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ムンタムの砦へ

 ムンタム戦はこの短期間に四回も行われている。

 初戦はムンタム南門とガウベルーアが南門前面に作った南門砦の睨み合い。だがシンシアナの後詰に押し込まれ北進騎士団は南門砦から撤退を余儀なくされる。

 二戦目は、新たにシンシアナが帝国と南門を繋ぐために整備した新北街道を舞台に行われる。ガウべルーアは後詰め対策として新北街道に街道砦を作り、更に奪還した南門砦を強化して敵の出口を封じる作戦に出るが、想定外のシンシアナの抵抗に大敗を喫する。

 この大敗を受けて国王陛下は和平交渉に動く。これが例の国王陛下と共に街道を歩いた大移動だが、ご存知の通り開催前に決裂。

 三戦目は、シンシアナがムンタム北城壁に作った北門に対し、ワイズ派閥が総力を結集して挑んだ戦だった。しかし南門と北門の動きに翻弄された北進騎士団は背後を突かれ敗走。そのまま総崩れとなり、一時はライシュウを失うほどの大失態を冒す。

 四戦目は、アンスカーリ・ワイズ連合騎士団による戦だ。戦力はここでやっと均衡した感がある。


 相次ぐ苦戦だが、そうなるには訳がある。

 北の絶対的要として造られたムンタムの堅牢さは折り紙つきで、来るものを寄せ付けない閉鎖構造となっているからだ。

 城外と繋がるのは狭い南門しかなく、分厚い城壁に囲まれた広大な土地では農作が可能。魔法を熱エネルギーとして使えるガウべルーアのみが採用できる完全自給型の築城となっている。

 立地も攻めるに厳しく、西は山を背にした森を切り開いた荒れ地。だがあえて切り株を残して、布陣しにくくしている。

 東は緩やかに傾斜した農耕地だ。東向うに森が見えるが、北の山脈を水源とした川が耕地を分断し、農耕地にこそ潤いを与える恵みは、戦の足を止める障害となっている。

 城は切り拓いた森と川を挟む狭小地にあり、最も幅の狭い所で三百ホブ(約九キロメートル)を切る。ゆえに大軍を置くにも都合が悪い。

 このように守るに適した城だが、ひとたび落ちれば奪還は容易ではない。

 それでも初めの頃は南門の狭さは、シンシアナにとってマイナスに働いていた。

 彼らは鉄鉱石や石炭といった資源がなければ生活も生産もできない。それに本国との連絡も必要なため、南門前に砦を築かれると、城外に兵を出せなくなる。

 それを見越して、北進騎士団は出てきた兵を叩く長期戦の構えをとっていたが、想定外の後詰め鋭さと、北の城壁あけられた大きな門により、いまやムンタムはシンシアナにとって最適な城となっていた。



 日も大分傾いた頃。ラドは南門砦の入り口に立っていた。

 ここからムンタムを見るのは二度目だ。一度目は不思議な縁で国王陛下と。そして今、数名の供を連れて城の威容を眺めている。

 城内からは幾本かの黒煙が上がっている。アメリー王妃が言う通り、ムンタムでは魔法鋼を用いた武器の生産が行われているのだろう。


「皇衛騎士団駐屯地は東端です! 皆、団長の到着をお待ちしております」


 戻ってきた伝令の案内に従い駐屯地に向かうと、ビシリと並んだ懐かしの皇衛騎士団の面々は、どいつもこいつも表情が硬くて暗い。


「ご登壇下さい」

 整列した騎士団の前面には、木箱が数段積まれており、伝令がそこに上がれと促す。まるでグランドに集められた生徒に訓示を垂れる校長先生だ。

「僕、こういうの好きじゃないんだけど」

「いえ、エフェルナンド殿が是非にと」

 渋面を伝令に返すが、彼にも立場があるのだろう、目を逸らして一層低く跪く。

「わかったよ」


 木箱の階段を大股で一段、二段、三段と登り、上から見事な格子を描く皆を見下ろす。

「皆、ただいま。と、言いたいところだけど、どうしたの?」

 できるだけ優しい声色。


 最前列を横一線に並ぶ隊長クラスの中から、エフェルナンドが一歩前に出る。

「皆、長引く遠征に疲労を覚えております」

「そう、本砦に入って何日?」

「二か月弱です」

「今までもそのあったじゃない」

「……」

 ――だんまりですか。


 他のやつらの顔を見る。ぶすっとしたライカ。上の空のリレイラ。そわそわするティレーネ。

 おおよそ何が起きたか想像出来る。


 ちらっと空を見る。

 時刻はもう夕の入り。


「イチカ、イチカはどこにいる?」

「イチカ殿は体調不良につき、本陣にて休養中です」

 ショーンが一歩前に出てびしりと答えて、また下がる。

「そうなんだ。ショーン、そんなに畏まらなくていいよ。僕らそんな軍隊じゃないし。じゃ衛生はだれ? 食料残が知りたいんだ」

 すると聞き覚えのない男性兵が、見えない位置から答える。

「通常配給で四十九日! 軍事糧秣は残ゼロです!」

「軍隊糧秣はゼロでもいいよ。どうせ使わないから。お酒はある? 今日はみんなと飲みたいんだ」

「はっ! 土酒が十三樽あります」

「よし、どうせ一日飲んだって戦局に影響はないんだ。今日は飲もう! やっとみんなとも合流できたしね」

 そこまで言って、やっと皆の顔がほころび始めた。

「衛生、準備をたのむ。みんなも手伝ってね」

 ハイっと先程より熱を帯びた声が出て、皆は回れ右をして陣幕のもとへ駆け出した。



 慰労の酒宴は尻上がりに盛り上がり、月も高くなる頃には、十三樽もの酒は全て空になり、ヒトもパーンも肩を組んで笑い合う宴になった。

 石を枕に寝る者、歌い踊る者、ひたすら話し込む者、自由な宴の装いが広がっている。

 飲めないラドは部下達の間をまわり、盃を満たしては「ごくろうさま」「よく頑張った」「家族は元気か」と声をかける。そして、いい加減、酒も無くなったところで本陣に戻る。


 幕舎の幌を上げて中を見ると、畏まったいつもの五名が所在なく座っていた。

 未だ暗い顔のエフェルナンドはシラフで、地べたに敷いた麻織物にあぐらで座っている。

 少し離れてライカとリレイラ。ティレーネは武装したままで体育座り。そして幕舎端の椅子に座ってひざ掛けをしたイチカが静かにいた。

 一様に神妙な表情。


「さてと」

 近くにあった椅子を手に取り座ろうとすると、

「申し訳ございませんっ」

 まだ、何も言っていないのにエフェルナンドが、あぐらのくせに地につく勢いで頭を下げた。


「いきなり謝罪ですか」

「指揮が落ちているのは自分の責任です。ライカ殿やリレイラ殿と意見が食い違い、我が考えで軍規を引き締め、状況の悪化を招いてしまいました」

「いえ、エフェルナンド殿に責任はございません。団長が不在中の損失を恐れて、消極的な戦いを提案したのは私です」

 ――かばい合いとは二人とも仲の良いことで。


「どんな作戦だったの?」

「基本は出る杭は打つ作戦です。揺動し、門から出てきたシンシアナ兵を魔法で削る方針でした」

 確かにその策は消極的すぎる。手堅い南門砦ならもっと大胆に行くべきだ。

 士気は生き物だ。行き先がシュリンクした行動は兵のやる気を落とす。だが無謀な拡大路線だと兵を慄かせる。このバランスが難しいのが作戦というものだが、二人共騎士団を預かったからには、一兵たりとも傷つけてはならない思い込み、作戦の幅を狭めてしまったらしい。

 それを言おうとして、ティレーネは自らの失策を指摘する。

「慎重になりすぎました。前線ではない故、出方をはっきりさせなくて良いと考えたのは気の緩みです。反省しております」

「ええ、解っていれば改善できるからいいですよ。むしろ良くなかったのは僕の方かもしれない。思い切った操兵が出来なかったのは、僕がそういう空気を作ったからだもの」

「いえ、決してそんなことはありません」

「いいよ、失敗は成長の糧。後悔は学びに変えて忘れよう」

「団長!」「ありがとうございます!」

 揃って頭を下げるエフェルナンドとティレーネは、瞬間見つめて頷き合う。

 その間、ライカはずっとぶすーっとしている。

 この状況を見てもラドが何も言わず、お咎めなしだったのが気に入らないらしい。

 あとでゆっくり話を聞いてやらねばとラドは思う。


「ところでイチカは大丈夫?」

 椅子に座っても怠そうに肩で息をするイチカが気になる。

「ええ、少し疲れただけです」

「風邪でもひいたの?」

 熱を診ようとイチカの額に手を当てて、イチカの目の色が曇っていることに気づいた。

 イチカは瞳の覗くラドを越して遠くを眺める。ちょっとぽーっとした風で、まるで正体がない。


「ごめんみんな、ちょっと二人にしてくれないか」

 四人は無言で顔を見合わせて、そっと席を立った。



 二人だけを残した幕舍は、わずか布一枚で外の喧騒を隔て、全く異質の空間を作っていた。

 龍安寺の石庭のように、空気だけが静かに流れている。


「魔法を使ったね」

「ラドは何でも分かってしまうのですね」

「イチカが不安になってしまうといけないから言わなかったけど、イチカは自分の瞳の色を知っているかい」

「はい、幼い頃は青でした。でも今はそのラピスラズリより暗い色だと思います」

 ラドの杖の宝石を見て言う。

「いいや、ほとんど黒灰色だ」

「そうですか」

「イチカは賢いから気づいているよね。瞳の色と君の――」

「はい」

「ならなんで」

「命の価値は時間ではないでしょう」

「僕にとっては時間だ。イチカと一緒にいられる時間の」

「それはラドの価値ですよ。私の価値はそれ以外にもあるのです」

「悲しいことを言わないでおくれよ」

「私にも大切なものはたくさんあります。それはいつかラドにも言います。その時がきたら」

「ああ」

 もともと静かな子で、一言一言は人の何倍もの重さを持ってたが、今のイチカは鮮烈なまでの鋭さを合わせ持っていた。

 なんの覚悟だろうか。話しているうちに、自然と半歩下がりたくなってしまう。


「ごめんなさい。魔法を使ってしまって。隊を任されましたので応えたかったのです。私はパラケルスの魔女ですから」

 チャーミングに笑って、イチカは強がってみせた。

「そうか、イチカは魔女だものね」

「ええ、わたしはラドの左手です。ラドのかわりに魔法を使い支える者。弱いところは見せられませんから」

「そんな覚悟なんてしなくていいよ。左手はたくさんある。イチカだけに負担はもうかけないから」

 しっとり微笑むイチカの少しコケた頬に影がさす。明らかに体調が悪い。だのに違いを飲み込んでしまうような慈愛の香りが二人の間に漂った。

 言葉が重くて鮮烈なのに、不思議と胸が温まる。


「僕はもうイチカを置いて旅になんて行かないよ。次はみんなで旅をしよう」

 二人は顔を見合わせて、求めるようにすっと互いの肩を抱いた。


「うふふ、ラドは相変わらずウソが下手ですね」

「ウソなんか言っていないよ」

「アキハとガウべルーアを周ったのはウソでしょう?」

「えっ?」

「うふふふ、だって日焼けしてませんし。背中に大怪我をしているんですもの」

 ラドはイチカが抱く背中の手を避け、自分でも触って確認する。確かによくよく触れば皮膚のごわつきを感じるが、分かるほどではない。


「日焼けはフードを被ってたからだし、ずっと。それに辺境には野党も多いから」

「無理をしなくても大丈夫です。秘密はお墓までもっていきますから。王宮ですか?」

「なんで!!!?」

「甘いナッツの香りがします。これは王宮務めから帰ってきたロザーラさんの香り。それに話し方がラドらしくないのです。時々丁寧すぎて女の子みたい」

 言われて、はっと気づく。

 口癖とは恐ろしい。言いたいことを押さえて自制気味に話すと、つい侍女のような丁寧な口調になってしまう。そんな言葉使いなど一言二言くらいだと思うが。


「それに椅子に座るとき、ラドはいつも足を開くのに、足を揃えて座ってましたから。気づいてなかったでしょう」


「あ、あ、あははは、イチカには敵わないや」

 イチカはラドが笑うのに合わせて、はかなげにニコリと微笑んだ。微かに開いたイチカの口許から白い歯が見えて、それが更に儚さを深める。


「実はアメリー様の侍女をやってたんだ」

「まぁそうですか。それは見たかったです。幼い頃のラドは女の子みたいにかわいいかったですものね」

「あははは、自慢じゃないけど、ちょっと評判だったよ。幼い頃から変わってないけど」

 二人は笑い合い、そして言葉が途切れてまた見つめ合う。


「大変でしたね」

「ううん。大変じゃなかったよ。いい経験をした」

「アキハも一緒だったのですね」

「うん」

「二人が羨ましいです。私の知らない思い出があって、怒鳴り合える仲だなんて」

「腐れ縁だよ。聞き分けのないやつだから」

 イチカは少し体を崩して、ふいと下をみた。何か思う所を自分の中から引きだすように。


「私も黙ってましたが、実は秘密があります。私とアキハは協定を結んでいるのです」

「協定?」

「ええ、どんなにラドの事が好きでも抜け駆けしないと」

「なんだよそれ。そんな約束してたの!?」

「でも、もういいですよね」

 イチカはしっとり微笑んで、座ったまま両手を差し出した。

 何を求めているかは語らずとも分かった、瞳の砂時計がイチカの想いを全て伝えてくれる。それは優しく、純粋で、壊れそうな想い。


「イチカはウソが上手だから、きっとバレやしないよ」

「ええ、きっとラドにも分かりません」

 ラドはそっと、イチカに顔を近づけた。


 ――この戦いを一気に終わらせよう、そして終わったらイチカやアキハとの時間を大事にしよう。

 ・

 ・

 ・

 未だ目をつむって、椅子にちょこんと落ち着き、顔を突き出したイチカを愛おしく目に焼き付け、ラドはイチカの頭にふわりと手を置いた。

 そして一呼吸。


「リレイラ! 新しい魔法を作る。来い! ライカ! 余った飯を持ってこい。三人で食べながら作業する!」

 ラドは陣幕の外に向かって叫んでいた。



 ラドは三日ほど徹夜をして、幾つかの新しい魔法を作った。

 一番作りたかったのはアメリー王妃と約束した、マギウスフォーン。

 無線の原理は知っている。要するに音声を変調して電波に乗せ、受信側では復調、増幅してスピーカーで音波に戻す。

 エマストーンやマギウスレーダーを作ったことで要素は揃っている。新たにマギウススピーカーを作る必要があったが、空気を操る技術の基礎は既にある。

 単純なものであれば魔法照明弾のスラストがそれだ。それを高度に制御して1ビットパルス幅変調し増幅すれば、聞き取りにくいが音を再生できる。

 原理はわかっていても動作する魔法陣を組み上げるのはトライアンドエラーが必要だ。デバッガーがないのでひたすらやってみるしかない。

 それでもなんとかそれっぽいものを作り上げることができた。

 同調ブロックが未完成なのでブロードキャスト通信になってしまうが、相手はアメリー王妃だけなので問題はないだろう。


 イチカには、「来るなり徹夜をするなんて、ラドは本当に困った人です」と怒られてしまった。ついでにリレイラも「ラドを止めるのがあなたの仕事じゃない」と怒られる。

 まったくイチカな世話女房も困ったものだ。


 そのイチカに、マギウスフォーンを託して、アメリー王妃に届けてもらう事にする。

 お使いの言い訳があれば、イチカを戦場から引き離すことができる。皆の期待に応えたいと思うイチカは、ここにいればまた魔法を使ってしまうだろう。

「まったく。ラドの考えはみえみえですね」なんて言っていたが、みえみえで結構。

 悟ったような事を言っていたが、そんなもの叶えさせてやるものか。


「では、私は行きますが、エフェルナンドさんをよろしくお願いいたします」

「エフェルナンド? ティレーネと随分懇ろなようだけど、それのこと?」

「ええ、最近少し変なので気にしておりました。強引というか、怯えているというか……。何度もパーン部隊の指示命令系統の再編を求められましたし」

「騎士団を任せたんだから、そんなのもあるだろ」

「そうなのですが、エフェルナンドさんはあれほど真面目な方ではなかったように思います」

 団長と副団長は文字こそ一文字違いだが、責任の重さは雲泥の差だ。一人で全てを決め、全ての責任を背負わなければならない。

 責任とは即ち命の重さだ。そんなモノをおふざけ気分で受け止められるモノじゃない。エフェルナンドも一時的とは言え、同じ立場になったのだ。真面目になってもおかしくはないだろう。

 だが経験のないイチカに、それを言っても伝わらない。

「分かった、エフェルナンドには気を配っておくよ」


 そしてイチカは王都へ旅立つ。

 合せてライカにも、重要なミッションを託す。

 ライカは単身白馬キタサンにまたがり、一路、故郷パラケルスを目指すのだった。

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