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ロマンスの神様

 翌日の旅程は比較的穏やかに進んだ。

 いきなり愛剣、『雲切丸』を失ったアキハは、その後はおとなしく護身だけに努めている。

 現れる敵は護衛の二人と御者さんが遠距離のうちに魔法で追い返し、それでも攻めてくる奴らはライカが翻弄し一人一人と火の魔法の餌食にしていく。

 どうやら殆どの敵は丸ごと荷を狙ってる訳ではなく、ちょっと隙をみて何かを掠め取る”マイルド野党”らしい。それが分かって心にゆとりが出たのか、今日の野宿ではアキハの文句は出なかった。

 どうやら『ピクニックみたい』とハイテンションだったり、やたら自慢げな文句を言っていたのは、初めての長旅で緊張していた為らしく、緊張がとけた今日は、すっかり落ち着いた表情でペトパン小さくちぎって食べるゆとりをみせている。

 そんなアキハの頭の上に、何かがピトっと止まる。

「あっ、アキハ、頭に何か止まったよ」

 いわれたアキハは、そっと栗毛の髪に手をあてた。


 そっと開いた手のひらにはゆるゆると明滅する小さな光り。


「あ、ホタル!」

 ふらりと現れた灯りの主に、アキハが可愛く声をあげる。

 今日の野宿は小川の近くだ。ホタルがいると言うことは水が綺麗なのだろう。まさかこの世界でホタルが見られるとは思わなかった。

「せせらぎの向こうまで行けば、もっと見れるかもしれないよ」

 そう誘うとアキハもライカも灯りの主に顔を近づけてうんと頷く。


 足音を殺して小川に向かう。

「アキハ、暗くて足元が見えないからライトを使ってよ」

「うん」

 こんなセリフがサラリと出るとは、自分もすっかりこの世界に慣れたものだと思う。いつでもどこでも明かりが取れるライトほど便利な魔法はない。電気がなくても明かりが取れるなんて、まさに魔法だ。しかも疲労を覚える事なく幾らでも使える究極のクリーンエネルギー。

 アキハはそこらに転がっている石を手にとってライトの魔法を唱える。すると足元が仄かに明るくなる。

「なんか今日のライトは赤っぽい色だね」

「そうね。時々そういうときがあるのよ」

 へーそういうもんなんだと思いつつ草をかき分けて、アキハの後を着いていく。


 真夜中に小川がセラセラと語らう声が大きくなると、前を行くアキハは足を止めた。

「しっ、見て」

 振り向き声を潜め、体を引いてラドに前を見せる。


「うあああ」


 眼前の景色は一面のホタル!

 思い思いに明滅する薄黄緑の明かりが、闇に浮かんで消えていく。

 それがどこまでもどこまでも続く。

 ランダムかと思った灯りは、ときにリズムを揃え、オーケストラのように重奏な光のシンフォニーを奏で、と思えば同時に数匹のホタルがふわりと空を舞い、ゆっくりと回って円舞を披露する。

 その光景が美し過ぎて、幻想的過ぎて、時を忘れて見入ってしまう。


「すごい、一杯にゃー!」

 大きめのライカの声にホタルは驚き一瞬にして暗闇に。

 だがまた、ぽつりぽつりと窓から顔を覗かせる子供のように明かりが増える。

 なんという壮大な、なのになんという繊細な世界。

 暗闇に広がる光は、そのまま地平線から空につながり、そして星の世界へ。

 まるで光りそのものが命の連なりのように続いている。


「ロマンチックね、ラド」

 アキハが音を立てないように静かに寄り添う。

 うっすらとかかったライトの魔法のほの赤い明かりが、アキハの顔を照らす。

 その明かりに自分が映るのが恥ずかしいのか、アキハはライトの石をそっと両手で覆って、ゆっくりとラドに顔に近づき静かに目を閉じた。

「ラド……」


「あっっっ!!!!!!!!!」

 ラドは唐突に立ち上がる!


「分かったーーー、分かったぞぉぉぉ!!!」


 その奇声に驚いたのはホタルだけではない、ライカは「うにゃーーー」と聞いたことのない声を上げ、耳も尻尾もこれでもかと逆立てる。

 ロマンスな行為の途中だったアキハは腰が抜けるほど驚き、勢い余って泥濘に足を滑らせ、そのままびんと体を硬直させた。


「励起光かぁぁぁ!!! 励起光だよぉぉぉーーー」

 今度はアキハの手に握られた石を無理やりこじあけ、それを食い入るように見つめる。


「やっぱり石灰岩だ。炭酸カルシウムだ。炎色反応、だから赤なんだ! なんだ! 簡単じゃないか! 魔法だってエネルギーなんだ。 ライトの魔法は簡単なエネルギーのやり取りに過ぎないんだ! 分かった! 超わかった! 完全にわかった! なんで三年間も気づかなかったんだろう! 物理現象はここでも成立するんだ。という事はホムンクルスを入れた培養液が青白く光るのはチェレンコフ光だ。魔法のエネルギーが全身から漏れてるんだ! あはははは、なんだよ、あははははは」


 一気に喋り倒し、両手を開いてぐるぐると回り出す。


 突然の事に唖然とする二人。


 唖然?


 唖然……。


 唖然としてはいたが、アキハは大笑いするラドに対し、次第に怒りが高まるのを感じていた。

 ――れいき? なんとかこう? そうじゃないだろ! 私のロマンチックはどうなる。この気持ちをどこにもってけばいいっていうのよっ!

 自己完結的にムラムラと高まる怒りは隆起する溶岩円頂丘の如し。だが怒りの溶岩はあっさり堪忍袋を突き破り大噴火と化す。


「ラド……あんたはどうしていつもいつも、わたしの事なんてちっとも考えてくれないの!!! バカ! しねー! ホタルに食われてしねーーー!!!!!!」

 急に怒りだしたアキハに、またまたライカが驚く。目がまんまるだ。


 そしてアキハは怒鳴るだけでは飽き足らず、ラドを背負投で川までブン投げ飛げた。

「ぜったい、ぜったい、キスなんかしてやんないんだから!!!」

 「あー」の声が弧を描いて飛んでいき、遙か遠くでドブンと音がした。



「ライカは水が嫌いにゃ。アキハが行けばいいにゃ」

「いやっ! ぜっっったいイヤ!」

 どぶどぶと水をかく音が遠くヤブの向こうから聞こえる中、ライカとアキハはそんな問答を繰り返していた。


「助けてーーーあばば、お助けーーー」

 いかにも危険な息つぎと水かきに混じって救助を求める声がする。声はしばしば水の中に掻き消え、また、だばだばと水かく音に続いて「たすけてー」の声。


「アキハ、飛ばしすぎにゃ、あれはけっこう深いところに落ちたぞ」

「知ったことですか! 死ねばいいのよ!」

「このままだと本当に溺れ死ぬにゃ」

「知らないわよ!」


「たすけ……て……あぶあば」

「声も小さくなってきたし」

「悪いのはラドなんだから」

「しゅにんが死ぬとライカ悲しぞ」

「わたしは。へいき」


「たす……」

「声が聞こえなくなったにゃ」

「……」

「たぶんもうだめにゃ」


「……わかったわよっ!」



 ぐっしょり濡れた二人がヤブの向こうから戻ってくる。

「ゔぁ~、死ぬかと思った」

「しゅにん溺れてたか?」

「どう見ても溺れてるでしょ! 世界のカラクリを悟った瞬間に入滅して仏になるところだったよ! なんの冥土の土産だ!」

「しゅにん、アキハにあやまったほうがいいぞ」

「なんで? 投げられたのは僕なのに?」

 そう答えると同時にアキハはラドを持ち上げていた。

「やめるにゃ!!! 次は本当にしゅにん死んじゃうにゃ」

 アキハの目が鬼のようにつり上がっていた。



「本当に申し訳ございませんでした!」

 ラドは泥地に額をすりつける。この世界でも通じるか分からないが、いわゆる泥土下座というやつだ。

「本気で誤ってるの?」

「本当に申し訳なく思っております。いきなり閃いて有頂天になってしまいました」

「有頂天だったわよね。それで」

「それで?」

「他に言うことはないの」

「他は……アキハを驚かせ……ました」

「ええ、驚いたわ。それで」

「それで……大変ご迷惑を」


「アキハ諦めるにゃ、しゅにんに悪気はないんだ」

「分かってるわよ、分かってるからこうしてるんじゃない」

「僕、他に悪いことしたかな」

 ライカに尋ねるような視線を向けるが、ライカもべらべら喋る訳にはいかない。パーン、つまり半獣人といえども女心はよく分かる。そして猫系の夜目であの光景は見ていた。とは言え『アキハは、ちゅーしようとしていたぞ』なんて言えば、それこそアキハは傷つくだろう。もっとも本人がラドを投げ飛ばした後に、はっきり言っていたのだが。

 だがそれ以上にアキハが『べらべらしゃべんなよ』と、自分をギロリと見ているのである。


「ライカはよく見えなかったにゃ、暗くて」

 こう言うしかない。


 ラドはラドでライカが何かを隠していると思いつつも問い質すこともできず、所在なく二人の顔を見るだけ。怒っているのはアキハだけなので、どうやら私的なところでアキハの気分を害したらしいことだけは分かる。


 ――笑って誤魔化すか。

『えへへ、ごめーん』

 ――いやいや、これは確実にぶっ飛ばされるパターンだ。真剣にいこう。


「えっと、アキハの気持ちも考えず行動してしまい、ごめんなさい」

 どんな気持ちか全く想像できないが当てずっぽうに、でも下手に謝る。そして、ちらっと上目づかいにアキハを見てみる。

 ――怒ってる! 怒ってらっしゃる。違ったか! なんだ? なんで怒ってるんだ。


「いいよもう、どうせ、分かないでしょ」

 ――急に怒ったのはそっちなのに分かれってか、言えってか、今の気持ちを答えろってか!? ある種、恐ろしいソフト尋問だ。あっ、でも一つ心当たりがある。最後に何か言ってた言葉。


「あの……アキハの大事な思い出だったんだよね。なのに僕が壊しちゃってごめん。今更取り返しはつかないのですが、今度は一緒にロマンチックな想い出をつくろうね」

 またちらっと見ると、なんだろうアキハの眉がぴくっと動いている。


「はぁ、もういいわよ」

「ほんと、迷惑ばっかりで、ごめんなさい」

「そうよ、ラドに付き合うのは大変なんだから。ちゃんとそこも分かってよ」

 ――あれれ? なんかお天気回復基調だぞ。そうか、そういうことかぁ。アキハはそんなにホタルが見たかったのか。確かにロマンチックだもんな。今度はいい思い出になるように静かに二人で見よう。うん、これだけは覚えておこう。


「バッチリ分かったよ。じゃロマンチックはよしとしてココでひとつ実験したいことがあるんだけど」

「あ゛っっっ、なによ!!!」

 ――あわわ、またご機嫌が。でもここだけは今すぐ知りたい。それにはここが絶好の環境なのだ。


「アキハにしかお願いできないんだ」

「……」

「ほんと頼めるのアキハしかいなくて」

「……しょうがないわね」

 ぐふふふ。アキハはこの言葉に弱いのはよく知っている。すまないが悪用させてもらうぜ。


「ライトの魔法を止めて、その川の手を入れて魔力を手から水に伝えてほしいんだ」

「えっ? どういうこと。どうやって?」

「僕にはその感覚は分からないけど、掌に魔法の力を集中して水の粒に浴びせるような感じだと思うんだ」

「水の粒って。雨粒みたいな」

「ううん、もっと小さく。砂より小さく、この水が目に見えないくらいの粒になっているイメージで」

「できるかな」

「アキハならできるよ、やってみて」

「う、うん」

 アキハは言われたとおりにイメージし、しゃがみこんで川に手をいれる。


 ライトが切れた空間は真っ暗になり、次第に目が暗闇に順応してくる。そしてヒカリゴケの明るさすらわかるほどに目が慣れたとき、

「なんか水が青白く光ってない?」

「よっし! やっぱりだ」

「えー、何なのこれ。気持ち悪い」

「気持ち悪くないよ。これはチェレンコフ光と言って物理現象なんだ」

「ちぇれんこふこう?」

「この光、ホムンクルス工場の培養液の光に似てない?」

「いわれてみれば」

「でしょ、これは荷電粒子が水の光速度を超えるとき出る放射なんだ。想定だけど魔力は素粒子のようなものなんだ。それはエネルギーそのもので術者の意思や呪文に従って原子に直接効果を及ぼす」

「……」

「つまりライトは蛍光――」


「寝よっか、ライカ」

「え?」


「うん! でもアキハまだ濡れてるぞ」

「ちょっと、僕の話、途中なんですけど」


「焚き火の横で寝るわ」

「カゼひくぞ、あはははは」

「大丈夫よ、おほほほほ」

 無理やり笑いなら野宿の焚き火に戻っていく二人。

「ちょっと、聞いてよ! まだ話が途中だよっ」


「大騒ぎしたからライカ、もう一回、晩御飯たべたいぞ」

「うふふふ、そうね。でも夜中に勝手に食べたらぶっとばすわよ、ほほほ」

「こわいにゃ~」

「ちょっとーーー! ねぇちょっとってばーーー」



 その日のラドは興奮して眠れなかった。この世界に生まれて約三年。ついに魔法の大きな手掛かりを得た。

 偶然にもこの世界は前の世界と近い。

 まず時間の概念が近い。カレンダーはないが一日を太陽の出入りで区切り、月の満ち欠けで月にまとめ、季節の周期を年にしている。

 農耕のために暦は発達したというが、この世界でもそれは同じだ。春は種まき、秋は収穫となっている。必然季節感は前の世界に近い。

 そして今日見つけた励起光のスペクトル。質量の重い元素の崩壊時間まで調べたわけではないが、多分この世界の全てのエレメントは前の世界と同じなのだろう。

 ということは、この世界で起きることはラドの知っている科学で説明できるのかもしれない。なら魔法も解き明かせるかもしれない。

 早くパラケルスに戻って魔法の研究を再開したい。一度は諦めたが憧れの魔法騎士になる可能性はまだ自分の手の中に残っているかもしれないのだ。

 神はまだラドを見放していなかった!

 もっとも、この世界に神なる概念があるかは知らないが。

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