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ハッタリ

 翌朝。

 当然こんな大惨事が問題にならないはずはない。


 ウィリスは、工場にきて辺りに広がる惨状に言葉を失った。

 警備の職員は全滅、ホムンクルスの半数は殺され、施設も一部破壊されている。

 ココで戦争でもあったのか。そのココが“自分が管理する工場”だという。

 ウィリスの中には、なんだこれはという驚きと、どう言い訳するのという困惑と、なぜ自分がこんな目に合わねばならぬのかという怒りが渦まいていた。

 ――これは俺のせいじゃない!

 そんな動揺は、当然そこに居合わせたラドに向かう。


「ラド! おまえだな! 何をやらかしやがった!!! 説明しろ!」

 激昂するウィリスの声に、出勤してきた労働者たちも集まりはじめ、累々たる死体に目を覆い口をふさぐ。この世界では死体を見ることは希ではない。そんな日頃、死体を見慣れている彼らですら目を覆いたくなる惨状なのだ。

 その原因が、こともあろうに自分になっている。どういうロジックでそうなったのか全く不明だが。


「なんで僕なんですか」

「一晩ここにいたのはお前だけだ、ならお前しかいねぇだろ!」

「シンシアナ兵が来たんです。二人も。僕はそれを倒して」

「ガキのお前がか? 二人もだと」

「はい」

 言下の否定にラドも即応じる。


「嘘をつくな」

「嘘じゃないです」

「なら証拠をみせてみろ」

 それについては歯ぎしりだ。巻き添えを食わせたくないのでアキハは家に返した。自分は夜勤を申告した都合、ここに転がる骸とともに一晩を過ごした訳だが、それがゆえ目撃者はおらず証拠もない。

 あの後、何かできたとは思えないが、疲労のあまり事後の事を何も考えなかった自分が悔しい。


「ありません。ありませんが、ここに亡骸があるのは誰かが倒したからです。そしてここにはウィリス工場長が言う通り僕しかいなかったわけですから、この状況が状況証拠です」

「いや! お前があいつらの仲間だった筋もあるんじゃねぇのか。生き残ってる方が怪しいだろ!!!」

 そう決めつけられると、辺りの従業員もヒソヒソと「そうじゃないか」とつぶやき始める。


「何度も言いますが、僕が工場に来たときには、もうこんな惨状でした。そもそも僕にはこんな事をする理由がない。仮に僕がシンシアナ兵の仲間なら最後に殺されるのは僕ですし、ここに居残ってウィリスさんに会ってませんよ」

 今度は確かにとの声が起こる。付和雷同は口さがない庶民のある種の病気だ。だがこの反論はウィリスには効いたらしく、ウィリスは「むむ」と唸り、つなぐ言葉を失った。そして悔しげに辺りを見回し大きく舌打ちをする。

 周囲の自分への評価を気にする軽薄さを白眼視してしまうが、今はちょび髭男をこき下ろしている場合ではない。


「動機がないのに犯罪を起こすヤツなんていませんよ」と、ダメを押してやる。

「わかった。なら調べてやる。俺と来い!」

 ウィリスは痛みに歩けないラドの背中引っ掴んでズリズリ引っ張り、通用門から見分を始める。


 昨日見た門番の死体にはハエがたかり、嘔吐を催す腐臭が鼻の奥まで入り込んでくる。晩秋とはいえ昼はそれなりの気温になる、足の早い内臓から腐乱が始まっているだ。


「門番の死体は見てません。僕は怪しいと思わず正面を通って育成等棟に入りましたから」

 死体を先に見たと分かると、なんでそれでも工場に入ったのか問われてしまう。そこからイチカの事に繋がる可能性を断ち切るために、見なかった事にしなければならない。幸い昨日は真っ暗だったし死体は育成棟が二列にならぶ正面の通路にはなかった。この理屈は通るだろう。


 ウィリスはラドの言葉を信じないぞとばかりに、手持ちのてこ棒で死体をひっくり返し検分をする。

「大ぶりな剣でバッサリだな。シンシアナ兵ってのは本当なんだろう。よしお前が敵を倒したと言った所につれていけ」

 全身が痛いというのに今度は工場の奥まで移動だ。


「第二十育成棟か、お前の持ち場だな」

「はい」

 育成棟の入り口付近には、アキハが倒した遺骸がごろりと転がっている、槍が目に突き刺さっている光景にウィリス工場長は顔をしかめた。

「お前もえげつないな」

「必至でしたから」

 動くとズキリと痛む胸を押さえて、鼻腔までしか吸えない息を継ぎ言葉を吐く。実際はアキハが倒したが、そこは隠さなくてはいけない。その糸を辿ってイチカにたどり着いてしまってはマズイからだ。


「二人といったな、もう一人はどうした?」

「あの奥です」

 ラドが指さす先は、もちろんイチカの培養槽だ。ウィリスがこの距離までイチカに近づいたことはない。基本的にウィリスはホムンクルスに興味はない。育成棟の入り口までしか来ないし臭いのキツイ育成棟の奥まで来ることはないのだ。


「黒焦げか、魔法で倒したのか」

「はい」

 答えながらラドは脇から冷たいものが走り落ちるのが分かった。自分が魔法を使えないことをウィリスは知っていただろうか。いや、知っていたとしても、なんとかやり過ごさなければならない。

 不自然ではない答えを言うために寝不足の脳はフル回転している。


「お前、口数が少ないな」

「ウィリス工場長の思考の邪魔にならないようにしているだけです」

「そうか。ん?」

 ラドの不自然さに気づいたウィリスが顔色を見るために振り返る。そのついでに視界が捉えたのは、部屋の隅に崩れた石積みだった。


「あれはなんだ?」

「壊れた石槽の瓦礫です。僕の体力では外に運ぶのは大変なので、あそこに」

「そうじゃない。なんでキラキラ光っているのはなんだ」

 キラキラ?

 なんてことだ! ガラス片だ。小部屋の置いた培養器のガラス片に入り口の光が反射してるのだ。


 ウィリスはそれに興味を引かれて、けし炭になった敵の亡骸を後にする。

 ラドはバクバクと胸をうつ鼓動に肋骨の痛みすらかき消されて、早足でウィリスの後を追いかける。


「なんだ、この石は」

「さあ、なんでしょう」

「見たこともねぇモンだな。中にあるのか」

 ウィリスは石を一つ、一つとどけて、瓦礫の中に点々と落ちているガラスを拾い始める。

 ラドは更に一つの可能性に辿り着く。

 問題はガラスじゃない、あの中にはホムンクルスの幼体がいることだ。もう衰弱死したと思うが、もしあれが見つかれば。


 そんな焦りなどつゆ知らず、ウィリスは石を取ってはポイポイと後ろに投げる。それが一つ、一つと行われるたびに瓦礫の中が露わになっていく。

「なにかこぼれているな。雨漏りか?」

「そ、そうかもしれません」

 ヤバい! 培養器の本体はもう近い。ガラス培養器を置いた台座が見え始めている。


 その台座の木組みの角が見えて、木目がはっきり見え始め、継ぎ手が見え――

 もう見つかるのは時間の問題だと思ったとき!

「ウィリス工場長、警備員のご家族の方が見えてます」

 天の助けのように入り口から職員の声がした!


「ちぇっ、もう来たのかよ」

 家族と呼ばれて無視はできないウィリスは、手を止めて石を静かに瓦礫の上に置く。

 ゴトといって腰を下ろした石は不安定ながらも、そこに一時のよるべを構えた。


「いま行く。お前はここで待ってろ」

 ウィリスは上司風を吹かせて、呼びに来た部下とラドに指示を飛ばした。

 ラドはほっとして息を吐く。今のうちに幼体を取り出して何処かに処分してしまおう。ウィリスがここから出て行ったら急いでこの瓦礫を避けてしまわないといけない。見つかった幼体はどこに処分しようか。ガラスの事もごまかさなければ。 

 「はい」と返事をして思考をめぐらせながら、出口に向かうウィリスの背中を見送る。


「おい! 動かすんじゃねぇぞ」

 そう言ったと思う。言い忘れを告げラドに指を突き立てた時、運悪く瓦礫がガラガラと崩れた。

「お前、動かしたな!」

「触ってません」

「触んじゃねぇって言って――おい、なんだ」

 その言葉にラドもウィリスの視線と同じ物を見る。そこには潰れて血みどろになったホムンクルスの幼体があった。


 時が止まるとはこういう事をいうのだろう。

 幼体、ラド、けし炭の男をトライアングルにみたウィリスは、行く道を取って返し片手を上着の手隠しに突っ込むと、残りの手でラドの上着を掴み上げて言う。

「あとでじっくり聞いてやる。俺の部屋にこい」



 ウィリスが一日つめる執務室は、工場入り口の右手の管理棟にある。

 総石造りの三階建てで屋根は天然スレート葺き、屋根上には象の目を髣髴させる小窓がついたドイツ風の別荘建築。さすがは大貴族、アンスカーリ家の持ち物だけあって洒落ている。

 そんな瀟洒な建物の二階の執務室で、ウィリスは大きな柾目の事務机の縁に腰を落ち着かせ、ラドを斜めに見下ろしていた。


「さて、洗いざらい吐いてもらうぞ。あの幼体とキラキラ光る石、そしてシンシアナ兵は関係をな」

「それは……」

「お前が口を割らなきゃ中央に報告するまでだ、どうする?」


 弱みを握ったと思っているのだろう。ウィリスは脅しとも取れる口調でラドに詰め寄る。

 報告相手は多分王都にいるアンスカーリだ。ここはそもそもアンスカーリの領地だし、この工場もアンスカーリ家からの預かり工場だ。すると王都から来るだろう調査団もアンスカーリの者となる。他の貴族ならいざしらず魔法の大家の調査団ともなれば、その実力でイチカの秘密は容易にバレてしまうだろう。

 仮にここでシラを切り通せたとしても、どのみちイチカの事はバレる定めだ。なら――

 ラドは超高速で思考を練り上げる。後は度胸と演技力! ここはリーマンスキル”はったり”で凌ぎ切る!


「ウィリス工場長、この事件を中央に報告したら、あなたのクビが飛びますよ」

 ラドは声を潜めて、おどろおどろしくウィリスに耳元で囁く。

 するとさっきまで威勢がよかったウィリスは、小物の本性をさっそく現してか、眉を下げて露骨に不安な顔を顕にする。

「なんでそうなる、言ってみろ」

 クビが怖いのか中央が怖いのか分からないが、僅かに怯える声に恐怖が現れていた。

 ラドはあえて上から目線で、身振り手振りを付けて答えてやる。ここは勝負のしどころだ。いかに自信満々にうそっぱちの展開をしてみせるか。そして自分はソレが苦手じゃない。

 腹芸もできずにサラリーマンなんかやってられっか!


「わかりませんか? この事件の本質は責任者の現状把握の甘さと警備の甘さです。つまり甘い警備を敷いていたウィリス工場長の責任になるからです」

「わ、訳のわからん事を言うな。シンシアナ兵が攻めてきたんだ。それは俺の責任じゃない」

「本当ですか? さっきの幼体は僕の実験です。ガラスという素材で出来た培養器で幼体を育てていました。その培養器だと従来よりも倍は育成が早い。そしてあの幼体をシンシアナが狙ったのだと思います」

「はぁ、ええっ、なんでだ」

「あの幼体が目覚めたホムンクルスだったからです。そして敵兵が黒コゲなのは、あの幼体が魔法を使ったから。残念ながらその反動でホムンクルスは瓦礫の下敷きになり死んでしまいましたが」

「はぁぁぁぁ?」

 ウィリスは目をぱちくりさせて、ちょび髭の口をあんぐり開けて絶句している。

 さもありなん。にわかに信じられる話ではない。突如そんな事を言われたら自分だって信じないだろう。だが押し通す!


「信じるも信じないもあなた次第ですけど。信じないで中央に報告すれば、目覚めたホムンクルスが出来た時にウィリス工場長は間違いなくクビです。そんなホムンクルスなんて余りに画期的ですから」

「そんなヨタ話を俺に信じろっていうのか」

「ホラ話だと思うなら信じなくても結構です。それ以外に合理的にこの事件を説明できるとは思えませんけど」

「た、たしかにそうだな。お前は魔法が使えない出来損ないだし、こんな工場にシンシアナが攻めてきた理由もない。なら俺は目覚めたホムンクルスが狙われたと報告して」

 その続きをラドは言わせない。

「いえ、目覚めたホムンクルスの事をそのまま伝えるのは最悪の選択です」

「はぁぁぁ? なんでだ?」

「あなたはこの重大事を何の調査もせず放置していたことになる。つまり職務の怠慢を指摘されます。実際、第二十育成棟にウィリス工場長は入ったこともない。まぁ僕も報告義務を怠ったことを指摘されるでしょうけど、ホムンクルスを作ったことは評価されるでしょうね」

「ちょっとまて、なんでお前のせいで俺がクビになるんだ!」

「しょうがいないです。責任者ですから」

「じゃどうすれってんだよっ!」

 ウィリスはチラチラと視線を飛ばして、言い訳を探しているようだが的を射た答えが見つからず、ただ顔を紅潮させるばかり。

 事実、ウィリスの頭の中は保身のあまりデッドロックに陥っていた。

 ホムンクルス工場の工場長などバカにされた仕事だが、やっと人を使う立場になったのだ。こんな事で手放すわけにはいかない。それに女遊びで作った借金も自分の生活もある。それ以上に目覚めたホムンクルスが本当なら儲けるチャンスだ。それをこんなガキの手柄にさせてなるものか。

 そう考えると確かにアンスカーリに報告するのは最悪だ。だが――

 ウィリスの錆びた頭は大混乱である。


 ラドは混乱するウィリスを十分遊ばせてから、たっぷり余裕を持たせて答えをぽつりと与える。

「そうですね。僕だったら――、中央には報告しないですね」

「報告しないだと! こんな大事件をか!」

「ええ、確かに事件でした。でもこんな辺境ですからアンスカーリはホムンクルスの納品さえ滞りなく行われれば文句は言わないでしょう。埋め合わせればいいんです」

「ばかいえ! ホムンクルスの半分は死んだんだぞ!」

「だから言ったじゃないですか、僕が作ったガラスの培養槽なら育成が早いと。それを使って穴埋めすればいいんです」

「できるのか」

 ラドに縋るように答えを求めるウィリスに、もはや工場長としての威厳はなかった。


「僕に権限をくれれば、ホムンクルスは責任を持って増やします」

「権限だと?」

「新しい設備に投資をするんです。ただの下働きじゃそんな事できませんから」

「おまえそれが狙いで」

「そんなハイリスクな事までして、偉くなりたいとは思いませんよ。どうしますか? 納品が遅れて追及されて、いらぬ事件まで暴露されるか、それともうまく立ち回るか。僕はどちらでも構いませんよ。だって所詮は下働きですから~」

「……」

「ウィリス工場長が、お一人でなんとかできるなら」

「わかった。ラド、お前を今日から主任にする。生産主任だ。そのかわり分かってるな!」

「もちろんです」


 懐柔を確信したらラドは、心の中で「よし!」の声を上げていた。

 王都への報告は阻止したし主任の立場ならイチカも守れる。ウィリスにはホムンクルスの事がバレしまったが、イチカのことまではバレていない。それにガラス培養器の発注で親方やアキハにも報いてあげられる。

 なによりウィリスの弱みも握れたのが大きい。

 こんな事件をうまく利用するなんて、死んでいった警備員やホムンクルスには悪いと思う。だからとって自分がここで不利を飲んで贖罪になるとは思えない。むしろ守るべき人を守れない方が罪だ。


 これでいい。たが……肩を落として執務室を後にするウィリスを見ていると、なぜか不意に聞かされた敵の事を思い出す。

 ――ステーンと言ったか。

 昨晩、血の匂いが満ちる工場で一晩、死体と共にいた。

 その怖さはなかったが、『自分達が殺ったのは、たしかに名前のある一つの人生を持った人だった』という事をずっと考えていた。一人で残った真夜中の工場の中でずっと。

 あの人にも妻もいれば子供もいたかもしれない。そうでなくても間違いなく親はいるのだ。息子の死を知れば、きっと両親は失意に泣き崩れるだろう。

 だが敵だった、やらなければコッチがやられていた。それでもアキハとイチカと三人で人を殺めた事に変わりはない。


 生々しいハッタリスキルを使ったから一層思うのだろう。剣と魔法の世界は決してファンタジーではない。

 実は前の世界の方がファンタジーだったのではないかとさえ思える。信じられない便利な機械と刺激にあふれた夢のような楽しい世界。

 いやそれは自分が居た国だけの話だったのかもしれないのだが。

誤植修正

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