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再会

 気がつけばラドは薄緑色の霧の中にいた。見知らぬ土地……のような気もするが見た事があるような気もする。


 霧は随分薄いが何故か向こうを見通すことは出来ない。

 眼前には川がある。まるで王都に流れ込む緩やかで罪のない穏やかな流れの川。


 岸には流れに沿うように点々と人がいる。

 ガウベルーアの者、シンシアナの者、パーンやハブル。

 皆、川石に腰かけ、全てに興味を失ったように呆然としている。近づく者がいても気づきもせず、焦点の定まらぬ目は遙か向うすら見ていない。


 その顔に引き寄せられて小石の岸を歩くと見慣れた風貌に出会った。

 ひときは大きな体に立派なたてがみ、そして臙脂の服。

「イオ?」

 背から近づき声をかけるが返事が無い。

 回り込んで顔を覗き込む。

「イオ? イオだよね?」

 正体のない顔が、のろ~とラドを見るが、ぼんやりと首を傾げて、うつろにこちらを見るばかり。

「僕だよ。わかるラド。一緒に戦ってきたじゃない」

 覗き込むラドの背後からしわがれた声がする。

「無駄じゃ、魂の所在は未だ戦場におるによって」

 振り向くと一人の老婆が宙に胡坐をかいて座っている。貧民街の衣服の様な、いかにもみすぼらしい解れた茶煤けの貫頭衣がゆらゆらと無い風にはためいている。


 ――誰だっけ? この婆さん?


 取りあえず知らない人なので無視する。


「無事だったんだ。何かやるとは思ったけど、まさか僕を放り投げるとは思わなかったよ」

「美しき自己犠牲じゃな。そいつはお前の事を大事に思っておったからのう」

 無理矢理視界に入り込もうとする外野がうるさいので、腰をズラして見なかったことにする。

「絶対、刺されたと思ったけど無事で良かった。こうやってまた会えて僕らは強運だよ」

「シカトか。ならばこうするまでじゃ!」

 老婆の熱い口づけ!

 しかも正面から!

「うっわっ、なんだよ!! ヒドイ、ヒド過ぎる仕打ち!!!」

「酷いものか。戦乙女の接吻は勇者のみ与えられた栄誉じゃぞ」

「戦乙女だぁ? お前がぁ!? …………!」

「ひひひ、思い出したか。久しいのう」

「ちっ……どなた様でしたか」

「忘れたフリをすな!」

 老婆はどこからともなく取り出したハリセンで、ラドの後頭部に全力のツッコミを食らわせる。

「いて! どっから出したんだよそんなの! こんな岩場でうっかりコケて頭でも打ったら死ぬだろが! ていうか婆さん! 僕の転生、色々と話が違うじゃないか!」

「何を言いよる。ちゃんと望み通り剣と魔法の世界に生まれて、望みどおーり波乱万丈の数奇な人生を歩めたじゃろが」

「ち・が・うじゃん! 剣と魔法の世界は合ってるけど、魔法使えねぇし、助けるお姫様は人妻だし、騎士になっても小さくて馬乗れねぇし、どこがナイトになってお姫様助けて大活躍の人生だよ。ただ波乱万丈なだけなんですけど!」

「そうじゃったか?」

「そお!」

「じゃがマジ大活躍であったろう。二つの国を混乱に貶め、多くの命を奪った。そこにいる獣人もお前のせいで死んだ、その向こうの若い魔法騎士も、隣の暑苦しいおっさんも」

「あれはエフェルナンドと親方?」

「そしてあの世界は全く違う時代に突入したぞ」

「いやいやいやいや、そうだけど、僕悪役になってますよね? 見事にハメられて、めっちゃヒールじゃん! 僕が望んだのはヒーロー的な、えっ? 親方が居るってことは、イオもエフェルナンドも死んだの? ということは僕も死んだ? まじっ?」

 老婆はニヒヒと笑い胡坐を解いて地に足をつける。

 立ち上がるとラドより随分と大きな老婆は、爪の伸びた人差し指を突き出してラドの額をちょいと押した。


「ちょいと振り返って見るか。死んだ辺りをのう」

 言う間もなくラドの額から光が現れ、薄靄のスクリーンに全天球の映像が現れた。

 だが映像は動かない。

「もったいぶってないで、早く再生してよ、1.5倍で」

「どうしようかのう。お前が土下座して『うわぁん、ワルキューレ様見せて下さい』とブヒブヒ泣きながら懇願したら見せてやらんでもない」

「なんで泣きながらなんだよっ! だったら僕も『ビビってるんですか〜』って言ってくれたらワルキューレだって信じてやるよ」

「相変わらず口が減らんやつじゃな。もうええわ」

 老婆はらしくなく拗ねてみせ、だが唐突にラドの額をデコピンする。すると涙が出るほどの痛みをサインに映像が動き始めた。

「サービスじゃ。ただし無課金ゆえエクスプロージョンが発動する直前からじゃ」

「サビから観れるなら好都合だよ」


 映像はアヴェリアがレバーを倒した直後からだった。装甲車の周りに濃密な霧が現れ、その霧に揺らめくアヴェリアが狂ったように笑っている。

 背後を見やると戦場では天から光の帯が舞い降り、膨大な命が空に向かって助け上げられる光景が繰り広げられていた。

「あれはお前さんのように、ここに連れて来られる魂達じゃ」

「魂……」

 ガウベルーアには神も宗教もない。だから人は死んだら終わりが常識だったが真実はそうじゃなかった。そもそも不思議な力で転生した自分が、なぜ、その事を忘れていたのか。

 そんな神々し神秘と殺戮が繰り広げられる狂気の相克を、ひたすら全身に刻み続けていると、

「あ、ティレーネ」

 南街区の遙か向こうから戦場をかき分けて、騎乗のティレーネがこちらめがけて駆けて来るのを見つけた。

「と、ショーンも!」

 意外だった。ショーンが自ら鉄火場に飛び込んで来るなんて。

「こいつらはアタマが良いぞ。二つの魔法をじゃな――」

「ちょっと集中してるから黙っててよ」

 二人は周囲に溢れる魔力を使って遠方より魔法の詠唱に入る。ティレーネはエアウォールを。

 これはムンタム決戦の直前にイチカと作った重魔法だ。

 あのとき作ったのはマギウスフォーンとエアウォール。

 イチカの要望だった。イチカがもっと平和な重魔法を作りたいと言ったから。

 重魔法は魔法の畳み込み理論を使っている。畳み込みとは紙を何度も折るように、2,4,8,16と効果を激増させる方法だ。これで周囲の空気を圧縮して壁を作れば、空を歩けるんじゃないかと夢みたいな事を楽しそうに語っていた。

 あれが最後に見たイチカの笑顔。


 ティレーネはラドの前面に放射状にエアウォールを複数個展開し、ショーンはその前面にエクスプロージョンを顕現させる。

「ショーンのエクスプロージョンで装甲車のエクスプロージョンを相殺して、相殺しきれない爆発力はエアウォールをデフューザーにして後ろに逃したのか」

「なかなかの機転じゃろ」

「すごい!」

 だが続きがある。

 ラドは爆発の熱波からは守られたものの、エアウォールと一緒に飛ばされてどこぞへ。

「あーーー、それでここ」

「そうじゃな」

「でも、ティレーネとショーンはここに居ないということは無事だったんだ」

「しかし爆心近くじゃ、瀕死の重症じゃよ」

「そうか、悪い事をしちゃったな」

「謝るのはこいつらだけではないぞ」

 画面が変わる。

「アンスカーリ……」

 もの凄く落胆している。

「お前に志を託そうとしておったからのう。そろそろ三途デビューのお年頃じゃが」

「いやだってアンスカーリは用済みになれば僕を殺す的な――」

 だが彼が本心で悲しんでいるのが画面越しに伝わってきて、ラドは続きを言うのを止めた。

「悪意があると思えば悪に見えるのが人の目じゃ。あやつはお前が長命種と気づいて、一族の血縁切りの因縁に終止符を打ちたかったようじゃな」

「じゃ言えよ。じいさん」

「アミリアを渡したじゃろが」

「そうか。邪推したのは僕か……じゃカレンファストは?」

「あやつはじゃな。残念ーーー!!! ギガが足りんわーーー」

「んなわけあるか! これは僕のデータだろ!」

「なにぶん無課金サービスじゃからのう。それに、こういうのは本人がゆっくり振り返るもんじゃ。でなければ生まれた意味がなかろう」


 短い言葉のやりとりだが、老婆の言葉が正しい事は直接ラドに伝わってきた。そう思うと、自分がやらかした出来事と後悔が次々と湧き上がってきた。

「お前さんは盲目じゃったな。信じるを信じず、危うきを信じて」

「周りが僕から奪い取ろうとする奴らに見えてね。実際そうだったし。皆の本当に姿が見られなかった。きっと僕はアキハやイチカやライカ、リレイラ達ですら本当の姿を見てなかったと思う」


「そうね。大変な人生だったものね」

「あっさり言うなぁ。でも本当に大変だった、それでも真剣に生きたと思うよ。そして真面目に間違えた」

「それは私もだよ」

「ん?」

 声の違いに顔を上げると、そこには青い綺麗な瞳がぼんやりした世界に映える銀髪の少女が。

「イチカ……なんでここに?」

「久しぶり」

「ああ、ううん。三週間ぶり?」

「私にとっては何十年かも」

 目がおかしいのか、顔がイチカに見えたり、アキハに見えたり、もう一人見覚えのある――

「秋葉……なんで」

「一緒に生まれ変わったからね。ここには時間の概念が無いから先に死んだとか関係ないのよ」

 くるっと回って、後ろ手を組んだ背を見せる。

「なんで秋葉にイチカとアキハなの?」

「私はナオと一緒に生まれたの。バブルとして生まれるのがあなたと生きる条件。そして無理矢理生まれるイチカと魂を分有する約束だったから……」

「誰かが器に入る必要があったんだ。そうだったんだ、ごめん、僕が無理矢理イチカを生み出したから」

「大丈夫。今はアキハと一つになったから……。それに、また一緒に生きれたんだもの。だから、ありがとうは有っても、ごめんは無いよ」

 またくるっと回って、髪を翻してクスっと笑う。

「それは僕もだ。酷い世界だったけど秋葉とアキハとイチカと皆で生きれて幸せだった。ありがとうだよ。また次の世界でも秋葉と二人で――」

「それは無理かな」

「どうして!」


 秋葉の姿が揺らいでゆく。

「待って! 秋葉!!!」

「それはちょっと早いかな? ねぇナオ。たとえ離れ離れになっても、ナオが選んだ全部を信じて。ナオなら絶対……」

 もう声は聞こえない。ただぼんやりと見える口が五つの形を残して霧の中に消えていく。


「随分早く行ったのぉ。あの娘は生命力が強いからのぉ」

「そっかアキハはまだ生きてるんだ。ありがとう。脱衣婆さん。最後に会わせてくれて」

 だが声は聞こえど婆さんの姿はもうない。ただフラッシュバックのように断片的な映像が視界に残る。

「もう時間か。アキハにイチカ、ライカ。イオにシシス。ロザーラやレジーナやティレーネ……。僕らがみんなで創り上げてきたモノは全部壊れちゃったな」

「栄枯盛衰と崩壊は世界の定めじゃ」

「その通りだ。頑張ったからって自分の思い通りにならないし、やらかした事は後になってから分る。でもくやしいな。もう一度生まれ変われたら、今度こそちゃんと生きるのに。後悔ばかりだ」

「せいぜい後悔せい、と、言いたいところじゃが、実はお前はまだ死に切っておらん」

「え、ほんと?」

「あの獣人にはお前が見えておらなんだろう」


 気が付くとラドの体が宙に浮き、意識が空に溶けて行く。そうか揺らめいているのは世界じゃない。僕だったんだ。


「お前は守られている。そろそろ現世に戻る時間じゃ」

「ワルキューレさん!」

「後悔してからが本当の人生じゃ。今度こそ願いを定めて生きよ」

「はい! 次はホントに本心の願いを持って、マジメに生きる所存です」

「返事だけは良いが大丈夫かの――」


 大丈夫。

 それは記憶の彼方にあった秋葉の懐かしい口癖。

 秋葉が最後にくれた『大丈夫』を魂に刻んで、ラドは青く光る空に溶けて消えた。

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