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マッキオ工房

 イチカを二人の手で育てるために、ラドにはやらねばならぬ事があった。アキハに『いい手がある』と言ったアレである。


 工場の仕事を終えて街に戻る朝焼けの街道を、白い息を吐きながらアキハと二人で歩く。

 ラドが元気になったのだからアキハは工場まで送り迎えに来る必要はない。だがすっかり工場に居ついてしまったアキハは、イチカの先生を兼ねて習慣のように工場に泊まるようになっていた。

 昼は工房、夜は工場。

 まともに寝てないのだから体は辛い筈だが、そんな顔を見せないのが凄いとラドは思う。


「ねぇラド、ホムンクルスっていつかは出荷されるんでしょ」

「そうだね」

 ふわぁぁと大あくびをしながら寒さに背を丸くしたアキハは気になっていたであろう事をぽつりと聞いた。

 石を踏む二人の足音に驚いたのか、街道の左右に広がるイモ畑から数羽の小鳥が飛び立ち、紫色の空に広がっていく。


「イチカは大丈夫なの」

「このままだとダメだね」

「え、ダメなの? ラド、いい手があるって言ってたじゃない。なんとかしないと!」

 一瞬足を止めたアキハは慌ててラドの前に回り込み、眉を八の字にして顔を覗き込んだ。


「大丈夫だよ。ちゃんと準備はしてるって」

「そんな準備が必要な手って、どんな手なの?」

「それは明日、親方のところに行ったら分かるかな。僕も一緒にいくよ。ちょうど準備も終わったしね」

「えっ、なんで親方が関係あるの?」

「行けばわかるって」



 翌日ラドは仕事をズル休みして、アキハが働くマッキオ工房を訪れる。

 工房は街の中心から少し離れた、ホムンクルス工場につながる道沿いにある。

 親方、ミカエロ・マッキオはシンシアナ帝国からの移民でパラケルスでは好かれた存在ではない。それは敵対国シンシアナ帝国の出身と本人のキャラクターによるものであった。

 両国の気質は余りに異なる。魔法を主体として文化を形成するガウべルーア王国は警戒心は強いが知的で温厚、ヒュウゴくらい威勢がいい人は異色なくらいだ。一方シンシアナ帝国は剣と武力で文化を築き上げてきた国である。国風を表せば豪放磊落で好戦的、力がある者が成り上がっていく国だ。

 文化が違えば起きるのが戦争。

 ガウべルーアとシンシアナは何度も戦争をしている。主にシンシアナが攻め込み、ガウベルーアはそれを魔法で撃退してきたのが両国の年表だ。


 マッキオはガウベルーア人が思い描くシンシアナ人を良く体現した男だ。

 荒くれ者で身長は六十三シブ(一シブ=三センチメートル 約百九十センチメートル)はあろうかという筋肉質の肢体、よく顎の張った顔は浅黒く、強面を強調するように無精ひげを生やしている。

 なにせガウべルーア男子の平均身長は五十五シブ(百六十五センチメートル)にも満たない。そんな街の中でマッキオは異質な巨人であり恐怖の対象であった。


 そんな男がこの街に居られるのは、マッキオ工房がパラケルスで唯一の金属工房だからである。

 シンシアナでは剣がものをいうので製鉄と刀鍛冶が発達している。その派生として金属加工もガウべルーアよりも発展を遂げていた。

 その技術差は圧倒的で、ガウべルーアではコントロールすらできない鉄の硬度や粘りもシンシアナでは自由に調整できる。その意味でシンシアナの高い金属加工技術を持ち込んだマッキオはパラケルスにとってありがたい存在であった。

 ただその一点だけで彼はここに居ることを許されていると言っていい。


 そんな男がパラケルスの中央街から少し離れた――といっても人通りの多い――街中で、毎日大槌を振い耳をつんざく打音を響かせながら、工房の煙突から黒煙たなびかせているのである。気さくな挨拶などマッキオにかかるはずがない。

 アキハはそんな怪しい所に転がり込んだ。そりゃ周囲が変わり者だと言うのもうなずける。


 アキハが変人扱いされているのは、この世界に来てしばらくしてから判った。その理由の一端はアキハが選んだ仕事にある。

 田舎の女性の仕事など、商家に嫁がなければ普通は給仕になるか農奴になるかの二択だ。もしくは早々に結婚して旦那に身を預けるか。ナナリーINNのお隣さんのふくよかな奥様はまさにそれである。

 アキハの場合は、母が農奴だからアキハも農奴になるのが普通の流れだ。だが農奴が嫌だったアキハは自ら動き拝み倒してマッキオ工房に入ったのだという。

 因みに給仕の仕事は、『私に向いてないからやらない』そうだ。たしかに余りのガサツさに一日でクビになりそうだ。


 話を戻そう。親方はここで金皿、スプーン、ナイフなど食器類、釜、建具、釘などの金属小物、鋤や鍬なとの農機具などの金属製品を作っている。稀に王都の依頼で剣刀を鍛えることもあるそうだ。鋳造と鍛造を一人でこなすマッキオは、なかなかの職人といえる。

 ラドがマッキオ親方を信用するのはその技術力を見込んでの事と、もう一つ、裏表のないさっぱりとした性格にあった。

 アキハもラドもこの街のヒエラルキーでは最下層に位置する。地方都市といえども階級はあり、貴族や商家、豪農ではないアキハやラドは、誰かの下でコキ使われる卑しい身分となる。

 更に悪い事にこの世界には人権と呼べるものが無い。そして発言力がある働き手の男親がいない二人の家族は完全に搾取の対象とされてしまう。

 しかもラドには魔力がない。

 魔法が使えなければガウベルーア人ではない。ガウベルーア人でなければ排除の対象。つまり人ではない扱いとなるのだ。それが魔法学校で騒ぎを起こしたせいで、あからさまになってしまった。

 そんな二人をマッキオは対等に扱ってくれる。それはマッキオも差別される側だから見せる贔屓だと思うが、それでも、「こいつらからは奪って当然」と思わない態度は信用に値するわけだ。


「おはようございまーす。親方ーーー」

 早朝一番、アキハが師匠を敬う割には軽めの挨拶をすると、工房の奥から黒く焼けた顔をした親方がぬうっと縄のれんを押して表れた。

 親方は寝ぼけ眼ながらも、あたりを睨みつけるように見回す。常に敵がいないか探るのは彼の習性らしい。

「おう、なんでぇ、今日は小僧も一緒か」

「うん、ちょっと相談があるんだって」

「うんじゃねー、はいだろ、アキハ」

「あっ、はい」

 アキハからみたら山脈のような大男は、子犬でも眺めるようにアキハを上からねめつける。

「親方、また朝まで飲んでたでしょ」

「んぁ、朝までじゃねぇ。日の出前には帰ってきてらぁ」

「それを朝って言うの。もうお酒ばっか」

「ガキのくせに知ったような事、言うんじゃねー、酒は大人の嗜みだ、ケチつけんな」

「もう! ラドは大きくなってもこうはならないでよ」

 相変わらずアキハはアキハだと思う。敬語を要求する親方に対して説教をするとは、物怖じしないいい性格だと感心する。

「でなんだ、相談ってのは、アキハか、オメェか?」

 親方は半そでの腕を持ち上げて、盛り上がる大胸筋の前で腕を組む。


「オメェじゃないよ、相談があるのはラド」

「なんだ? 金ならねーぞ」

 マッキオは手をピラピラ振ってそんな相談ならゴメンだと言わんばかりに装い、気だるそう手ごろな椅子の背もたれ取り上げ、馬乗りに腰掛けた。

 一応、話は聞いてくれるらしい。アキハのおかげで一発アウトは回避された。


「マッキオさんに、あるものを作ってもらいたくて相談にきました」

 ラドがかしこまって相談を持ちかけると、マッキオは「鉄はたけーぞ」と相手にしない。

「いえ、鉄器もあるのですが、全く別のものです」

「なんだそりゃ、面倒な話はゴメンだぜ」

 初めから乗る気ではない。それもそのはず、ラドからは金の匂いがしないのだから。だがそこは折り込み済み。秘策、リーマンスキル”挑発”を発動である。


「面倒な話です」

「じゃなしだな」

「やっぱり聞いてももらえませんか。残念だなぁ〜、まだこの街にも王都にもない道具なのに。作れるのはマッキオ親方だけかと思ったんだけど。それとも、やっぱり親方程度の技術者じゃ無理なのかなぁ」

 軽くこき下ろしてみる。一方、青くなるのはアキハの方だ。

「ちょっとラド!」

 親方は挑戦的な視線をラドに差し向ける。

「小僧、言うじゃねーか、オメェは俺のどこを見てそんなふてー口を叩くんだ」

 ドスの聞いた声が工房に響き、テーブルにあった空の竹コップがビリビリと悲鳴をあげる。

「だって聞く前から出来ないって言うんだもん、自信ないからでしょ」

「金にならねーからだ」

「作る前から分かるんですか」

「ガキのいうもんが儲かる訳ねーだろ」

「見てもないのに分かるなんて凄いですねー、どこらへんが金にならないですか? 言っていただければ改良しますよ」

「……言いやがるな、小僧。じゃ言ってみろ。あれだ、さわりだけでもいい」

 こういう単純なところが好きなのだ。負けず嫌いで顔色を隠そうともしない。気になれば直ぐに乗ってくる。

 だが気は抜かない。安直に喜ぶとこちらの弱みを見せることになる。


「はい、作って欲しいのはガラス。もしくはガラス炉です」

「ガラス??? なんだそりゃ!?」

 よしきた! やっぱりだ。このとぼけた反応は存在すら知らない顔だ。この世界には少なくともパラケルスにはガラスがない。そもそもそのような物質が発見されてないのだ。

「ガラスは氷みたいな透明の素材です。でも熱くしても氷と違って溶けない」

「バカにしてんのか! んなもん、あるわけねーだろ」

「だから金になるんです。それを僕なら作れます。けど作るための施設がいる。まずはそれを親方に作ってもらいたい」

「信じられねーな」


 マッキオがひどく躊躇っているのは傍目にもわかった。心の中を読めばさしずめこうだろう。

『気になる。だが俺はこんなガキどもと組むのか?』

 だから組むべきだとメリットを伝えなければいけない。


「ガラスを作って儲けたお金はマッキオ親方の懐に入れて下さい。僕はエンジニアには技術分だけ報いるタチです。代わりにタダで僕らにホムンクルスを育成する道具を作って下さい。それも自宅できるサイズで。それが作れれば十分です」

「ホムンクルスだと? てめぇ横流しでもする気か?」

 ラドは少し考えた風の間を取る。


「僕とアキハは目覚めたホムンクルスを生み出しました。僕らはその子を救いたい。それには親方が作るガラス技術を必要なんですです」

 ぺろっと真相を語ったラドをみて、アキハは驚いて止めに入る。だが出てしまった言葉は戻らない。

 一方、親方は神妙だが鋭い視線でラドの全身を眺めた。そこにはもう、酔っぱらいの気だるさは全くない。

「おめえ、いいのか。ベラベラ喋りゃ、俺がその情報を売るかもしれねーぞ」

「巻き込むならウソはつけないでしょう。それにアキハから聞くあなたは秘密を共有するに値する人物だと思いました。差別の中で生きて来たからこそアキハを弟子にしたんですよね。それとあなたには情報を売る先がない。この街にはあなたの味方はいないんですから」

「言いやがるな……」


 思考中の親方は工房の中を檻の中の熊のようにウロウロしながら、几帳面にも棚の上の道具をきっちり置き直していく。かと思えば時より腕組みして呻吟。

 その道具はどれも綺麗に手入れされている。道具を丁寧に扱う人物は信用できる。それはラドが三十年のエンジニア人生で身につけてきた直感だ。


「分かった。やってやろう」

「いいんですか、ありがとうございます!」

「だが俺はまだガラスってヤツを信じてねー、本当にそんなモノがあるんだろうな」

「そう来ると思って、少しだけ原料を持ってきました」

 ラドは腰の革バックのポケットから拳大の石を取り出す。

「親方の時間があれば、今日、ガラスを作ってみませんか。実験です」

 身を乗り出すマッキオ親方を見て、乗ってきたのを確信するラドであった。



 ガラスの材料は珪砂、石灰、炭酸ナトリウムだ。

 パラケルスは乾燥した痩せた土地で、風化した大地にはごろっとした石が落ちている。よく見るとそれは花崗岩だと分かる。たぶんこの地が砂っぽいのは花崗岩が風化したからだ。ならば石英はふんだんに石砂に含まれていそうだ。

 石灰は工房にある石灰岩が使える。これは工房の裏にある反射炉の還元剤として使っているものだ。

 問題は炭酸ナトリウム。とりあえず今回は実験なので草を燃やした灰にする事で得る。


 まず珪砂と石灰を作る。拾った石と石灰石を砕いて粉々にするのだ。

「アキハ、そこの金床を使ってこの石を砂にして」

 「うん」とは言ったが何が起こるか分からないアキハは、疑問符を浮かべつつ、言われるままに大槌を振るい始める。


 工房に響くリズミカルな槌音を背景に、ラドは工房の中庭でそこらで引っこ抜いてきた草を焼きだした。

「なんで焚き火なんだ?」

 親方のごもっともな疑問。

「ソーダ灰を作るんです」

「なんだそりゃ」

「本当は炭酸ナトリウムが欲しいんですけど、今回はこれで代用です。真っ白になるまで焼いたら実験の材料くらいにはなるでしょう」

「なんだか、粉ばかりだな」

「近くに塩湖があれば天然ソーダが手に入るんですけど」

「おめぇの言ってる事はいちいちわかんねー、まるで魔法だ」

 なるほど言い得て妙だ。シンシアナ出身の親方は魔法を使えない。そんな人からみればリアルな魔法も科学もどちらも魔法だ。

 とくに科学用語は知らない人が聞けばまるで呪文だ。そう考えると自分はリアルな魔法には縁がなかったが、この世界ではある種の魔法使いだと思えた。その証拠に謎の言葉と地味な作業に眉をひそめながらも目を輝かせている親方がいる。これは未知の世界にワクワクを隠せない時の顔だ。


 しばらくすると金床を叩く心地よいリズムが消えた。工房に戻るとアキハがふーふー言いながら額の汗を拭っている。

「このくらいでどう?」

「お疲れ様、うん、十分細かいね。いいと思うよ」

 アキハからハイと渡された大槌は、ふらつく位の重たさだ。これをあの時間打ち続けるのだからアキハの体力もたいしたものだ。アキハを尊敬すべきか、この程度の重さのシロモノが使えない自分をふがいないと思うべきか。

 ニコっと微笑むアキハに、一瞬よぎった劣等感を「なんでもない」と言い訳しつつ、受け取った大槌を壁に預けて次のアクションに移る。


「この粉を鋳造用の坩堝に入れて高炉の熱で溶かします。親方の工房なら簡単に出せる温度です」

 手の長い“やっとこ”で坩堝を掴み、高炉の炎にあてると坩堝の砂が溶けていく。考えてみれば、ここに坩堝があるのが驚きだ。シンシアナには耐火レンガを作る技術があり、反射炉も転炉もある。

 前の世界に置きかえれば近代だ。こと製鉄に関してはシンシアナはガウべルーアの三百年は先を行っている計算になる。国境接しているのにこの文明差はなんなのだろうか。


 そう思う間にも坩堝は真っ赤になり、中身は飴状に溶けてきた。

「もういいでしょう。取り出して、その金床の上に開けてください」

「おいおい! 床がダメになるだろ!」

「大丈夫です。ガラスは金床と一体にはなりませんから」

「お、おう」

 親方は柄にもなくおっかなびっくり、金床に坩堝の内容物をあける。

 色から想定する温度は千二百度くらいだ。親方は感覚的にそれが分かるようで、「鉄より大分温度が低いのに、ずいぶん柔らかいな」と呟いた。


 とろりとしたそれはキンキンと弾ける音を発しながら金床に広がっていき、急速に輝きを失っていく。

「真っ黒になる前に、スクレイパーで剥がしてください」

 親方はガラスの端をスクレイパーでたたき、硬さが分かったのか丁寧に引き剥がし始める。

「うん? 随分早く固くなってるな。硬度は鉄以下か。こりゃ脆いな」


 うん、やっぱりこの人は分かっている! 一度見ただけで物性を掴んでいる!

 ラドは職人として確かな感覚の持ち主である親方と仕事ができることが無性に嬉しくなった。

 技術者とはそういう生き物だ。分かっている人と一緒に仕事ができることに魂が奮い立つ単純な生き物なのだ。一方アキハはピンときていない。単純な意味でアキハはこの手の仕事は向いてないかもと思えてしまう。

「親方、ガラスは固くて脆い物質です。不純物が入るとさらに脆くなる。それに急な温度変化にも弱い」

「温めると太るってか?」

「そうです! 熱膨張が大きいし熱伝導率が低い」

「難しいやつだな。成形が難しいぞ。熱いうちに成形するか、優しく早く……スピード勝負だな」

 一を教えて十を知るとはこのことだろう。親方は飴細工のように形を作ることを想定しているのだ、実際そうだと分かる質問が来た。

「ラド、おめーはどんな形のものを作る気だ?」

 答えはもちろん用意している。

「培養槽です。僕の体がすっぽり入るくらいの器です。ナナリーINNにある陶器のジョッキに近い。それに蓋をつけます。形はこんなのです」

 ラドはポケットから一枚の紙を取り出し親方に手渡した。器の上にサプライ用、下にドレイン用の穴が開いている。


「こんな形どうやってつくるんだ!!!」

「それを考えて作るのが職人の仕事でしょ」

 すんと澄まして言ってやる。これは挑戦状みたいなものだ。そして親方に対する最大の敬意でもある。自分と同じ血ならもちろん理解してくれるだろう。

「おんまえなぁ~、気楽にいいやがる」

「僕が作り方を教えてやってもいいですよ」

「いやなこった! ぜってー聞くかクソガキ」

「あ、親方、ガラスもう触れそうですよ」

 親方は目をギラギラと輝かせ、豪快な笑顔でラドに紙を押し付けると、よっこらせと冷えたガラスを取りにいく。どうやらこの挑戦、受けて立つらしい。


「どれどれ?」

 金床に手の甲を近づけて温度を調べると、もう温度が分かったのだろう、何の躊躇もなくひょいとガラスを取り上げ天にかかげる。


「これが透明……か? まぁ氷っちゃ氷みてーだが」

 出来たてのガラスはまだらに灰色が入り、大小様々な気泡ができていた。まあ透明といえば言えなくはない。

 それを右に左に回して空にすかすと、陽光を浴びたキラキラが工房の壁を遊びまわった。


「イメージと違いますか」

「ああ、もっと透明かとおもったぜ、こりゃ売り物になんねーだろ」

「原料の純度を上げて、製法を改良すれば透明度は上がります。材料は僕がなんとかしますから、製法の改良は親方にお願いします。不純物の除去という意味では鉄と同じですから」

 親方ふぅと息をはきだしラドをじっと見つめた。ラドも見返す。互いにわかる者同士だけが通じる瞳で交わされる声なき会話。


「よっし、やってみるか! アキハー!!!」

「はぃぃぃ!?」

「明日から忙しくなるぞ、おまえの夜遊びは禁止だ」

「ええっ! 夜遊びなんてしてないよ」

「工場だ工場! 逢引きに行ってんだろ、ガキのくせに共寝しやがって」

「ええっ! でも」

「つべこべいうな!」

「はいいい!」


 ビシッと答えるアキハは工房の奥に消えて行く親方の背中を見送ると、ヘナヘナと力を抜いてラドに聞く。

「ねぇ、ともねって何?」

 それを聞いてくるなよと思いつつ、教えないとそれはそれでアキハは怒るので、包み隠さず教えてあげることにする。耳元で声をひそめて教えるとアキハは耳まで真っ赤に。


「わ、わたし……、ガラスつ、つくるのがんばる……から」

 そりゃ意味を知れば語尾も小さくなるだろ。それがちょっとかわいかったのでからかってみたくなった。

「ふふーん、アキハも女の子だね」


 この後、女の子とは思えない鉄拳が飛んできたのは言うまでもない。

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