わが道をゆく
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北門でエクスプロージョンをぶっ放した第七皇軍は、第一皇軍残存兵の掃討を終え、次なる矛先を北進騎士団に定めたところで、側面から思わぬ攻撃を受けていた。
襲いかかる狂乱のパーン部隊。
「カレンファストめ。想定はしていたが」
早々の共闘破談にゲニアはうそぶく。
この共闘では皇衛騎士団をいつ潰すかが駆け引きのポイントだった。双方ともに皇衛騎士団を削らなければ勝利には至れない。だが自兵力は使いたくない……。
作戦ではカレンファストが皇衛騎士団を狂乱させ指揮系統を奪った上で、両兵力で挟み込んで叩き潰す算段であった。だが、半獣部隊の全兵力がコチラに向かっているということは、カレンファストは半獣部隊の側面を脅かす共闘を反故にし、あまつさえ半獣達をこちらに差し向ける企てを仕組んだらしい。
「狂獣使いでしょうな。例の流れた停戦交渉の折、皇衛騎士団が狂獣と不夜の戦いをしています。背後で狂獣使いが動いたようです」
「どこまでも食えんヤツよ」
「誠に」
「だが、こんな事もあろうかと北門を押さえている。地下水道を使う! 兵の半分をそちらにまわせ!」
その間にスタンリーは、北門からかろうじて撤退を完了していた。
「マージア!!! ラド・マージアはどこにいる!!!」
荒らげたスタンリーの声が喧騒に負けじと響き渡るが、城外のどの幕舎からも返答はない。なぜならラドは爆音があった東壁へ調査に向かった後だったからだ。
だが知らぬはスタンリー。
「逐電とは裏切りおったな! 敵の出方を知って我らに突入させたか」と、振るう相手のいない拳を震わせる。
「ワイズ卿、マージアの対処は後ほど。今は早急なる騎士団の立て直しを!」
「分かっている! もはや誰も信じん! 自力でムンタムを奪還する。そのためにいかなる犠牲も厭わん!!! ハメられたままで泣き寝入りする私ではないわ!」
スタンリーは矢継ぎ早に命令を発し、残存兵をかき集める。
小高い北門の丘から見える緩やかに傾斜した東の穀倉地帯は、地平線の向こうまで静かなものだ。思えば皇衛騎士団が、北門に全く配備されなかったのを疑うべきだった。
マージアの計画にあった、東壁の破壊も、皇衛騎士団突入よるムンタム城内の混乱も始めから無かったのだ。
それが東の静けさの意味。
「やはりアンスカーリの犬か」
スタンリーは眺めていた東の地平線に背を向けると、大股で陣幕に歩き出す。
スタンリー・ワイズ。己が若さと決別した瞬間だった。
東壁から入城したラドとリレイラが見たのは、ムンタム東市街地のひどい有様だった。
建物は崩れ、柱は炭となりくすぶり、未だに燃えているものもある。
瓦礫は山となり、この下には市民や兵士が生き埋めになっていると思われた。
耳を澄ませば地下から呻き声が聞こえてきそうだが、余りの惨状に耳は微かな風音すら拒絶してしまう。
「エクスプロージョンを二発……。何やってんだよ、エフェルナンドは」
「二発目はかなり大型でした。それに場所もかなり北側かと。エフェルナンドは調子のいい男ですが暴走するタチではありません。何が大事に至りやむを得なかったのかもしれません」
「ならエマストーンで連絡しろよ!」
家家はどれも扉を閉じて静まり返っている。
道路にはシンシアナ兵やパーン兵に交じって、無惨に切り裂かれた市民の死体がごろごろと転がっている。しかも尋常ならざる数。
「静かですね」
パーン部隊がシンシアナ兵を討ち取った筈だが、なんだろうかこの静けさは。それに市民の被害が多すぎる。
「遺体の状況から、シンシアナは市民を巻き添えにしながらイオ達を押したんだろう。残虐な奴らめ――」
「それは違うな」
意外な声に振り向くと、そこには陽光を背に浴びた馬上の騎士がいた。
「カレンファスト……」
「久しぶりだね、ラドくん」
「カレンファスト卿が、どうしてムンタム城内に? アンスカーリ公と共に控えでは」
「ああ、そういう話もあったようだね」
カレンファストは馬を一歩進める。その様子を見たリレイラがラドの前に立って手を広げた。
「師匠、下がってください。逸礼です。カレンファスト卿は抜刀しています」
「ちょっと待てって。ここは戦場だ」
「例外は戦闘状況下においてです。現在は当てはまりません」
「ほほう。やはりいい部下だ。その娘は私も目を付けていた。魔法と剣技に才を持ち、物怖じしない性格。古文書も解読できるガウベルーア唯一の動くホムンクルス」
「カレンファスト……知っていたのか」
「魔法局諜報部だからね。大概の機密は知っているよ」
カレンファストは馬上からいつもの笑顔で答える。だが逆光のせいか背筋が凍るような冷たさを孕んでいた。
「なら、ここで何が起きたかも知っているのか」
「むろん」
カレンファストは手元のエマストーンをちらっと見る。
「少し時間があるようだ。ラドくんとはもう一度話したかった」
「なにを」
「あの日の続きだ。キミはこの国をどう思う?」
「答えたハズだ」
「いや答えていない。キミは未来の事を答えていない」
「未来?」
「キミは知っているのだろう。ガウベルーアという国はそう遠くない未来滅びると」
「はぁ? 知らないってそんなこと」
「いいや知っている。キミが作ったヴィルドファーレンは十年も経たないうちに半獣人の街になる。そして時を経ずして狂獣の街になる。キミは気づいたから半獣人の異種性交を禁止したのだろう」
「それが滅亡と何の関係がある!」
カレンファストは大きく息を吐き、軽く目を閉じた。まるで心底呆れたと言わんばかりのポーズをとって。
「キミは半獣人に自由を与えるという。アンスカーリは半獣人をシンシアナと戦う力にするという。フォーレスは半獣人と共存できると思っている。キミ達は愛国者気取りの夢想家という点でよく似ているよ」
「どこが夢想だ。皆の考え方が変わればパーンもハブルも平和に暮らせる。現にヴィルドファーレンはそういう街になったし王都民の考えも変わりつつ――」
「だから未来を答えていないと問い質したのだ。半獣人の研究でキミが先駆していると考えるのは大間違いだ。半獣人の繁殖力はキミが考える以上だ。いま半獣人に自由を与えれば、三年で半獣人はガウベルーアの民を超え、その十の四が狂獣に落ちる。半獣人とはそういう種だ。それがキミの選ぶ未来だ」
言葉がなかった。考えないではなかった。ヴィルドファーレンの圧倒的な成長はパーンの人口増に支えられている。それは本当に圧倒的で、今のところ食糧増産や街のインフラ拡大に寄与しているが、このままのペースで増え続ければ、どこかで食料事情が破綻すると思っていた。明らかに指数法則が働いているからだ。そして狂獣化の問題。
「図星だな。半獣人の抑制は王国の課題だ。奴らは我々の預かり知らぬ所で勝手に増える。だから歴代王は半獣人に噛まれただけで半獣落しになる噂を流し、人々に憎しみを植え付けた。口減らしにも理由が必要だからね」
「でも半獣落としは現に――」
「限りなく人に見える半獣もいる。半獣の子が生まれればどちらの親が半獣なのかとなる。だから噛まれた噂は人々にも都合がよい。それはキミにも当てはまる」
「どういう意味だよ」
「長命種の半獣人がいたと記録にある。それは人と同じ姿をし、子供のまま年を取らないという」
さらりと言ったカレンファストの言葉にラドは動揺した。
自分が特別なのは気づいていた。年齢もそうだがホムンクルスはパーンの血が混じらないとイチカやリレイラのようにはならない。イチカが生まれたワケは自分ではないかと。
「僕がパーンだとしたら、なぜ僕の活動を容認してるんだ」
「……申し上げにくいのですが。師匠は駒なのです。パーンは敵だとガウベルーアの民に強烈に刷り込むための」
「素晴らしい! 忌憚のない諌言は良き部下の条件だ」
俯いて唇を噛みしめるリレイラとは対称的に、カレンファストは乾いた拍手を浴びせてみせた。こういう事は本人こそ気づかないが周囲の者は、はっきりと分かるものだ。
「国民は常に道理に暗い。そして愚王と愚臣が国の未来を想像できぬのならば、王道は先を見晴かす者こそ歩むべきと思わないか」
「結局はそれが自分だと言いたいのか」
カレンファストはそれには答えなかった。
「私にはあらゆる犠牲を払う覚悟がある」
カレンファストの言葉には、一本筋の通った気迫があり、話すほどに追い込まれる感じをラドは味わっていた。
民が安心して暮らせる国。誰もが自由に街道を歩き商い、豊な実りを誰にも奪われない世界。それらは為政者が向き合わねばならぬ政治課題で、カレンファストはその答えを考え続けてきたのだ。
「カレンファストの言っている事は間違っていません。パーンの人口問題はいつか破綻します。狂獣化も完全には止められていません」
「わかってる。けど承服しかねる」
カレンファストは片手を上げて諦めのポーズをとった。
「やはりラドくんが折れないか。それもまたキミの選択。さて、先ほどの答えだ。キミの部下は只今狂乱中だ。そこに転がる死体は彼らが狂い惨殺した物証だ」
ラドはキッと顔を上げると、リレイラの細い肩を掴む。
「リレイラ! カレンファストを足止めしてくれ! 僕はイオ達を止めにいく!」
数言交わすだけで、この男の頑健な信念は、正しい間違っているのレベルを超えて存在そのものとなっており、積年考え抜かれた策謀に横槍が入る余地はないとリレイラは認めざるを得なかった
カレンファストは説得不可能で、足止めすらも叶わない。
「カレンファスト卿の言うことは分かります。しかし私はラド・マージアを殺させるわけにはいかないのです」
「それは飲めぬ話だ。彼にはあらゆる意味で死んでもらわなければならない。それをもって全ての準備は整うのだから」
「殺さずともマージアをパーン先導した悪役に仕立てるだけで十分でしょう!」
「殺さねばヤツはまた蜂起する。半獣人を先導し必ずや私に仇なすだろう」
「それは私が阻止します。師匠は本来争いを好まない方です」
「それを決めるのはマージアではない。周囲が彼を祭り上げるのだ。世の理とはそういうものだよ」
正鵠を射ている。パーンやバブルの仲間たちは豊かな生活を知ってしまった。また迫害の生活に戻るとなれば解放に導いたラドを頼りに戦いの道を選ぶだろう。
「殺しだけが全ての解決策ではないはずです。あなた程の知力と胆力があれば、奪った王族の証を使って簒奪しこの国を力で変えることすら可能でしょう」
「キミはマージアよりキレるな。無論私は殺しを愉しんでいる訳ではない。だが時に死という感情は慣習を変える有効な手段となる。簒奪も望みはしない。力で奪い取るのは容易いが、力で奪ったモノは力で奪い返される。それでは狂獣の悲劇のない世は作れない」
「ならば死は師匠でなくてもよいでしょう!」
「自然に望まれる形で私は民に選ばれねばならない。その為には彼でなければならないのだよ。その為に彼をここまで庇護してきたのだから」
「策士……」
「最高の褒め言葉だ。だがリレイラくんも納得しているだろう。理想の実現手段に戦も政治もないのだから」
カレンファストの持論に全く納得している自分がいる以上、更なる反論は不可能だった。出来るのは根拠のないお願いと、最悪を避けることだけ。
「理解しました。しかしあなたに仕事をさせるわけにはいきません。師匠は殺させません。あの人も理想を持っているのです。それは甘い夢かもしれません。でも私はそんな純粋なあの人が好きなんです」
「キミのロマンチックな私情は承った。しかし私の意志は変わらなんぞ」
剣を構えたまま肩をすくめる姿をみて、リレイラの覚悟は固まった。
「ならば私も、いかなる犠牲を払おうと私は師匠を守ります!」
抜刀し左手をカレンファストに対して突き出す。
「出会えばこうなる事は想定していた。出来ればキミを手に入れたかったが、それは叶わぬ夢だろう。ならば壊してしまうしかない」
「私を安く見るな」
「それはどうかな!!!」
馬を降りる態勢のカレンファストから火の魔法が飛び出す!
気を抜かず構えていたリレイラは軌道をしっかり読み横っ飛びに避けるが、立て続けて三発の魔法は流石に翻弄される。しかも一撃一撃が正確で、
「くっ、早い!」
この詠唱の早さはホムンクルスに匹敵する。
「言い忘れたが、魔法は得意な方でね」
カレンファストは下馬し屈伸した膝を伸ばし、飛び込むようにこちらに一気に詰め寄る。右手には突き立てた剣!
直線の剣は苦手だ。恐怖が先だち受けより逃げを選んでしまう。
恐怖は目に出る。恐怖を読まれると敵は避けを読んだ攻撃にくる。ライカはその読みに長けており、直線攻撃の入りに対して、ついぞ有利に立つことはなかった。
だが、そこから学んだ。
「避けない!」
向こうが直線で来るなら、こちらも直線に攻める! だが剣に剣では分が悪い。だから、まさかこの距離での、
「ファイアバレット!!!」
だが、
「愚か!」
カレンファストは甲当てでファイアバレットを受けると延焼する前にこちらに投げつけてきた。
「予め外してただと!?」
リレイラは避けざるを得ず半歩、体を開くが、これが動きをワンテンポ遅らせた。
「したり!!!」
ぐいっとカレンファストの手が伸びてくる! リレイラはあわやのタイミングで剣を跳ね上げカレンファストの突きを左上に弾くが、剣筋がリレイラの顔を掠めていく。
ギリギリ避けたはずだが、左頬に熱いモノが。
「良い瞬発力だ。一撃で仕留めてあげたかったが、流石はパーンの血というべきか」
乾いた砂の道にボタボタと赤いモノが落ちる。
まったく油断をしていなかったのに危なかった。だが切られたことで逆に頭が冴え始めた。
器用に魔法と剣を使い分けようと考えたのが過ちだった。この男はハッキリ言って強い。死を恐れぬ豪胆さと、冷静に魔法を使う頭を兼ね備えている。だが体はガウベルーア、そこまで機敏には動き続けることは叶わないだろう。
リレイラは剣を握り直す。
「全く、私の動きをよく読む!!!」
一気に踏み込んで突きを連続で放つ。カレンファストはそれを左へ右へと華麗に捌くが、狙いはそれじゃない。態勢を落として足払いを狙って右足を思いっきり払う!
だが、カレンファストはそれを読み、軽く縄跳びをして払いを避ける。
渾身の足払いの空振りに体を崩したところに、
「かっはっ!」
背中への打撃と激痛!
だがひるんではいけない。敢えて体を崩してゴロゴロと転がりリレイラはカレンファストと距離を取る。
「筋はいい。だが単調だ。それは皇衛騎士団の訓練のメニューだ。同胞に通じるとは考えない方がいい」
背骨に受けた強打に息を詰まらせながら思う、何から何まで裏目に出る。
まるで相手の掌の中で踊らされているようだ。
その比喩は間違っていない。カレンファストのシナリオ通りに自分達は動いてしまったのだから。ならばいっそ、やりたいようにやればいいのではないか。
――そう……自分の中のパーンを呼び覚ませ
「ご忠告痛み入ります!」
手に取った砂を咄嗟にカレンファストに投げつける。
カレンファストは剣を横に受け、投げつけられた砂から顔をそむけるが、こっちは魔法の専門家だ、時差でライトの魔法を投げつける。
敵はこちらから目を離せない。砂を避けた刹那、直ぐさまこちらを確認するハズ、それが狙いだ!
「貴様!」
はたせるかな、その読みは当たりカレンファストは爆発的に輝くライトの魔法に視力を奪われる。そして身を守るために滅法剣を振って防御を取るが、
「デバフ!」
向こうもバカじゃない。なんとパニックになる自分を抑え込みデバフをリレイラに仕掛けてきた。
「重……魔法デバフ……か」
加減のないデバフにリレイラは一気に脱力し、自らの体の重さに立ち上がる事もできなくなる。
こうなるとカレンファストの視界が戻るのが早いか、リレイラのデバフが抜けるのが早いかの勝負になる。
――体は重くても魔法は使える!
「インエルアルト……」
左手を突出し詠唱を始めるが、
「そこか!」
カレンファストの短剣が飛んでくる! 声で位置を読んだ!?
そのエコーロケーションは正確で、短剣はリレイラの顔目がけて飛んでくる。だがリレイラの体は動かない。
「ああっーーーー」
それでもかろうじて腕を曲げ、短剣を左腕で受け止める。
短剣は前腕骨の間を抜けて深く刺さっている。痛みで気が狂いそうだ。だが痛みの衝撃でデバフが緩和してきた。動かなかった体が急速に脳の指示を受け始める。
まだ随意にならぬ体を無理やり動かし、今いた場所から這って動く。その直後にカレンファストのファイアバレットが連発で飛んでくるのを横目で見ながら。
こんな事なら自分もラドのように短剣を持つべきだった。自分は魔法騎士だから軽装を旨として最小限の装備と極薄の魔法鋼の剣のみを装備していた。これは甘えだ。戦場に対する甘えがあった。しかし後悔しても遅い。いま出来る事をやらねばならない。
「カレンファスト! どこを狙っているのですか! こっちです!!!」
手でメガホンをつくり大声で叫んでやる。
音は反射する。丁度ここは高い建物に囲まれた空間だ。カレンファストと違う方向に叫ぶことで方向感覚を麻痺させる事が出来るはず。
予想通り、まだ視力の戻らないカレンファストは、見当違いの石壁に向かってファイアアローを放つ。だが手応えの無さにきょろきょろと気配を探している。
チャンス!
リレイラは、その隙に小声でファイアアローを詠唱する。
「ファイアアロー!」
だが全く同じタイミングで向こうも振り向きファイアアローを放ってきた。それも二発!
「ちょ!」
逃げられる体勢じゃない。なぜ分かった!
そんな詮索が脳裏をよぎるが、今は避けられないファイアアローをどう捌くか!
ダメだ! 避けられる態勢ではない! ならもう実験でやったアレをやるしかない!
リレイラは両手を突出す。
ファイアアローは猛スピードでやってくる、それをリレイラは両手で掴んだ!
「アンチマジック!!!!!!」
叫ぶリレイラの手の中にファイアアローが吸収されて行く。そして何もなかったように魔法は消えた。
「ほほう、そんなものまで作っていたか」
驚くとも感心するとも言えないカレンファストを睨みつけるリレイラは、吸収した魔力の反動に耐えきれず、食べた物だけでなく胃液まで吐き戻す。
内臓を他人の手でかき回されるような苦しみ。
魔法とは人の生命力そのものだ。そのエネルギーが光や炎になる。アンチマジックは現象化されたエネルギーを元の生命力に戻す。これはラドが魔法に餌食になったことで、魔法から身を守る最終手段として考えられたが、拒絶反応が酷くてお蔵入りした魔法だった。
「キミたちはそうやってこの世にないモノを生み出し過ぎる。シンシアナでなくても脅威を感じるよ」
「カレンファスト!!! 私を魔法で傷つけるのは不可能です。このとおりアンチマジックは完成している!」
「それは正鵠を射ているが、問題はキミの体が持つかという点ではないかな」
「苦痛には慣れている!!!」
「ならば苦しみながら逝くがいい」
動けないリレイラをカレンファストは矢継ぎ早の魔法で攻めたてる。リレイラはそれを全てアンチマジックで受け、片膝体勢から立ち上がり、剣を構えて一歩一歩と近づく、その鬼気迫る行動にさすがのカレンファストも恐れを抱いた。
「ならば剣技で決着をつけよう!」
カレンファストが袈裟で切りつける。
リレイラは、ふらつきながらも剣先を円月に受け流す。
続いて横凪からのステップを踏んだ突きをスウェイし、そのまま跳ね上げる腕狙いの切り上げ払いを、剣を逆手に持ち変えて受け、バク転で距離を取る。
しかし長い滞空時間にカレンファストは距離を詰め、手首を返しての横払いを仕掛ける。狙いは首!
リレイラはかろうじて剣の柄でそれを受けるが、その為には刀身を持つ事になり、刃を握る手の平がざっくり切れた。
握力は痛みに失せて、カレンファストの刃がにじりと首に当たる。
白い首筋に赤い線が伸び、ひたひたと赤いものが滴ってくる。
「力に力では勝てんぞ」
「力では。しかし――」
リレイラはそういうと剣に込めていた力をふぃっと抜く。そして勢いに逆らわず体を回すと、まるでダンスを踊るようにステップを踏んでくるりと回ってカレンファストの正面に出た。
「柔よく剛を制すと師匠に聞きました。私はあなたの力に押し出されただけ」
リレイラは、ハッとするカレンファストを気にもかけず、魔法鋼剣を掴む手をゆるりと捻った。
何事もない所作で。
静か過ぎる戦いの間に後、カレンファストの叫びが石壁の合間に響く。
リレイラの足元にカランと澄んだ音を奏でて落ちた剣には、がっちり四つの指が絡みついていた。
「立ち去りなさい。あなたには早急な治療が必要です」
カレンファストの剣を蹴り飛ばし、凛々しく言い放つ。
だが、
「……」
リレイラはうずくまるカレンファストの手を取り、自分の服の革紐を解いて止血を始めた。