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あなたが知りたい

 その頃、アキハはイチカと二人だけの時間を過ごしていた。

 イチカと知り合ってから大分長い。なにせ生まれた時からの付き合いなのだからイチカに対しては姉のような気持ちを抱いている。

 反面、自分の中でどんどん大きくなっていくイチカの存在にただならぬ感情も抱いてしまう。


 それはラドの中のイチカの事。


 自分の中のイチカがこれほど大きいなら、ラドだってそうに違いない。それはラドの中にあった自分にスペースがイチカに塗り替えられて行くということ。

 イチカの事は好きなのに、ラドがイチカを頼るほどイチカに嫉妬心を抱いていてしまう。そんな矛盾した想いが胸を圧迫し、いつか自分はおかしくなってしまうのではないかと思う。


 ――苦しさをごまかすのはもう無理。


 だからちゃんと話したかったし、イチカの気持ちも聞きたかった。だのにイチカは昼は工場だし夜はラドの家にいる。日がな一緒にいる二人の間に入り込む隙間がまるで無くて、夜食を届けるのを言い訳に二人の間に無理やり入り込もうとしても、ラドはいつもオマケみたいなあしらいをしてきてイライラ。

 そんな気持ちにラドは全然気づいてくれなくて、つい八つ当たりしてしまう。それでまた後悔の繰り返しだった。

 そんなニッチもサッチも行かない状況にイチカが泊りに来る!

 女同士の話にラドはジャマなだけだから願ったり叶ったりだ。


 ――ちゃんと話そう、うじうじしてるなんて私らしくない!


 小さな居間を三人で囲む夕食が終わり、二人は寝支度を始める。小さい頃、隣にラドをくるんでいた毛布。その四隅を二人で掴んで大きく広げて、二人して近寄って二つに畳む。

「イチカ、一緒に寝るよ」

「はい、アキハ」

 同じことをついこの前までラドとしていたのに今は目の前にイチカがいる。そんな不思議を感じながら、まだラドの匂いを感じる気がする毛布にイチカを包む。


 首をひねるとライトの魔法の仄かな明かりに潤むコバルト色の瞳。

「ねぇイチカ、ラドのことなんだけど……」

「わたしもラドの事でアキハに聞きたいことがあったのです」

 奇しくも互いの気持ちを知りたかった二人の、田舎の長い夜は静かに更けていくのだった。



 さてラドの方はライカ達と暮らしはじめて三週間。

 集落の人たちとも仲良くなって、竪穴ライクなライカの家にもすっかり慣れた。

 工場には毎日ここからライカと一緒に出勤する。

 家をあけることになるが、義母には「ちょっと工場が忙しくて泊まり込みなんだ」と言い含めておいた。「イチカちゃんは来るの?」と聞くので、アキハに任せていると答えると義母は「どうしてアキハちゃんなの」と聞いてくる。そんな答えは用意していないので「仲がいいんだ」とぶっきらぼうに答えておく。

 別にやましいことはないが、どうも義母と話すのは緊張する。


 帰宅のついでに市場で買い物して、ご飯は集落のみんなと共に食べる。

 子供達は元気で自由。大人はお人好しで仲間思い。みんないい人ばかりだ。

 なんでこんないい人たちが、なぜ街のヒトには受け入れられないのだろうか。

 確かに狂乱はある。だがそれさえなんとかなれば街のヒトも分かってくれるのではないだろうか。

 だがヒトが半獣人を嫌う理由は、狂乱の原因より先に分かってしまった。それはなんてことはない会話から。


 いつまでも会えないライカの両親のことが気になって聞いたのだ。

「ライカの両親? いないぞ」

「いないって、もしかして何処かに行ってるの?」

「ううん、ライカは捨て子だから」

「じゃ、ちぃちも?」

「ちぃちとライカの血はつながってないぞ」

「そうか~、三人とも捨て子なんだね。僕と同じだ」

 自分と同じ境遇に同病相憐れんでいたが、次の言葉で目が覚めた。

「うん、もう死んじゃったバァバに聞いた。ライカの母さんはヒトなんだって」

「ふーんそうなんだ。 え! ちょっとまって!!!」


 鳥肌が腕から背中へ抜けていく。

 ライカはサラッと言ったが、これが本当にならとんでもない事だ。つまり半獣人はヒトか生まれている。そして何らかの原因で生まれた半獣人が捨てられて、この集落に集まっているのだ。その原因に狂乱が関わっているのは間違いない。

 だがその原因をライカに聞いても答えはないだろう。この答えを知っていそうなのは――。

 ラドは翌日、ヒュウゴに会いに行く。



 久しぶりに魔法学校の門をくぐると、ヒュウゴは相変わらずの笑顔でラドを迎えてくれた。夜の街道であんなことを仕掛けたのだ。気まずさから邪険に追い払われることも覚悟していたが、こういう空気の読まない所はヒュウゴの良い所である。


 今まで入ったことのない彼の個室に足を向けつつ、早速話しを切り出す。

「半獣人について教えてください」

「魔法の次は半獣人かい? ラドくんは魔法にあれほどの知識を持ちながら、そういう常識に疎いんだね」

 そんな関心をされたのかバカにされたのか分からない言葉から、ヒュウゴとの邂逅はスタートした。

「十歳そこそこの子供に常識を求めるのは酷でしょう? それに子供は半獣人に襲われるような夜中は出歩きませんし」

「それはもっともと言いたいところだけど、キミが夜の市場を歩く姿は意外にも目撃されているよ」

 集落の皆のために買い出しをしている事がヒュウゴの耳まで届いているらしい。

「もしかしてライカを雇ったこともご存知ですか」

「ウィリスから聞いてご存じだ。彼らに関わるのは感心しないな」

「その関心しない理由について聞きたいのです。ヒュウゴ先生なら正しい情報をお持ちでしょう。あなたは街の人とはちょっと違いますから」

「それは異端児ということかな」

「いえ、たぶん王都を知っている視野の広さだと思います。この街にこだわる必要はない余裕みたいのを感じます」

「それは光栄な評価をありがとう。私はそんな達観したラドくんの将来が心配だよ」

 そう笑って皮肉を言いつつも幾ばくかラドに遠慮があるのは、魔法の顕現に寄与できなかった引け目だろう。おくびにも出さないが乗り気ではない半獣人の事を聞いてもラドを突っ返さないのがその査証に思える。


「街の人達が半獣人を嫌う本当の理由を教えてくれませんか」

「情報を求むといったところか。なら五千ロクタンでどうかな」

「え、お金をとるんですか!」

「価値のある情報はタダじゃないと私に教えてくれたのはラドくんだろ」

「いや、そうですが……」

 まさか反撃がここで来るとは思わかなかった。工場の主任はそれなりの給料だが、それでも五千ロクタンは痛い。集落の皆に食料を買っているから懐が寒いのだ。

「あの、ツケにしてくれたら……」

「わははは、冗談だよ。これで私の留飲も落ちたというものだね」

「ちょっと、ヒュウゴ先生!」

「それ! ラドくんのそういう顔が見たかったんだ!」

「子供ですか!」

「それは君の方がよく知ってるだろう」

「……はい、確かにヒュウゴ先生はそういうところがありますけど」

 してやったりのヒュウゴの顔。

 なんだかんだ言っても魔法の先生で生計を立てる人は機微に聡い。油断したラドの虚をつき初対面の意趣返しをしてきたわけだ。だがこのタイミングはズルいだろう。


「わははは、いいねその顔」

「もう!」

「ごめん、ごめん。冗談だ、お金はいらないよ。でもそんな期待しないでくれよ。重大な秘密を知っているわけじゃないから」

「知っている情報で構いません」

 ちょっとふて腐れた顔をしていると、ヒュウゴは「まあそう不機嫌にならないでくれ。街の人が半獣人を嫌うのは、彼らが危険だからだ」と、こともなげに言う。

「危険ですか? 狂乱というやつがですか」

「ああ、そうだね。だが暴れるのが危険なんじゃない、彼らの存在そのものが危険なんだよ」

 と言われてもラドには分からない。

「分からないという顔をしているね。私も詳しくは知らないが、たぶん半獣人は毒を持っているんだ。その毒にあたると人から半獣人の子が生まれる。だから街の人は半獣人には近づかない。特に大人の女性は危険だ。交われば間違いないし身ごもっている娘が噛まれでもすれば、もうダメだと思った方がいい」

 やはりライカの言った通り、半獣人はヒトから生まれるのだ。


「女性だけですか?」

「いや男性もだよ。半獣は謎の力で男を誘惑する。その誘惑で自我を失い交わったら、その男には半獣の子しか授からないと言われている」

 ラドは自分が子供だから、その誘惑にはかからなかったのだと思う。この時ばかりは子供で良かったと思った。もし大人だったらライカの誘惑に負けていたかもしれない。自慢じゃないが前の世界の自分は欲には弱かった。そうじゃなきゃオタなんかやってない。

「だが男はまだいい。女性は獣の子を産むと『半獣落とし』と言われてね。それをキミに言うのは酷だけど」

「えっ、どうしてですか?」

 ヒュウゴはしまったなという顔をして、顎を何度か右手でなでる。チラチラとラドを見る目が、どう言い逃れるかを計算しているようだ。

「ストレートに言っていただいて結構です。僕はこんなんですし大概酷いことには慣れてますから」

「うーん、まあ……遅かれ早かれか」

 ヒュウゴはふうと息をついて、ラドの目の高さに合わせて屈んだ。

「キミのお母さんのアラッシオだけど、彼女がそうなんだ。街外れでやられてね。その先はキミなら言わなくても分かるだろう」

 それで義母は独り身なのかと合点がいった。美人だがなぜだか周りの人は彼女に厳しいし、時々ヒソヒソと悪口を言われている。街に行けば暴言を投げられる事もあるし、中には彼女を避ける者もいる。

 そして子を産めない体だから自分を拾って、拾った子なのに溺愛するのだと。


「なんとなく気づいてました。みんな腫れ物を扱う距離でしたし」

 義母の事を言われてショックではあったが愕然とするほどではなかった。我ながら冷たいと思うが、一年前に母になった人の不幸なのだからしょうがない。だがさすがに平然とし過ぎているのは不自然なので、気づいていた風で答えを返す。


「そうか、そうだな。キミくらい利発子なら気づくだろうな」

 ヒュウゴは、ほーっ息を吐いて張り詰めた気を抜く。

「妹を養っていたのは分かるがアラッシオもレイフの目を盗んで――いやこれは関係のないことだね。とにかく半獣人の近くにいるのは危険だ。ラドくんも彼らを何とかしようなどと考えない方がいい」

 

「ご忠告ありがとうございます。半獣人が危険なのはわかりました。街の皆が触れ合わない理由も。因みに噛まれただけで半獣落としというのは本当ですか?」

「それは分からないな」

 多分それは誤りだろう。だれも半獣人に犯されたと言いたくない。それを噛まれたと言っているだろう。

「僕は半獣人は狂乱にならなければ、そんなに危険はないと思うのですが」

「まぁパラケルス以外ではそういう考えもあるね。元来彼らは人を恐れて近づかないし交ったり噛ませなれなければ『半獣落とし』はないのだから」

「ありがとうございます。皆さんが半獣人を嫌う理由はわかりました。狂乱についてご存知のことはありますか」

「いやないね。僕は襲われたことはないし、聞いた話では狂乱している半獣人からはいい香りがすると噂で聞いたことがあるけど」

 これ以上の情報はヒュウゴからは聞くことはできなかった。それでも狂乱とは何かを推理するには十分な情報だった。


「ありがとうございます、ヒュウゴ先生、実はもう一つだけ聞きたいことが増えまして」

「なんだい?」

 聞きたいのはアラッシオ、義母のことだ。

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