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二人目

 ラドはその少女の元に這い寄る。

「目覚めたんだ!」

「……はい、揺さぶられて……起こされ……ました」

 条件は既に整っていたんだ。培養槽から放り出された強い刺激と、この場に満ちるあらゆる種類の強い感情。やはり最後に目覚めに必要なのは強制的に眠りから目覚めさせる、二つの刺激だったのだ。

 そんな発見に震えるラドをよそにリレイラは向こうを指差す。

「あれは何ですか」

 と、その先は。


「ゾウフル! もう目の前じゃないか!」

 一難去ってまた一難、ここで時間をくっている間にゾウフルに追い付かれてしまったのだ。

 それでも街道警備は足止めしようと戦っているらしく、のっそりと動く山のようなゾウフルに向けて、左右から火の魔法が飛び交うのが見える。

 火の魔法はゾウフルの胴体に着弾すると強い光を発して炎を上げる。だが、あっという間に消えてしまいゾウフルを炎で飲み込むには至らない。それどころかゾウフルは魔法攻撃など気にする様子もなくノシノシとこちらに向かってくる。

 一方、ライカは痛みに唸りながら、吹っ飛ばされた先から匍匐するのがやっと。リレイラは目覚めたばかりで走るなんてできない。

 どうする。どうする!


「ラドーーー! 逃げて!」

 声もけたたましく単騎、馬で戻ってきたのはアキハ。

「なんで戻ってきたんだよ!」

「やっぱり街道警備じゃゾウフルを止められないの。もう逃げるしかないって」

「こっちもダメだ。ライカが動けない。それにリレイラも」

「リレイラ? えぇ? 誰その子、リレイラ?」

「ああ、培養器が壊されて目覚めたんだ」

「ああもう、こんな時にどうするの! 置いてけないじゃない!」


 ライカがなんとか立ち上がり、よたよたと脇を押さえながらこちらに歩いてくる。

「リ、リレイラ、目覚めたのか……」

 足がもつれて倒れそうになるのを、アキハが馬を飛び降りて支える。

「リレイラ、母さんにゃ……」

 ライカは顔に擦り傷と青痣をつくっていた。それは腕にも足にもあり段平の一撃がいかに壮絶だったかを物語っていた。

「声でわかります。あなたは母さんです」

「しゅにん、ゾウフルがちかいな、ぐふっ」

 ライカは話の途中だというのに大量の血を吐く。肺か喉かどこをやられたか分からないが大怪我なのは間違いない。

「しゃべるな!」

「なんか、体の中が熱いんだ……」

「ライカ! ねえライカ!」

 アキハが泣きそうな顔でライカの名を叫ぶ。

「あいつは倒せないな。三人で逃げてくれ」

「母さんも逃げます」

「もう動けないにゃ」

 ライカは痛みに目を閉じて、震える手で培養液でぐっしょり濡れたリレイラの頭をするりと撫で、頬に張り付く茶色のメッシュの髪を指先で掃いた。その仕草に何を思うのかリレイラは切れ長の目に涙を潤ませる。

 その多感さは、この子が既に多くの知識を持っていることを物語っていた。


「リレイラが魔法を使うのを見たぞ。すごいな」

 その言葉を最後に、ライカがアキハの腕の中で倒れる。

「ライカ! ライカ! ラド、どうするの!」


 悲壮なアキハと命がけで頑張ったライカ。やっと出会えた母と娘。ここで終われない、終われるハズがない! なら覚悟を決めるしかない!

 見捨てるなんて選択肢は初めから無いのだから。


「一か八か、リレイラと勝負に出る」

「勝負って戦うの!?」

「いいかいリレイラ、一発勝負だ。ゾウフルはたぶん耐魔法を備えている。だから街道警備の魔法攻撃がほとんど通じない。もちろんあのサイズじゃ物理攻撃も相当なダメージを与えないと無理だ。けど弱点が無い訳じゃない」

「弱点」

「ああ、ライカをみて思った。体の中は無防備なんだって」

「え? 体の中に入るの? それってラドが食われるってこと」

 アキハがアホな事を言う。

「死ぬだろ普通に! そんなのマンガみたいな話じゃなくて、僕はイチカとの魔法の実験で魔法は空間に物理現象を起こすことだと知っている。その距離は魔法士がイメージできる範囲に及ぶんだ」

「つまり、ゾウフルの体の中で魔法顕現させるということですか」

「そうだ。しかも体の中といってもお腹じゃない。それではゾウフルが苦しむ前に僕らがやられてしまう」

「じゃ、どこなのよ」

「脳」

「のお?」

「脳?」

「頭の中心部分だ」

 首をひねるアキハとリレイラを前に、ラドは自分の額を指さしてトントンと叩く。

「いいかい、ゾウフルの目玉と目玉の中心を狙うんだ。生物の構造的に目と脳は極めて近い位置にある。そして頭蓋骨の厚みは躯体のサイズに比例する。あの足の太さなら脳は眉間の1スブ奥くらいだ。そこを狙う!」

「どのくらいの魔力ですか」

「力の限りの魔力で。全力の魔法を一点に集中させる。たとえ耐魔力を備えていてもホムンクルスの魔力で一点突破すれば絶対に効果はある」

「はい」

 リレイラは感情を動かさずコクリと頷く。

「そんな難しい事、できるの?」

「それに賭けるしかない」

 ラドはリレイラに自分のローブを羽織らせる。ラドと同じくらいサイズの少女は、黒目がちの瞳に気を巡らせると真一文字の口を結んで、地を揺るがして一歩一歩と近づくゾウフルを見据えた。



 ラドはリレイラとともに、こちらに猛進するゾウフルを正面に捉えて立つことにした。まさに巨体の来襲を迎え撃つ形だ。

 アキハとライカは遠くに待避させた。もし迎撃できなかったら、二人だけでパラケルスに帰ってもらう。それを告げてもアキハは女々しく嫌とは言わなかった。ただ「分かった」と言ってラドの目の奥を焼くように見る。

 アキハのこういうところが好きだ。秋葉もそういう所があったが自分が好きな女はなんでそういう気骨のある奴なんだろうとふと思い出して何だか可笑しくなる。

 アキハは意識を失いぐったりとするライカを背負うと、「大丈夫、ちゃんと息してるから」と凛々しく告げて、あとは目だけでラドに信頼を送りこの場を離れる。



 大地の揺れが一層大きくなり砂塵が濃くなってくる。

 近くで見るゾウフルは子供の頃に見たゾウなど比較にならないほど巨大で、まるで山が動いていようだ。まだ距離があるというに見上げなければ全体が視界に収まらない。

「リレイラ、怖くないかい」

「いいえ、怖くはありません」

 その『いいえ』は自分を奮い起こすための否定なのか、まだ何も知らないが故の恐怖を感じない『いいえ』なのかは分からない。

「さあいこう、僕と一緒に詠唱しよう」

 リレイラは既に集中を高めておりラドには目だけで答える。

「インエルアルト――」

 右手を突き出したリレイラは、かっと目を見開き、はるか遠方で上下に動く巨大な目玉の狭間にエネルギーを差し向ける。

 見た目にはただ手をかざしているだけだが、なにか巨大な力が働いていることを窺わせるようにリレイラの額からは玉の汗が浮かび上がってきた。


 使うは現存する最大火力の魔法。ラドもヒューゴが使ったのを一度見たっきりで、しかも自分は魔法が使えないから本で読んだだけの呪文だ。


「ジンゲルト ルレートジンク――」

 詠唱を続ける小さな体がフラフラと揺れる。ずっと培養液の中を漂っていたのだ。立ち続けるだけの筋力も体力もないのは容易に想像できるが、それでもリレイラはラドを支えに、一心不乱に魔法を詠唱し続ける。


 その詠唱は息を吸う肩が大きく揺れ、声がかすれてもなお続く。


 リレイラが送り込む魔力が膨大なのは魔法の感覚が分からないラドですら分かった。

 リレイラの手に顔を近づけると帯電したように産毛がざわざわと立ち上がり、ゾウフルまでの軸線上の空間が昼間だというのにうっすらと輝き陽炎が起きている。


 突如ゾウフルが、大地を揺るがす咆哮を上げた!

 その音圧はまるでジェット戦闘機の排気口をのぞきこんでいるようで、ゾウフルを正面に捕らえているラド達には耳を塞いでも耐えられないほどだ。

 それが三十秒は続いただろうか。その間ゾウフルは長い鼻を狂ったように振り回し、ラド達が倒したコゴネズミの死体を四方八方に跳ね上げ続けた。

 百スブ(三十メートル)を超える高さから落下する死体の雨に巻き込まれた街道警備兵が数名ふっ飛ぶのが見える。


 真夏の悪夢である。


 こんな暴力の塊がこの世界にはいるのか。人々はそいつにいつ出会うか分からない。そんな恐怖に怯えながら生きているのか。だから人々はこんな生き物の血を引く半獣人を憎むのであろう。

 母もこんな奴らに襲われてパラケルスに流れ着いたのか……。

 そう思うと恐怖よりも世界を覆う理不尽を思わざるを得ない。


 狂気のゾウフルが突如全身を震わせ、己の鼻を高々と振り上げたままピタリと止まる。

 ラドの横に立つか弱い少女は、未だゾウフルの頭部に意識を集中しながら真っ青な顔でガクガクと震えつつ「詠唱を続けますか」とラドに確認を求める。

 リレイラを休ませてあげたい。だがゾウフルはまた暴れだすのか、それとも――。


「どうしたーーー!」

 ゾウフルに魔法をかけ続けていた二名の街道警備兵が、動きの止まったゾウフルを遠巻きに見守るが、

「おい離れろ! こいつ倒れてるぞ!」

 巨体に近すぎて倒れ始めたことに気づかなかった街道警備兵は「うわぁ」の声もけたたましくダッシュするが、その上から巨体が地響きをあげて倒れ落ちてきて、街道警備兵は舞い上がった茶色の土埃の向こう掻き消える。


 その砂塵が、すこしずつ晴れてくる。

 その向こう動く二つの影。目を凝らして見ると――無事逃げ切った街道警備兵だ!

 その兵がゾウフルの異変に気づいたらしい。

「こいつ口から泡を吹いてるぞ」

「なら口のなかに魔法を叩き込んでみろ!」

「そんな事して、また暴れたら危ねぇだろ」

 ゾウフル越しの見えない所で二人のやり取りか続き、どう折り合いをつけたのか一人がゾウフルに近づき巨体を検分する。

 腰の剣を引き抜いて力強く一突き、二つ突き。

「死んでる。こいつ死んでるぞーーー!」

 それに呼応して街道警備兵が勝どきを上げたが、その声は僅か二名しかいなかった。


 この光景を見ていた者は、あまりにあっけない勝利になんの余韻も感じなかっただろう。だが生まれたばかりのリレイラは、本当に今出せる最大魔力でゾウフルと戦ったのだ。

 街道警備隊彼の損害は十三名。

 シンシアナ兵は七名中五名を討伐。二人は逃亡。

 狂獣をすべて倒したが、一体何匹を倒したかは分からない。

 生き残ったのはラドとアキハと瀕死のライカ。そして街道警備の二名のみ。リレイラの献身的な戦いがなければ生存者はゼロだっただろう。

 勝利と呼ぶにはほど遠い、酷い戦いであった。

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