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動き出したら止められない

 その頃、北門から攻め入ったスタンリーが騎士団は、大苦戦を強いられていた。

 城内北門のシンシアナ兵は薄い筈だった。ところが北門は居住地を活かした桝形虎口になっており、北進騎士団はシンシアナの猛攻撃を受ける。

 更に敵の背後を突く筈のエフェルナンドの部隊が来ない。


 ――話が違うぞ、ラド・マージア!

 戦いながらそう呪っても、ここに本人はいない。

 勢い突入した兵は押し込むより引く方が困難だ。猛攻は誤算でも、犠牲を覚悟して前に進むしかない。


「ワイズ卿! 敵弓兵、散開して東面を押しています。屋根の上からの攻撃が危険です。防衛専任の盾槍兵を側面に配することを進言します!」

 どこかの中隊長の悲鳴が飛ぶ。

「守りつつ進め! ここを抜けて散ればこちらに利がある!」

「前方はどん詰まりです! 巨大な袋構造に誘い込まれました!」

 コディ・ナバルが現状を報告する。

「ならば建物に入れ! 弓は屋内では使えん、ヤツら自慢の長剣も狭所では振えん!!」

 阿鼻叫喚の喧騒の中を伝令が走り、ワイズの指示が兵を動かす。苦戦だが騎士団は崩壊していない。だが屋内に活路を求めた先鋒から悲報。

「ダメです! 奴ら魔法鋼の短刀を持っています!!」

 読まれている! 準備万端ではないか! しかしココで折れる訳にはいかない。

「それでも進め!!! ファイアバレットを切らすな! 火砲で押し続けろ!」

 だが敵も当然の対策をしており、魔力抵抗の高い狂獣の毛皮を貼り付けた盾で防ぎつつ、間合いを詰めてくる。

「粘れ! 粘れ! 奴らがここに集中しているならば東城壁は手薄だ、皇衛騎士団が突入すれば戦況は一気に変わる!!!」


 だが期待も虚しく、先に動いたのはシンシアナだった。

 先程まで猛攻を極めていた弓兵の動きがピタリと止まる。

「何の動きだ?」

「伝令! ムンタム中心街より敵の増援です」

 猛攻をくぐり抜けなんとか屋根上を取った友軍からの報告。

「なぜ敵の増援が来る!!! なぜ皇衛騎士団ではない! なぜ引潮なのだ!!!」


 もはやスタンリーの頭はパンク寸前だった。計画の全てが狂っている。まるで先が読めない。それでも指示を出さねばならない。


「ええい! 増援であろうと敵は止まっている! 分からんがチャンスだ! 反転攻勢に出ろ!」

 だが、建物に篭った騎士団に伝令を出した直後、前方の袋小路の行き止りの石積みが崩れ、向こうに異様な塊が現れた。


「コディ……なんだ、あの鉄箱は……」

 続きを言う前に、スタンリーは謎の箱の正体を知る事になる。

 前方が光ったのは覚えている。しかし音があったかは分からない。

 瞬間、世界が真っ黒になった。

 ・

 ・

 ・

 無音の中、背中に圧を感じ体を動かそうとするが、何かに阻まれて身動きが取れない。

 誰かが手を引っ張る。

 その力に引き出されて、黒灰の舞う岩場に立つ。

 岩場? なぜ私は石切り場にいるのだ。

 ……いや、ここはムンタムの市街地だったはず。


 視界に現れたコディが、血相をかえて肩をガクガクと何度も揺さぶる。

 コディ、なぜ声を出さないのだ。


 コディは業を煮やしたか、揺さぶる肩から手を離し、スタンリーの頬に平手を食らわせると無理矢理スタンリーの首を百八十度ひねる。

 とても大貴族に対する所業と思えず、気の置けぬ親友といえムッとするが、それ以上に目にした光景にギョっとした。


 建物がない。

 どこの廃墟だ。ここは。

 いま俺はどこにいる。


 だんだんと音が戻ってくる。

「スタンリー卿! スタンリー卿! スタンリー! 分かりますか! 壊滅です。敵も味方も! ここにいた全てが吹き飛んだのです!!!」

「……」

「スタンリー卿!」

「スタンリー卿!!!!!!」


「……俺の兵はどうした」

「この瓦礫の下です!!!」


「敵は」

「敵もです!!!」


 茫然自失としたスタンリーをコディはもう一度引っ叩いた。

「しっかりしろ! スタンリー! 我を失っている場合か!」

「気を失っていたのか……どのくらいだ」

「知るか! 前を見ろ! 敵を見ろ! まだ新兵器は生きている! あれが敵も味方も巻き込んで全部殺りやがった」


「後方の……後方の奴らはどうした!」

「生き残った者は、一旦、退却している。あんなやつとは戦えん!」

「兵を、俺の仲間を救出しろ! この下にいる!」

「バカも休み休みいえ! 皆死ぬぞ!」

 コディはスタンリーの頭を掴んで、ガクガクと揺さぶった。


 スタンリーが気を失っている間、先に動けたコディ・ナバルはできるだけの手を打った。残存兵を捕まえ、可能な兵の救出と撤退を指揮した。その間に殺戮の新兵器は追撃が出来そうなものだが、何故か沈黙を守り敵の増援も来なかった。

 敵に敵の都合があるのだろう。だがその都合は好都合だった。


「必ず救出に戻る。いいなスタンリー!」

「……」

「いいなスタンリー! 必ず戻る!」

「……わかった、コディ。済まない。私が不甲斐ないばかりに」

「あなたは不甲斐なくなどありません。申し訳ございません。先程は卿をぶってしまい」

 一息飲むコディ・ナバルは跪いてスタンリーに頭を下げた。


 鉄の箱はゆらゆらの大気を揺らめかせて、未だそこにあった。その姿は不気味としか言いようがなかった。



「エクスプロージョンとは爽快なものだな。だが少々強すぎる」

「ええ、この威力でガウベルーア魔法士十人分の命です。私は一人分のエクスプロージョンを使いましたが、それでもガウベルーア城の基底部を破壊するのに十分でした」

 胸を反らせて高らかに我が成果を披露するアヴェリア。

「一撃必殺か。一網打尽はガウベルーアのマージアにやられた手だが、我々も遂にそいつを手にいれたか。この兵器は世界を変える」

「ええ、だからこそゲニア様にお知らせしたのです」

「むろん本国には内密だろうな」

「もちろんです」

「上々だ。死んだ魔法士は捨てておけ。重量を減らしておく」

 鉄箱の装甲板で守られた御者台に腰かけるゲニアとアヴェリアは、荷馬車に繋ながれたガウベルーア魔法士を見もせず、兵器を整備をする筋骨隆々な中年男性に指示を出す。

「二射目は待ってください。溶け落ちた彫金の魔方陣を削り出しますんで!」

「急いでやれ! 武器の使えん兵器などただの棺桶だ」

「へい!」

 整備士は砲身と魔法士を繋ぐ魔法結線間に配された、魔方陣鉄板が挟まるスリットに鏨を当てて、カンカンと削り出す。

 スタンリーが鉄箱と称したこの兵器は魔法射出機で、まるでダグレオタイプの写真機のような構造になっていた。魔法士の魔力をエネルギー源とし、鉄板に彫金された魔方陣で魔力をエクスプロージョンの魔法に変換し砲身から放つ。


「お前の噂は諜報から聞いている」

「ありがとうございます。おかげでゲニア様に見出されたってもんで」

「礼ならばアヴェリアに言え。おまえが掴んだ情報から現物のエクスプロージョンを奪ってきたのはこいつだ」

「でしたら、あっしを本国に戻して戴く話も」

「考えておく。だが今は結果を出せ、話はそれからだ」

「へへへ、ありがたい話っす」

「アンタ、わたしに感謝しなさいよ。パラケルスに飛ばされてから随分長いけど、アンタを見放さなかったのはアタシだけなんだから」

「わかってまさ、アヴェリアさん」

「ま、私も本国に戻れるのだから、お互い様かしら。帝都に戻ったら主流派のやつらギタギタしてやんだから!」

「アヴェリア、取らぬ狸はやめておけ、武運が落ちる」


 ゲニアは高揚しつつも冷静に戦況をみる。

 第一皇軍を潰すには生き残りの第七皇軍では力不足だ。その差を補うのがガウベルーアの力とこの兵器。

 第一皇軍を潰したい我々とラドマージの騎士団を潰したいカレンファストとの利害は早々に一致した。だが戦力差はいかんともしがたく作戦を実行できなかった。その最後のピースになったのがこのエクスプロージョンを放つ装甲車だ。

 この威力があれば、敵味方ごと全てを葬れる。

 そして魔法であれば、その果報は全てをガウベルーアの仕業に帰着する。


「この瞬間を待っていたのだ」

 ゲニアは静かにつぶやいた。



「何かおかしくありませんか?」

「ああ? 何がだ」

 その頃、南門前に詰めるティレーネは、異様な静かさを破る爆音に悪い予感を感じていた。

「あのぉ、私の方が若輩ですが、役割は私の方が上なんですけど」

「わかってるぜ」

「わかってませんよ、ショーンさん。敬語で話してください。これじゃ部下に示しがつきません」

「いいだろぉ。お堅いエフェルナンドはいないんだ。俺はお前さんが泣きべそかいて訓練してた頃からの仲間だぜ」

「それは昔の話です」

 ティレーネは頬を膨らませてプイとそっぽを向く。

「それよりなんだ? おかしいってのは」

 ショーンは爪のあいだに挟まった砂を掻き出しながら、興味のない風を吹かせてティレーネに質問を投げかけた。後輩の話にホイホイ乗るのは癪なのか、はたまた生来危機感が薄いのか、心裏を読むのは得意な方だと自負するティレーネでも、ショーンの正体は未だにつかめない。


「私たち、もう随分ここにくぎ付けですけど、中で何が起こっているのでしょうか? エマストーンも反応しませんし」

「そりゃ、順調だからじゃないのか?」

「そうでしょうか?」

「そうだろ」

「そもそも、ショーンさんが此処に来るのもおかしい気がしますし」

「なんで俺が、ここに来たらおかしいんだよ」

 自分の行動がおかしいと言われてむっとするショーンをティレーネは聡く察知して、優しく言い直す。

「いえ、別にショーンさんじゃないですよ。私が感じるのは、魔法兵だけここに集めるって意味で」

「団長が言ったんだ。東壁からの攻撃があるときは、南北門にシンシアナは手薄だ。だから南門を強化した方がいいんだとよ」

「そうですか……」

「ああ」


「……」

「……」

 ティレーネは思考を巡らすように見えない東壁側に首を伸ばし、そしてラドのいる北方向を伺った。そうすることで、現場を見ているようなリアリティが生まれる。リアリティは正しい判断をするのに必要な要素だ。


「それ、変じゃないですか?」

「はぁ?」

「だって東壁に集まっているなら、そのまま魔法兵の力も借りて城壁を破壊して、敵を混乱させてからパーン兵の接近戦で攻めきればいいじゃないですか。団長がそんなことを考え漏らすなんて考えられませんし」


 ショーンの顔が紅潮し、こめかみ辺りから汗が流れる。

「……ああ」

「ショーンさん? それについてエフェルナンドさんは何て言ってたんですか?」

「あ、ああ? 特に何も……な」

「ショーンさんは理由を伺わなかったのですか?」

「あ、いや、何でくらいは聞いた…かな」

「それで」

「魔法兵だと接近戦は良くないから……デスと」

 ティレーネのジト目がショーンを刺す。


「ホントはちゃんと聞いてないんですね」

 さらにショーンの目の奥を覗き込むと、もともと女性に耐性のないショーンはいたたまれなさに、あっさり真相を吐いた。


「そうだよ、ちゃんとは聞いてねぇよ!」

「うわ、逆切れ」

「知るか! そう団長が言ったんだよ」

「ふむむぅ、これはやっぱり何か変ですよ。わたしずっと思ってたんです。エフェルナンドさんが最近ヘンで、それでずっと一緒に居れば本音を話してくれるんじゃないかって。そしたら、『俺はこの国のためにやることがある。たのむから協力してくれ』ってそれしか言わなくて。何か隠してるなって思ってたんですけど」

「じゃ、言えよ! 俺に!」

「ショーンさんになんか言いませんよ。信用できませんもん」

「お、おまえなぁ」


「とにかく悪い予感がします。私は魔法兵五十名を連れて偵察に出ます。ショーンさんはココを守ってください。もし私の鏑矢が聞こえたら、南門をエクスプロージョンでぶち破って突入してください。

 団長の話では、魔法兵二十名くらいの魔力なら、私達でも小さいエクスプロージョンが使えるそうです。魔方陣を渡しておきます。紙の魔方陣なんで使用は一回きりでです。二度目はないので慎重に」


 ティレーネは勇ましく駆けだすと、その勢いのままに馬にまたがる。

 短く結んだ後ろ髪が、ぴょんと揺れて彼女の芯の強さのままに跳ね返ってくる。

「ティレーネ隊、私についてきてください! 街道を伝って北門に向かいます!」

 気が緩んでいた隊は、ビシッと敬礼すると隊列を作って駆け足に馬についていく。

 それをポカンと見守るショーン。

「お、おい! 俺を置いて行くなぁぁぁ!!!」



 ヴィルドファーレンでは、パーンのご婦人の依頼を受けたイチカとアキハが調査を始めていた。

 数か月空けたヴィルドファーレンの空気は何かか違っており、まるで掃除を止めた部屋のように、どことなく輝きを失い道も人も建物も薄汚れて見えた。

 たしかに家族が戦地に赴いているので、人が少ないのもあるだろう。だが明らかに行き交う人々に活気がない。


 すっかり萎れた街で聞き込みをする。

「行方不明の子は獣化度の高いパーンの子ばかりね」

「親が皇衛騎士団の男の子ばっかりかぁ。関係あるのかしら」

「でも消えた子達は友達同士みたいだし、どうしてもそうなっちゃうんじゃないかしら」

「つるんで遊んで、王都の地下水路にでも迷い込んだとか?」


 ヴィルファーレンの浄水場は、王都の地下水路を水源としているため、水路を伝えば王都の地下に潜れる。格好の遊び場だが迷子になると、複雑極まる地下迷宮から容易に探すことは出来ず子供が入るのは禁止されている。だが、やんちゃな男の子が集まれば……ない話ではない。


「イオの子もいたんでしょ。ありえるわね」

 残念ながら親が甘いと、子供はやんちゃに育つものだ。イオの子はここらでは有名なガキ大将で何度か大人を怒らす大事件を起こしていた。特に夜中に友達と王都に裏街に忍び込んだ事件にはラドも肝を冷やしたものだ。

「私が王都の地下に潜ろうか? イチカは体が悪いみたいだからお留守番で」

「そうね。頼むわ。私は聞き込みを続けるから」


 アキハは、さっそくとばかりに自宅に戻り冒険道具をまとめる。

 自分で打った魔法鋼の剣、三日分の保存食と魔法処理した保存水、毛布にマジックランタンをパラケルスから出たときに調達したサックに詰め込む。

「こんなの何年ぶりだろ」

 あの頃は能天気だった。王都に行けば何かが変わる。ラドとなら何かが起こせる何でも出来る。そう信じて疑わなかった。

 けど……現実は違った。二人でどこまでも行けると思ったのは大間違いで、自分だけが飛べなかった。


「ダメだアキハ弱気になるな。いま出来るコトあるじゃないか」


 卑屈になるな! いまイチカの役にたっているじゃないか。

 誰かの役に立てば、誰かに応えれば、誰かが喜ぶなら、私の命に意味はある。

 飛べなくても誰にも認められなくても、私は進むんだと決めたじゃないか。あのパラケルスの工房の前で。


「よし! 行こう!」

 アキハは遠くまで来てしまった重さを全身に背負い、明かり一つない地下水路の壁石に手をかけた。

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