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オアシス

 その夜は近くにある街道警備の避難小屋に向かう事になった。

 隊長を含め十三名の仲間を失った街道警備兵は、魔力も使い果たし歩くのもやっと。疲れ果てて口を開く気力すらなかった。

 ラド達も昨日まで陽気に語り合っていた仲間をいきなり三名も失い、虚脱感のなか粘度を増して深くなる夜闇を押しのけ、ただ黙々と足を動かす。

 そんなべっとりとした道のりを、およそ百五十ホブ(五キロメートル)も歩き、ペラペラの板を貼り合わせただけの小屋に辿り着くと、各々は申し合わせたように壁にもたれて寝てしまった。



 翌朝。ラドは意外に冷え込んだ乾燥地帯の寒さに目を覚ます。

 昨日は疲れのあまり気にしなかったが、雑魚寝の小屋は恐ろしいほど狭い。皆、きゅうきゅうに詰まり、重なり合って寝ていた。目覚めのときに感じた苦しさはそのためだ。


 酸素を求めて外に出ると朝焼けの空は、昨日とはうって変わって峻烈で、小屋がある林の木漏れ日は朝日にキラキラと輝やき、あの戦いの全てが嘘だったように色づいている。

 だが体は正直だ。剣で刺された左足の傷は鋭く痛み、全身の打撲は触れるだけで激痛が走る。

 その痛みをマゾスティクにも、いちいち確認していると、「おはよう。その感じじゃキミも寝れなかったみたいだね」と、背中から声がかかった。

 小屋から出てきた若い街道警備兵だ。昨日に比べて少しは元気を取り戻したようだが、ラテン系の彫りの深い目の下にはくっきりとクマがあり、一層深い渓谷が隠せぬ疲れを見せている。

「ええ、さすがにあんな事がありましたから」

 兵士は言わずに眉をよせ、勝手に消化したように同情する。

「キミのご両親は残念ながら助けられなかった。滅多にない大変な戦いだったんだ。ゾウフルは難敵で我々のような魔法兵とは相性が悪い」

 両親? なぜここで両親が出てくるのか一瞬戸惑うが、この人は自分の容貌をみて勝手に親子連れと思い込んだのだと気づく。

「いいえ、家族と一緒でしたが親同伴ではないです。皆さんのおかげで全員無事でした。コゴネズミにシンシアナ兵、それとゾウフルに挟撃されてよく生き延びたと思います。でもあと三人いた旅仲間は残念です」

 おやと思った兵士は想定と違った事を取り繕い、場つなぎに半笑う。

「そうか、キミは幼いのに随分としっかりしているね。兄妹二人じゃ寂しいだろうが、我々がちゃんと王都まで送っていくから安心をし」

 そう言って、もの悲しげにラドの頭をグリグリと掻き回す。

 何かおかしい。兄弟とは誰のことだろう? 人数も合わないし、どういう誤解をしているのだろうか。

「姉弟ってアキハのことですか?」

 街道警備兵とラドは見合って、互いに怪訝な顔をする。

「あの小さい子はアキハちゃんというのかい?」

「小さい? 僕より遥かに大きいですけど」

「それはハブルの子だろう? あー、なら君達はどういう関係なんだい」

 どうやら兄妹と勘違いしているのはリレイラの方だ。だがリレイラの仔細を聞かれては困る。まさか覚醒するとは思わなかったので、リレイラの出自や年齢、生まれ育ちの設定を全く用意していない。話し始めれば間違いなくボロが出る。

 相手の勘違いを利用してリレイラを妹にしてもよいが、リレイラが自分を兄だと言わなければ一層この人は混乱して、より沢山の情報を求めるようになるだろう。そういうリスクがある以上、答えは曖昧にしておいた方いい。ここは話をアキハにすり替えてしまおう。


「まぁみんな腐れ縁です。ネコ耳の娘はライカ。僕の護衛です。栗色の髪の大きな娘はアキハ。彼女はお供って感じですか? とんでもないお転婆で僕がいないとダメな困ったやつで、でも僕はそういう所も好きというか。あっでもそういう好きじゃなくて、まぁ面白いものを愛でる感覚ですよね。ラブじゃなくてアガペー?」

 なんて茶化しながら説明をしていると、後ろから重々しい声がした。


「ふーん、そう見てたんだ」

 ニヘニヘしながら語っていたラドの顔が真っ青になる。

「アキハ!!!???」

「アキハ? 主任の声が変なようですが」

 ひっくりかえったラドの声を聞いて、一緒に起きてきたリレイラはアキハの服の裾をぎっちり掴みつつ、答えを待つワンコにようにラドの顔をじっと見る。

「おはよう。とんでもないお転婆で僕がいないとダメな困ったやつで、でも僕はそういう所も好きというか。あっでもそういう好きじゃなくて、まぁ面白いものを愛でる感覚でみられているアキハですけど」

「一言一句覚えるなよ!」

「褒めてくれてありがとー、ラドちゃん」

 目が! 凍てつく波動の目が怖い!

「誤解だ! 絶対アキハは誤解してる」

「してないわよ、あとでちょっと泣かせてやるけど」

「まさか、きみたちの方が姉弟?」

 何を見てそう思ったのか、街道警備兵が不意に言ったトンデモ設定にアキハはニヤリとする。そして態度豹変、急にかわいい声を作って街道警備兵にお願い姿勢ですり寄る。

「そうなんです! この子、私の弟なんですけどぉ全然言うこと聞かなくて。生意気で」

「ちょっと、アキハ!」

「もう、困った子でぇ、『僕も王都に行く!』ってきかなくて」

「それ、全部アキハだろ!」

「ということは腹違いの姉弟か。そりゃ、やんちゃにもなる。キミ、ハブルのお姉さんを真似ても怪我をするだけだぞ」

 そうラドをたしなめる街道警備兵の答えを聞いたアキハは、目を白黒させてプッと吹き出す。

「冗談です。ラドは幼馴染なんです。私と同い年で今年で十四」

「え! 十四だって!!!」

 途中で話に加わった、もう一人の街道警備兵も一緒に驚く。

 なんと無礼な驚きだろう。そして、もう一度顔を見て――

「えええ!」

 重ねて失礼だ。

「私と猫の子はラドの護衛で、彼はホムンクルス工場の工場長よ」

「ええええええ!!!」

 男性コーラスが森に響き、驚いた鳥たちの羽音が木葉の間を交差した。



「みなさん驚きすぎです」

 ぶすっと言うと街道警備兵は、「それは子供扱いして申し訳なかった。そりゃ随分と利発な子だと思うはずだ」と謝罪しつつも、まだ本当かと疑惑の視線を向けてくる。

 聞くと、この街道警備兵の年齢は十八歳。この世界の成人は十五歳で同時に魔法が達者な健康な男子は徴兵されるから、この二人とは四歳しか違わない。

 二人がやけに大人びて見えるのは、三年の軍隊経験のせいか、あるいは濃い顔立ちのせいか、それとも普通の十八歳はこんなモノなのか……。

 一方、二人も『この子供が来年は魔法兵? いやナイナイ、ナイわー』と目が言っている。

「まぁアレだ。キミも数年後にはいっぱしの男だ。わたしも十四の頃は随分子供だった……まぁキミほどではなかったが」

 無理矢理すぎるフォロー。

「お気遣いありがとうございます……」

 そう言いつつも惨めな助け舟は聞かされる方が辛い。


「しかしお前さんもかなり変わっているな」

 金髪碧眼、無精髭を生やしたハリウッド映画のダーティ役のような無駄にカッコイイ街道警備兵が言う。

「たしかにこの歳でホムンクルス工場の工場長ですから」

「いやハブルと半獣人と連れ立っている方だ」

 そっちか。そっちも確かに珍しいのだろう。あまりに普通にライカと接していたから意識していなかったがパーンはこの国では忌み事だ。ここも何かと詮索されたくない。何かの拍子に『半獣人は敵だ』となって刃を向けられては困る。

「いい仲間なんです、いつも僕を助けてくれて」

「まあ、命がけで主人を守るんだ。キミにとってはそうなんだろうな」

 主人? 微妙な言い方だが敵視はされていないらしい。ほっと一息したが矢継ぎ早に次の質問が来る。

「ところで魔法を唱えていた、その子はどうなんだ? 一人でゾウフルを倒すんだ。見た目よりずっと年上なんだろ」

 金髪男は見た目通りな粗野な口調でワイルドに質問を投げる。この問はごもっともである。だがここで「リレイラはゼロ歳です」とは言えまい。

「いえ、リレイラは十歳です!」

 身長は自分と同じくらいだから年齢は見た目に合わせてしまおう。ちょっと気の強そうなキリッとした目もとは十歳にしては大人びているが、全体にちんまい作りなのでその位が丁度いい。

「はーん」

 あごひげ撫でながら男はリレイラを覗き見る。

 リレイラはそんな無礼さに何も感じないのか、全く気にする風もなくちょんとアキハの横に座わる。しゃがんだローブが空気をはらんでふわりと膨らむのが変にかわいい。


 一方、ラテン系の街道警備兵。

「十歳か! そりゃ凄い! キミには遅ればせながら礼を言わせてもらうよ。ゾウフルを倒してくれてありがとう。我々ではどうにもできなかったんだ」

「主任、じゅっさいとは――」

「ああ! えーっと」

 リレイラに語らせると色々ボロが出そう、いや確実に出る! だから彼女が答える前に全部こちらで答えてしまわないといけない!

「じゅさい、お礼を言うのはこちらです! あわやシンシアナ兵に殺されかけていましたから。助けに来てくれて本当にありがとうございました」

「ああ、こちらこそだ」

 ところでと、街道警備の二人がキョロキョロとあたりをみる。

「馬に積んできた、あの半獣人はどうした?」

 今度はライカか!

「ライカは僕らを守ってかなりダメージを受けたみたいで、二、三日は動けないかもしれません。もし可能なら小屋をお借りして僕らはここで体を癒してから出発しますので、みなさんは先に王都に報告に行っても――」

 そんな会話をしたからか、あるいは男二人の野太い声に目覚めたか、ライカがヨロけながら壁伝いに小屋から出てきた。

「えっライカ!? まだ安静してないと」

 もう面倒になるから出て来るなよと考えている矢先! ライカはうっとえずき口に手を当てたかと思うと、いきなり血の塊を吐いた。

「ぎゃーーー、お、おい!!!」

 驚いたのはラド達だけではない。血を見なれた街道警備兵達も身を引く。


 ライカは血だらけになった口元を服の袖でふくと、だらりと顔を上げる。

 真っ赤な口に血だらけ服。もうこれは完全にスプラッターだ。

 これにはアキハもヤバさ半端ないと思い凍りついたが、当の本人は吐くだけ吐くとケロッとして、「うえー、すっきりしたにゃ」と拍子抜けした事を言うじゃないか。


「ちょっとアンタ、ホントに平気なの?」

「気持ち悪くて起きただけにゃ。吐いたらもう平気だぞ」

「んなわけあるかって! だって体だって傷だらけだろ!」

「ん? 傷? 血は――ほら、もう出てないぞ」

 心配したラドがライカの手足の傷痕を見るが確かにもう出血はしてない。おかしい、もっとも深手だった筈だが暗くて見間違えただろうか。

「たしかに外は大丈夫そうだけど……、それだけ吐くんだから体のどこかで出血してるんじゃないのか? 何処か痛いとか、体の中が熱いとか、ムカムカするとか」

「ムカムカはちょっとするけど、お腹が空いたからかなぁ」

 腹が減ったって……、そりゃアンタ、ズレ過ぎだろ!

 だが快方に向かっているなら越したことはない。具合が悪いと言われても、こんな所では医者もいなけりゃ処置のしようもない。そういえばパラケルスに医師はいただろうか? よしんば居たとしてもこの世界の医学水準は限りなく低そうだ。


 そんなライカを見て、あっけにとられる街道警備兵の二人だが、なんとか気を取り直す。

「まぁあれだ。腹はともかく傷は洗った方いい。化膿するかもしれないし」

 ライカはそうかなぁと言いそうな仕草で、自分の傷をあちこち見ては舌でぺろぺろと舐め始める。

「いや、舐めんなよ。汚いだろっ」

 その様子を見た若いラテン顔の兵士は派手に呆れる仕草をして、仕方ないと一つの提案を口にした。

「このままという訳にはいかないだろう。その猫の子も使っていいから、水浴びをして傷を流してくるといい。この林の奥に流水がある。その後、飯にしよう」

「えっ! 体洗えるの!?」

 アキハが喜びの声を上げた。

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