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旅立ち

 十二年前、大陸中央に位置する城塞都市ムンタムにて、二大国が激突する大きな戦いがあった。

 一人の成り上がり貴族が仕掛けた、自領拡大を企図した戦争は二国を大いに消耗させる大戦となり、最終的にはどういう経緯か新しい国を生み出す結果になった。

 なぜそうなったのかは誰も知らない。どの書物にも書かれていないし、成り上がり貴族は死んでしまったから真相を知る者もいない。

 貴族の名は「ラド・マージア」

 言葉巧みに大貴族に取り入って騎士団を掠め取り、半獣人を使ってガウベルーアを混乱させた張本人。そしてムンタムを大爆発させ敵味方かまわず大虐殺を行った挙句、悪運尽きて本人も消し飛んだ大悪党。



 突如生まれた新国は「ヴィルドファーレン共和国」という。

 ヴィルドファーレンとは、ガウベルーアの言葉で「はぐれ者」という意味で、国名の通り、行き場を失った半獣人とバブル達が作った寄せ集めの国だ。

 彼らはガウベルーアじゅうから西の寒村「パラケルス」を目指して集まってきた。

 集まってきた人々の手には『魔女の手紙』が握られていた。手紙を受け取った者は、写しを作り二人に手渡す。それを受け取った人は、また写しを作り二人に手渡すことが約束になっていた。そうして手紙は人から人に広がり、この地に集まってきたのだという。

 だからヴィルドファーレン共和国の国民は、自分達を「導かれし民」と呼ぶ。


 ヴィルドファーレン共和国の国主は、「アキハ」というハブルの女性で自らを大統領と名乗り、ガウベルーアとシンシアナに対して見事な外交手腕を発揮した。そして三国が互いに牽制し合う、絶妙な地政学的のバランスを作り上げた。

 だが両国との条約を締結した治世十年目にあっさり引退してしまう。

 その後の足取りは不明だ。共にパラケルスに首都を作ったライカ・マージアという半獣人と共に、どこかに消えてしまった。


 新しい大統領が選ばれて、新しい取り組みが行われて、初代大統領が人々の記憶から忘れ去れて行く。それでもアキハが残した、ただ一つの禁忌だけは皆忘れない。

 『異種族の結婚を認めない。それだけを絶対とする』

 この約束だけは世代を超えて伝えられている。


 ガウベルーア王国は、終戦早々、カレンファストにより簒奪され、国名を「ガウベルーア国」に改め、新たな国として再出発した。

 カレンファストは旧王族を追放し、貴族制を廃し、領地と騎士団を国有化して農奴を開放した。国として一体となったガウベルーア国は国力をつけ、シンシアナ帝国が容易に収奪できない強国となった。

 だが平和になった訳ではない。既得権益は消えず、未だ内乱が続いている。


 シンシアナ帝国もまた激変した。

 戦後間もなく、ガウベルーア国とヴィルドファーレン共和国と和平条約を締結し、まるで皇帝が変わったような変革を見せる。

 山岳に立地した作物の取れない貧しい国は、鉄産業を開放し国交を開いて、急速な開放路線に舵を切った。そして次々と新しい道具を開発し輸出を始める。

 蒸気機関、鉄道、飛行機。肥料や耕うん機、灌漑施設。印刷や計算といった技術までも。

 それらの技術でガウベルーア国は農産物を生産輸出し、ヴィルドファーレン共和国は莫大な労働力を輸出する三角貿易が成立し、経済を中心とした仮初の平和が訪れた。

 それでも手つかずの森には狂獣がはびこり、茫漠たる森の向こうにどのような世界が広がっているか知る者は誰もいなかった。


 ◆◆ ◆


「本当に行くのか?」

「うん、もう僕の役目は終わったからね」

「そうか。寂しくなるが、こだわりがねぇのはお前らしいぜ」

 褐色の肌のガタイの大きい女が白い歯を見せて笑い、少年の頭の上に大きな手をポンと置く。

「今までありがとう。助けてくれたのがキミで良かったよ」

「助けたつもりはなかったが、お前がそう思うのなら悪い気はしねぇよ。それに礼ならムンタムでお前を助けたティレーネに言っとけ、あたしは面倒を見ただけさ」

「シンシアナという国を見せてくれたのはキミだし、捕虜にチャンスをくれたのもキミなんだから、もっと誇っていいと思うけど」

「お前が捕虜らしくなかったんだっつーの。皇帝に具申したいって云った時は、あたしは首が離れる覚悟を決めたぜ」

「それを真に受けて実行するペトラもペトラだよ」

「ははは、ちげぇねぇ」


 ラドは小さな体一杯のリュックを背負う。中にはロープに干し芋に塩。火打ち石や縫製針にナベ。水筒や毛布もリュックに括り付ける。パラケルスを出た時と同じ装備で待ち合わせの宿屋に向かう。

「もう皆、来てるぜ」

 ペトラの言葉に促され、早朝の朝靄を押しのけ扉を開けると、

「ラド!」

 すっかり大人の女性になったアキハの弾むような笑顔。

「ペトラさん、そんな所で跪かなくていいですから」

「いえ同盟国の主様ですので」

「もう違いますから。それにペトラさんはラドを助けてくれた恩人なんですし」

「いち伝令部の私が皇帝陛下と閣下の仲立ちをさせて頂く名誉を預かりましたのも、全て閣下のご寵愛の賜物です。アキハ様には感謝の表しようもございません」

 アキハは頭を下げるペトラの褐色の手を取って、ゆっくりと立たせる。

「ペトラは大げさだよ。アキハに頭を下げるなら僕にだって頭を下げてもいいんじゃないの」

 ラドの気楽な言葉にムッとしたペトラは、大きな手でラドの尻を叩く。

「お前はなっ、あたしの苦労も知らないで」

 まあまあとペトラを宥めるアキハの手をラドは両手で取って、割れそうな卵を愛でるように包む。

 懐かしい柔らかさに二十年の時が一気に甦る。


「アキハ……、やっと会えたね」

「やっと会えたじゃないわよ。あんたはホントに……」

 アキハが言葉を詰まらせる。

 アキハとは様々な政策を話し合ったが、やり取りは専らマギウスフォーンか書簡だった。ラドは表に出られない立場で、アキハもヴィルドファーレン大統領という立場から、裏ですら会うことは叶わなかった。

 瞳を潤ませるアキハに、もうやんちゃな面影はない。

「お帰りラド。忘れないでいてくれてありがとう。ホントに待ったわよ」

 しっとりとした言葉がまるでイチカを髣髴とさせる。


「全くです。いつまで待たせるんですか! 私は師匠の顔なんか忘れてしまいました!」

 片目にアイパッチをつけたリレイラが腰に手を当てて、不満げにうそぶく。

 リレイラはガウベルーアに残りカレンファストの補佐官となっていた。

 あのエクスプロージョンの惨劇の後、カレンファストを連れてムンタムを脱出、一時は危険人物として保護観察の対象となったが、アキハが建国したのを見て自らカレンファストの元に下り二国の仲介役に立った。

 その経緯からカレンファストは当然のようにラドがシンシアナに居ることを知っており、シンシアナに出向いた折にはしばしば三国の国益について密会が催された。

 リレイラはカレンファストがラドを殺してしまうのではないかと危惧したが、当の本人は「目的が達成されるのであれば殺生は不要」と何事も無かったように返す。全ては理想のために。カレンファストの理想主義は変わらない。


「しゅにん、ライカも一緒でいいのか? もうおばあちゃんだから力になれないぞ」

 宿屋の店の奥に控えるライカは爪で鼻先をぽりぽりと掻いて照れ顔だ。

 すっかり枯れた声にライカに老いを感じる。人の年にすれば六十は超えているだろう。歩き姿も小さくまとまって、背も縮んだように感じるライカに少しの寂しさを感じて、ラドは無駄に声を張る。

「おぶってでもライカを連れて行くよ、だって僕らはさ――」

 ラドの涙腺が緩んで行くのを敏感に察知したライカは、ラドの頭を胸に抱いた。

「しゅにんはライカがいないとダメだにゃ」

 何年も使ってない語尾でライカは答える。ライカと最後に会ったのはアキハが初めてシンシアナを訪れた時だった。その頃はヴィルドファーレンがこんな大国になるとは思わなかったので国賓扱いではなく、ライカがアキハの護衛に付いていた。その頃だけライカとはこっそり会うことできた。


 でもちゃんと言えてなかった。


 ムンタムからライカを引きはがして、イオを死なせてしまったこと。たった一つの伝言だけだったのに、パラケルスで軍をまとめあげ、集まってきたアキハ達の居場所を作ってくれたこと、そしてあの日、パラケラスの中央広場の――。

「ライカ……僕に出会ってくれてありがとう」

「それはライカのセリフにゃ」

 その後は何も言わずとも全てが通じた。

 お互いに会うべくして会った確信があった。だから全てが掛け違っていたあの瞬間でさえ、自分はライカに未来を託したのだと。

 新天地は東と言い続けてきたが、実は西のパラケルスこそが新天地であることを明かしていたのは、ライカとイチカだけだったのだから。


 ライカの抱擁を解いたラドは、最後にと言ってバックから一枚の魔方陣を取り出し、魔法士の血を固めた魔力結晶を置く。

「最後にアメリー様と通信させてくれないか」

 マギウスフォーンの魔方陣は三国が和解する決め手となったマジックアイテムだ。

 魔方陣は一つはアメリーに手元に、一つはイチカが残した写しがアキハの手元に、そしてオリジナルを作ったラドとリレイラにも。

 連絡が取れない三国が話し合えたのは、このマギウスフォーンの力だった。

 しかし、その役目を終えた魔方陣は今や眠りついていた。


「もしもしアメリー様」

「マージアですか!」

「はい。いつか話した通り皆と旅に出ます。森を越えて僕と同じ長命種の仲間を探しに」

「そうですか、アキハ殿やリレイラ、ライカ殿も一緒なのですか?」

「ええ、始まりの仲間です。イチカが居ないのは寂しいですが」

「そうですね本当に寂しい事です。マギウスフォーンが届かない所に行ってしまうのですね」

「ええ、きっとこれが最後の通信です」

「そうですか。そう言われると、この魔方陣すら愛おしくなります。皆、あなたと話したがっています。私はもうよいですから変わりましょう」

 アメリーの元には臣籍放棄したフォーレス、そしてロザーラやレジーナがついている。世間的にはカレンファストの簒奪となっているが、それは政敵を威圧するためであり、王政の廃止は実に穏便に行われていた。これも、もしもを先読みしたカレンファストの計算であるが。


 それぞれが別れを告げると同時に魔力を使い切った魔力結晶は、赤い粉を散らして砕け散る。

 旅立ちの合図。

「よし、みんな準備はいい?」



 お姫様を守るナイトになりたかったんじゃない。ただ大事な人を守りたかった。そんな仲間を守れる場所を作りたかった。それが無いならゼロからでも。

 それは途方もなく困難な道のりに思えたが、実はそんな難しい事じゃない。

 世界は思ったよりも単純に出来ている。

 なにかを願うなら、ただ本気になればいい。

 ただし、その本気が途方もない覚悟に裏打ちされた本気であるだけの話し。


 そこに気づくまで 随分時間がかかった。

 笑ってしまうほど、遠回りをした。

 けど、やっと自分の願いを取り戻すことが出来た。


 世は常に異世界だ、見方が変われば世界はいつだって違う景色を見せてくれる。

 自分もその一部なのだから、僕らは気づいた瞬間に全てを背負って新しい世界に転生できる。


 さあ新しい世界を見に行こう。まだ会えていない約束の仲間に会いに行こう。

 冒険の準備はいま整ったのだから。


 了

 お読み戴いた皆様、本当にありがとうございました。

「お前は一体何年書いてるんだ」という長編になってしまったのに、お付き合いいただいた皆様には感謝しかありません。

 無双だけが成功じゃないという思いがあり、魔力もスキルも身分もない夢だけ持った主人公が転生して掴む幸せをテーマに書き始めたのですが、書き進めて行くうちにラド達の成功が納得できず何度もプロットを書き直す事になってしまいました。

 書き終わって思います。

 テーマをブラさず書き切れる「なろうに投稿されてる皆さんは凄い」と。

 いま持てる全力で書いたつもりではありますが、未熟を痛感しました。


 最後に、読者の皆様に楽しんで頂ける作品が投稿できるように精進いたしますので、また小説を通して出会う事がありましたら、よろしくお願い致します。

 また、誤字脱字をご指摘いただいた皆様には、この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。

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