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王都再び

 王都の西南部には巨大な野外演劇場が広がっており、年に数回、大規模な芝居が上映される。

 演目はだいたい決まっている。

 「ガウべルーアの建国物語」、「王子の狂獣退治」、「恋に生きた貴族娘の悲哀」、「辺境貴族の英雄譚」など、王家や貴族の権威付けか、明らかに子供を焚き付けて魔法兵にしようとする狙いが見え見えな演目だが、王都の人々は毎年変わる配役に「あの役者は花があるだの」、「あの王妃役は美人だの」と大いに盛り上がる。娯楽の少ないガウべルーアにとって、演劇は庶民の楽しみになっている。


 そんな野外演劇場は、現在、突貫工事の真っ最中だ。

 アンスカーリの鶴の一声で決まった、ガウべルーア初の大興行、『魔法闘技会』の準備が着々と進んでいるからだ。


 野外演劇場は半円のすり鉢型をした直径約三ホブ、四階建ての客席をもつオープン型の巨大円形施設だ。観客席は二階席までは石造りで、その上の階は屋根付きの木造となっている。この奇妙な設計はガウべルーア天然資源の偏りに由来する。

 ガウベルーアの地理は王都を中心に、東は背後に連峰をいただく狂獣の森を抱えている。茫漠たる森は大陸を潤す水源となり命の恵みたる大河を、王都サンテブルレイド近くまで運んでいるが深い森は凶悪で人々を内に受け付けない。

 一方、大陸中央には北東から南西に大陸を切り分ける六十ホブ級の山岳地帯が形成されており、この峰々に区切られたガウべルーアは、平坦で非常に乾燥した西部と、比較的湿潤な東部、多湿な南部といった異なる気候を持つに至った。

 乾いた西部から勢力を伸ばしたガウべルーアは、狂獣に怯えながら細々とこの峰々から森林資源を切り出し、痩せた土地に芋を育てながら東へ東へと大きくなる。だから基本は木の文化圏だ。

 だがそれでは、シンシアナや狂獣からの守りが心許ない。

 そこで歴代の王は無理をしてシンシアナに近い遙か北方の山々から石材を運び、王国の基礎を作った歴史がある。半石半木の野外演劇場はそんなガウべルーアの資源の偏りを感じることができる建造物のひとつだ。

 なお王都サンテブルレイドを延々と南に行くと海がある。だがラドは南方の海にまつわる話を聞いた事はない。


 野外演劇場の中心には石舞台が備え付けられている。通常はここに演者が立ち、歌い踊り、磨き上げられた芝居を披露するわけだが、今回はこの石舞台に大量の土が運び込まれている。

 石舞台を埋め立てて、二ホブ四方はあろうかという闘技場を作るためだ。

 その闘技場の外縁には、人の背を遥かに超える木柵が設置され闘技場をぐるりと囲んでいる。その様子はまるで野城か獣の檻か。

 いったいどんな試合が企画されているのか、設営作業をしている者達ですら分からない。


 さて、そんな思い付きを実現させてしまう、ブリゾ・アンスカーリとはいかなる人物か。それを語るにはアンスカーリ家を知らねばならない。

 アンスカーリ家は貴族序列一位の大貴族であり、ガウべルーア王国の中興の祖として崇められている氏族である。

 功績は言わずとしれた魔法の復活。

 その始点、ブリゾ・アンスカーリの高祖父、大アンスカーリはどこからともなく手に入れた古文書を自力で紐解き、魔法の部分的解読に成功する。

 当時、弱小貴族だった若き大アンスカーリは、魔法兵を組織し跋扈する狂獣と略奪を繰り返すシンシアナを破竹の勢いで追い落とし、貧しく卑小だったガウべルーア王国をここまで豊かにする基礎を作った。

 だが、その功績が序列の意味ではない。ここまで圧倒的な武力を持ってして、下克上を成さず王に忠誠を誓った点が功績なのだ。

 大アンスカーリは、魔法がすぐさま汎用化することを見抜いていた。ならば王と臣民の信頼と尊敬を集めるほうが得だと考えたのだ。

 その慧眼は百年年の時を超えて未だに効果を発揮し、現アンスカーリの権威を支えている。


 現アンスカーリ家の当主、ブリゾ・アンスカーリは、幼くして魔法の才覚に溢れた神童であった。

 老いて子をなした父ロクエ・アンスカーリは彼を溺愛したが、こと王家への忠誠と帝王学、そして魔法の知識についてはブリゾ・アンスカーリを甘やかすことはなかった。

 祖父と父のすべての知識を詰め込めこまれた彼は、アンスカーリ家にして未だ成し得なかった魔法兵の弱点の克服、つまり魔力の枯渇に何らかの手立てを打つことを終生の使命と考えるようになる。

 そうして一つの解として生み出されたのが、ホムンクルスでありパラケルスのホムンクルス工場だ。


 彼が生み出した“魔力を回復する糧秣”は、ガウベルーアの軍事力を飛躍的に高めることになる。

 従来は魔力の枯渇した魔法兵は戦線から退けるしかなかった。そのため戦地につぎつぎと兵を送り込む遠征運用が必須になっていた。

 だが、“魔力を回復する糧秣”は、その運用からガウベルーアを解放したのだ。

 もはや遠征を視野にいれた、小さな防衛線に囚われる必要はない。領地を広げ、城塞都市を築き、そこに魔法兵を置いて防衛する。そんな新しい国造りが可能になった。

 その功績は本来ならば、もっと評価されていい。

 だが彼は“魔力を回復する軍事糧秣”がホムンクルスであることを非人道的と感じ、巧みに現実と切り離した。そのため、『ブリゾ・アンスカーリは使いモノにならないホムンクルスの研究する物好きな貴族』と、陰で言われるようになる。

 その道楽を放置する王族とアンスカーリ家の大きすぎる権力が、貴族間で羨望と嫉妬を生み、アンスカーリ家は緩やかであるが圧倒的な筆頭貴族の地位を失いつつあった。

 だからこそアンスカーリ家の力を見せつけ、台頭しつつあるワイズ家の鼻っ柱を挫く必要がある。そんな思いが彼を大興行に駆り立てたのに疑う余地はないだろう。


 さてこの興行。ラドからの王都に赴く旨、書簡を受け取ったアンスカーリは、温めていた企画を実行に移すべく、わずか一週間で貴族を集め、興行の準備を進めるよう取り巻きの諸侯に下達する。

 それがいかに暴挙であったかは、とりまきの貴族や使用人が、”眠らずの夏歌”と皮肉混じりの演劇の題に仕立てて陰口を叩くほどのデスマーチであった。

 だが、それを金と権力と人脈で実現させてしまうのがブリゾ・アンスカーリその人である。



 そんな計画など露知らず、再び王都を訪れたラド達一行は、野外演劇場の控室で大貴族、アンスカーリと再開の時を迎えていた。


「このような盛大な催し、恐悦至極に存じます」

 かしずくラド達にアンスカーリは鷹揚と頷く。

「逃げずによく来たのう」

「書簡に記した通りです、もっとも公のご期待に添えるかは分かりかねますが」

「言いおるわ。じゃが皆を楽しませてくれねば困るでな」

 老人は年に似合わぬやけに通りの良い高笑いを残して控室を去る。たったこれだけの謁見のために、ラド達は一日早い到着と早朝の参集を求められていた。試合は夕刻であるのに。


 ラドはかくしゃくとした老人の背を見送りながら、この事態の意味を考える。

 二か月前の約束が、まさかこんな形で訪れるとは思いもよらなかった。確かに魔法対決をするとは言ったが、あの提案はホムンクルスによる魔力供給を不要とするための、効率のよい新しい魔法を作る提案であり、アンスカーリもそれを対決形式で比較して見たいと言っているに過ぎないと思っていた。

 それがなぜ見世物になっているのだろうか。


 アンスカーリから案内を仰せつかったという、案内人に聞いてみる。

「なんでこんな大事になっているんですか? こんな派手な場所で」

「いゃあ、アンスカーリ公のご提案でして」

 明らかに貴族ではない、幾分ぼんやりとした魔法兵の案内人は困り顔で答える。

「あなたも大変ですね」

「ええ、これだけの貴族を一週間で集めるのはひと苦労でした。ホストはアンスカーリ公ですから失態は許されません。慌てて招待状を配って護衛の計画を立てて。ほとんど寝ずの準備でして。もっともやんごとなき方は、我々よりもっとご面倒を被っているのでしょうけど」

「心中お察しいたします」

 社交辞令ではなく思う。

 偉い人の無邪気な一声が、どれほど多くの人の迷惑になるか……、多分本人は考えたこともないだろう。前の世界の仕事でもそうだったが、クライアントの社長一言は、自分もクライアントの担当者も、もろとも地獄へ引きずり込む突撃ラッパであった。

 社長が現場にひょいと現れて、たった一言、「ココはこうならないの?」と言おうものなら、誰もが夜食と朝食と昼食とエスタロンモカを買いにコンビニと薬局へ走ったものだ。それはこの世界も同じらしい。

 ――ほんとこの世界って、設定ファンタジーなのに夢ねーな。

 素直な感想である。


「それで、僕らの試合はどう行われるんですか?」

「はい、相手は魔法については稀代の天才といわれるスタンリー・ワイズ卿です。ワイズ卿は若くしてワイズ家の次期当主と目される方で、ご存知かと思いますが貴族の序列でアンスカーリ家に続く第二位に位置します」

「……えっ! それ、やばくない?」

「はい、ですのでもしもの事があるとイケないので、直接対決ではなく、的に魔法を当てるという――」

「いやそうじゃなくて、そんな人と戦って勝っちゃったらヤバくないですか?」

「勝っちゃうんですか?」

 案内人! おまえはうっかり八兵衛か? アンスカーリの魔法兵マジ大丈夫かと思ってしまったが、もしや故意にぽんやりさんをあてがわれたのではないかとラドは考えを改める。

 だが、ぽんやりさんが言うのはもっともだ。当然だが誰もスタンリー・ワイズが負けるなんて考えていないだろう。田舎のバカ物が身分もわきまえず、大言壮語の末に惨敗して帰るシナリオを描いているのだ。そういう弱いものをブチのめしてスッキリする催しなのかも知れない。だから公開対決なのだ。

 そう思うと胸クソが悪くなってきた。

「なるほどね。そういうこと……」

「えっ? なに? どいうこと?」

 疑問形のアキハを無視して思考を進める。

「なら圧倒的に勝ってやろうじゃないの。ぐうの音も出ないくらいに」

 前の世界の自分を過労死に追いやった悪い完璧主義がムクムクと頭をもたげる。確かに働いていた会社は相当のブラック企業だったが、寿命を縮めたのは自分の働き方のせいだ。秋葉に「一人で完璧にやりたいのは分かるけど、死んじゃうよ」なんて言われて、実際それで死んだのに、人の性分なんざ死んだくらいじゃ治らないらしい。


 ぽんやり案内人の制止を振り切り、闘技場脇にある控室を出て闘技場の入り口から会場を見上げると、観客席はいたる所、雅な方々でごった返していた。

 即席で飾られた会場の内側は、色とりどりのタペストリーで彩られ華々しいかぎり。観客席は上の階ほど高貴な方が座るようで、四階は一区画がかなり広く取られており、多くの小間使いが甲斐甲斐しくも走り回っている。

 アンスカーリは、二階の正面特等席に陣取っている。

 その左右にはアンスカーリの下に序列される貴族達の家系がずらりと続く。

「これはすごいね」

 ついて来たアキハ、ライカ、イチカ、リレイラに話しかけると、四人は顔をこわばらせて「うん」と頷く。

「なんだよ、緊張してるの」

「だってこんなのだと思わなかったんだもん」

「それは僕も同じだよ」

「ライカ、なんだかお腹が痛くなってきたぞ」

 ライカは被っていた帽子をぎゅっと掴んで、渋そうな顔で背を丸めた。

「戦うのはライカじゃないけどね」

「そうだけどぉ」

 いつも元気なライカのそんな顔色を見ていると、こっちが不安になってくる。

「イチカは緊張してないの?」

「少々鼓動が早まるのを禁じえません」

 冷静な言葉を紡いているが、珍しく緊張しているようだ。


 この戦いを受けたのはラドだが戦うのはイチカになる。ラド自身で戦いたかったのだが、やはり魔力が無いのはいかんともし難く、やむなくイチカに出場してもらうことになった。

 名目は『弟子でも十分戦える事を証明する』という事にしているが、相手からすると『弟子ごときを出してくるとは生意気な』と受け止められるので、心象はすこぶる悪いだろう。

 腹立ちに、かなり本気でやって来る可能性がある。

「ほんとに大丈夫か?」

 ライカが心配げにイチカに声をかける。

「大丈夫だよ、イチカが負けることなんてありえないから」

「主任、その分析は楽観的と思われます。リレイラは当方の戦力は分析していますが、敵方の戦力は分析できていません。斥候を放つことを推奨します」

 リレイラが頼まれもしないのに作戦立案を始める。こういう点でもリレイラは本来のホムンクルスに近い性質を持っている。イチカにはなかった傾向だが、何かの拍子に突如ミリタリー思考に入る。

「リレイラ、物騒なことはいわなくていいにゃ」

「母さん、しかし」

「みんな考え過ぎだよ、大舞台になっちゃったけど単なる魔法のお披露目だ。負けたとしても命まではとられないんだから」


 そんな話をしている間にも、大きなドラが数度か鳴り響き、観劇席から初めて見るショーに対する期待を込めた割れんばかりの拍手が起きる。。

 さすがに庶民は見物できぬ催しだが、現在王都に参勤している貴族のほとんどが観覧に来ているとの事で、王都でもこの催しは相応の話題となっているらしい。

 なんでもアンスカーリが、この見世物をアチコチで吹聴したそうだ。


 控室に戻りがてら、ぽんやり案内人に聞いたところによると、『魔法競技会』なるエンターテイメントは、前座に魔法騎士による狂獣狩りがあり、午後からは魔法兵による魔法対決の模擬戦が行われ、最後にラドと真打スタンリー・ワイズとの魔法対決が行われる運びとなっているそうだ。

 それぞれがどんな内容なのかは分からないが。


「始まったようです」

 イチカに促されて、五人して控室の小窓から闘技場を覗く。

「あ、これ団体戦なのね」

 対決ショーと聞いて、勝手に一対一のローマ剣闘士をイメージしていたが、闘技場の入り口から五名の魔法騎士が現れたのを見て、それは思い込みだったと気づかされた。魔法は基本遠距離攻撃、遠距離攻撃は団体戦と相場が決まっているのだから、団体戦は当たり前と言えば当たり前だ。


 最初のプログラム、”狂獣狩りのデモンストレーション”は、闘技場の柵の中に放たれたコゴネズミ五匹を相手に、魔法騎士の活躍を再現するものだ。

 歳の頃は十代前半の若い魔法騎士が幼く可愛い顔に、煌びやかな武装を付けて晴れ晴れしくも観客席に手を振って現れる。

 すると観客席の四方からひときは大きな歓声が上がり、それに応えて幼年魔法騎士様は隅々に頭を下げ歓声を一身にあびる。

 そんな華々しい行進なのだから、つまりこの前座は貴族の誉の見せ場であり、息子の勇猛さや優秀さを披露する晴れ舞台という位置づけなのだろうだ。

 ただ闘技場の周囲には魔法兵がわらわらと取り巻き、なにかあればすぐにコゴネズミから幼年魔法騎士様を守る思いやり対決なのだが。


 そんなデモンストレーションが数組続き、どれもが大歓声のうちに終わると、今度はコゴネズミより一回り大きい、ワルグという犬のような口吻を持つ狂獣との戦いになった。

 ここからはお貴族様のお披露目とは事情が異なるようで、出てくるのは魔法兵。敵の数も増えて魔法兵十二名とワルグ三匹の戦いになる。

 ワルグは強い狂獣のようで、手違いがあると大怪我をしかねない。息子の活躍を応援する気楽な観客の熱狂とはちょっと異なる緊張感が満ちてくる。

 だがそこは修羅場をくぐり抜けた一線級の魔法兵だ。見事に連携し孤立しないような包囲をとりつつ見事にワルグを倒す。

 そんな手練の戦いっぶりに、観客席はやんややんやの大喝采。


 午後はさらに緊張感のある魔法兵同士の戦いだ。

 魔法攻撃は当たるとマジ死ぬので、模擬戦ではゾウフル毛皮で作った着脱式の武装をつけて戦う。狂獣の毛は耐魔法の効果があり、弱めの魔法であれば直撃でも致命傷とはならない。それでも当たりどころが悪いと大怪我は免れないのだが、そうと知りながら貴族達は対戦者が魔法を避けきれず被弾すると、うおーっと歓声をあげて大喜びをする。

 訓練された兵とはいえ、誤って耐魔法防具が拡散させた炎を吸い込めば肺が焼けて死ぬ。

 ガウベルーア人は前の世界と比べて人を信用しない傾向があるが、シンシアナ人に比べると温厚だ。そんな彼らでも命をかけたスリルのある戦いに興奮するのは集団心理の恐ろしさというか暴力なのだろう。

 パラケルスでも普段は人のいい商売人たちが集団になると残酷な行動を取るのは、ライカ達と市場で身を以て体験している。

 それはガウベルーア人がそうなのか、そもそも人というのが元来そういう生き物なのか、そして自分もいつかはそうなってしまうのか。ラドには分からない。


 そんな個人戦、団体戦、ハンディ戦を五、六試合見て、途中で道化の閑話を入れつつ、日も傾き出した頃、ついにラド達の出番が回ってきた。

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