ご乱心
ラドはウィリスに「街でいい娘を見つけてきた」と言って、イチカをそのまま工場の労働者として雇ってしまった。
当然、イチカのいた培養槽は空き箱になって居る訳だが、生産はラドに一任されているからウィリスにはバレやしない。
そもそも製造方法を石槽式からガラス槽式に変えてから、歩留まりが圧倒的に上がっている。途中で死んでしまう素体が激減したので、いくらでもごまかせるようになっていた。
工場の設備の刷新も順調。ガラス槽式になり臭いも激減して労働環境も改善。ラドの給料もちょっぴり上がり何もかにもが順調に推移している。
もはやウィリスの出番はない。
――いや初めっからナイわ! あんなヤツに。
そもそもあいつはこの工場に必要なのか? 仕事はしないわ、顔を見れば文句ばかり言うわ、朝から酒臭いわ、見てないところでライカを棒で叩いたりするわ。椅子に座って会議に出てふんぞり返っているだけのおエライさんなんていらんのだよ。会社にだって会長とか相談役とかいらんだろ!?
なんて心に残っていたサラリーマン時代の鬱屈のフタも同時に開いてしまい、ムカムカしながらほじくり返していたら、管理棟の窓から顔を出したウィリスに「ラド、ちょっとこい!」と声をかけられてしまった。
「んっだよ、まったく! 朝からテンションダダ落ち」
執務室に行くと、ウィリスはデスクの椅子から半腰を浮かせてラドを迎え入れ、ソワソワした様子で奇妙な指示をする。
「ラド、命令だ。生産は安定してるし出荷も以前よりも増えてる。そろそろ余裕も出て来たろう。あれをもう一度つくれ」
「あれ?」
「アレだ、例のホムンクルスに決まってるだろ」
「ああ。目覚めたホムンクルスですか。作ってどうするんですか」
「お前もあんなものを生み出したんだ。それが途中で終わっちまったのは残念だろう」
「残念? いえ、それほど残念と思ってはいませんけど」
ウィリスは「はぁ?」と言わんばかりの顔をして、意外なことを言うラドを瞬きをして見直す。
「いや残念だろ! ホムンクルスがその後どうなるか知りたくないのか?」
「ウィリス工場長は知りたいんですか?」
「知りたいだろ普通。それに俺はお前が言ったことの全部を信じちゃいないんだ」
「そうですか。僕はウィリス工場長が信じようが信じまいが関係ないんですが」
ウィリスの顔が紅潮し始める。
――まったく、嘘の着けない人だなぁこの人は。
ラドの軽蔑の眼差しにも気づかず焦って言い訳を考えるウィリス。
「あ、あれだ。そう! お前いったろ。工場長としての責任があるんだ。そういう可能性があることを何かの拍子に王都のやつらが知ったとき答えるのは俺なんだ」
「まぁそれはそうでしょうね」
「だからだ、実験を続けて、もう一度、ホムンクルスを作ってみないか」
「はぁ、でも生産工程の改善はまだ途中ですし」
「それはあいつにまかせろ。あのいい匂いのする女だ。お前が街から連れてきた」
「イチカですか?」
「そいつだ! あいつはなかなか見込みがある。物覚えが早いし要領がいい」
「たしかにそれは認めますが」
「だろ! お前が上にいくにゃ、部下にまかせなきゃならん。俺みたいにな」
それには激しく賛同しかねるが言っている事は合っている。それに自分の目的はここで働くことじゃない。魔法騎士になることだ。リアル魔法はダメだったが、この世界で全く知られていない力、『科学知識』を使ってなんとか騎士になるのだ。そしてその可能性はまだ十分にある。
そのためには色々な研究や実験が必要だ。そしてそれが出来る環境を提供してくれるなら好都合である。しかも工場のお金で。
「わかりました。ただあのホムンクルスは未完成の技術です。ですから僕の研究や実験に口を挟まないことをお約束いただけるなら」
「ああ構わない。頼んだぞ。分かったなら行っていい」
ウィリスは執務室からラドを追い出す。
だがその目線が、ちらりと部屋の左奥に掛かるドレイプの先に行くのをラドは気づかなかった。
扉が閉まるのを確認したウィリスは、静かになった執務室で腰を丸めて手を揉んだ。
「これでよろしいでしょうか」
部屋にはウィリス一人のはずだが、ドレイプの向こうから人を小馬鹿にした声が返ってくる。
「まったく貴様は、芝居ができないな」
どっしりと重いドレイプを片手で払って姿を表したのは、仕立てのよい濃緑のフロックコートを身に纏った青年。歳はウィリスよりはるかに若いが人を目で殺す恐ろしさがある。例えるなら蛇の目といったところか。
「うまくまとめたじゃないですか。これでもし目覚めたホムンクルスが出来た日にゃ――、約束の件をお願いしますよ」
「分かっている。お前の報告には期待しているが本当に任せていいのだな」
「ええ、小僧が使えない火の魔法を使った跡がありましたんで間違いないなくあいつが――」
「そうではない。貴様だ。小僧にいいように振り回されていたではないか」
「心配いりません。あいつはこ生意気ですが所詮はガキですんで。このウィリスがちょっとひねってやらぁ、泣いて働きますんで。無理矢理でも作らしちまいます」
調子のいいことを言うウィリスを無視するように青年は声を潜める。
「この件、くれぐれも漏らさぬよう頼むぞ」
「わかっております。ルドール様」
ウィリスは隣室に消えて行く青年の背を見送りながら、ギラリと瞳を輝かせるのだった。
どうせどんな実験や研究をしたってウィリスには分からないのだ。それにホムンクルスの研究をすると言ったが目覚めたホムンクルスを作るとは言ってない。そもそもどうやってイチカが生まれたかなんて自分にも分からないのだ。再現性はないのだから作ることもできない。
なので研究は好き勝手やって、結果はだらだらと先延ばしして何となく煙にまけばいい。ラドはそんなダメサラリーマン的な結論に達していた。
仕事やっているフリも、立派なサラリーマンスキルだ。
エライ人は常に全力投球を要求するが、なんでも百パーセンだと何処かで息切れして心身をやられてしまう。それに余力がないとイザという時にリカバーが出来なくなってしまう。
それは機械も同じでスペックには常にバッファを持たせて設計する。例えば高速道路の最高速度が百二十キロだからといって、フルパワー百二十キロのエンジンでいいと設計するやつはいない。
だが仕事だけは何故か能力対百パーセンを要求されるので、2割くらいの仕事をしているフリはときには意味があるのだ。
なんて熱弁を振るったが、ウィリスを無視してホムンクルスを作らないのとは関係ないけど。
さて、やりたい研究は沢山ある。
まずイチカが目覚めた理由を調べること。目覚めには刺激や感情が関係していると思うが、仮説『感情刺激説』を検証したい。
それとイチカの魔力が非常に高いことも気になる。
シンシアナ兵が襲ってきたとき、イチカはいきなり火の魔法を使った。何の練習もしないで一発であの威力の魔法を使うのは、ヒュウゴの所で学んだ自分からするとありえない事だ。
そう思い試に氷冷の魔法を教えたところ、これもイチカはいきなり成功してみせた。たまたま魔法について天賦の才があったのか、それともホムンクルスは総じてそういうものなのか――そんな事情もありホムンクルスと魔法について、ちょうど研究と実験をしたいと思っていたところなのだ。
ということで、またラドの泊まり込み生活が始まる。
実験は子供の頃から大好きだ。砂糖の分子構造を知ったときはフライパンで大量の砂糖を蒸し焼きにして炭を作り、母親に熱いフライパンで殴られるのではないか思うほど怒られた。バルブレスパルスジェットの存在を知ったときはうっかり作ってしまい、あまりの爆音に近所のおばさんに通報され、こってり警察に怒られた。んー甘い想い出。
まず感情刺激説の検証だが、イチカの上限を再現してみる。
イチカは培養中、自分の声をずっと聞いていたし、アキハの感情豊か想像力をかき立てる話し――しかも大声――のお蔭でかなり脳に刺激かある環境だったと思われる。
そこでアキハの代わりに常に元気なライカにホムンクルスの世話をさせてみることにする。ちょうど新しい素体を仕込むところだ。きっといい刺激を与えてくれるに違いない。
「いいかいライカ、ライカも随分この仕事に慣れたから、この子はライカ一人で育ててごらん」
そう言うと、ライカは「わかった、しゅにん! ライカに任せるにゃ!」と胸をぽんと叩いて、それはもう大張り切りで世話を始める。
だが……。
「つきっきりじゃなくてもいいんだよ」と言っても、日がな一日、生まれたばかりの素体に話しかける。
もう溺愛。
オタの感性からすると猫ミミのライカの方が溺愛される対象だと思うが……。まぁナチュラルに刺激の強い環境になるから実験としてはいいか。
ラドはラドでイチカと一緒に魔法の研究にいそしむ。
イチカがいきなり魔法を使えた原因を調べるのと同時に、そもそも魔法とは何かを調べる。これが分かれば魔力がない自分でも魔法が使えるのではないか。やはり魔法の未練は捨てがたい。
最初に始めた研究は魔力がどこから来るかを知る事だ。
魔法は魔力を現象に転換することで実現されていると思う。もし魔力が術者の力そのものならば、必ず術者の手元から魔法が発現する筈だ。だが火の魔法で術者が火だるまになる事はないということは、魔法は非接触で生成されていることになるし、エネルギー源は術者の力ではない可能性もある。
「イチカ、遠くに魔法を発現させることはできるかい?」
「遠くにですか?」
突飛な事を言われて首を傾げるイチカ。
「やったことがなければ、やってみよう」
ラドに誘われるとイチカは喜んでお付き合いする。一緒に行動するのが楽しいイチカにとって、ラドとの実験は遊びのようなものだ。
ラドはイチカを少し離れた場所に立たせて遠くから手を振る。
「イチカー! 僕の横にある枯れ木に直接火をつけるんだーーー!」
遠くのイチカが見えない程の小さく頷き、魔法の詠唱を始める。
するとラドの横の枯れ木から白い煙が上がり、ぼっと火が付いた。
やはりだ! 火の手があがったのに火の魔法で現れる火球がなかった。つまり魔法は空間から突如現れている。
イチカの元に戻り、一応、手元から火弾が出たかを確認してみる。
「イチカの手元から火の弾は出たかい?」
「いいえ」
魔法は意識した所に直接現象を起こしている。火の弾は弓のイメージが現象化されているだけであって実際は不要なのだ。ならば魔法において距離は意味を持たず、見えないところであっても発現可能なのかもしれない。
今度は工場の塀の外に樽一杯の水を置き、イチカをそこに連れて行く。
「今度はこの樽の位置を覚えて。工場の壁の内側からここを見ないで樽の水を沸かしてみよう。見えないところからでも魔法が発現するか確認したいんだ」
「はい、これをお湯にすればいいんですね」
イチカを実験の意図を理解すると小走りに塀の内側に戻っていく。
「さてどうなるかな?」
しばらく樽の様子を見ていると、なんと樽がいきなり燃え出した! それでも済まずアチコチの枯れ草から煙があがり始める。
やばい! このままではここに燃え広がってしまう!
まだ燃え盛る樽に蹴りを食らわせて中の水をぶちまけ、上着を脱いで濡らして辺りの炎に被せて何とかなんとか延焼を食い止め火を消す。燃え広がっても草木はちょぼちょぼ。森林火災のように大災害にはならないが、またウィリスにねちねち言われるのはたまらない。
そこにイチカが戻ってくる。
「どうでしたか? あら、なんで辺りが真っ黒なんですか」
「ごらんのとおり樽が燃えて、辺りの枯草も急に燃え始めたんだ。いまなんとか消火したところ」
「ごめんなさい! 怪我は! 火傷はしてませんか!」
「いや大丈夫。ちょっと煤けただけだよ」
「上手くできなく、申し訳ございません」
しょんぼりとイチカは泣きそうな顔をする。
「気にすることないよ。実験だもの。期待通りにはいかないよ」
「樽の水に魔法が届くように意識したのですが……」
「でもやってみて分かったこともあるよ。どうやら意識するだけで、どこまでも魔法をとばせるわけじゃないんだ。確かに距離は意味を持たないけど茫洋とした意識だと発現点を固定することができないんだ。これは魔法が使えるのは事実上見える範囲に限られることを意味する。それが分かっただけで十分な成果だよ」
そう言ってイチカに笑いかけると、彼女もやっと安心したかニコっと微笑み返す。
「このような実験は、本には書いてませんでした」
「そうだね。アンスカーリは魔法の発掘には積極的だったけど、魔法の本質には興味はなかったようだ。まぁ僕はダメだったけど自然に使える力だもの、そんな事に興味はわかないんだよ。いうなれば『人はなんで手が動くのか』なんて、本質的に考えないでしょ」
「人の探究心は不足から生まれるのですね」
「イチカは難しい事をいうなぁ」
なんて和気藹々と実験を毎日夜までやって、ライカはライカで夜は警備を工場に残り、イチカはイチカで疲れ切ってラドの執務室で一緒に仮眠をとる。
執務室なので本来は仮眠など取らないのだが、あまりに工場に居ついてしまうものだからベッドまで置いてしまった。
そんな日々を送る、ある夜半の執務室――。
「にゃおおおぉぉぉーーーー」
そんな奇声でラドは目を覚ました。
まだ醒めきらない頭で辺りをみるが部屋は真っ暗。明かりが欲しいが残念ながらライトの魔法は使えない。イチカは起きているだろうか。
「イチカ? 起きている?」
「んんー」
雑魚寝の床毛布で丸まるイチカが、まだ寝ぼけ声の返事をする。
「ああ、起きたみたいだね。ちょっとライトの魔法を、うわっ!!!」
何かがのしかかり、ラドは押し倒されるようにベッドに上に潰ぶされた。
「ラド!?」
何かが起きたことがわかったイチカは、あわててライトの魔法の詠唱にはいる。
「イン エルジャル コピルス レフテン――」の呪文の詠唱に続いて、部屋は次第に明るくなり調度品が深い陰影をもって姿を現し始める。ベッドの横の壁にゆらゆらと映る、ラドの上に四つん這いになってまたがる逆立った髪の影。影だからそう思うのかもしれないが、あきらかにラドより大きい。
「ラド! ラド!!!」
イチカの叫び!
ラドは半端ない握力で手首を押さえられており身動きがとれない。爪が肉に食い込む!
「来るな、イチカ!」
「でも」
「いつでも逃げれるようにしろ! 扉の方に下がれ!!!」
「は、はい」
更に明かりが強くなり相手の顔が見えてくる。頭に角がある。鬼か? それとも有角の狂獣?
「ぐるるる……」
喉が鳴る音。そしてラドの顔にぴちゃぴちゃとよだれが落ちてくる。
「誰だ、お前は誰だ!」
もはや眩しい程になった明かりに相手の細部が映る。
薄茶色の短い毛が生えた腕、えりぐりが開いたシャツの胸元からは服の上からも分かる大きなふくらみ、そのわきからも同色の毛がはみ出ている。
光を反射する鋭い瞳の虹彩がきゅっと縦に伸びる。
「半獣……」
「角じゃなくて耳?」
「うわっ!?」
べろんとラドの顔をざらざらの舌が舐めていく。
「しゅにーん」
「ええ? ライカ?」
「しゅに~~~ん!!!」
雄叫びのように叫ぶと獣と化したライカは、ラドの服を爪の立った手で引き裂く! シャツがあっさりと裂け、ちりちりになった布きれが宙を舞う。
そしてライカは刃物と化した爪でラドのズボンをベルトごと切り裂きズボンを脱がそうとする。だが爪の切れ味は鋭く、凶器と化した爪にラドの腹部から太ももはすぱっと切られ、じわっと血が染み出してくる。
それを見たライカは更に興奮しラドの血をべろりと舐める。
「いっって!」
傷口をおろし金のような舌でなめられるのだ。痛ってもんじゃない!
その声もライカを興奮させるのか、ライカは「ぎにゃおおおぉぉぉん」と声を上げて、身をくねらせる。
「ライカ! 落ち着け! ライカ!!!」
ライカはそんな声など全く無視してぶるっと身を震わせる。すると大きく膨らんだ乳房がふるふると揺れて、汗なのか何のか分からない汁がじんわりとライカのシャツに滲んでくる。
「ライカじゃないのか!」
――たしかに主任と言ったがライカはこんなエロっぽい体じゃない。何がどうなった? 本当にライカか? いや違う。ライカがこんな事をするはずはない、だが髪の色はライカだ。
混乱するラドをよそにライカはとんでもない事を口走る。
「たべたい、たべさせて……」
――く、食うのか!
そのとき初めてウィリスが言った『痛い目』とはこのことだったのかラドは気づく。だがもう遅い、どうやらライカらしいこの獣は、いま自分を食おうとしている。
そのとき「開けて! どうしたの!!!」と激しくドアを叩く音がした。
――今度は何だ!
ゴトゴトとドアを押し引きする音がうるさく響くがドアは開かない。カギがかかっているのだ。ということは、ココは密室だった。ならやっぱりこの獣はここで一緒に寝ていたライカだ。
「ライカ! ライカ!!! 落ち着けライカ! 食うな、食っても僕はおいしくない!」
「しゅにん好き。だからくう」
「わかった! 好きならくうな!」
「すきだからたべる……」
「食べたらなくなるぞ! それに好きな食べ物は最後に残せ!」
「が、がまんできなーーーい」
と言う間にライカは恍惚とした表情を浮かべてはぁはぁと息を吐き、だらだらとよだれをこぼす。そしてラドの股間からお腹をべろりと舐める。
「うわっ、そこからたべるのだけはっ!」
やっと正気を取り戻したイチカは外の声の主が鍵を開けて欲しいと懇願していることに気が付く。動揺に震える手をなんとか動かし、かんぬきになった錠前を開いた。
と同時に、勢いよく扉が開く!
「ラド!!!!!!!」
扉の前に仁王立ちに立つのはアキハ。
「ライカ! あんたなにやってんの!」
言ったかと思うとあっというまに状況を把握し、わずか三歩で机の横にあった椅子をとり工房の大槌を扱うがごとくライカの頭の上に振り下ろした。
椅子はみごとライカの頭にヒット!
角木は裂ける悲鳴をあげて砕け散り部屋に飛散。一撃をくらったライカはムクっと頭を上げたかとおもうと、ふにゃふにゃと脱力しラドの腹の上にぽとりと落ちてきた。
「はにゃ~」
アニメかよと思えるお決まりの声をあげて撃沈。被害は甚大だったが何とか事なきを得た。
「は~~~」
息をついたのは誰の声だろう。
「やあ、アキハ助かったよ」
「あんた! なにやってんのよ!!!」
「え!?」
助かったと思ったのも束の間、こんどはアキハに掴み上げられた。
「なんで素っ裸なの!!!」
「ええ!?」
「まさか、やろうとしてたんじゃないわよね!!!」
「やる!? え? やる? やる!!! ちがう! ちがうってアキハ、これは!」
「イチカ! あなた大丈夫なの」
「はっはい! 私はまだ大丈夫です」
「まだって言ってるわよ! まだって。ラド! あんたライカとイチカに何するつもりだったのよ!」
「ちがう! ちがうって! ライカが急に襲ってきたんだよ。たぶんアキハは誤解してる! 僕はそんな淫らな男じゃない。そもそも淫らなことができる年齢じゃない」
ラドのセリフを聞いてアキハは視線を点々とラドのソコに落とす。そしてしげしげと見て掴み上げていたラドを下に置いた。
「わかったわ」
「わかってくれてよかったよ。はぁ。なんというか僕個人としては非常に複雑な気持ちだけど」
「ラド、心中お察しします」
「い、イチカ……。その心中は察してほしくないんだけど」
まったくなんて夜なんだ。
「しゅにん! ごめんなさい!」
翌朝、すっかり元に戻って小さくなったライカの一声は盛大な謝罪だった。
「ライカ、良く覚えてないけど、やっちゃったんだよな」
土下座で謝るライカの頭に大きなコブがみえる。それをアキハは上から睨みつけていた。
「あんた、ラドをどうするつもりだったのよ」
「まぁまぁアキハ、そんな怖い顔しなくても。謝ってるんだし」
「なに甘い事いってんのよ! ラドは命を狙われたんだよ!」
「でも覚えてないって言ってるし」
「ラドは知らないから言うのよ。半獣人には時々狂乱するのがいるの! ライカはいい子だから大丈夫だと思ったけど。パラケルスでも大人の人が夜に襲われたりするのよ」
「へえ、知らなかったよ」
「へえじゃないわよ。だいたい子供は襲わないってウソじゃない!」
知らない情報がポンポン出てくる。
「落ち着きなよアキハ、僕はこうやって無事なんだし、ライカだって殺そうと思っていたかは分からいし」
「あ、でもライカが『主任を食いたい』と言ってるのを聞きました」
「……イチカ、発言にはタイミングってものがあるよ」
「す、すみません」
「アキハ、ライカのこと嫌いにならないで!」
涙目でライカが懇願する。とても昨日はあんな騒ぎを起こしたと思えない豹変っぷりだ。
「もう! 私は半獣人だからって街の人みたいに嫌だって思わない。ライカの事も妹みたいに思ってる。でも人を襲って食べようするのを黙って見てるわけにはいかないわよ」
「ライカ、本当にしゅにんを食べようとおもったのかなぁ」
当の本人とは思えない他人事的な発言。
「証人がいるわよ」
「うん……」
しょんぼりするライカの耳が、すっかり伏せ耳になってしまっている。
「とりあえず、アキハは工房にいきなよ。持って来てもらった夜食は朝ごはんに食べるから。それに工房に行かないと親方にどやされるよ」
「そうだけど心配で」
「わかった、ライカはちょっとの間、謹慎にするよ。本人の意思とは違う事が起きてるんだ。僕が原因を調べるから」
「ホントに大丈夫?」
「イチカもいるからさ」
だがアキハはイチカとライカを交互にみて、「それが心配なのよ」とポロリという。
「ん。なんで?」
「い、いいわよ、もうっ!」
ラドに説得されたアキハは「なんでラドの周りには女の子ばっかなの」とぶつぶつ言いながら、工場の正門を潜り抜けて行く。
「さて、アキハもああ言ってるし、言われた通りにしないと怖いからライカは家に帰りな」
「しゅにん、ライカはクビか!?」
「クビにしないよ」
「よかったにゃ~」
不安そうだった顔がぱぁっと明るくなる。
素直な子なのだ。そんな子が何の原因もなくあんな風になるとは思えない。なら――。
「原因は調べるよ。もしかしたら何とかしてあげられるかもしれないし」
「ホントか! やっぱりライカはしゅにんが大好きだ!」
「ありがとう、でも食べないでね」
「たべないにゃっ!」
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