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探り合い

 ラドは攻城戦の準備のために親方の工房に来ていた。

 剣と魔法の世界には美しくないが、城壁破壊用のカタパルトを作ってもらうのだ。

 カタパルトとは、要するに蒸気機関である。火の魔法で水を沸かし、チャンバーに貯めた高圧の蒸気で砲弾を発射する。

 破城のためにエクスプロージョンの魔法を使用してもよいが、極めて効率の悪い魔法なのであっという間に魔法兵が疲弊してしまう。それに効果範囲が広すぎて住人に被害が出てしまうのも問題だ。

 蒸気を使うアイデアは、魔法を直接運動エネルギーに変換できないと分かった時点でずっとラドの胸の内にあった。

 いつかは親方とアキハと蒸気噴射によるジェット飛行機を作ろうと考えていたが、いつの世も技術は真っ先に兵器に転用されてしまう。


 手持ちの芋根紙(うこんし)に簡単な設計図を描き、原理を説明すると、親方は「お前はよくそんなネタが出るな。だが作るのは簡単だぜ」と、さっそく腕まくりしてやる気を見せる。

 目から鼻に抜けるとはこのこと。ツウカアの二人に細かい説明は不要!

「あ、ムンタム戦で使いますから、できるだけ早くお願いしますね」

「おう、まかせとけ!」

「お代は――」

「気にすんな、後払いにしてやるぜ」

 信用とはいつの時代も大事なものである。


 カレンファストには疑いを持たれたくないので、一般的な挨拶を装ってムンタム戦のテコ入れに赴くこと、アンスカーリと話したあの事を伝えておくことにする。

 だがカレンファストの所在が分からない。

 貴族の動きなど、勝手気ままなものだ。特に南方領主でムンタム戦に絡まない彼は、戦などどこ吹く風と、ようとして捕まらない。

 ところが、どこで聞きつけたか「マージア殿が戻られたと伺いましたが、駐屯地におられるか」と、カレンファストの使いの者が現れた!

 どうやらアンスカーリと会ったことが、カレンファストの耳にも届いたらしい。


 高位の貴族が訪れる場合は、皇衛騎士団駐屯地であっても、それなりのオモテナシをしなければならないが、生憎、騎士団はみな戦地に赴いており、気の利いた接待はできない。

 そのうえ実務に最適化された駐屯地に接遇に適した場所は無く、仕方なく一般兵が普段使いする会議棟を用いる事にする。


 駐屯地に現れた準正装のカレンファストは、従者が用意した箱馬に足をつくと馬車を降りて、ラドに案内された会議棟に向かう。

 会議棟に入った瞬間、顔を歪めるのを見逃さない。大方、獣臭いと思ったのだろう。

 案の定、

「なんとも、君の非常識には敬意を表したいね」と、軽い嫌味。

「それは、お褒めにあずかり光栄です」

「いまのは皮肉だけど、ちゃんと通じてるかな」

「もちろんですとも。非常識は私にとっては誉め言葉なので」

 カレンファストは手を広げて、呆れたと言わんばかりに笑う。

「さすがに全軍はムンタムか。もぬけの空とはいったものだ」

 全軍を前線に送り出した駐屯地は閑散としており、村と合わせて住民の半数を失った畑は、家族だけでは手が回らず、荒れるに任せている。

 乾燥地帯のここでは、二日に一度、水を撒かないと畑は維持できない。

 収穫を前にした葉物野菜は、どれもカラカラに干からび、まるで廃村を思わせる光景に、ますますここを哀れな場所に見せていた。


「私がガウベルーア諸国を回っていた間にちょうど砦詰めを申し受けたようです。いま全軍をエフェルナンド・イクスに預けています」

「それは間が悪かったね」

「いえ、何ら心配はしておりません。彼は優秀ですから」

「それは随分な余裕だ」

「部下を信用しています」

「なるほど。アンスカーリ公も随分と君を信用しているようだね」

「ありがたくも」

 何を言い出すのを待っているのか、カレンファストは人のいい顔でラドを見続ける。ニコニコとはこういう顔を言うのだろう。

 だが言葉を超えた圧があり、ラドはその重さに負けて口を開く。


「アンスカーリ公には、アージュの姫君を迎えろと言われました」

「そのようだね。人の口に戸は立てられぬものだ。私の耳にも聞こえてきたよ」

「カレンファスト卿には自分から本件をお伝えしようと思っていましたが、その前にお越しになられました。順番が逆になりましたこと、誠に申し訳なく思っております」

「またまた。気遣いなんてラドくんも大人になったねぇ。そりゃ政略にも足を突っ込むというものだ」

「いえ、御元に伺おうと思っていたのは本当です」

「そもそも、ラドくんが誰と婚姻を結ぼうと、私に報告をする筋合いはないのではないかな」

「いえ、アミリアをいただく以上、義長兄であるカレンファスト卿にはちゃんとご報告を」

「それは律儀なことで。私はラドくんにホスロー卿との関係を一言も言ってはいないのだけれど」

「ホスロー卿ですか? 娘姉妹はそろって絶世の美女だと伺っております」

「ああ、妹はフォーレス・ブルレイド王の側室だ」

 カレンファストは目を細めて、楽し気にその事を語る。開けっ広げたポーズの向うにある腹の内は伺い知ることは出来ない。


「そうなのですね。つい数年前までは平民でしたので王宮には疎く、申し訳ございません」

「姉は私の妻になる」

「それは慶事」

「それはキミも」

 切り替えされる。


「私はなかなかそうもいかず、これからムンタムに赴き参戦する予定です。諸国を回り平和のありがたさを痛感しました。ムンタム領はワイズ派の統治領ですが、ここは王国のために大いに協力しようと考えております」

「ふーん、そう。どの国を回ってそう思ったの?」

「はい、東方や西方辺りを」

「西方にはラドくんの里があるね。あんな無防備な街にシンシアナが現れたらひとたまりもなかろうに」

「ええ、全くです。もしそうなるならば、僕は全力で戦いますが」

「それは私もだよ。守りたいものはそれぞれだが、ともに力を尽くそう」

 カレンファストは大きな手を差し出して握手を求める。応じないわけにはいかないのでラドも手を出す。


 妙に力強い握手。


 するりとパラケルスの名が出るということは、やはりヴィルドファーレンだけが人質ではないらしい。


「おや、どうしたんだい。手の甲に火傷の痕があるようだけど」

「ええ、ちょっと魔法の実験で失敗をしまして、あわや大けがを」

「そりゃ大変だ。ラドくんでも魔法の失敗はあるんだね。気を付けないと」

「ええ、ご心配をいただき感謝申し上げます」

 なにやら探り合いの空気。


「ときにラドくん、キミはこの国をどう思うかね」

「平和で豊かな国だと思います。パーンやバブルに人権が無いのが気になりますが」

「そうだね。半獣人の問題はあるが、キミの尽力もあって誰もが平和と安全と豊かさを享受している。今のところは」

「今のところとは?」

「一般論だよ。安寧とは脆いものだ。例えばフォーレス・ブルレイド王に世継ぎが居ないのはどう思うかい」

「いつお世継ぎが生まれるかは、我々が心配する事ではないでしょう」

「無論、治世は長かろうがいつ崩御されるかは分からない、その時、次の国王は誰になると思う」

「王家には詳しくないので分かりかねます」

「本当にそうかな。キミは建国亭のボンクラが次期国王になると知っているだろう」

「言葉が過ぎませんか、カレンファスト卿」

「今は二人だ。信頼に足ればこそ、このような話もするのだよ。義弟くん」

「ならば、他の王族を推す声もありましょう」

「王族はいる。魔法騎士をやっている者、王都で怪しげな商売をしている者、道楽三昧の遊び人もいる。キミはそんな者にこの国を託すのか」

「それが制度ならば止むを得ないでしょう。我々に意見を挟む余地はございませんゆえ」

「愚者ほど権力に貪欲なのはキミが一番知っていると思ったが、ラドくんは案外保守的だね」

「どのような人物が即位されようとも、その時はアンスカーリ公が王を諌め支えるでしょう」

「そうか」

「そうです」

 反意を試されているか、アンスカーリを裏切るような発言は、おくびにも出してはならない。カレンファストはそれを確かめるためか、煽るだけ煽った幾つかの質問をしたが、急に緊張を緩め、部屋をぐるりと見渡した。


「少々熱くなったが、これも国を思えばこそと許して欲しい」

「もちろんです。卿の心境はお察し申し上げております」

「それはありがたい。また機会があればこのような話もしようじゃないか。しかし……」

 カレンファストが会議棟の天井梁を見上げる。

「この建物は木造りだが随分と立派じゃないか。ラドくんは、ここの村の建設に随分とご執心だね」

「ええ、大切な仲間が住む()ですから。皆さんはバブルだ半獣人だと忌み嫌いますが」

「私もカウベルーアの民が大事だ。志は同じだな」

「ええ」


 カレンファストは一人満足すると、草根茶には口もつけずに席を立つ。

 表情は来た時と変わっていない。


「それじゃ私は帰るけど、私の力が必要なときはいつでも言うといい。ラドくんはこの国の重鎮だ。こと魔法においては国の将来を決めるほどの力がある。浅学を恥じる身ではあるが、私はラドくんを買っている。助力は惜しまないつもりだよ」

「ありがとうございます。勿体ないお言葉をいただき、心強く思っております」

「勿体ないものかい」

 カレンファストは会議棟の外で待たせていた従者を引き連れて、ひらりと馬にまたがる。来た時は馬車の住人だったが、どういう風の吹き回しか。


「そうだ。一つの言い忘れたことがあった。ラドくん、キミは器に合った中身を用意した方がいい」

「会議棟ですか? 事が落ち着きましたら迎賓館の検討をします」

「それがいい。ははは、それはいい」

 カレンファストは背を見せ、挨拶代わりに手を上げ去っていく。その背中が、からっ風に舞う砂埃に霞む。

 不意の突風がラドの小さな体を押した。

「うわっとと」

 たまたま力を抜いた瞬間だったからだろう。手をついてしまった。

 人は案外簡単に倒されるものらしい。

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