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第三戦

 勝負を決する第三試合は、なかなか始まらなかった。


 もうどのくらい待っているだろうか。西の空はすっかり赤らみ、観客席の貴族達も飽き始めているようで、そのご機嫌を取るためかお付きの者が甲斐甲斐しく観客席の隙間を走り回っている。

 魔法局の職員が野外演劇場のあちこちに立ち、慌ててかき集めてきたマジックランタンを手に、自らを照明となるべく方々に立ってライトの魔法を詠唱している。

 ブロードライトニングに驚き、どこかへ飛び立った鳥達も、ねぐらの野外演劇場に戻ってきていたが、そのうるさ過ぎる鳴き声も次第に静まり、いまや空き地や草むらにたむろう虫の鳴く音が眠気をさそうBGMとなっていた。


 イチカはちょっと疲れたのか、控室の縁台に座るアキハにもたれて眠っている。

「イチカ、良く寝てるわね」

「魔法は疲れるからね。それに長旅の後のいきなりの試合だから」

「そうね。なら、この休みは丁度よかったかも」

「そうだね。僕らにとっては天恵だよ」

 そんな会話をしながら、アキハはイチカの銀色の髪をするりと撫でる。


「あれ、何度見ても怖い魔法ね」

「……」

「あんなの作っちゃって良かったの?」

「分からない。でもあの魔法があれば護衛のピエントさんもカルピオーネさんも死ななかった」

「そうかもしんないけど……」


 そんなシリアスな空気も読まずリレイラがあどけない顔を向ける。

「主任、お腹が空きました」

「もうライカも飽きたにゃ、ご飯食べにいこうよ」

 空腹のライカとリレイラは不機嫌にラドの腕を引っ張る。

「まだ試合は終わってないんだ。それにプログラムが変わるらしいよ」

「なんでだ?」

「そりゃさっきの試合は圧倒的だったからでしょ」

「それはスタンリーが有利になるようにルールを変えるということですね。でもリレイラの空腹を許す理由にはなりません」

 随分流暢に言葉を話すようになったリレイラが、的確だか歪んでいるのだか分からない指摘をする。

「でも僕らはそれを推して勝たなくちゃいけない」

 控室から一歩出て、アンスカーリがいる二階席を見れば彼の周りもずいぶん騒がしい。もちろん遠すぎて声は聞こえないがアンスカーリはあちらこちらに指示を出しているようだ。

 ――あのおっさん、本当にルールを変えたな。

 試合はまだまだ始まりそうにない。



「ラド殿、ラド殿、そろそろご準備を――」

「ふぁ? ふわぃ、ご飯ですか?」

「ええ? 食事は出ないのですが……」

 寝ぼけて口走ってしまった意味不明な発言なのに、案内の者が真面目に答えるものだから、逆にこっちが赤面してしまう。

「すみませんっっ。つい居眠りを!」

 イチカにつられたわけではないが、長い待ち時間に気が緩み、旅の疲れも相まって眠ってしまった。それは全員同じらしく、ラドの奇声に各々が目をこすり(うつつ)へ帰ってくる。


「いえ、待ち時間ですから、いかように過ごしてもよいのですが、そろそろ再開とのことです」

「は、はい、それでは準備を」

 突っ伏していた席から立ち上がろうとすると、ぽんやり案内係はのろりとした動作でラド耳元に口を寄せる。

「あのう、ご参列の方々も長時間の待ちに随分とご不満なようですので、ここは一つ派手にやってくれとアンスカーリ公が仰っておりまして」

 猫背に丸めた体をゆらゆらとほぐしながら、これまたすっとぼけたことを言う。それはこっちの問題じゃないだろう、何でアンスカーリの尻拭いをせにゃならん!

「派手にやれだって? これは試合なんですけど」

 そんな的外れな依頼を断ろうとする前に、試合再開を告げるのアナウンスが響く。


「第三試合の準備が整いました。それでは試合を始めます。第三試合は組織戦です。魔法兵にみたてた半獣人を両者に二十名ずつ与えます。相手の半獣人を速やかに駆逐した者の勝利となります。半獣人を守りつつ攻める――」

「半獣人?」

「はい、対決は中止になりましたので、半獣人を使った組織戦に宗旨替えだそうです」

 会場の二階席からは失望と、逆に四階席からは安堵が聞こえてくる。

 なるほど。力量差が圧倒的で勝負にならないとの判断し試合を再考したのだろう。この落としどころが半獣人を使った組織戦だったのかもしれない。

 たがこの試合を提案した者は良い目利きをしている。ライカみて仲間に半獣人がいるのだから、こいつらには半獣人は倒せないと踏んだのだろう。対してスタンリー・ワイズはイチカ側のパーンの何の躊躇もなく殺せる。

 せこい。腹立たしいほど卑怯だが、勝利を引き寄せるには正しい判断だ。


 このアナウンスに、もちろんイチカは狼狽える。

「どうしましょう、私には彼らを射ることはできません」

 戸惑う瞳の先には、軽武装のパーンの一般人が、おろおろと格闘場を彷徨う姿があった。

 ライカよりわずかに獣化度は高いといえ、ちょっと手の甲の体毛が濃かったり、獣っぽく見える顔つきだったり、尻尾があったりするだけで、ほとんどヒトと変わらない。

 もちろん服だって着ているし、言葉もガウべルーア語で喋っているのが聞こえるのだ。


「魔法を使えば彼らの命は保証できません。貴族達が決めた事とは言えとさすがに人殺しは」

 するとラドは背後に控える、ぽんやり案内人が答える。

「女、子供もいますが、あいつらは罪人です。すでに死罪の宣告を受けている身だそうですから問題はありません」

「それじゃ公開処刑じゃないですか! だいたいどんな罪であれほど沢山のパーンを裁くのですか」

「大方、野良半獣が盗みでもしたのでしょう」

「それだけ? たったそれだけで死罪?」

「ええ、サンテ・ブルレイドでは十分それで死罪ですよ」

 ピクリとも表情をかえず、むしろへらへらと笑いながら語る。


「ラド、棄権しよう」

 アキハが沈痛な面持ちで言う。それにつなげてイチカが質問を投げかける。

「負けたらどうなるんですか?」

 全員の目がラドに集まる。

 ラドは実はそのことを皆にはっきりとは言っていなかった。絶対勝つから言う必要はないと言い張っていたのだが、もはやそうは言えない状況だ。

 もし負けたらイチカを差し出し、食われるホムンクルスを作り続けるか、戦争の道具となる目覚めたホムンクルスの研究を進め、ホムンクルス魔法兵の量産を目指することになる。だがそんな事はどちらもやれるはずはない。

 だから自分はアンスカーリから提示されたどちらの選択肢も断り、別の選択肢を提示したのだ。

 それを反故にしたらどうなるだろう。

 さっきは「殺されることはないでしょ」なんて言ったが、ここでアンスカーリのご機嫌を損ねると本当にヤバそうだ。


 事の全てを皆に言っていいのか。

 だが四人の目がお茶を濁した言い逃れなんて許さない勢いで眉を釣り上げこちらを睨んでいる。

「はぁ分かったよ。僕がアンスカーリの下で死ぬまでホムンクルスの研究と生産をするだけだよ。まぁ……最終的にはイチカやリレイラみたいな目覚めたホムンクルスを大量に生み出して魔法兵にすることになると思うけど……」

「だめじゃない!」

「だめにゃ!」

「いけません!」

「認められません!」

 全員の声がそろう。

「じゃ絶対勝たなきゃじゃなの? なんで言わないの!!!」

「だって、言っても条件は変わらないし」

「そういう問題ではありません」

「そうにゃ、ライカ、ショックだぞ」

「この気持ちは失望というのだと思います。主任は私達のことを全く信用してません」

「そんなことはないよ! 僕はみんなのことが一番大事なんだ。だから今回も!」

「だったら、そういうの言いなさいよ!」

「そうにゃ、ライカ、アキハよりバカだけど、ちゃんとしゅにんのこと考えるぞ」

「そうよ! って、ちょっと! それじゃわたしがバカみたいじゃない」

「違うのか?」

「もうっ! ……バカでいいわよ!」

「私達五人が揃えばきっと切り抜けられます。今までもそうしてきたではないですか」

 青春映画ワンシーンみたいだが、何んだかじんわりきた。

 恥ずかしいがそんな事を言ってくれる仲間がいるのが素直に嬉しい。


「わかったありがとう。みんな」

「リレイラも、お腹が空きましたがよい方法を考えます」

 と言ったかと思うと、腹減り娘の表情がキリッと引きしまる。例の戦闘思考モードに入ったらしい。

「このミッションの勝利条件を教えて下さい。また我が隊の戦略上の目標と許容できる損耗率を教えてください。倫理上の制約はありますか?」

 一気に質問がくる。

「アキハ、アナウンスは何て言ってた?」

「えーと、速やかに駆逐した者の勝ちだったかな」

 アキハはしばしば支離滅裂な事を言ったり、大きなお使いを忘れたりするが、名前や顔を覚えるのが得意だ。この手のさらっと言った言葉をよく覚えている。特に耳の記憶力は抜群にいい。

「イチカ、駆逐の定義」

「はい、駆逐とは敵するものを追い払うことです」

「リレイラ、敵をパーンと仮定。だがパーンを殺すのではなく戦場から追い払う。損耗率はもちろんゼロだ。倫理的な問題はスタンリーや客が死ななければいい。本戦闘に政治上の意図はないからスタンリーに恐怖を与える必要はない」

「では、敵部隊の降伏勧告が最適と考えます」

 そうだろう。一般的に局地戦の勝利は敵の敗走による事実上の敗北と、それが叶わないときは降伏になる。たとえ殲滅戦であっても全滅させるまで戦うことはまずない。そんな非効率かつリソースの無駄は政治手段としての戦争には存在しないからだ。

「しゅにん、どうするにゃ」

「ちょっと集まって」

 ラドの周りに集まった四人に作戦を伝えると、それぞれが目を合わせるコクリと頷き合う。


「了解であります」

「まかせて!」

「わかりました」

「わかったにゃ!」

 この汚い戦い、受けてやろうじゃないか!



 ぼわーんと試合開始を告げる大きなドラの()が闘技場に鳴り響く。

 イチカは闘技場に素早く駆け入るとすかさず魔法の詠唱に入る。あわせてラドの作戦を受けた皆が動き始めた。リレイラは四階の観客席に陣取り、ラドとライカは通路へ向かう。


 控室を出てると回廊の左手に林立する柱の狭間から闘技場が見える。その様子が見える度にライカはクビを伸ばして闘技場に放り込まれたパーンの様子を不安げに見る。

「ひどいにゃ……」

 回廊を走りながらひどく辛そうな声を漏らす。

「安心しろって、絶対あの子達を助けてやるから」

「うん……」

「なんだよ、僕らを信じてないのか?」

「あいつらがイチカを襲わないか心配なんだ」

「大丈夫、きっとイチカはうまくやる。パーンのみんなは一般人だ。彼らの狼狽っぷりはそれを如実にあらわしているし、彼らは裸足でボロ一枚の軽装だし戦う前提で闘技場に放り込まれてないんだ」

 ライカはウンとは答えたが、二段飛ばしで階段を駆け上がる背中は答えとは裏腹にやけに頼りなさげに見えた。その背中が客席に灯る魔法の明かりの中に溶ける。



 ――なんてひどいことをするのかしら。

 イチカは心の中でそう呟いた。

 誰にも言ったことはないが、私の中には敵との戦い方がインプットされている。状況を見れば、どう殺せば良いかの答えが自然と出てくる。

 この人数ならば前方の敵の足を焼き切り足を止め、逃げ惑う者達の背中を一人一人と狙えばいい。『歯向かうものは目を潰せ』『徒党を組むなら不信を募らせろ』そんな声が聞こえるのは、普通だと思っていたが、ラドとアキハと暮らすうち、そんなモノの見方をするのは自分だけだと知った。

 ……自分は人ではないと知ったのは。ホムンクルス工場で毎晩アキハが街の様子を話しに来てくれたある日の事だった。

 アキハが人は母親のお腹から生まれると知って、自分は何者なのかわからなくなった。


 ホムンクルスは人ではない。

 人ではないから敵の殺し方が分かる。

 人ではないから人には駆使できない魔法が使える。

 人ではないから薬がないと生きられない。


 そんな事を考えながら、イチカは冷たい微笑みを哀れなパーンたちに向ける。

 ――あなた達は悪くないけど。

「インエルアルト――」

 呪文詠唱を始めるとイチカは心の中で覚悟を決めた。



 ライカは後ろを振りむき金色の瞳をラドに向ける。

「イチカの魔法が発動したぞ!」

 イチカが発現させたのは水の魔法だ。水の魔法は現在のガウベルーアでは殆ど手つかずの魔法で、効果も僅かしかないポンコツ魔法だと言われている。だがちょっと手直しするだけでお湿り程度では済まない水を作ることができる。

 原理が分からないから上手くいかないだけなのだ。

 答えは簡単、水の魔法はセルロースの分子を再構成して水を作っているだけ。つまり植物があれば水は作ることができる。


「地面はどうなっている?」

「色が変わってきたぞ!」

 二階に上がって来たラドが爪先立ちになると、即席で作られた闘技場の地面は飴色に色づき、たしかに湿りを帯びているのが分かる。即席で作った舞台だから、ここはもともと草地だったはずだ。ならば水の魔法で大量の水が生み出せる。


 競技場のパーン達は急に現れた泥濘に足を取られ、足首までずぶりと埋まり身動きが取れなくなっている。そんなぬかるみに自由を失ったパーンをスタンリーは得意の火の魔法で狙い撃つ。

 それでもパーンは狂獣とは違い、魔法が来れば泥に足を取られつつも身を避ける。泥にころげ、這い回り、仲間の影に隠れて恐怖に叫ぶ。

 そんな惨めな姿に滑稽を見た観客は笑い声を上げ、「いいぞ、いいぞ」の拍手を送る。



 イチカは思う。

 彼らは急に現れた泥濘に恐れ慄いている。

 だが彼らの恐怖をここで終わらせてはいけない。さらに恐怖をあたえ自分達の絶望知らしめねばならない。

 だが……。

 人でない私でも目の前にいるパーンを助けたいと思う。殺し方が分かるのに助けたいと感じるのは大いに矛盾している。

 それでも次の魔法を唱えなければならない。


 私が次の魔法を唱えたら彼は己の状況に絶望するだろ。なにせ彼らの動きを完全に封じるのだから。


「イチカが魔法を唱えたぞ!」

「よし、順調だな」

「なんで、イチカはみんなをいじめるんだ?」

 作戦は説明したはずなのに、ライカはボケたことをいう。『分かった』と声高らかに答えていたが現実、パーンの仲間の苦境を見ると作戦を忘れて、本音が出てしまうのだろう。

「ライカ、この降伏勧告作戦には一つだけ致命的な問題があるんだ。それは死闘の舞台に放り出された彼らが自分達に降伏する権利があることを知らないこと」

「ん? それってどうやって伝えるんだ?」

「教えるしかないね」

「じゃなんでイチカは魔法を使うんだ?」

「それは、迂闊に近づけないからさ」

「そうか、近寄ったら殺されちゃう」

「こんなとき、ライカだったらどうする?」

「ライカなら、ここから降伏しろーって言うぞ」

「そう言って信じてもらえる?」

「うーん、やっぱりダメか?」

「たぶん信じてもらえない、だから力づくで信じさせる」

「力づく?」


 イチカが次の魔法の詠唱を終えると、急にステージから冷たい風が吹き込んでくる。

 唱えていたのは氷冷の魔法、しかもかなり強烈なやつだ。その冷気に貴族達はざわめき出す。なにせ使えない魔法ナンバーワン、ナンバーツの水に氷冷の魔法である。いったいパラケルスの魔女は何をするつもりなのか誰も想像がつかない。だがその答えは待つ間もなく分かる。


 いままでスタンリーの魔法に逃げ回っていたパーン達の動きがピタリと止まったからだ。

「しゅにん! どうしたんだ」

「足とステージの間の水を凍らせて動きを止めたんだ。彼らは裸足だ。これをやられるとちょっとやそっとじゃ動けない。無理に剥がすと足の皮が剥げる」

 足の皮が剥げると聞いてライカは振いあがる。

「大丈夫、動かなきゃいんだから」

 その足の止まったパーンの一番手前にいる男性にむかって、イチカは火の魔法を放ち一気に間合いを詰めるために走り出した!

 ざわっとなる観衆。パラケルスの魔女は敵の動きを封じて一網打尽にするつもりなのだ。そう思った貴族達は、「うおー」と歓喜の声をあげる。この娘は今までにない魔法と作戦で敵を打ち破る、その好奇と期待の歓声だ。


 だが、イチカが狙ったのは羊系のパーンの男性が持っていた武器だった。

 男の持っていた武器が灼熱の魔法にとろりと溶けはじめ、たまらず彼は剣を放り投げる。その一部始終を見ながらイチカは冷徹な眼差しを一瞬たりとも外さず一心不乱に男の元に近づく。

 盛り上がりに盛り上がる貴族達。「何が起こるんだ」「次はどんな魔法ショーを見せてくれるのか」「魔女の拷問はいったいどんなものなのか」残忍な刺激に飢えた雲上人が、下世話な処刑ショーに熱狂する。


「やめろ! くるな! くるなーーーー!!!!!!」

 怯え叫ぶ男の声すら、彼らにとって心躍るアトラクションでしかない。


「しゅにん、だいじょうぶなのか」

「大丈夫、この状況は彼らにとっては絶望的だ。誰も身動きが取れない。手持ちの武器はあっさり破壊される。魔女は凍てつく瞳でにらみを効かせて一歩一歩と近づいてくる。もう殺されるの確定だろ」

「それじゃダメだぞ」

「だから降伏勧告が聞くんだ。もうそれしかない。そして、それを言うのはイチカじゃだめだからね」



 私は武器を手放した羊系の獣化度の高いパーンの巻き毛の顎を人差し指でつつっとなぞる。

 男の目は恐怖に見開き、ぴくぴくと飛んでいる。

 その瞳に向けて怪しく微笑み、男の耳元にすっ口を近づける。

「あなた達の命は、もう私の掌の中にあるのは分かりますね」

 男は答えない。ただ恐怖の瞳を震わせるだけ。

「私の言うこと聞きなさい。言う事を聞くだけでいいのです。決して私やスタンリーに刃向おうなどとは思わないように」

「は、はい」

 震えた声が返ってくる。

「いい子です。では皆さんにも伝えなさい。あの観客席の二階を見るように、そこにあなたの仲間がいます。そうしたら――」

 段取りを伝えた後はラド達の方を見るように促し、私はもう一度男をみて今度は優しくニコリと笑った。

 男の顔が、ぽわっと呆けたのが分かった。



 羊のパーンがこちらを見たのを認めたラドはリレイラに指示を出す!

「よし! リレイラ!!! ライトニングの詠唱!」

 遠方のリレイラが親指を立てて「はい!」のサインを返す。

「ライカ! どうやら交渉成立だ、帽子を取って手を降れ!」

「にゃ!」

 ライカは帽子を取ると、ぴょんぴょん撥ねて大きく何度も手を振る。

「ウチはここだぞーーー!!!」

 ライカのバカデカい声が響くとにわかに男の表情が明るくなり、男は確信したように闘技場全体に響く大声を発する。


「この戦い! 我々の負けです。降伏します! みんな降伏するぞ! 俺達は助かる!」

 ざわめくパーンのパーンの囚人達。

「武器を捨てろ! いますぐ! それが降伏の合図だ!」

 一人、一人と武器を投げ捨てる輪が広がり、そして全員が両手を上げて投降の意を示した。

 その姿を見てラドが二階席の欄干から身を乗り出した。


「リレイラ! 僕が合図したらライトニング!」

「はい!」

 ラドは身軽にも観覧席を飛び越え、したっとステージ着地すると一直線に司会のもとに走る。

「ライカも来い!」

 ライカも走る。だが当然そんな珍客はお呼びではない。脇に詰めていた兵士がラドを押さえに走り込んでくる。


「ライカ、あいつらを押さえろ! 絶対殺すな!」

「わかったにゃー!」

 ライカは走る方向を、きっかり九十度切り替えて詰め寄る兵士に向けて走り出す。兵士はその状況

を敵対行動と判断し、走りながら火の魔法の詠唱に入る。

 数秒後、顕現した火の魔法はライカに向かって飛来するが、そんなものライカの反射神経なら避けるなど造作もない。身軽にステップを踏んで火の弾を後方に送るとライカは恐ろしく離れた位置から力いっぱい踏み切り大ジャンプをする。そして空中で体を捻ったかと思うと、足を揃えて駆け寄る魔法兵の顔の上に着地する。

 更にそこからもう一段ジャンプすると、体操選手のように伸身で体を二回ひねり見事に着地。


「しゅにーん! 片づけたーーー!」

 ラドに手を振って応える。

「バカ、やり過ぎだっててーの」


 司会者の元についたラドは腰のポーチから懐刀を取り出し、鞘から抜かずに司会者の脇に突き付けるドスを効かせて脅す。

「司会! 半獣人の敵は全員の降伏した! 彼らは我々の交渉を承諾し完全に戦意を喪失、既に敗北を宣言している。この対決の勝負条件は速やかなる駆逐とあなたは宣言している! ならば我々の勝ちだ。我々の陣営は半獣人以上の半獣人の駆逐を達成している。勝利宣言をしろ」

 少年の透き通る声が、まさに演劇場の設計どおりに隅々に響き渡り、ざわつく会場が徐々に静まりる。

 だが、そこに割ってきたのはスタンリー・ワイズ! 全身に怒りを湛え、ラドのもとにズカズカと大股で歩いてくる。

「認められん! そのようなもの我々の期待する勝利ではない! 降伏などこの試合に初めから存在しない!」

 スタンリーは手を伸ばすとラドの胸ぐらを掴んだ。ガウべルーア人は小さいとは言え、スタンリーは二十歳を超えたいい大人だ。ラドなど軽々と掴み上げられる。

 ぶらんと宙づりになるラドの体。


「勝利に期待する姿もなにもない。勝ちは勝ちだ」

「試合の邪魔をして何が勝利だ!」

「相手はもう戦わないと言った。無為にここに連れてこられた哀れな半獣人はもう戦う気力もない。これを勝利と言わずなんというのですか」

「卑怯者め! ガウベルーア諸侯をたばかるか!」

「くどい! 勝敗は決している。本来の趣旨であれば圧倒的な魔法をもって二戦目で僕らの勝利は確定しているんだ!」

「認められるか! 怪しげな魔法での勝利など!」

 風貌は頬のこけた細身の男だが、目に宿る光は冷たく人を寄せ付けないものがある。その目が眼力で人を殺すほどに睨んでいる。

 そこに司会の声が響く。

「この試合はまだ続いております。勝利条件は半獣人の駆逐。彼らはまだココにいる。いつでも戦闘できる状態であります!」

 その声にスタンリーが意地悪くニヤリと笑う。

「詰めが甘いな」

「それはどうですか?」

 ラドは軽く首を捻って二階席に声をかける。

「リレイラ! ライトニング!」

 遠くで茶色のメッシュの小さな頭がコクと頷くのが見えた。



 途中まで詠唱していた魔法は最終段の詠唱にはいる。それに伴い周囲に総毛立つような感触があらわれる。

「貴様! 何をした」

「あるいはそういう言い訳があるかと思いまして、少し仕組ませてもらいました」

 と、言い終わる前に大地を揺るがす爆音を響き、閃光が野外演劇場の左右に走る。


 またも落雷!


 こんどは一点に集中したライトニング。

 その威力は絶大で、観客席と闘技場の左右を繋ぐ石積みの壁をいとも簡単に崩壊させる。

 そこからひょっこりアキハが顔を出す。

「パーンのみんなー! ここから逃げてー! 急いで! 捕まる前に。そっちのスタンリーの側の子達もーーー!」

 足の裏の氷が解け始めたパーン達はそろそろと、その後、勢いよく闘技場の外に向かって駆け出す。


「ハイ、というわけで、いま駆逐しました。これで完全勝利ですね。えへっ」

 ニコッと子供っぽ会心の笑顔を向けてやる。

 だがそんな屁理屈をハイそうですかと、スタンリーも貴族達も聞くはずはない。全滅を期待していたのだ。そういうショーを見に来たのである。


「卑怯だ」「小賢しい」の大ブーイング。

 仕舞にはあいつらを捕まえろ、殺せと観客は狂気と化してきた。

 スタンリーは怒髪天に達し、ラドを捕まえる反対の手をかざし魔法の詠唱にはいる。この場で即殺すつもりなのだ。

 たしかに貴族には不敬不埒な者を断罪する権利が付与されている。その権利が遺憾なく発揮されていようとしていた。


 手のひらが輝き、スタンリーは天才の残忍な一面をその口元に宿す。

「イン エルジャルフォルス エンゲルト――」

「イチカ、客席に向けてライトニング詠唱!!! こっちも人質をとる」

 スタンリーの詠唱が一瞬止まる。


 膠着……状態。


 そんな緊張と罵声が渦巻く中、一人の大きな拍手が、闘技場の喧騒を押しのけてゆっくりと聞こえてきた。

 誰もが音の主を探して目を走らせる。

 その顔がある一点で止まる。


 ブリゾ・アンスカーリ。


 その拍手につられてか、強制的かは分からないが、アンスカーリの近くに座る配下の貴族もポロポロと拍手を始める。それが次第に大きくなり、大粒の雨音のような拍手に広がっていく。

 だが拍手は突然止まる。


「ふぁはははは、パラケルスの魔女、あっぱれじゃ。これは認めざるをえんじゃろ。確かに新しい魔法じゃ。ふぁははは」

 老人とは思えないハリのある声が闘技場をぐるぐるとまわる。


「諸侯の皆々、いかがじゃ。少々気に入らんところもあろうが、もはや勝負は決したであろう」

 問われて誰も答えない。

 大貴族の下した決である。こうなってはもう他の貴族は異論を唱えることなどできはしなかった。競技場は渋々だが「御意」を表す拍手につつまれ、司会は半ばなし崩しにラド達の勝利が宣言することになった。

 それを受けたスタンリーは端整な顔からは想像できない歪んだ顔をラドに向けて、震える手に力を込めて乱暴にラドを放り投げる。

 ラドはライカに手を取られて立ち上がり襟元を直すとイチカと並んで深々と四方に最敬礼をした。これで試合は終わりだ。どういう形でもいい。ぐちゃぐちゃでもいい。

 これでこの試合は勝利を受領したということで終わるだろう。



 遙か二階席から、闘技場に向けてアンスカーリが声をかける。

「ラドよ、良き戦いじゃった。さすがは儂が認めただけの事はある。お前の勝利じゃ。さて諸侯の皆々、この勝利と実績の褒美として、新たに設立する王立魔法研究所の所長に彼を任ぜようと思うが如何であろうか」

 また拍手がちらちらと起こり、そしてそのボリュームはマックスになる。


 アンスカーリが手を上げて握手を制する。

「賛同感謝する。ガウべルーア王国に生まれた新たなる才能に一層の活躍を期待する。以上だ」


 ……はぁ?

 認めた?

 王立魔法研究所?

 所長?

 どういう事?


 これってまたはめられたってこと?


 そうだ! 自分達はまんまとはめられたのだ!!!

 あんの、クソじじい! 勝っても負けても飼い殺す気だったんだ!

 なんだよ! この盛大な茶番は!!!!!!

書いてる途中を投稿してしまいました。

申し訳ございません。

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