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半獣人

 二人の男を殺してしまった。

 それを何日も考えた。


 人殺しの罪を問われるのが怖いこと。

 いきなり相手を殺すという選択肢を取ってしまったこと。

 よくよく考えると手を下したのは自分ではなくアキハとイチカだったこと。

 そして自分があまりに無力だったこと。


 色々ありすぎて、何にモンモンとしているのか、何を悩んでいるのか分からなくなり、アタマがおかしくなりそうになって、いい加減、行動にならない思考は空回りだと思い至り、この数日の苦悶が無意味だったと気づいた。

 それでもスッキリとは切り替えられず、ラドは今、踏ん切りをつけるために事件の原点となったホムンクルス工場の正面通路の真ん中に立っていた。

 やってみることはバカっぽいが一つだけ。


「もう、コレでおしまい!!!」

「何があっても、ぜーんぶ、ボクが引き受ける!」


 大声で叫んで地面に大の字に倒れ込み、息を吸って空を見ること。

 すると高く広がる秋の澄んだ青が全てをまるごと飲み込んでくれた。


 やってしまった事実はどう頭の中で言い訳しても、何度、再現しても変えられない。自分が起こした現実なのだから、全ては自分の全身で受け止めるしかないのだ。

 まるっと受け止めて、ここからどうやってイチカとアキハを守るか考える。再スタートだ。

 閉じこもるのを止めて無理やり体を動かして大声を出して、やっと沼から片足を抜け出せた気がした。



 ラドは両手でほっぺたを叩くと、いまだ痛む胸と背中を庇いながらそっと起き上がった。

 やっと片付けの終わった工場をぐるりと見回す。

 なんとなくスカスカ感のある工場……。

 そうだ、主任としてやる事はごまんとある。まずこの工場を復旧させなければならない、それと製造工程の改善も必要だ。そのためにガラス培養器の発注もあるし、敵はまた来るかもしれないから警備も厚くする必要があるだろう。素人の輪番警備ではなく傭兵を雇わなきゃダメだ。例の軟膏も大量に生産しなければならない。

 どれもこれも早急に手を打たねば、だが――

「その前にやるのは採用か……」

 気重な言葉と共にため息が出た。


 力なく呟くには訳がある。

 当然の帰着点だが、ほとんどの従業員は今回の襲撃に恐れをなして即日辞めてしまった。ホムンクルス工場の勤務など元々好まれた仕事ではないうえに、雇用環境が最悪に悪くて命の危険まであるというなら、いかに給料を上げたとしても辞めてしまうのは納得できる。


「この状況でどこに働きたいって人がいるんだよ。それに僕は人事採用のサラリーマンスキルを持ち合わせてません! いったたた……」

 肋骨が痛くてヤケになリたくても、大声すらあげられやしない。


 採用のアテはないが、とりあえずパラケルスの街まで戻ることにする。

 パラケルスで人を雇うのは大変だ。総じて貧しいこの街は農奴が多いが、農奴は主人に転職の自由を奪われているから雇いたくても雇えない。自由がないのが農奴と呼ばれる所以なので当然といえば当然だ。

 なら商家の子はどうかというと、世襲が行われるこの世界では商家の子達はみな商売の道に行ってしまう。例えばエルカドの公証荷屋で働く人々は、元はどこかの商家の子供達だ。実家の商売が小さいて職にあぶれる子らは、職を探してより大きな商売に入っていく。

 このようにフリーの人材は殆どいないので、ホムンクルス工場で働くのは、警備のおじさんのような、どこかの街からガウベルーアにきた流れ者だったり、ラドのような捨て子や特殊な事情の持ち主か、あるいはかなりの変人になってしまう。


「工場で働いてみませんかー! ホムンクルス工場でーーー」

 パラケルスの中央広場に変声期前の少年の声が響く。

「ちょっと大変な仕事ですが、お給料は弾みまーす」

 誰もが無視して通り過ぎて行く。昼の中央広場は仕事をしている人々の往来だ。定職がある人に訴えかけて意味があるのか、いっそう辛い仕事を紹介してどうするのか、それはラドにも分かっているが、仕事を斡旋する職業安定所もないわけで、一本釣りの他にやりようがない。

「人を探してます。一緒に働きませんかーーー」



 そうして声をかける事、三時間。

 喉が枯れて声が出なくなってきた。

「やっぱりダメか。はぁ疲れた……座ろう」

 ガラガラ声でひとりごちると、アキハならまだまだ叫び続けるだろうと半ばバカにした自己卑下を展開しつつ、腰かけに良さそうな場所を探してヨタヨタと歩きだす。


「もう、まだ肋骨が痛むのに……ガラスの喉なのに……」

 早く動くと背中までしびれ、僅かな震動でも体を貫く痛みが走るので、年寄りのようにゆっくりと壁際に腰かける。

「はぁ、いててて」

 ずるずると腰を落とし泥の地面と分かりつつ腰を落ち着ける。


 この怪我を見た義母はずいぶんと心配してくれた。痛みで寝返りも打てずうなされていたのを義母は何も言わず背中をさすってくれた。それも朝までずっと。

 工場が襲撃された事は街の人なら誰でも知っている。義母も知らない筈はないのに何も聞かない。

 信頼している。

 拾った子なのに。

 もう何か月まともに口を聞かない悪い子なのに。

 街で噂になった襲撃現場にいた曰く付きの子なのに。

 そんな聖母のような彼女の元に()()()()()が居座っているのが申し訳ない。ただ申し訳ないとしか思えなかった。

 彼女を母とは思えないし、母と思っていいとも思えない。

 それでも一言、『心配かけてごめんなさい』と言いったかった。もし自分がラドであると許されるなら。だがそれすら――。


「ん? だれ」

 人の流れをぼんやりと見ながらつらつらと義母の事を考えていると背後に人の気配を感じた。後ろから感じる唸るような蠢くよう存在感。

 背中は壁だが左手側を見ると子供がギリギリ横になって通れるくらいの狭い隙間がある。もしやと思い建物と建物の狭間に顔を寄せて、そーっと覗いてみる。


「うわっ、死体!」

 だが隙間にみっちり詰まって横たわる死体の頭の耳が、ぴくぴくと動いている。

 死体? 頭? 耳?

「けもみみ?」

 なんか、けもみみが隙間にはさまってるしーーー!



「ありがとう、オレはライカだ!」

「僕はラドだけど……」

「よろしくだ!」

「ああ、うん」


 なぜこうなったか分からないが、ラドはいま助けた“けもみみフレンズ”と建物の隙間を抜けた路地に隣り合って座っていた。

 空腹に倒れたこの娘に、水ときび餅を与え、それでも足りなそうなのでゴンゾ豆のスープを与え、まだもの欲しそうに眼を輝かせるので、痩せた土地でも育つペト麦で作ったカチカチのペトパンを与え、こんなものをよく一気に食べられるものだと感心し、やっといま落ち着いたところだ。


 けもみみ少女はぽっこり出たお腹を撫でて、ふーと満足する。

 年の頃は十二歳くらいだろうか、アキハより体は大きいが話すとアキハよりも幼い気がする。泥茶色のぼろきれ一枚を纏った肌は少し褐色じみていて、それが肌の色なのか汚れなのかは分からない。そしてぼさぼさの薄茶色い髪の上にはぴょんと耳が生えている。

 それがさっきからピクピクと動いている。

「どうしたんだ?」

「いやそれ」と指したのは、もちろん頭のでっぱりだ。

「ん? 耳がどうした?」と、少女は自分の手で頭から生えた耳を押さえてハテナと首を傾げ、にぱっと笑った。その口元から鋭い八重歯が見える。

 こ汚い上に言葉づかいも荒いが無邪気でかわいらしい笑顔である。ただ人ではないようだが。

「キミみたいのを初めてみたから。この街で」

「半獣人のことか?」

「半獣人?」

「うん、ライカは猫の半獣だ。半獣はパラケルスにもケッコウいるぞ。でも猫は少ないかな」

「ホント? 全然見ないけど」

「あたり前だ、かくれているからなっ」

 ライカと名乗ったけもみみ少女はぺたんと座り、足の裏を合わせてにゃははと笑う。屈託なく見えるが、その笑いの意味は諦めだとラドにはすぐ分かった。


「なんで隠れるの?」

「きまってる、街のヤツらにいじめられるから」

「いじめる? いじめられたら泣き寝入りしちゃダメだろ。みんなで何とかしようと思わないの?」

「おまえヘンなヤツだな。半獣はヒトじゃないからそんなのムリだ。それにライカたちはきらわれモンだからはむかったら魔法で殺されるかもしれないし。まぁライカも店のものかっぱらうからしかたないけど。それは生きるためにしかたないゃ」

 かわいい少女の声と微笑からは、およそ想像できない単語がぽろぽろと飛び出す。


「ライカだって人じゃないか。でも盗みはだめだよ」

「しかたないよ。ハラ減るもん」

「ちゃんと買いなよ、働いて、仕事して」

「シゴト? やっぱりヘンなヤツ。シゴトなんてないぞ。半獣人には」

 確かにこの世界に来てだいぶ経つが、パラケルスで半獣人の労働者を見たことがない。それについてよくよく聞くと半獣人だというだけで仕事がないからだそうだ。

 だが何故だろうか。たしかに普通の人とは違うかもしれないが言葉は通じるし知的だ。頭から耳が生えているなんて、背が大きいとか小さいとか、痩せているとか太っているとか位の違いでしかないだろう。魔法だって沢山使える人とライトしか使えない人がいる。自分みたいに全く使えない人だって他にもいるかもしれない。それは個性だ。だのに、この国は身分だの仕事だの魔力だの差別の要素が多すぎる!

 だが仕事と聞いて閃いた!


「ねぇライカ、僕のところで働かないかい」

「はたらく!? はたらいたらお金もらえるのか!?」

「ああ、ちょっと大変な仕事だけど、いま募集中なんだ。街外れに工場があって僕はそこで主任をやってる」

「しゅにん??? なんだかわからないけど、ご飯が食べれるならライカやるにゃ!」

 ライカはキリッと上がった凛々しい目を糸のように細めて快諾した。

 若干仕事が何か分かっていないフシがあって不安だが。



 ラドはさっそくライカを連れて工場に向かう。周囲が自分達を見る白い視線がブスブス刺さるが気にしない。そもそもホムンクルス工場で働いているだけで笑い者、魔力が無いだけでヒト以下なのだ、いまさら体裁など気にする必要はない。


 ライカを工場に入れると、ウィリスは「主任にしてやったら、さっそくやりたい放題やりやがって」と、最高潮に不機嫌な舌打ちで出迎えてくれた。

 ライカはその気勢に怯えてラドの背に隠れるが、「ライカ、怯えなくていい。キミはもう僕の部下なんだ。僕が必要だからライカを雇った。誰にも文句は言わせない」と勇ましくも言いきる。

 そしてライカの頭をひと撫ですると、ウィリスに向かって「人不足対策も僕に一任されています。嫌なら工場長一人で対応してしてください」と、逆に脅してみせた。

 ウィリスはプルプルと眉を震わせながら「かってにしろ! つくづく半獣好きな親子だな。ババァといっしょに落ちやがれ!」と、よく分からない悪態をつき砂を蹴って事務棟に戻る。

 何かのたまいやがったがまぁいい、ゲス野郎は放っておこう。


「ここがライカの職場だよ。さてライカには何をやってもらおうかな」

「すごい! シゴトにゃーーー!」

 まだ何も説明してないのにライカは大興奮。

「じゃ、僕のやるとおりにやってごらん」

 まずは試しに、はしゃぐライカに培養液の運搬をさせてみる。するとライカはざぶざぶ培養液を零しながら運ぶではないか。

「うーん、仕事の雑っぷりはアキハ以上だな」

 だが言われたことはちゃんとやる。文句も言わず何でも楽しそうに仕事をするのはいい傾向だ。

「ライカ、ちゃんと言われた通りに仕事をするのはいいことだよ。でももう少し丁寧にやろうね」

「わかった! ラド」

 あっコレ、絶対分かってないヤツー。

 そう確信するが人手がないのは何より辛いので、ラドはライカを正式に雇う事を決めた。


「それからライカ、僕のことは外では名前で呼んでいいけど、工場では主任って呼ぶんだ。ライカは誤解されやすい、ちゃんと働いていると工場長にみせつけないとね」

「わかった! ラド!」

「えーっと、今なんて言った?」

「違ったにゃ、しゅにん」

「よし」と言ってライカの頭をなでると、ライカはにゃははと背中を丸めて喜ぶ。どうやら頭を撫でられるのが好きらしい。

「じゃ、早速だけどアキハの所にお使いだ。最初は僕と一緒に行こう」

「わかった! ラ…しゅにん」

 ライカなりに頑張っている姿が健気すぎる。



 『アキハの所へお使い』と言ったが用があるのは親方の方だ。要件は言わずもがなガラス培養器を発注すること。とりあえず二十機ほど用立てねばならない。納期は十日で。

 それをさらっと伝えると親方は「できるわけねーだろ! クソ野郎!!!」と浅黒い顔を真っ赤にしていきなり怒鳴った。

 飛び上がって驚くライカ。

「ラド! てめぇ俺の仕事をなめてんのか? 前のは何日かかった! いってみろ」

「実験込みで一か月です」

「成形するのに俺は寝ないで三日かかってんだ!」

 すると横からアキハがひょいと顔を出し「親方、わたしも寝てない」と。

「二人で三日だ!」

「それは最初だからでしょ、二回目はもっと早く」

「できねぇ」

「そこを頑張って」

「できねぇ!!!」

 二人のにらみ合いが始まり、駆け引きのゴングがなる。


 そんなものに全く興味がない女の子二人は互いの存在が気になるわけで、ラドと親方の後ろからそっと顔を出してくる。

「ねぇあなた半獣人?」

「そう……」

「なんでラドと一緒にいるの?」

「ラ…しゅにんに言われたんだ、工場で働かないかって」

「えーっ! ラドが主任? いつから? ラドひとっことも言ってないんですけど」

「おまえ、アキハか?」

「名前知ってるの? ラドに教えてもらった?」

「うん、しゅにんがアキハのところに行くって言ってた。あとアキハはシゴトがザツだって言ってた」

「はいぃぃぃ!? いきなりディスる?」

「ライカがみどりの汁をこぼしたら、アキハ以上にザツだって」

「あんにゃろ。私が居ない事いいことに、何、いってるかな~~~」

 アキハは目をつり上げ青筋を立てるが、ライカはそんな事など気にしない。

「アキハはライカのことキライじゃないのか?」

「嫌い? なんで嫌いになるの? むしろ今嫌いなのはラドの方だけど」

「街のみんなは、ライカたちを追いかけ回すのに」

「だって、ラドと一緒に働いてるんでしょ。じゃ私達もう友達じゃない?」

「トモダチか?」

「うん友達でしょ。ねぇおいでよ工房の中を見せてあげる」

「うん!」


 アキハがライカの手をとると、

「アキハー!」

「ライカ!」

 二人を同時に呼ぶ声がする。ラドと親方だ。

「はい!」

「にゃい!」


 呼ばれたからには断れないのが師弟関係というものだ。工房を探索しようとする二人はしかたなく踵を返して二人のもとに戻る。そんな少女達の消化不良など全くお構いなしに、ラドと親方は交互に仕事の説明をし始めた。

「アキハー! 仕事だ。大中小のガラス容器を十日で作る」

「小が六個、中が三個、大が一個だから、先に小さいのを三日で納品して――」とラド。

「デカいのは俺がつくる。アキハは小さいのだ。前やったからできるだろ」

「ライカは容器ができたら取りくるんだ。絶対落としちゃダメだよ」

「金は納品時に受け取れ。ちゃんと数えろ。お前このまえ勝手に割り引いたろ、今度やったらぶん殴るぞ」

「お金を小さいのが一個一万ロクタン、中くらいが五万ロクタン、大きいのが十五万ロクタンだ。払ったら納品書にサインを貰うんだ。ちゃんと納品数を数えるんだよ」


 二人に一気に言われて目をぱちくりさせるライカとアキハ。

「よーし、さっそくやるぞ。アキハ、材料を出してこい」と、言うより早く親方はアキハの首根っこを掴んで奥の倉庫に放り投げる。

「ラドーーー!」

 虚しく消えるアキハの声。


「ライカ、いまの覚えた?」

「……ゼンブわすれたにゃ!」

 面白い子だが、これは面倒を見るのが大変そうだ。

誤植訂正

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