれていると暗に彼は言っているのだ。


 自分も含め自分の周りにいる誰の命も、このままではもう守ることはできない。ウィリスの危機を排除して安心していたが、自分も居場所がないのは同じだったのだ。

 シンシアナが目覚めたホムンクルスを狙ったと同じように、ガウベルーアは新しい魔法の力を狙う。僕らは何も知らない一般人で、ただの被害者では、もう通らないところにきてしまっているのだ。


 ざわっと鳥肌が立ち、全身を巡って、じわじわと引いて行く。

 だが腑に落ちた。

 ラドは埃臭い書籍の臭いの空気を大きく吸って、ゆっくり口から吐き出した。 


「これは打ち手なしですね。素直に僕の浅慮を認めます。恐れ入りました」

 静かに後ろを向いて、肩をすくめてみせた。

 イチカが「ん?」と顔を変えたが同時にうなずいて肩をすくめる。アキハが教えた『そんなことありませんよ』のサインを覚えていてニコッと微笑み返したのだ。

 それにラドも応えて白い歯を見せる。


「アンスカーリ公、わかりました」

 ラドは片膝をついて、アンスカーリの前に頭をたれる。

「わたくしラドは、王立魔法研究所の所長職を拝命し、アンスカーリ公に忠誠を尽くすことを誓います」

「よし! よき心がけじゃ。ともにガウべルーア王国の繁栄のために尽くそうぞ」

 老人は年を感じさせない勢いで立つ。

「今後の話は晩餐を食しながら語ろうぞ。連れの者も一緒にどうじゃ、またあの豪快な食いっぷりを見せてくれんか、わはははは。んん、どうした?」

 跪きながらもお腹を押さえてうつむいていた、三人がくわっと顔を上げる。

「すみません! もうお腹一杯でお水一滴も飲めません」

「ここに来るってわかってたら、あんなに食べなったにゃ~」

「私も、もうムリです」

「ふぁ? それでお前らはさっきらが腹を押さえておったのか。それは残念じゃったのう。ではわしらは三人で美味い飯でも食そうではないか。ふぁははははは」


「ひどいですぅ~、アンスカーリ公~」

誤植報告ありがとうござます。

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