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「肉にゃ! 肉!」

「母さん、見たことのないフカフカの食べ物があります!」

「ほっほっほっ、気に入ったか? 好きなだけ食え」

 老人は目を細めて二人が両手に食べ物を掴んで必死に口に運ぶ姿をみやる。

「一人の食事など美味い物ではない。騒がしい晩餐も良いものじゃ。そっちの娘も遠慮することはないぞ」

 そう促されるがアキハは困ったようにはにかむ。

「いえ、わたしは最近、その……大きくなってきちゃったので遠慮したいかなって」

「ふぁははは、年頃の娘はみな同じことを言う、じゃが気にすることではない。どんどん食え」

「は、はい……」

 勧められた手前、断るわけにもいかずアキハは大きな丸いパンを掴んだ。

 ラドにはパンと分かるが、アキハは小麦のパンを初めて見るはずだ。縦横から眺めて首を捻る。パンがあるということは小麦が採れる。ここはそれだけ豊かな土地といえる。

 にしてもパーンを嫌がらないとはアンスカーリは変わった老人である。


「さてラドよ。お前とは話じゃ、どこまで知っておる。そのホムンクルスはなぜ培養液の外でも生きて行けるのじゃ」

「その前にホムンクルスとは何かを伺ってもよろしいですか」

「お前がそれを知ってどうする」

「作っている以上、それが何かを知るのは必要な事でしょう」

「否、作る事と知ることは別じゃ。魔法士が魔法のなんたるかを知る必要はないのと同じじゃ」

「しかし、公は目覚めたホムンクルスに強い関心をお持ちです。ならばその製法に一番近い自分がその意味を知ることは、より確実な製法の確立に寄与すると思いますが」

「ラドよ、お前は頭がよいな。だがそれは小智かもしれぬぞ」

「それを決めるのは僕ではありません。後世の評論家でしょう」

「ぬかすわ、わははは」

 老人はガレットのような食べ物をつまみラドに勧める。ラドはそれを手で制し口を開く。

「では先に僕が知っていることからお話しします。ホムンクルスは魔法と関係がありますね。あれは魔力の塊と言っていい」

 その言葉はアンスカーリを痺れさせるのに十分だった。つまんだガレットを半分にちぎり、ゆっくり口に運ぶと、「ラドよ、本当にどこまで知っておる」と冷たい剣を声に潜ませる。


「ホムンクルスが強い魔力を持って生まれてくること。人の形にならないものは途中で死ぬこと。人の精子以外では作れないこと。そのくらいです」

「それだけではないな。まぁよい。あれが人の形をしているのは偶然ではない」

 食欲を我慢して震えるアキハと、そんなの関係ないと言わんばかりに食べ物を片っ端から口に放り込んでいる二人の騒がしさが、ラドから遠くなっていく。

「儂もできるなら人でなくしたかった。半端なものを作ってしまったと思っておる」

「あれが半端なもの? もしかして目覚めたホムンクルスを作るのが目的なのですか?」

 老人はふーっとため息をつく。ここについては喋る気はないようだ。


 老人は最後の部分はラドにしか聞こえない声で囁く。

「ここから先は覚悟が必要じゃ、それでも聞くか」

「無論」

 老人は顎でラドを呼び寄せる。ここからはお前から来いということだ。

「あれは量産しなければならぬが、仔細を知られたくない技術なんじゃ。詮索されては軍機に関わる」

「軍機……」

「そうじゃ、お主の言う通りあれは人の形をした魔力の塊じゃ。そしてあれは前文明の魔法兵と思われる。古文書には『人を模して戦う』とある。そこに使いどころがある」

「まさか目覚めたホムンクルスを魔法兵として戦わせるつもりなんですか? でも今は目覚めたホムンクルスは作れない。それなのにホムンクルスを量産するのはなぜなんですか」

「知りたいか。本当に戻れぬ道じゃぞ」

 ラドは冷や汗が流れるのを感じながらも、ゆっくり首を縦に振った。

「ホムンクルスは我が国の力の源じゃ」

「それは兵力という事ですか?」

「先々王時、ガウベルーアの軍力は弱かった。それがなぜ今、力で押し寄せるシンシアナや狂獣どもと伍して戦えるか分かるか」

「魔法です」

「そうじゃ魔法があるからだ。魔法騎士と魔法兵が国防を司り、彼らの侵略と進行を食い止めておる」

 それは分かっている。

「ならばその魔法とは何か考えたことはあるか」

「それは公の本にも書いていませんでした」

「そうじゃろ。なぜなら我々も分からんからだ。魔法など古代に確立された方法を繰り返しているに過ぎん。なぜ火を操り、無から水を生み出せるか誰にも分からん。それは魔力の源についてもしかり」

 いやな予感がビシビシする。

「それでもホムンクルスは魔力の源たりえるとだけは分かっておる」

「魔力の源?」

「お主も魔法を使えばどうなるか知っておろう」

「はい、疲労し眠くなります」

「そうじゃ、魔力欠乏は度が過ぎれば死に至る。そして魔力の回復が肉体の回復ほど早く行われない事も知っておろう」

「はい」

「だがそれでは戦えん。故にわしはホムンクルスの量産を進めたのだ」

 話は核心に近づいている。

「ホムンクルスをどうするのですか」

 老人は人の好い仮面を外しラドにぐいっと顔を近づける。その瞳の中の凍てつく輝きにラドは身震いを覚える。


「食うのだ。魔力を回復させるために。最近の街道や国境が不安定なのは兵がいないからではない、魔力が回復した戦える兵がいないからなのだ」

 食う。

 ホムンクルスを食う。

 人の形をしたホムンクルスの肉を食うだと!

「アキハ、ライカ、リレイラ! その肉をくうな!」

 その話を聞いた瞬間、ラドは咄嗟の怒声を三人に浴びせた。それに驚いた三人は食べ物を両手に持ち、口に目いっぱい詰め込んだまま、きょとんと顔を上げる。


「安心せい、お主らにそんな高級品は食わさん」

 ラドはアンスカーリを振り返り、乾ききって口にはない唾液を空飲みしてから、「はぁ~」と深く溜息を吐く。

 その通りだ。こんな所にホムンクルスの肉が出るはずはない。

 だが魔法兵は何も知らずにホムンクルスを食べている。魔力の源は人肉としてのホムンクルスだとは知らずに。

 それを知ってしまえば食べられないだろう。意識はなくても共食いだ。なにせ元は魔力を持った人を造るための技術なのだから。

 そしてもしホムンクルスが目覚めて動き、語り、人と同じように振舞うと分かれば、魔法兵はもはやホムンクルスを食するなど出来なくなってしまうだろう。


「さて軍機を知ってしまったからには、お前には道は残されておらんぞ。そして儂には二つの選択がある。お主を生かすか……殺すか」

 ラドの喉がごくりと鳴った。

「じゃが、お前を殺すのはちと惜しい。そこでじゃお主に選択を与えてやろう。その娘を差し出してホムンクルスを作り続けるか、民が知らぬ間にホムンクルス兵を作るか、好きな方を選べ」


 これがアンスカーリの狙いか。

 リレイラを渡すなんて出来るハズがない! だが目覚めたホムンクルスを作るという事は、イチカやリレイラを救うために、その後ろに莫大な死を積み重ねることを意味する。

 それも出来ない。ならアンスカーリの懐に飛び込んで変心させるか。そんな可能性の低い賭けにまた皆を巻き込んでいいのか。


「どうした、しゅにん? 全然食べてないな。食べないとライカみたいに大きくならないぞ」

 心配した三人が、わらわらと集まってくる。三人ともお腹がぽんぽんだ。

「ラドも食べなよ。すっごい美味しいから!」

 先刻まで遠慮しますと言っていた筈だが、どうやらアキハの決意は食欲の前に崩壊したらしい。

「主任、まだ食べたりません」

 ――こ、こいつら、ここには飯を食いに来たんじゃねぇ! 僕の立場わかってないだろ!

 とはいえ、ここで声を荒げて彼女らを叱責できまい。

「あの……リレイラさん? そのお腹。服が盛り上がってますけどホドホドにしといてね」

 作り笑いにそんな事を言うのが精一杯だ。

 だがアンスカーリは女の子には優しいらしく、ラドに向けるのとは全く違う、優しいおじいちゃんの顔になってこう言うのだ。

「そうか、そうか、まだ食い足りんか。なら幾らでも食わせてやる。おい厨房を呼べ!」

「ライカ、肉!」

「リレイラも、肉を所望します!」

 親子って、こんなところまで似るのか? だれもリクエストを聞いてねぇよ!

「わたしも!」

 おめぇは親子じゃねぇだろ!



 その夜、宿に戻ったラドはアンスカーリの言葉を思い出していた。


『答えは明日聞く。ゆめゆめ余計な事を考えるでないぞ』


 次の食事が運ばれてきて、こいつらまだ食うのかと満腹中枢の壊れた三人に呆れているときにアンスカーリが囁いた悪魔の言葉。つまりドロンは出来ないということ。もう自分達の命はアンスカーリの手の内にある……。


 リレイラを差し出して食われるホムンクルスを作るか、民が知らぬ間にホムンクルスの魔法兵を作るか。

 真実を知ってしまった今、どちらも選択出来るはずはない。前者も後者も死ぬための命を生み出す行為に他ならない。

 イチカやリレイラが食われるなんて……考えるだけで自分にはもう無理だ。良心の呵責に耐えられない。

 しかしどちらを選ぶなければならない。明日までにアンスカーリに。



 眠れない夜が明けた翌日。

 ラドは食べ過ぎて動けない三人を宿に置いて、アンスカーリの元を訪れる。

 正式な謁見ということでラドは謁見の間で跪いて一段高い座上の、それも高貴そうな大椅子に斜めに腰掛けるアンスカーリに昨日の回答を伝えた。

「私の答えはありません」

「なんじゃと」

「なぜなら、どちらも解たりえないからです。ホムンクルスを大量生産しても兵士全員の魔力供給量には足りないでしょう。また目覚めたホムンクルスは自我があり素直に魔法兵にはなりません」

 老人はのそりと椅子に座り直し、細めた目でギロリと睨む。


「ならばどうする?」

「三つ目の選択肢を所望します。自分ならば平凡な魔法士でも十二分に活躍できる魔法を作れます。その時間を私に与えていただけないでしょうか」


 瞬間、止まったアンスカーリだったが、すぐに反応を取り戻す。

「うわははは、そうきたか! ラド。まことにお前は面白いのう。アンスカーリ家数代に渡り研究してきた魔法をお前は容易に超えられるというのだな」

「はい、とは言いません。しかし可能性はあります」

「よかろう、では二か月やる。二か月後でその魔法を生み出しここで魔法対決をせよ。お前が勝てば確かにそのような魔法を生み出したのだと認めてやるわい」

「畏れ多くも、ご恩寵をいただき誠にありがとうございます」

「逃げるなよ。儂はカレス・ルドールのように儂を欺くものは許さん主義だからな」

 アンスカーリは一瞬に見せた鷹の瞳をかくして、「楽しみじゃわい」と言ってラドを笑顔で送りだした。


 その場しのぎで約束してしまったが、本当に大丈夫だろうか。

 女の子には人のいい好々爺だが、あのカレスの裏を突きとめて追いやってしまうような怖い人だ。

 かなり不安になってきた。

 いまからチビリそう。

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