救出
レイフの酒場の二階は売春宿になっている。
個室が六つほどあり、部屋には一人ずつ女性が詰める。
どの部屋がどういう状態かは扉にかかった木札でわかる。赤くなっていれば絶賛営業中。白くなっていれば待機中だ。そして木札がなければ空き室になっている。
その木札がない部屋が二つあった。
商売の仕組みは大体想像がつく。自慢じゃないがこちとら三十路のいい大人だ。世界は違ってもやっている事はさほど変わらない。そんな事を南京袋から出てきたラドは半ば呆れながら考えていた。
「しゅにん、さっきは痛くなかった?」
ライカがしゃがみ込んで済まなさそうに覗き込んでくる。
「うん、とっても痛かったよ。おしりが割れるかと思ったほどに」
ラドは南京袋から片足を引っ張り出しつつ、ニコッとわざとらしい笑顔をライカに差し向けると、彼女は本当に済まなさそうに眉よせて、「ほんとにごめんだ」と謝る。
なんて素直でイイ子なのだろう。
「ちょっと、ラド、それよりイチカでしょ!」
言われるまでもない。三人はさっそく変装を解いて素にもどりイチカの探索を始める。
「ライカ、臭いでウィリスかイチカが判るかい」
「やってみる」
ライカが扉に鼻をつけて臭いをさぐる。
「うーん、こっちの右だと思うけど。でも左の方からも匂うし、でもこっちはしゅにんと同じ臭いもするぞ」
「え、僕と同じ? イチカがウチに来るからかな? どっちだろう。突入して違ってたら事だし」
「穴から覗いたりできないの?」
「残念ながら鍵はないんだ」
「そうなの! だって中で、その、あの、えっちなことしてるんで……しょ」
「そうだけど、店側の都合で商品の女を守るために鍵はないんだよ」
「うわぁぁぁ」
情事のさなかの二人を想像したのだろう、アキハはみるみる赤くなる。
説明しながら何でこんな事を知っているのだろうと思うが、どこかで仕入れた知識なのだろう自分を納得させる。今はそんな事を考えている場合じゃない。
「しっ! だれか上がってくるぞ!」
会話を止めると確かにぎしぎしと階段を上がってる音がする。たぶん売り物の女を検分しにきたのだ。店主は女に値をつけねばならない。処女なのか、男好きする体をしているのか、容姿はイイのかそういうのを調べるつもりだろう。それが思ったよりも早く来てしまった。さっき騒ぎのせいで、一階の注文が進んでないのだ。
「やばい、やばい、やばい、えーっともう直感だ! そっちの部屋にとびこめ!」
ラドは何の根拠もなく右の部屋に飛び込んだ。
だがこの直感はビンゴであった。
飛び込んだ先の住人は、「なぁっ!」と言ったきり口を開けて言葉を失った。
そこには上半身が裸のウィリス。そして部屋の中柱には縄で縛りつけられたイチカ。ベッドの上には乳をさらけ出したマスカレードの女がいた。
どういう光景だ。王都の使いが女で何でウィリスはその女と寝ている? これは取り引きじゃないのか?
全く状況が分からないが躊躇っている場合ではない、「ライカ、アキハ! 二人を押さえろ! 声を出させるな! 僕は戸を閉める」
ライカとアキハは一瞬止まったが、「うん」と答えると狼狽えるウィリスよりも早く動いて一斉にとびかかる。そしてベッドからシーツをはいで、ウィリスをす巻きにし、南京袋の口ひもでウィリ
スに猿轡をした。
だが次に女と思ったときには、女は素肌に上着を羽織って、肩幅しかない跳ね上げの格子窓に飛び込み外に飛び出していた。「あっ」も「待て」もない早さである。だがいい後でウィリスを尋問すればよいのだ。
ラドはラドで、ウィリスの処置がすむ間にベッドを移動して扉を封じイチカの縄を解く。
イチカはすっかり衰弱しており、縄が緩むと同時にへなへなとその場に座り込んだ。
「イチカ! 大丈夫か!」
「ラ……ド……」
「いま軟膏を塗る! ライカ、ウィリスを壁に向けさせろ。アキハは逃げないように押さえて。イチカ上着をめくるよ。もう少しだから」
そう励ましラドは腰のポーチから軟膏を取り出し、背中や腹部に惜しみなく塗りたくる。背中に手をあてると体がヒヤリと冷たくなっている。
これは衰弱死する直前のサインだ。あと三十分も遅ければイチカは死んでいたかもしれない。ギリギリの状態だった。
そんな慌ただしいなか、ドアのノックが鳴る。
「どうされましたか」
レイフではないが外から店員の声。ラドはアキハに顎でサインを出し口パクを指示を伝える。
『な・ん・で・ご・ざ・い・ま・せ・ん』
答えねば不審に思った店員が扉を開けてしまう。だから答えなければならないが自分の声では子供すぎる。ライカはダメだ。語尾に「にゃー」でも着いた日には完封負けだ。
ここで対応できるのはアキハしかいない。
それが分かったのだろうアキハもうんと頷き、覚悟を決めた顔で息をする。
「なんでもございませーん」
あちゃーダメだ。こいつ色気のかけらもない声を出しやがる!
ああ、自分のバカさ加減が憎い! そうだアキハにこんなことを求めても無理にきまっている。こんな粗暴女になぜ自分は色気を求めてしまったのだ!
いっそ全てをかなぐり捨てて自分で言った方がよかった。自分だって子供の声の高さだ。うまく発声すれば艶のある女の声くらい出せたかもしれない。
だが外の者は疑いもなく、「ならよいのですが」と言って戸袋を離れていく。
アホだ。こいつアホでよかった。
だが落ち着いてはいられない、ここからイチカとウィリスを連れて脱出せねばならない。
「アキハ、ライカ聞いてくれ。ウィリスを連れてこの連子窓から脱出する。担いで出られそうか?」
「無理よ、そもそもこの窓から二人でなんて出られないもん」
「そうだなぁ」
「しゅにん、窓から捨てちゃえばいいだろ」
ウィリスが猿轡ごしにうーうーと唸る。
「だって悪い奴だもん。アキハが先に出てさ」
おいおい笑顔で乱暴な事をいうな。だが……。
「わかったそうしよう。それでケガしても死ぬわけじゃないからいいか」
さらにウィリスが暴れる。
「うるさいにゃ!」
ライカが芋虫のように暴れるウィリスを一発蹴る。日ごろのうっぷん晴らしだろう。ライカは時々工場でつかまっては、「この半獣が」「躾だ」みたいなことを言われて、棒で叩かれていた。ラドが「大切な従業員です」と言っても聞きやしない。ラドが見ていてもこの調子なのだから見えない所ではなお酷かったろう。だからここぞとばかりの復讐なのだ。
「せーの!」
「うーーーー」
連子窓を突き破った呻き声が小さくなって落ちていき、ドサっの落下音と共に「うぐ」の声が絞り出された。それを最後に静まる。
「死んじゃったかな」
「二階から落ちて死ぬ奴はいないよ。気を失ったんだろ。じゃ僕たちも出よう」
そうして、イチカの救出は辛くも成功したのだった。