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ベストマッチ

「うーん、魔法陣の解析が難しいなら、いっそ魔力そのものを攻撃に使えないかな」

「魔力をぶつけるのですか? それとも魔力で石でも飛ばすのですか?」

「投石かぁ。それは出来たとしても美しくないなぁ」

「美しい?」

「僕の魔法に対する美学の問題。だって魔法なのに物理的に物を飛ばすなんて幻滅だろ」

「主任により好みをしている時間はありません」

「うっ、キツイなぁリレイラは」

 理解を示そうとするイチカに対してリレイラは辛辣だ。生まれて間もないからか、リレイラは空気を読むとか慮る心に欠ける。イチカもそういう所があったが、なまじ高度な知識とボキャブラリーを持っていると未熟が目立つ。

「リレイラ、言葉が過ぎますよ」

「私は事実を言ったまでです……」

 イチカに言われて、しゅんとするリレイラが可哀そうになり、ラドはリレイラに微笑みを返す。

「でも背に腹は変えられないから、いざとなったら石でも飛ばせないか研究するよ」

「そういう魔法陣をご存知なのですか?」

「もしあったら頼りたい気分だよ」

「では探してみましょう」

「リレイラも手伝います」


 イチカは部屋をゆっくり見回し、本の山の一つで目を留める。

 魔法の古文書は現代の本に比べてどれも装丁が豪華だ。背表紙はしっかり糊で固められており、大きな本になると三方背の紙箱に収められている。前の世界の本の仕立てに近い。

「魔法陣はこの古文書に一杯あります。例えばこの本のタイトルは『マギウスセントラルドグマ……アンドライブラリ』です。魔法陣がいっぱい書いていますよ」

「え!? セントラルドグマ!? なんだよー、魔法が遺伝構造を模してるってタイトルに書いてるじゃない! ちゃんと読んどけば良かったよ。もうっ、大発見だと思ったのに」

「いえ、自力で気づくのは偉大なことです」

「いや、二重発明はただの時間のロスだよ」

 がっくりきて椅子にへなへなと潜り込むと、イチカが済まなそうにラドの顔を覗き込んできた。

「あの、失意のところ申し訳ないのですが、わたしはお夕食の準備がありますのでそろそろ帰ります。古文書はカテゴリ別に整理しておきましたので、お時間のある時にでもご覧になってはいかがでしょうか」

「ありがとう、そうするよ」

 ラドはもたれていた椅子から立ち、床から立ち上がる古文書の高層ビルに手をついた。

 ”現代魔法”、”ホムンクルス製造”、”魔法顕現技術”と、様々なカテゴリの本の山が並ぶ。だが読めない本が沢山ある。それらは曲線の多いガウベルーア文字とは明らかに異なる、タテヨコ斜めの古代文字で書かれたされた書籍だ。

「イチカ、マギウスセントラルドグマの本の山はどれ?」

「はい? ラドが手をついているのが『マギウスセントラルドグマアンドライブラリ』です。ライブラリとデザインパターンが混ざっていますが。ところでデザインパターンとは何ですか?」

 言われて本に置いた手を外してみる。

 そこにはタテヨコ斜めの記号がデカデカと書かれていた。


 ここまでサラサラと会話をしてきたがアレ? と気づく。

 何でイチカは本の分類が出来たんだ? そもそもマギウスセントラルドグマって何で分かったんだ?


「これ読めるの?」

「はい、文字は」

「主任は読めないのですか? リレイラも読めます」

「二人とも、こんな字画の多い楔文字みたいのが読めるの?」

「はい、むしろパラケルスの文字は後で覚えました」


 唖然……。

 こんなに身近にいて、成長する姿をアキハとともに見守り、一緒に仕事までしているのに、そんなことすら知らなかった自分に驚きを禁じ得ない。

 ホムンクルスは生まれながら知識を有していると言うが、その知識は現代知識ではなく、アンスカーリが言っていた前文明、つまり古文書時代の知識を持って生まれてくるのだ。

 しかも、その知識は魔法兵としての知識がほとんどなのに違いない。目覚めたばかりのイチカが変な言葉ばかり知っていたのは、あながち魔法の本ばかり読み聞かせたからではなかった。

 アキハやライカが日常生活の事ばかり話しかけたから、たまたま彼女らは現代語を覚えたに過ぎないのだ。


「イチカ、セントラルドグマって分かるかい?」

「いいえ」

「ライブラリは」

「わかりません」

 やはりそうだ。イチカは文字は読めても意味が分からない。人を模して戦う魔法兵の知識に言語や魔法は含まれても魔法原理は含まれない。だがラドは文字は読めないが魔法の解読に資する知識がある。

 この世界に来て不思議に感じたことに言葉の翻訳がある。

 例えばダイコン。この世界の大根は細くて短くて少し黒みを帯びている。初めて見る品種なので初見でダイコンと分からなかったがラドの耳にはそれがダイコンという名前で聞こえてきた。

 だが、同じく初めて見たヒゲ根芋は、里芋やサツマイモではなく聞いたこともない『ヒゲ根芋』という名前で聞こえてきた。そんな品種は前の世界にはないからだ。

 同じようにトロナは図鑑でしか見たことがなかったが、こちらの世界で石の塊を見た瞬間にトロナだと分かった。

 この”見たものが最も近い概念で置き換えられる特性”が、この古文書を前にして発揮されているのである。


「イチカ、リレイラ、これはとんでもない事が起こりそうだよ。今日から徹夜で解読しないと!」

「はい! とても素敵な発見をしたのですね。後ほど聞かせてください」

「ああ、大発見だ!」

「その前にリレイラにご飯を食べさせてください」

「分かった、分かった。キミは本当にそればっかりだね。じゃ研究は明日からだ」

「腹が減っては戦はできません」

 ホントどこで覚えてくるものやら。けど食べた分だけ凄い勢いで大きくなるのだから、無駄に食べている訳ではないのだけれど。なにせリレイラは既にイチカの身長を超えているのだから。



 翌日から三人の研究が始まった。

 イチカとリレイラは古文書の翻訳だ。リレイラは集中力がなく同じ作業を続けるのは辛そうだが、「これはラドから頂いたお仕事ですよ」とイチカにたしなめられると、たちまち「了解! 任務に専念いたします」と、軍隊調に切り替わり仕事に励む。

 もっとも切り替わっても三十分後には飽きているか、お腹を鳴らしているのだが。こういうところはライカに似ている。


 そうして解明を進めること二週間――。


 ラドは工場の裏地にアキハとライカを呼び出す。

 何が起きるのか見当がつかない二人を向かえるのはイチカとリレイラ。

「今日はどうしたの?」

「ラドが作った新しい魔法の実験なんです」

「えっ! もう何かできたの!?」

「今日は既存の魔法陣を使った、電撃魔法をやってみようと思うんだ」

 自信満々のラドは勿体ぶるような抑揚で宣言すると、アキハの額に人差し指をツンと立てる。アキハは額は両手でかばい、ぷうとほっぺたを膨らませる。


 古文書『マギウスセントラルドグマ アンド ライブラリ』に書いてあった事は意外に単純だった。

 起こしたい現象に必要な物理現象を想定し、それを起こす魔法陣を順に並べる。魔法陣には対応する呪文があるので、それらをプロモーターで接続し前後にエンハンサーをつけてまとめる。

 魔法陣はホムンクルスの遺伝子のイントロンに組み込まれているとあった。よってイチカやリレイラは呪文の詠唱のみで魔法が使えるが、人は別に魔法陣を用意しなければならない。

 魔法陣は正確なのに越したことはないが、少々のズレならば意志の力で補完できるとある。

 それでどうしてそれで魔力が魔法に変換されるか分からないが、それだけであった。


 さて、今回やってみる電撃は書籍を漁ってる最中に偶然見つけた電離の魔法陣の応用だ。仕組みは簡単。

 地面はプラス、百ホブくらい上空の空気をマイナスに帯電させ、そこからイオン化させた空気をロート状の形に地上に引っ張り、この尖端を絶縁崩壊させて電撃を起こす。

 原理的にはこれで放電が起きるはずだが、どのくらいの規模になるかは分からない。

 実験では電撃の目印と攻撃力を計るために、アキハの肩幅よりも大きな丸木を立て、ここに落雷させる。

 考えるほどに魔法ではなくなるが、魔法の正体はそういう原理で動いているだからしょうがない。

 案外、剣と魔法の世界はニュートン力学に支配されていたりする。


「じゃやってみよう」

「はい」

「なあ、なあ、しゅにん、なにがおこるんだ!?」

 興味津々のライカの瞳がキラキラと輝いている。

「見ててごらん。凄い事が起こるから」

 一方アキハは柄にもなく怯えて、ラドの腕に絡まってぴたりと寄り添う。

「ちょっと怖い。新しい魔法なんでしょ。失敗して怪我なんてしないわよね」


「……」


 魔法が組み上がった嬉しさで、そんなことを考えてもいなかったが、確かに失敗してとんでもない事が起こる可能性はある。ロケットエンジンのテストなどでは、実験中の大爆発などよくある話だ。

「イチカ、何が起きるか分からないからできるだけ遠くで顕現させよう」

「はい、では少し離れます」

 イチカは優雅に振り向き、すすっと歩きだす。こういう真剣な時のイチカはカッコいい。

 その後ろをなぜか四人は黙々と歩いて、目標地点から一ホブほど距離をとる。

 準備完了。さあ実験開始だ。



「インフェルト、エルトモル――」

 ゆっくり、だが力強く詠唱するイチカにリレイラが寄り添って見守る。

 詠唱が中程まで進むと、うぶ毛が逆立つピリピリした感覚が肌にあらわれ始める。


「なんか気持ち悪いぞ」

 ライカが半袖の腕を擦って、体にまとわりつく気持ち悪さを振り払おうとする。帯電なので勿論そんな事をしても取れないが、ライカはにゃーにゃー言いながら頭や背中をパタパタとはたく。

 ラドはまるで猫そのもののライカの姿を微笑ましく見てから、目標となる丸太に意識を振り向け直した。


 放電はいつ起こるか分からない。あまり急速に電荷を貯めすぎて突然落雷すると怖いので帯電はゆっくり進める。

 そのつもりだったが、それは突然起こった。


 眼前が目も開けられない明るさでカッと光ったかと思うと、ほぼ同時にバーンと何かが爆発し、全身をビリビリと震わす轟音が轟く。

「にゃーーーーーーーー!」

「ぎゃーーーーーーーー!」

 ライトとアキハの悲鳴!

 呪文を唱えたイチカと寄り添うリレイラは、突然の出来事に目をまん丸に見開いて放電した一点を見つめている。

 その銀色の頭と黒毛に茶メッシュの頭がゆっくりとこちらを振り向き、エメラルド色のビー玉の瞳がラドを捉える。


 ややしばらく沈黙。


「成功ですか?」

「主任、作戦は成功でしょうか?」

 イチカとリレイラが同じ顔でラドを見る。その声に我に返ったラドは晴天の空に突如現れた稲妻の衝撃を頭から振り払い、落雷した地点まで走る。


 その先には真っ二つに割れてジリジリと燃えた丸太と、割れて粉々に弾け飛んだ丸太の台座の跡があった。

 凄まじい威力。それに狙いも違わず直撃している!


「成功だよ! 大成功だ!!!」

 その声に四人は喜色を浮かべてラドの元に駆け出した。

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