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ムンタム攻城戦

 親方が作ったカタパルト砲が届いたのは、ラドが王都を出立してから約四週間後であった。

 砲といえば砲弾を打ち出すものの総称だが、鉄も石も不足しているガウベルーアでは鉄弾頭に替わり木材を打ち出す。言わずもがな、現地で最も手に入りやすい部材だからだ。

 木材は質量が軽いため攻撃力に劣る。そこで威力を増すために砲身部を長く作り速度を稼いでいる。

 逆にメリットもある。球形の砲弾ではないので筒構造にする必要はなく、打ち出し部分は爪に規定長の木材を引っ掛けて勢いよく打ち出す、空母のカタパルトに近い構造が採用出来る。

 首尾よく行けば、安価な木材で城壁に穴を開けつつ、木材をそのまま堀に落として空堀を埋めることが出来る。

 ただし、堅牢な城壁なので、かなりの木材を撃ち出さないと穴は開かないだろう。


 この新兵器をムンタム東面に配置し、指揮はエフェルナンドに任せる。

 戦の主役たるスタンリーは北面に。ラドとラドの片腕となるリレイラも北門につく。

 南門には残りの皇衞騎士団を置き、ここはティレーネに指揮を任かせる。

 アンスカーリ軍にはいったん下がってもらい予備兵力とする。名目上はシンシアナ増援への備えだが、本音はスタンリーが自力で自城を奪還した実績を作るためだ。よって攻城戦は一気呵成に行わねばならない。

 作戦は状況を見つつ連動して進むので、分隊のボスとなるスタンリーやエフェルナンド、ティレーネにはエマストーンを持たせている。この通信を使って相互に連絡を取り、歩調を合わせて作戦を遂行する。



「破城カタパルト砲発射ーーー!!!」

 ラドからエマストーンの信号を受け取ったエフェルナンドが号令をかけると、火の魔法で圧力を高めていたカタパルト砲が一斉に火を吹く!

 力自慢のパーンが十数名でやっと運んだ丸太は、バシューっの音も鋭く、いとも簡単に空に撃ち出され、僅かに放物線を描いて城壁めがけて飛んでいく!

「ちゃくーーー弾!!!」

 測量兵の掛け声と同時に城壁に到達した木材弾は、粉々に砕け散り、遅れて轟音を響かせ石壁を僅かに凹ませる。


 その行方を追っていた全員が想像を絶する威力に固唾を飲んだ。

 そして、視線が東壁から白い蒸気を揺らめかせて静かに次のアクションを待つ鉄の塊に戻ってくる。

 火の魔法を焚いていた魔法兵も、初めて見るカタパルトの威力に、ただ呆然と立ち尽くしている。

 火、氷冷、電気、光など多彩な顕現を見せる魔法であるが、どれも素の現象としては穏やかなものが多い。そんな魔法が、まさかこんな威力を生むとは想像すらしていなかったのだろう。


 一瞬真っ白になった皆だが、状況は正しく理解していた。

『この新兵器は途轍もない威力を誇り、堅牢なムンタムの城壁を間違いなくぶち抜く』と。

 誰もが頷き合って目を輝かせる。

「いけるぞ!!! 次の丸太を詰めろ! 魔法兵! 火の魔法を窯にかけろ。ガンガン撃つぞーーー!」

 東の堀に歓声が響いた。



 その頃、城内のシンシアナ兵は城壁をガンガン叩く振動に、何だ何だの騒ぎとなっていた。

 東側面は分厚い石壁で守られており、まさか攻められるとは思ってもいなかったからだ。

 城壁に設けられた監視用の小窓から外を眺め見ると、ガウべルーアの大隊が集結しており、何やら見慣れぬ兵器にしきりと魔法をかけて、わいのわいのと蠢いている。

 その兵器が突然動き、こちらに丸太を打ち出してきた!

「なんじゃこりゃ!!!」

 驚くより早く着弾した木弾は城壁を激しく揺らし、天井から間石をバラバラとまき散らす。


 四連装のカタパルト砲など見たこともない監視兵は、狼狽えつつも、城壁内ノリの通路をよろめき駆けて報告所へ走る。

 こんな攻撃を受け続けて城壁は持つのか? そんな不安が脳裏をよぎる。


「東城壁に敵! 新兵器にて城壁の破壊を試みています!」

 報告所には石で作られた伝声管が通っている。監視兵の張り上げた声は石の狭間を伝い、東壁から北東見張り台へ、さらに北見張り台を経て北門の詰所へ、そこから伝令が走りムンタム中央の総督府に届く。

 現在のムンタム総督は、第一皇軍ハーディングだ。

 もう一年もここにいて、ふんぞり返っている。

 ハーディングは占領地にも関わらず、ここに居心地のよさを感じていた。

 なにせここまで離れてしまえば皇帝のご機嫌に振り回されることはない。帝国と違い豊かな大地は多彩な作物を生み出し、料理はどれもうまい。おかげでこの一年で一セシュ(約二十キログラム)も太ってしまった。まったく腹の肉が重い。

 ガウべルーアの民は従順でまっとうに働き、何も言わずとも魔法鋼の武器をどんどん生産してくれる。

 最初に脱走を試みた市民を見せしめに惨殺したのが良かった。占領は何事も最初が肝心である。

 そのハーディングの前に破城の報を告げる伝令が跪く。

 政務室には副官が数名。ハーディングは長い朝食を終え、やっと午前の政務に入った所だった。


「ハーディング提督! 敵ガウベルーア大隊が東壁の破壊を試みています!」

 だが急を告げる伝令に対して、政務室の面々は落ち着いていた。それぞれに顔を見合わせてウムと頷く。

「落ち着け。ムンタムの城壁はやすやすとは落ちん。ヤツらの狙いは我々を動揺させることにある。ふむ、やはり敵は城壁を落としに来たか」

 ハーディングはこの情報を掴んでいた。奇策など手の内が分かればなんてことはない。

「作戦通りにいく。城門をこじ開け乗り込んできたガウベルーアを迎え撃つ。改造した北門前に兵を集中させよ。敵の上を取り市街戦で叩く! 気取られぬように東壁から弓兵を出せ」

 城外に潜ませた第七皇軍の働きに満足し、ハーディングは一人頷いた。



 東壁のエフェルナンドは、ラドと話し合った作戦を思い出していた。

『ムンタムでの戦いには隠れた前提があるんだ。それは、ムンタムを無傷で奪還せねばならない思い込み。だからガウベルーアは必ず南北城門付近に布陣される。一方、シンシアナは布陣をみて南北どちらかに全力を集めることが出来る。我々は常に半分の兵力で戦わなければならない。それにシンシアナは僕らが疲れた時期をみて戦を挑むこともできる。だから戦いは常に不利な条件なんだ』

 言われてその通りだと気づく。

『だからそれを逆手に取る。城壁を壊せば、門さえ開かねば安全だと油断しきっている奴らは、慌てて兵を編成して東の防御に回る。必然、北門は手薄になるから、そこを突いて突入する』

『逆に城壁から攻撃がない場合は敵はこの攻撃を揺動と見抜いている。この場合、敵は北門と南門に兵力を集中している。だから小エクスプロージョンを併用して東壁面に穴を開け、はしけをかけて一気に突入する』


 東壁を叩いた反応は弓による攻撃。つまり状況は前者で進んでいる。

 ラドの言う通りに事が運ぶのを見て、エフェルナンドはこの人は実は凄い人なのではないかと思い至る。

 逆縁の出会いだったが、この人と共にいるのは案外と楽しい。

 たしかにアズマ団長は人望に溢れた素晴らしい人物だった。英雄と呼ばれた人物と行動を共にするのは、自分の存在意義を満たしてくれる。しかし戦には否定的で、その点において血気盛んなエフェルナンドは満足出来なかった。

 しかしラドは違った。イヤだイヤだと言いながら戦に赴くクセに、信じられない戦果を上げてくる。その中隊を任されるのは、エフェルナンドに最高の高揚感を与えてくれた。

 できるならいつまでも、この夢のような時の中にいたい。

 だが、いつかは覚めるのが夢。それがガウべルーアという国の現実。 

 エフェルナンドは制服のポケットに忍ばせたエマストーンを握り、痛くなるほど力を込めた。



 エマストーンの信号を受け取ったラドは、作戦の方向性を決定する。

「予定通り僕が跳ね橋の巻取り機を破壊しますので、跳ね橋が落ちてきたらワイズ卿は一気に突入してください。敵は東壁に集中しています。勝機です」

 目で頷くスタンリー。

「コディ! 突入準備! 魔法攻撃で敵を潰す! ムンタムの地理はこちらが熟知している。機動力に勝る我々の勝ち戦だ!」

 命令を受けたコディ・ナバルが大声で部下を呼びつけると、気配を察知した騎士団の動きがにわかに騒がしくなり、あちらこちらで武器を確認する音が鳴り始める。


 それを眺めていたリレイラ。

「師匠……」

 何やら躊躇いを秘めた声で、口元に手を添えラドに耳打ちを始めた。

「なに? リレイラ」

「大規模戦なのに進みが軽くないですか?」

「そうか? シンシアナっぽい単純さだと思うけど」

 二人は互いに視線を合わせず、士気を上げんと北進騎士団を鼓舞するスタンリーを目で追う。

「最近のシンシアナは狡猾です。その意味で騎士団からライカとイチカを抜いたのは不安です」

「大丈夫だよ。僕らはこの作戦の主役じゃない。突入までが僕らの出番、あとはサポートなんだから」

「理解しています。しかし、スタンリー・ワイズはどこまで信用してよいのでしょうか」

「それも大丈夫だよ。僕が直々に話したんだし、ムンタムの奪取は共通の目的なんだから」

「そうですが……」

 ラドは、オー! オー! と北進騎士団の気勢の声が幾重にも沸き立つ状況に一点の曇を見る。口ごもるリレイラの表情が固い。

「……スタンリー・ワイズは信じましょう。では、なぜ新しく作った通信魔法をエフェルナンドに持たせなかったのですか。アレはエフェルナンドを監視するために作った魔法だと思っていました」

「はぁ……リレイラもかよ。隊長に団長を任せたんだ。エフェルナンドがきょどるのは当たり前だろ」

「きょどる?」

「様子が変だってこと」

「はい。師匠が不在中、エフェルナンドには不審な単独行動が多かったのです。深更本陣を抜け出し、かと思えば一人で悩んだりと」

「万を超える騎士団を預かってるんだ。僕だって寝れない夜はリレイラが見てないところでヴィルドファーレンをほっつき歩いてたよ。そのくらい重い役目なんだから」

「重々承知しています。しかし不安要素はできるだけ排除すべきです。今からでもエフェルナンドに――」

「リレイラはこの作戦を止めたいの!?」

 明らかにイラついた声にリレイラは身を竦める。

「いえ! ただ懸念を拾うのが私の仕事なので」

「ときに大胆に行かないと現状は変わらないって! その結果がコレでしょ。懸念はあるよ、いつだって。それに部下を信じないでどうするの!」

「すみません! 仰る通りです。作戦に……集中します」

「頼むよホント」

 リレイラは自分に踏ん切りをつけるように、ほっぺたを両手で叩くとブンブンと頭を振った。髪が自分の頬に当って痛い。

 きっと勘違いだ、師匠の雰囲気が違うのも、エフェルナンドが変だったのも、そしてヴィルドファーレンからきた手紙も。

 でも……、一つだけ……。

「あ、あの師匠! イチカから手紙が――」

 これだけは伝えておきたい。



 時を同じくして、東壁の遙か東方、湿地のほとり。

 そこには身を隠して控える大軍があった。


「ムンタムの戦況はどうなっている?」

「ラド・マージアが東壁に穴を開けるようです。北門からの突入は時間の問題かと」

 窪地に身を潜めた兵が望遠鏡から目を離し、同じように隣に身を潜めカレンファストに報告をする。

「彼は引き出しが多いねぇ。住人の被害を考えればムンタム城壁の破壊など考えられない。そこを逆手に取るとは、なかなか度胸がある」

「カレンファスト卿、いつ動きますか?」

「焦ることはない。エマストーンの信号待ちだ」


 カレンファストは体をもたげると、縫製の良いいかにも高価な制服のホコリをぽんと払い、後方に配した幕舎に戻る。

 辺りよりひと回り大きな幕舎がぐるりと広がり、ガウべルーアでは決して小さくないカレンファストの体を子供のように見せていた。


「失礼する。ゲニア殿はおられるか」

 陣幕の入り口に立つ屈強な兵士が警戒を解かずに上から睨みつけ、大きく頷いてから陣幕に繋がる長い棒をクイと跳ね上げる。合わせて幕舎の口がパカリと開いた。


「第七皇軍ゲニア将軍殿。そろそろキミの出番だが、準備はよいかな?」

「無論」

「好きな所から攻めるといい。ラド・マージアが憎いなら北門だ。慎重にいくなら南門がいいだろう」

「それは既に決めている」

 ギロリと睨むゲニアは、魔法鋼の大太刀をチラリと柄から出して、輝きを確認してから大股に座る椅子より立ち上がる。放つ気配は殺気に近い。

 それはカレンファストも同じで、剥き身の刃物の如き気のぶつかり合いに押し負ければ、いつ斬り合いが始まってもおかしくない空気が満ちている。

 だがそのあしらいは、カレンファストの方が一枚上手だった。


「キミもなかなか運のいい男だ。あの雪崩で生還して皇軍のトップに上り詰めるのは、僕の助力があるとはいえ、大したものだよ」

「実力があっての運と言うもの」

「全くだ。そして実力には知略も含まれる」

「礼は言わん。ここを離れた瞬間、容赦はせん」

「もちろん。ただ想定互角に兵力を有していることをお忘れなく」

 遙か前方で天を割るような爆音が響き、遠く北の森の上に叢雲のような鳥が舞い上がる。同時にエマストーンがピカリと光った。

「派手にいったな。これではエマストーンは不要だ」

 その後でゲニアはニヤリと笑った。



 兵を整えたスタンリーは、北門の前で馬を揃えていた。

 突入準備を完了した北進騎士団は、ムラムラとした復讐心を地から立ち上げて、突入瞬間を今か今かと待っている。


「頃間だ。リレイラ、火の魔法で跳ね橋の巻取り機を燃やせ」

「はい。……あの、師匠、先程の手紙の続きですが――」

「なに、まだあるの!?」

 ラドのイライラを隠さない言い方に、リレイラは言いかけた言葉を飲む。作戦開始前にアキハの事を言うべきではないか。手紙は二通あった事を言うべきではないか。そんな予感を消し込めず声にしてみたが、 

「リレイラ!!!」


 リレイラは北門の正面に立ち、伸ばした左手の軸線を跳ね橋上部の巻き取り機に合わせて狙いを定める。

 左右には十名の魔法兵。

 団長が進むと決めたのなら左手たる自分は支援に徹しなくてはならない。しかし意識とは裏腹に魔法に集中できない。


 胸騒ぎ。


 ――師匠は元来嘘の付けない人だ。この異質な感じは明らかに何かを隠している雰囲気。それは作戦の事じゃない。師匠が不在の時の事。師匠が消えた数ヶ月の話をすると何故か歯切れが悪い。

 スタンリーとの和解のきっかけも教えてくれない。

 いつもなら、いくつか質問をすれば反応で凡そあたりが付くのに、今回ばかりはあたりすらつかない。


「リレイラ殿」

「……」

「リレイラ殿?」

「は、はい!?」

「みな準備は出来ております」

 女性魔法兵が、怪訝な表情を差し向けるのを見て、リレイラはこれではいけないと、同い年ほどに見える彼女に頷き返し意識を集中する。

「では私が調律しますので音程を合わせて」

「はい」

 頷く十名に向けて、リレイラがラの音程でナー、ナナ、ナーと音を刻むと、女性魔法兵も声を合わせてハミングする。

「この音程とリズムに合わせます。狙いはあの巻取り機の柱の先端です。私の詠唱に合わせるように」

「はい。リレイラ殿」

 女性魔法兵たちは声を揃えて返事を返す。リレイラは十名に目配せして、手刀を落として詠唱を始める。


 全員が合わせて詠唱を始めると、狙い定めた巻取り機を先端にはシリウスの様な青白色の煌めきが複数現れ、それはゆらめきながら一点に収束してゆく。

 その光点をリレイラは突き出した掌に納め、

「シンクロファイアーボール!」

 力を込めて握り潰す!


 リレイラの張りのある声が鋭く響くと、北門上のシリウスは一層強く輝き、青白い炎となって一気に拡大して、小粒の太陽のような熱を放射する。遙か離れて跳ね橋の前で待機する騎士団が手や腕で顔を覆う。頬が焼けるほど熱い!

 直後、門づくりの頂上付近にある木造の櫓が熱に耐えかね一気に火を噴き、焼き切られたぶっとい繋が解き放たれ、陽光を浴びて幾匹の白蛇のように踊る。

 そして拘束を解かれた跳ね橋が、最初はゆっくりと、次第に加速して倒れ落ちてくる。


「あおりを食らうな! 馬を御せーーー!」


 スタンリーが部隊の者の警告を発し、驚いた馬がいななく中で、跳ね橋が猛スピードで石框を叩く恐ろしい光景が繰り広げられる。

 木と鉄の帯で固められた塊は、生き物のようにしなり飛び跳ね、拳ほどのビスを飛ばせて悲鳴を上げて踊る。

 だが頑丈な跳ね橋は、そんな乱暴な扱いにもかかわらず無事落ち着き、機能を失うことはなかった。

 それを目視で確認したスタンリーが号令を下す。

「全軍、突入ーーー!!!」

 コディ・ナバルが復唱し、声も勇ましく大軍が動き出した。


 詠唱を終えたリレイラは、重魔法の反動による眩暈を覚えていた。

 シンクロ魔法は魔力の足し算だ。十名でシンクロすれば十倍の魔力を一人で食らう。十倍の魔力が魔法に転換される間、自分の中に留まった他人の魔力は体の中を巡り、あちこちの器官に悪さをする。特に神経系へのダメージが酷い。

 回る世界に溺れてふらりと片膝をつき、ラドに感じていた胸騒ぎの正体に気づく。


――あれは他人の魔力を使った気持ち悪さ。自分達が事態に振り回されている感覚だ。


 スタンリーを無理に立てたり、こんなキリキリの作戦の最中に関係ない魔法を作ったり、師匠の心は百パーセントこの戦に向いていない。見えない力に操られて、誰かの手の中で踊らされている感覚。それはエフェルナンドも。


 イチカは正しかった。

『エフェルナンドさんは、何かを抱えてます。それを隠すために軍規を引き締めたのではないでしょうか』

 私にだけ言った言葉を、私はまさかと打ち消してしまった。

 彼はパーン部隊の指揮を自分で取らねばならなかったのだ。だから引き気味の作戦を推したり、戦果の悪さを母さんの甘い規律のせいにしたり、母さんではダメな理由を作った。

 そして見越したように母さんは師匠のお使いでパラケルスに旅立つ。まるで出来過ぎている。


 吐き気の中、つらつらと考える視界の端には、小さな臙脂の背中がある。この戦いで何かが起きる。どこか遠く感じるラドの姿にイチカは混乱の予兆を感じていた。



 東壁をエクスプロージョンで爆破したエフェルナンドは、崩れた城壁にはしけをかける。むろんパーン兵と共に突入するためだ。だが、その前に命令を下す。

「ショーン、魔法兵を連れてティレーネのもとへ向かえ!」

 抜刀した剣を掲げて、エフェルナンドはティレーテが控える南門を示す。

 ショーンは「はっ!」答えたが、踏み出した足を止め踵を返す。

 素直がモットー、悪く言えば思考が浅いショーンだが、さすがにこの命令は即座に解せない。

「なぜですか?」

「街中は狭い。接近戦になれば魔法兵は不利だ」

「確かにその通りですが」

「ティレーネが守る南門は、シンシアナと繋がる街道にも面している。あそこは手薄だ。外に伏兵がいればひとたまりもない」

「はい、そのお考えは理解します。ならば初めから魔法兵を南門に配備すればよかったのではないですか?」

「リレイラ殿と団長の命令だ。東壁の敵の出方が分からない以上、こちらに兵力を集中する必要があった。だが敵の反撃は薄い。ここにはもはや大兵力は不要だ。敵は南北門に兵を置いている」

「なるほど! 理解いたしました」


 するすると出る理屈にすっかり納得したショーンは、回れ右をして魔法兵を集める。お調子者でぱっとしないのは今もだが、それでも責任感は強く、案外と部下の信頼も厚い。

「ショーン、俺の部隊を頼んだぞ。俺はライカ大隊長に代わりパーン部隊を指揮する」

「任せてください!」

 エフェルナンドは調子のいいショーンに苦笑いを差し向け、大きく息を吸う。


「パーン部隊、抜刀! ムンタムの堀を超える!!! 突入後、南門に向かえ!!!」

 どうと鯨波が石壁にこだました。

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