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覚悟

 ショートボブに切りそろえた銀髪。エメラルドのように瑞々しく輝く瞳がじーっとこちらを見ている。あまりに端正に作られた顔立ちと、透き通るような白い肌はまるでフランス人形のようだ。

 その例えは言い過ぎをではない。無機質な彼女を表すのに適切すぎる表現だとラドには思えた。

 だが生きている。その証拠に小さな肩と胸が呼吸に合わせて静かに動いている。その碧の瞳がパチリとまばたきをした。


 想定外の事が起こると、状況を理解するまで人は驚けないらしい。

 やや間があり――


 ごくりと生唾を飲んだ後――。


「うわぁーーーーーー!」

 驚いた拍子にラドは想像以上の力でアキハを放り投げてしまった。

 抱きついていたアキハは思いっきり突き飛ばされてゴロリと転がり、勢い余って隣の石槽に頭を打ちつける。

 ゴチリと響く鈍い音。

「いっっったーい! ちょっとなにすんのぉ!」

「なに落ち着いてんの? 起きてるんだよ、こっち見てんだよホムンクルスが!!!!!!」

「わかってるわよ!」

「わかってない!!!」

「わかってるわよ、寝た子なんだもん、起きることもあるでしょ」

「あるわけ無いでしょ! バカ? ねぇアキハはバカなの? ホムンクルスは人の形をしてるけど単なる細胞の塊なんだ、人じゃないんだよ!」

「バ……カ……。いまバカって言ったわよね」

 ドスを効かせたアキハがズンズン迫ってくる。

 残念ながら身長はアキハのほうが高い。身長どころか体の作りもアキハの方がしっかりしている。

 アキハはラドの胸ぐらを捕まえると、重量級ハンマーで鍛えた腕力でラドを軽々と持ち上げる。ぷらんとつま先立ちになるラド。


「ひっとに散々心配かけさせておいて、バカですって!? わたしが世話しなかったら、あなた今頃、やせ細って死んでるわよ!」

「お腹が空いたらご飯くらい食べるよ僕だって! 食べなかったのは空腹を感じなかっただけなんだから。何があってもご飯だけは腹いっぱい食べれるアキハとは違って僕はデリケートなんだよ!」

「なにがデリケートよ! あんたおばさんがどれだけ心配してるか知ってんの!? おばさんの頬っぺた、コケてたじゃない! それにわたしだってどれだけ心配したか。そんな余裕があるんなら私のことも心配しなさいよ! ラドのためにわたし何日もここに泊まってんだからね!!! もうそこのホムンクルスくらい臭いわよ!」

 アキハは起き上がったホムンクルスを見もせず、ビシっと指さし一気にしゃべり倒すとラドをギリギリと睨む。

「そんなのアキハの勝手じゃん! それに臭うんだったら外の井戸でも使えばいいじゃない」

「あたしに人前で裸になれっていうの! それにあれはホムンクルス用じゃない!!!」

「うっさいな! 臭いっていうから一つの対応策を提示しただけだよ。わかんないの。そんなことも! わかんないからバカだって言ってんだよ!!!!!」

「こんのーーーーーーー!」


 真っ赤になって怒るアキハの右腕がぷるぷる震え、拳が固く握られる。異常事態に理性を失いヒートアップしていく二人の睨み合い。

 その横から、たどたどしい声が聞こえてきた。


「て・き・せつ……ない。せんとう……い、たる……」


 二人以外にいないハズの部屋から急に生まれた声に、ラドもアキハも喧嘩を止めて声の方を向き直った。


「……ていせん……かんこくする」


 声の主は碧の瞳をぱちりともせず、口だけを動かし声を発していた。真っ白い肌に張り付く下着のしわがくしゅりとも動かないのが無機感を一層高めている。動くのは銀色に輝く髪から滴る培養液のみ。


「しゃべってる……」

 さすがにこれにはアキハも目を見開いた。振るい上げた腕が力を失い自然に落ちていく。

 二人は改めて顔を見合わせる。


「しゃべってるね」

「……ホムンクルス、すごね」

「うん、ホムンクルス、すごい。って! 凄いってもんじゃないよ。僕が読んだ資料の中にも『決して意識を持つことはなく』て、あったのに!」

「じゃこれって」

「奇跡だよ! きっと世界初だよ。偉業だよ! 壮挙だよ! 世界初の快挙だよ!!!」

「ラド、凄い!!! どうして? ねぇ何をしたの?」

「分からないよ。僕は普通に――」と、言おうとして止まる。


「どうしたの?」

「いや、いろいろ普通じゃなかった。アキハが雑に世話したし、アキハがずっとうるさく話しかけてたし、アキハが培養液にキビ餅を落としたりしたし」

「はぁぁぁ??? なんでこの期に及んでわたしを悪く言うのよ! 確かにいろいろ培養液に落としたけど」

「ちがうって、凄く刺激の強い環境だってことだよ。それに多分感情だ。それに触発されたのかも」

 ラドは腕を組んで思い当る原因を探る。記憶を遡ると思い当る節は沢山ある。雑な世話をしたアキハもだが、自分もそれほど褒められた世話をしていない。

 なにせ初めて仕込んだ素体だ。今思うとちょっと間違えた手順もあった。世話をしている最中に何度か落としたこともあるし、ぼんやりして髪を切るときに怪我をさせたこともあった。だがどの組み合わせの結果で目覚めが起こったかが分からない。科学の基本は再現性だ。だがこれでは全くの偶然であって再現は程遠いと言わざるをえない。


 一方、体に溜まった驚きをなんとも吐き出せないアキハは、同い年か少し年下か判然と分からないホムンクルスを見ていた。

 この無機質な少女は目覚めるはずがないという。アキハもそう思っていたから、今までモノとしか思っていなかった。だから培養槽から出したときも、息をしているのかすらも気にしたことはなかったし、生暖かいとは思っていたが、それを“生”と感じた事はなかった。

 それを今さら人として扱う?

 切り替えるには自分の中で何かのリセットが必要だった。


「ねぇあなた、いつから起きてたの?」

 リセット――それはアキハにとっては話すこと。


 声をかけられたホムンクルスは、機械人形のようにククっと首をこちらに動かす。

「……」

「ラドのことずっと見てたの」

「……」

「わたしの言ってる事、わかる?」

「みる、わかる……」

 どういう意図かわからないが、ホムンクルスはわずかに視線を落とす。それがアキハには寂しげに見えた。


「そんなこと聞いても答えられないよ」

「わかんないわよ、話せるんだから」

「話せる事と意思疎通できる事は同じじゃない」

 アキハは膝をすらせてホムンクルスの少女に近づき、両手を差し出す。赤みのさした、でも子供のくせにすっかり労働者の手をホムンクルスの少女はじっと見つめ、そして石槽にまだ浸かっていた自分の両手をその手に合わせた。

「らど、あきは、なまえ……」

 ゆっくりだが、明らかに意思のある答えが返ってくる。

「うん、なまえ」

「ちゃんと答えてる……」

「ほら。ちゃんとわかるもんね」


 ホムンクルスの少女は、今度はフッと目を上げる。

「微かだけど表情かある。ただ刺激に反応してるんじゃない。これは本物だよ。ホムンクルスは、ある程度の知識を持って生まれて来るんだ。もっとも僕の知っているホムンクルスの話だけどね。もしそうなら、いまこの子は急速に知識を吸収してる」

「へーそうなんだ。凄いね、ホムンクルスって」

「あっとう間に言葉を覚えて、きっとアキハより賢くなるよ」

 そこまで聞いて、アキハは微笑みを刹那にイラつきに変えてラドを見返した。

「なんでそこで私が出てくるのよ! ラドはどうしてもわたしをバカにしないと気が済まないようね」


 アキハは少女の手を丁寧に置くと、何かと自分を引き合いに出すラドのほっぺたを素早く捻り上げる。ちょっと元気になったと思ったらすぐこれだ。いったい素直でかわいい昔のラドは、どこへ行ってしまったのだろう。最近は頼ってくれると思ったら返す刀で生意気な口をきく。


「いだだだだ」

 これでもかとほっぺたを捻り上げるアキハと体をくねらせて悲鳴を上げるラド。

 それを横から見ていた少女が震える声で言葉を捻り出した。

「ぎゃくたい……ダメ」

「ぎゃくたい? ぎゃくたいってなに?」

「ひじめ、ひじめのこと!」

 何の親切か捻られて辛いのにラドが言葉の意味が補足する。

「はぁ? イジメてないわよ!」

「わへい……こうふく」

「私だって仲良くしたいのよ、それをこのラドがっ」

 ホムンクルスの少女は固まった表情筋を動かして、なんとか表情を作ろうとするが生硬でぎこちなく上手くできない。それでも何かを伝えようと碧の瞳を真っ直ぐこちらに向けてくる。


「ぶりょくこうし……」

「武力じゃなくて、お仕置き!」

「おしおき……」


 そんなホムンクルスの少女をみて、ラドはつねられたまま真顔でアキハに言う。

「あひは? ほれはひやんふやよ」

「はぁ?」

 何を言ってるのかとアキハが首をひねる。

「ひやんふやよ」

 ほにゃほにゃ言語のままでは話にならないし、間抜け顔で真剣を装われても可笑しいだけなので、アキハは不承不承とラドの頬からペンチにした指を離した。余程強く捻ったのだろう、ラドの頬には指の跡が赤紫になって残っている。

 ラドは痛々しいアザを手のひらで揉みながら、至極引き締まった顔で一つの提案をした。


「僕らでこの子をこっそり育てないか」

「育てる? こっそり?」

「うん、これはとんでもない事なんだ。この事実をウィリス工場長が知ったら、この子は王都に売られてウィリスの出世のために使われてしまう。そうしたら命の保証はない」

「けど、今はウィリスの目をごまかせても、いつかはどこかに連れて行かれちゃうでしょ」

「だからそれを阻止する。僕にいい手があるんだ」

「どんな手よ」

「今は言わない。だってアキハはうっかりさんだから喋っちゃうもん」

 アキハは今度は両手でラドの頬をつかみ、「そんな事をいうのは、この口か!」と、伸ばすにいいだけラドの頬をひっぱる。

 顔の倍も伸ばせばそりゃ痛い。ラドは涙をぼろぼろ零しながら「ひたい、ひたい」と訴えるが、アキハは「うりゃうりゃ」と言うばかりで手を離してはくれない。

 手をばたつかせるラドと、怒りながら笑うアキハ。


「ラド」

「ふぇ?」

「いいわよ」

「はひぃ?」

 伸ばした頬をぱちんと離す。

「どうせ止めろと言ってもやるんでょ」

「うん、やるよ」

「わかったわよ、もうっ」

「助かるよアキハ。それと――」

「なに? まだあるの?」

「ありがとう、いつも僕のわがままにつきあってくれて」


 頬っぺたを赤くした笑顔と言葉にアキハはこう思う。

 なよっとしているラドはかわいい。ぎゅっと守ってあげたくなる。

 覚悟を決めたラドもちょっとカッコよくて、キュンときて何でも手伝ってあげたくなる。

 だから結局どっちでも面倒をみてしまう。


 ――ホント、私ってラドバカなんだから。

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