王都
全てのホムンクルスを失った今、“目覚めたホムンクルスを送り届けるミッション”は断ることもできたが、ラドはこの旅を引き返そうとは思わなかった。
ちょうどいいので、このまま『狂獣に襲われて所望のホムンクルスは死んでしまいました』と、言ってしまおうと思ったのだ。
これが解決策になるとは思えない。だが時間稼ぎにはなる。それにどんな結果であれ魔法局には何らかの報告はしなければならないのだ。ならば書簡をしたためるより行ってしまった方が早い。
王都、サンテブルレイドは平地に作られたこの国の首都だ。初代ブルレイド王がこの国を平定し、農地に適したこの地に都を築いたと伝えられている。
そのため、堀と城壁で囲われた洛内(ラドの頭ではそう翻訳される)には、行政施設と商業施設、中流以上の市民の住宅があり、洛外、つまり城壁の外には広大な農地と農民の家々がある。もともとは畑も洛内にあったらしいが、人口増加にともない農民は洛外に追いやられたそうだ。
もちろん目的の魔法局は洛内にあり、王都のほぼ中央、王城を抱える城下街の行政区に位置する。
洛内と洛外をつなぐのは空堀をまたいでかかった四つの大跳ね橋だ。およそ東西南北にある跳ね橋は街道とつながっており、石と鉄で作られた頑健な城門と多くの衛兵により守られている。
その城門を目がけて多くの馬車や人が並んでいる。王都名物、検問待ち渋滞である。
その渋滞をひと時は待っただろうか、ラド達はやっと検問所に到達する。
「通行証」
臙脂色の制服に金の飾り紐を肩から垂らした検問の衛兵が無愛想に手を出す。その左右には衛兵を守るように、腰に剣と長い棒を手持ちした警備兵も控えている。
さすがに王都の入り口を守る衛兵だ。街道警備兵よりもずいぶん制服が豪華でかっこいい。
街道警備兵の二名が門を守る衛兵に敬礼する。敬礼は右手を額に沿えて、左手を背中に回すという一風変わったものだった。
「これが敬礼なのですか?」
「ああ、街道警備も騎士団だからな。いちいち挨拶しろといわれるんだ」
「ということは、お二人も魔法騎士?」
「わははは、バカ言うなよ。徴兵された単なる魔法兵さ。騎士団に入ってるからって皆が騎士なわけじゃない」
笑っている割には控えめな声で教えてくれる。
「私達はアンスカーリ様の領地の出身なんだ。アンスカーリ様の元には取り巻きの貴族が一杯いて、そいつらがそれぞれに騎士団を持ってるんだ。おっと取り巻きなんて聞かれちゃマズいな」
「俺はフーコー様の騎士団に属している、あいつはホスロー様の騎士団。まぁあちこちの騎士団の寄せ集めさ、街道警備なんてものは」
親指で相方を指してシニカルに笑う。
聞いたことのない名前が飛び交うが、パラケルスには貴族など一人もいないので貴族の名前を聞くだけで都会に出て来た気がする。
「騎士団どうしは仲がいいんですか?」
「いいわけないだろ。貴族の世界なんざ権謀術数の世界さ。どうやって出し抜こうか考えてるに決まってるだろ」
「そうなんですね」
嗚呼、懐かしの出世争い、権力闘争、イイネの奪い合い。どこの世界でも求めるものは同じらしい。
そんな情報収集をしつつ衛兵に例の手紙を手渡す。
「魔法局か。何人だ? 荷物は背中のそれだけか?」
衛兵は差し出された魔法局の手紙をみて全員を見渡す。
幸運なことに狂獣との戦いに巻き込まれてもラド達の荷物は残っていた。普通だと街道に価値のありそうな荷物が放置されていたら一瞬で誰からに奪われてしまうが、あんな騒ぎがあった現場に恐れ知らずにも現れる盗人はいなかったらしい。
ちょうどライカとリレイラに後ろ回し蹴りをくらって気を失っている間に、アキハが荷物を探しに行ってくれた。背嚢には魔法局からの手紙が入っていたので、もしロストしていたら王都には入れないところだった。
「この四名で荷物は背嚢だけです」
「なんで年端のいかな子供が二人もいる」
「こう見えても、その手紙に書いている工場長のラドは僕で――」
「ああ? お前がか?」
ジロリと一瞥。
「そいつの言う事は本当だって。俺達はコイツらと旅をしてきたがちっこいだけで、確かに見た目の年じゃねぇ」
衛兵は街道警備兵とラド、そしてリレイラを背負ったライカとアキハを順に見る。
「まぁ街道警備が言うならそうなんだろう。なら三人の女も連れか? 子供と女だけで旅か?」
「ホントは護衛が三人いたの。でも途中で襲われて死んじゃったから」
「もしかしてゾウフルの襲撃か?」
「ああ、我々の隊が対処した。こいつらはその生き残りだ」
「そうか。なら通っていい」
衛兵は犠牲者が出たというのに何の憐みも感じさせず手紙をラドに戻す。こんな話はザラにあるのだろう。いちいち驚いていたらきりがない職場なのかもしれない。
その横で金髪の街道警備兵が衛兵に耳打ちをしている。
「ありがとよ、ま、コイツが十四歳だって信じられねぇのは分かるけどな」
そこの金髪! 余計な事を吹き込むな!
なんとか二人の口添えもあって検問を無事通過する。背の高い分厚い城壁の門を通り抜けると、光の中に王都が開ける。
「うわぁぁぁ、やっぱり王都の賑わいは違うわね!」
「人がいっぱいにゃ!」
洛内は入るなりの活気で、人の数も賑わいもパラケルスの比ではない。
まだ洛内に入って間もないというのに宿屋が道の左右に三、四件と並び、食事だけを提供する専門店もずらりと続いている。パラケルスではそのような贅沢な店はなかった。
街も綺麗だ。石畳の道路に統一された石壁の町並みで、片隅に浮浪者なんていやしない。
行き交う人も皆、身なりが良く颯爽と歩いている。
細い路地を覗き込んでもパーンは一人もいなかった。もっとも検問があるからパーンは王都に入れないのかも知れないが。
「ライカ、フードを外しちゃだめだよ。ネコ耳が見えると捕まっちゃうかもしれないから」
王都は初めてだ。用心のためライカに念押しすると、金髪の街道警備兵がさも当たり前のように、それに付け加えた。
「耳を隠さなくても、首輪と猿ぐつわをするといいぜ」
「首輪?」
「奴隷の首輪です。猿ぐつわは狂乱しても噛まれないためですが、王都では首輪があれば半獣人を所有することが出来て勝手に取られることはないのです」
「パラケルスはちょっと変わっているな。そいつがフリーで俺は驚いたぜ。俺の街じゃ半獣人は見つけ次第殺すからな」
「ラドくん、そこの店で首輪を買おうか?」
街道警備兵の顎が指し示す先には『奴隷具各種』の看板があり、店先には大小の首輪や手や足の動き制限する拘束具がぶら下がっていた。他にも『爪封じ』と書かれた、明らかに指先を切断するための道具も。
ラドはぴたりと足を止める。そして声を低めて前を歩く二人を呼び止めた。
「そういうことですか。やっと合点がいった……」
「ん、どうした」
「僕とライカはそんな関係じゃない。それはここまでの王都への旅で分かってたんじゃないですか? それを無神経にもライカがいるのに」
「無神経? お前らがおかしいくらい仲がいいのは分かったが、そいつはお前のモノなんだろ」
「みなさんにはすごくお世話になってる。一緒にここまで連れてきてくれて本当に感謝しています。でもそれは許せない。パーンは生まれながら僕らの奴隷じゃない。それにライカは僕のモノじゃない! 家族だ! そして彼らは僕達と同じように自由に生きる権利を持ってる!!!」
「おいおい坊主。そう怖い顔するなって」
「ライカ、隠さなくていい。僕が間違っていた。ライカがパーンであることでコソコソする必要はないんだ、堂々といこう」
「しゅにん……」
ラドは、ぴょんとジャンプをするとライカの頭からフードをひっぱがす。
すると薄茶色の髪の毛の中から出てきたふさっとした耳に、周目が集まり始めた。
「ラドくん、すまないがフードをお願いしたい。半獣……ではなくてパーンを無許可で連れて歩いていると僕らも面倒なんだ」
ラテン系の街道警備兵があわてて戻ってきて、ライカの頭のフードをひょいと戻す。
「ライカがいなかったら、僕らはコゴネズミにやられていた。そして僕らが狂獣の第一波、第二波を止めてなかったら街道警備だって全滅してたかもしれないんです!!!」
「わかったって! 大声で全滅とか言うなよ」
金髪ワイルドな街道警備兵は、あわあわと慌ててラドの口を塞ごうとする。
「分かっていただけますか!」
「分かった、分かって!」
「わかってくれればいいです」
「それより小僧、これから街道警備の本部でコトの経緯を報告するが、今みたいに変なことべらべら喋んなよ。へたすりゃ全員首が飛ぶんだからな」
「ええ、みなさんがライカをモノ扱いしなければ」
「ああ、ホント頼むって」
このやりとりをアキハは不安げな表情で見ていた。
――ラドは工場長になってからパーンの事になると強い拘りをみせる。見た目は変わらないけどラドはどんどん変わっている。それも凄い勢いで。その早さは危うくて、こんな時、何か起こすんじゃないかとハラハラしてしまう。
一方ライカは、そんなラドを羨望の眼差しで見ていた。
――しゅにんに付いてく。それが正しい。しゅにんの言う事は全部正しい。だって自分に意味を与えてくれたヒトなんだから。
ライカにはラドが自分の道を照らす唯一の灯に思えた。
街道警備の本部でラドは、ゾウフルを倒せたのは街道警備の奮闘によるもので、リレイラは最後の一撃を与えたに過ぎなかったと説明し、シンシアナ兵については偶然に現れたにすぎず、なぜあの場に居たのかは分からないで押し切った。
アキハとライカとリレイラには何も言わせなかった。実際、アキハにとっては全て背中で起った出来事であり事態をほとんど把握していなかったし、ライカはゾウフルのくだりからは意識を失なっており何も知らない。リレイラに至っては生まれてすらいない。
全体を通しで知っているのはラドだけだが、突っ込んだ質問には『僕は子供なのでわかりませんで』で言い逃れた。
都合の悪い時だけ子供で逃げるのは大人としてどうかと思うが、せっかくある長所だ。使わない手はない。
街道警備のサノハラス街道分隊長は、わずか二名しか残らなかった損害に大いに驚いたが、シンシアナ兵の襲撃と聞いてそれなりに納得したようだった。
その後は街道警備の二名と別れて魔法局に向かうことにする。
恐ろしく騒がしい市場通りを抜けて、総石造りの四階建ての建物が道沿いにみっちり並ぶ圧迫感に驚き、それがどの道もどの道もそうなっていることに更に驚く。
一個十ロクタンもする、ビワのような果物の値段にも驚かされたが、だがそんな物価なのに行きかう人がポンポン買っていくこと、そして隘路の商店主でも繕っていないキッチリとした身なりをしていることにも驚いた。
ラドの目には世界が急に中世ヨーロッパになってしまったように見えた。それに比べるとパラケルスは開拓時代のカントリー・アンド・ウェスタンの世界観だ。
「ラド、この道の突き当りじゃない?」
アキハが見つけた道案内の看板は、矢羽がゆるい坂道を示している。魔法局は小高い丘の上らしい。
「確かに魔法局とあるね。それにしても大きな街だねー。街道警備の本部からもう一時間は歩いてるのに、全然王城が近くにならないよ」
「ライカはもう疲れたにゃ」
そうライカが愚痴るのも無理はない。ライカはずっとリレイラをおんぶしているのだ。
「母さん、すみません。しかも怪我しているのに」
「怪我はもうなおったぞ。でもお腹はへったぞ」
「わたしもです。ぺこぺこです」
ライカの言葉をどんどん覚えるリレイラは、もうぺこぺこなんて言葉も自由に使いこなしている。リレイラはイチカ並みに記憶力がいい。魔法はまだ全然教えていないが魔力も強いので成長が非常に楽しみだ。だがライカ以上のはらへりん子で、「常におなかぺこぺこです」言っている気がする。
魔法局は王都の官庁街の中でも、特異なほど豪奢な建物であった。正面玄関にはどこから取り寄せたかわからない黒曜石の正面柱がぴかぴかと輝き、その左右には人の三倍のサイズはあろうかという二人の男の像が置かれている。それはきっと王族か貴族の石像なのだろう。
建物のサイズもケタ違いに大きく、左右を眺めると建物と外壁がどこまでも続き、終わりがみえないほどだ。
その正面に長い錫杖をもった衛兵が四名構えている。紺色の燕尾服の上下のようなスタイルに袖口や襟元に緋色の刺繍が入っている。それにベレー帽のような形の帽子をかぶっていた。一人は赤のリボンが入った帽子なので、この人が現場リーダーなのだろう。
その兵士に取り次ぎを頼む。
「パラケルス ホムンクルス工場の工場長をしていますラドと申します」
うやうやしく頭を下げて挨拶をすると兵士は、いぶかしい表情を浮かべて一瞥する。だが、そのまま視線を上げて、何事もなかったように警備の体制に戻った。
「あの? 聞こえなかったでしょうか? 僕はパラケルスの」
「そこは聞こえた」
「ああ、よかったです。でしたらお取り次ぎをお願いしたいのですが、魔法局製造部の部長をお願いします。えーっと名前は」
「ここは子供の来るところではない、帰れ」
「へ?」
「そこの大きいの、この子を連れて帰れ。年長者ならここがどのような所かをちゃんと教えておけ」
振り返るとフードを被ったライカとアキハが互いに顔を見合わせて指をさし合っている。
「じゃなくて、後ろの三人は僕の部下と護衛みたいなもので。僕がこの三人の……」
「うるさい!」
「ちょ、ちょっと!」
会話の最中だというのに、衛兵はラドの胴を掴んで小脇に抱えると門の外にぽいと放り出す。放り出されたラドは尻もちをついて、勢い余ってコロコロと転がる。それを見たアキハが慌ててラドに駆け寄った。
だがそうしなかった者がいた。
「お前! しゅにんに乱暴したな!」
怒るライカは、ラドを小脇に抱えていた護衛兵に詰めるべく、電光石火の早さでジグザクに動き、一瞬で彼の正面ギリギリに迫ると、自分と同じ背丈の衛兵に顔をピタリと寄せ、残忍に目をギラつかせ牙を剥き出す。そして爪を喉元に突き立てると「ライカはしゅにんの護衛だぞ、悪い奴は倒す」と凄んで脅した。
護衛はフードの取れた頭から飛び出す耳を見てゴクリとツバを飲む。
「ま、まて、ライカ! その人は悪人じゃない!」
余りの早さと気迫に気圧されて、護衛の腰がへなへなと抜けた。
誤字修正