表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/152

第二戦

 そんな抗議など(はな)から無かったように、第二戦の用意が進む。


 案内人が説明するには、次の試合のルールは単純明快で狂獣を多く倒した方が勝ちというものだった。

 試合はイチカとスタンリーを闘技場の中央に残した状態から始まる。競技が開始されると競技場に狂獣が放たれるので、そいつらをひたすら倒すのだが、二人同時に倒すので狂獣の取り合になる。

 ルールでは相手が狙う敵を横取りするのも、相手が放った魔法を相殺するのもアリ、ただし恣意的に相手を攻撃するのだけはナシだ。

 相手を邪魔して勝つのは騎士道に悖る気がするが、この世界の魔法騎士とはそういうものなのだろうと理解しておく。

 勝敗を分けるのは、通常ならば詠唱の早さ、敵に魔法を当てるキャストの正確さ、一撃で倒す威力の強さの三要素だが、相手を不利な条件に陥しいれる狡猾さも求められる。これらが全て揃っていないと勝利は厳しいし、モタモタしていると最悪、狂獣に取り囲まれて逃げ場を失う可能性もありそうだ。


 ルールを聞き終えるとラドとイチカは作戦を確認する。だが、

「イチカ、ルールはいいね」

「はい」

「作戦は――」

「敵の出方は想定しています。大丈夫です。アレでいきます」

「僕も同じ意見だ。ルールブレイクしよう」

 二人はそれだけを話して頷き合う。

 一緒に魔法を研究し、一緒に魔法を作った二人だからこそ、魔法の可能性と制限については互いに理解している。それにスタンリーの初戦を見て相手の実力はある程度見えた。さらに自分達がアウェイにいることも。

 これだけ情報がそろっていれば、何を仕掛けて来るかは想定しやすい。



「お時間です」

 案内人がとぼけた声で出番を知らせると、試合に呼び出されたイチカは「行ってまいります」と力強く四人に答えて控室を出る。その背をライカが不安そうに見送る。

「しゅにん、イチカは大丈夫か? 怪我したりしないか?」

 イチカは一人っきりで狂獣が押し寄せる闘技場の真ん中に放り出されるのだ。実際にコゴネズミと戦ったライカは不安でしようがないのだろう。

「イチカなら大丈夫。相手もズルのしようがないし、この一戦は間違いなく取るよ」

「う、うぅん……」

 そう言われても不安なのだと、頭の上の耳がへんにゃりと答えている。


 対戦者の登場を認めた司会は、一通り勿体気な口上を並び立ててスタンリーとイチカを持ち上げる。「貧民の星」とか「未知の魔法は幻想か」とか、まあよくもさっき見た事を織り交ぜて、適当な事を言えるものだと思う。

 この人はしゃべり倒して場を繋げるのが仕事なのだろう。前の世界ならばさしずめお笑い芸人だろうか。ガウべルーアにも色々な仕事があるものだ。


 闘技場の中央、少し離れた定位置に少女とショートボブの優男が立つと、またまた勿体ぶったラッパが鳴り響き、司会から今回の相手となる狂獣がクイズ形式で示される。

「人の形をした悪鬼」

「街道を跋扈する忌者」

「生き物とは思えぬ悪臭」

「倒せど増える虫けらども」

 そんな断片的な言葉を散らせて、焦らせて盛り上げようってわけだ。

 『結果はテレビCMの後で』的な手法は前の世界から好きではないので軽くイラつく。大抵、この手の手法は焦らされた割に大したことない結果や情報だからだ。それでもガウべルーア人は素直なのか愚かなのか、煽りに対してやんやと盛り上がる。


「さて第二戦の敵は……コゴネズミ。人にあだなす永遠の敵!」

 よしっ! 想定通り敵は辛酸をなめたゴゴネズミだ。

 強くはないが、すばしこくてちゃんと狙わないと倒せない。数で押してくるから個別対応では状況は好転しない。魔法士にとっては難敵である。

 イチカは初めて戦う相手だが午前の戦いで見ているから、どんな敵かは想定出来ているだろう。それを伝えるように控室の方に向かってイチカは軽く頷く。



 開始を告げるドラが高らかに鳴ると、コゴネズミは闘技場の中央奥手、観客席正面の通用門から砂煙をあげて走り込んでくる。観客席は闘技場から遙かに高い所にあるから狂獣が闘技場に入ってきてもなんら影響はないが、それでも貴族の女性は、「きゃ」などと異形の生き物に悲鳴をあげる。

 放たれたコゴネズミは全部で五十匹くらいだ。闘技場は十分な広さがあるので、スタンリーもイチカもいきなり狙われる事はない。そして二人の実力を考えると余程のんびり構えない限り、接近戦になることはないだろう。セオリー通りなら接近するまでにある程度数を減らし、残りは少し動いて距離を取りながら叩くという展開になる。

 なおコゴネズミは武器も持っていないので、間違って接近戦に陥っても数匹なら即死はない。それでもスタンリーは、もしもを考えてバックラーのような小型の盾と剣を装備している。その点イチカは完全に丸腰だ。殆ど街を歩いている一般人と同じ服装なので、もし接近戦になったら試合を止めないと大変な事になる。それだけが心配だ。


 そんな展開も想定したが、当然というか予想通りというか、スタンリーの動きは違った。

 スタンリーはイチカに近づくと左右から迫るコゴネズミを火の魔法で二、三匹倒して注意を引く。

 イチカを軸線に入れてコゴネズミを攻撃すれば、知能が低いコゴネズミは目に入る者を敵だと認識する。


「ギヒィーーー!!!」と威嚇の奇声を発するコゴネズミ。

 

 敵がイチカに狙いを定めたのを認めたスタンリーは、引き続きイチカを軸線に入れつつ競技場の隅にジリジリと下がり、地味に遠方からコゴネズミを倒していく。セコイ作戦だが、これはスタンリーにしかできない作戦だ。

 戦ったことがあるから分かるが、一ホブも先にいるコゴネズミを一撃も外さずに狙うのは至難の技だ。旅を共にした今は亡き手練れの護衛、カルピオーネさんもピエントさんも三発に一発は魔法攻撃を外していた。あの苦戦はそういう動く的を狙う難しさもあったのだ。

 だがスタンリーの魔法技ならば、遙か遠方で素早く動くコゴネズミを倒せる。敵が避けようとしても、ホーミング火の魔法ならば追従して当てることもできる。

 そうやってちみちみ撃破数を稼ぎつつ試合時間を延ばせば、コゴネズミはイチカに到達して彼女の詠唱を邪魔する。

 スタンリーは先ほど戦いを見て確信したのだ。

 イチカは魔法のキャストが得意ではない。あの魔法は沢山の敵を同時に倒せるが詠唱が長い。そしてあの長さならば、コゴネズミが来るまでに何発も顕現させることは出来ないと。


「スタンリーは状況をよく見ています」

 リレイラも同じ事を考えていたらしく、彼の作戦の意図を理解したコメントを発する。

「そうだね。でもちゃんとイチカは想定しているから」

「はい、わたしもイチカの思考を信頼しています」

 不安がるライカと違って、イチカと似た思考回路を持つリレイラは冷静だ。



 スタンリーはイチカの背中に灰色の冷たい視線を送りながら、安全な場所から快調に撃破数を稼ぎ、現在十匹以上のコゴネズミを仕留めている。

 一方イチカはもう二分近くも黙々と詠唱を続けているが、まだ一匹のコゴネズミも倒してはいない。

 会場の隅ではコゴネズミを詰め込んだ檻が通用門から引きずり出され、第二波のコゴネズミを放つ準備が始まった。

 誰の差し金か分からないが、一撃で多数の敵を滅する先ほどの魔法を封じるには敵を何段階かに分けて送り出せばよいと考えたのだろう。スタンリーの勝利をより確実にするうまい手だ。


 さて会場の注目はそんな素晴らしい才能とセコイ技を披露するスタンリーに集まると思いきや、黙々と詠唱を続けるイチカに集まっていた。

 なかなか魔法が顕現しない状況に、観客は黒衣の少女がまた先ほどの魔法を披露するのではないかと期待を高めているのだ。

 これは実に好都合。

 なにせ目的は圧倒的に、完膚なきまでに新魔法の力を披露することなのだから。

 これからイチカが顕現させる魔法をイヤでも目に焼き付けてもらわないと困る。


「――イヤンク フロイデエンデ ニウロムクロイテン――」

 ラドも一緒の呪文を口ずさんでいるので、イチカの詠唱が最終段階に入ったのが分かった。空間へのエネルギーチャージは十分。呪文はもう最終センテンスに差し掛かっており、後は魔法顕現のトリガーを仕込むのみだ。

「そろそろかな」

 空気は既にピリピリしている。会場の人々も嗅いだことのないオゾン臭にざわつきだした。

「みんな耳を塞いで目を閉じろ。耐閃光防御!」

 この魔法を経験済のライカは頭の上に手を置き耳を塞いでしゃがみ込む。

 アキハもぎゅっと体を固くして肩を怒らせて目をきつく閉じた。

 さて準備オッケー。


「イチカ、いけ!!! ブロードライトニング!!!!!!」


 ラドが叫ぶと同時だった!

 眼前が真っ白になり、天が裂けたかと思うほどの爆音が轟く!!!

 まるで巨大な建物が倒壊したか、いや、そんなものじゃ済まない程の聞いた事もない轟音の洗礼!

 その暴力的な音圧に耳は耐えきれず観客を無音の空間に放り込む。


 網膜は青白い稲妻が何度も天地を行き交う刹那の光景を捉えるが、あっさりオーバーフローして幾つもの白いカギ裂きをも眼底に刻み込み視力を奪う!


 全身はビリビリとした震動を浴びるにいいだけ浴びて、平衡感覚すら麻痺して世界と己の境界をかき消した!


 どの諸侯も叫んでいるようだが、悲鳴なんて聞こえやしない!

 まるで自分の存在が弾け飛ぶような衝撃。それでも闘技場から伝わる頬を刺す熱線が、かろうじて自分が生きていることを証明していた。


 雷!

 なんの前触れもなく、なんの予兆もなく、この競技場の全面に雷が落ちた!

 こんな晴れた夕刻に、目の前で起きた巨大落雷!

 ここに居る誰もがこれほど間近で落雷を見たことはなかった。それも面で落ちる落雷など!!!


 この魔法を見慣れたラドは目をつむって閃光に耐えたが、瞼を超えて通過する光に一瞬視力を失う。

 そんな白の世界が次第に戻り、黒い瞳に写った光景は……。


 かつて感じたことのない音と閃光の暴力に言葉と思考を失い、風格も威厳も忘れて下僕の前で間抜け面をさらけ出した貴族ども。

 そして砂煙に曇る競技場と、さっきまでうじゃうじゃといた筈のコゴネズミの成れの果てだった。

 それは肉塊。

 バラバラになった肢体が物語る、圧倒的な力と暴力的なまでの破壊力。

 その絶対服従の力を前に貴族達は度肝を抜かれ、ただ生唾を飲むしかできなかった。

 対戦相手のスタンリーも、何が起きた分からないようで呆然と立ち尽くす。


「パラケルスの魔女……」

 静まりかえる闘技場に、ボソリとそんな言葉が落ちる。


 ブロードライトニングは新たに開発した電撃魔法のバージョンアップ版だ。

 雷は単純に稲妻が落ちて終わりではない。復雷といって地上と上空を何度も電気が行き来する。また直撃雷だけでなく、近くの導体にとびひする側撃雷も起きる。これをうまく使えば電撃をエリア化できる。

 上空と地面に雪崩式に絶縁崩壊をせるようなイオンの道を仕込み、側雷も起きやすくするために敵の周囲にイオン化した空気を点々と配する。この電気の通り道のアチコチに作る方法は先ほど披露した多点顕現型の火の魔法と同じだ。というかさっきの火の魔法はこの電撃魔法を作った経験から即席で作った。

 この仕込をすることで、敵一匹を倒すには威力があり過ぎる電撃魔法をエリア化し、火傷程度のダメージしか与えられない大型の火の魔法を駆逐する。


 イチカが闘技場のコゴネズミを全滅させた事で、試合が終わってしまうと気づいた係りの者が、慌てて第二波のコゴネズミを放とうと狂獣の檻に駆け寄る。

 だが遠くに第二派のコゴネズミを見ていたイチカはその行動を予想しており、もう次の魔法詠唱に入っていた。競技場に広がったコゴネズミを倒すのは容易ではない。ならば一か所に固まっているうちに始末してしまえばいいのだ。

 イチカは係りの者が抜けた腰を押さえながらヨタヨタ走るのよりも早く、檻の前に金色の光点を置く。その光点が詠唱に呼応して、一段、二段、三段、四段と巨大化していく。

 実はこの火の魔法が本当に作りたかった魔法だ。

 従来の火の魔法に比べて省エネで威力が大きく、ホムンクルスに頼らなくても戦い続けられる攻撃魔法。


 イチカは巨大化する光点に、今後は悲鳴を上げて逃げ出す係りの者を確認してから火の魔法を解放する。

 すると光点はいきなり爆発してコゴネズミの詰まった檻を火炎地獄に陥れる。

 死体の転がる闘技場。

 「ギャヒー」と幾つもの悲鳴を上げて焼け行くコゴネズミたち。

 その凄惨な光景を見て、観客の女性が気を失うのが見えた。


 拍手もない、称賛もない、動きもない、時が止まった空間の中でそれは淡々と行われて、ただ魔法にかからなかったラド達だけが動いていた。

 イチカは控室から飛び出してきたリレイラを抱き締め、ラドとアキハとライカはイチカを囲んでハイタッチで闘技場を囲繞する観客達を眺めた。


 かろうじて我を取り戻した司会がおっとり刀でバチを取り、狂ったようにドラを鳴らす。

 これで一対一である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ