意図せぬ出会い
誠に申し訳ございません!
リコリス・リコイルの二次創作に浮気して、更新を停めていました。
やっとの思いで窓から這い出てワイズの書斎にボテリと身を落とす。
「はぁーーー」
息をついて、ぺたんとその場に座り込むと、ぽたりと頬っぺたから血が落ちてきた。
やっぱり短剣をくわえたときに切ったのだ。この傷をみたらアメリーはなんて言うだろう。
説明のためには、怪我の前後のくだりも話さなければならない。
アメリーはたぶん驚き、そして怒るだろう。
あの人は怒ると凄く怖いのだ。それを想像すると小さくなって頭を下げている自分が見えた。
頬っぺたの切り傷を手の甲でぬぐう。手をみると指先はすり傷だらけ。膝も石の頭で引っ掻いた白い跡と擦りむき傷が無数にある。ブラウスもお腹の辺りが破けている。
「ちょっとまずいなぁ」
ここを出るときに言い訳をしないと。
立ち上がり、ブラウスとスカートの埃をパンパンと払う。
「コホン。いけません。自分はルジーナ。レジーナの妹……」
自分に言い聞かせて落ち着かせる。
よし!
時間はある。ゆっくりはできないが、ココを調べるには問題ない。何か怪しい物をみつけたら書き写して持ち出せばいい。
そして出る時は鍵を開けてこの部屋を何事もなく、普通に、堂々と出ればいいのだ。
貴族会議に動きあればアキハが来て教えてくれる算段だ。セーフティもかかっている。
ヒューイさんには……階段で転んでしまいましたとでも言って半べそをかけばいいだろう。あの人は自分の事を不安げに見ていたのだから。
大丈夫、なんとかなる。
無事帰れそうな目処がついたら頭の中が軽くなった。やっとこれで本業に集中できる。さぁ探索開始だ!
部屋は広いが調度品はそれほど多くなく、壁半面くらいの本棚とライティングディスク、皮張りの大椅子とその周りには水差しや香り袋が置かれたコーナーラックがあった。
執務に特化した部屋。
責務にだけはマジメちゃんなワイズらしい。
「探すべきは、まずは本棚ですわね」
気持ちを切り替えるために、あえて声に出して事を始める。
あるとすれば、どこかと交わした密約かなんらかの計画を記した書類だろう。ならば製本された本ではない。
そうアタリをつけて本と本の隙間を漁る。
そういうもんだろう。ヤバイ物やヤバイ写真集は本の隙間に挟む。
少なくとも自分はエロ本をベッドの下には置かなかった。
だがそれらしきものはない。
「なら引き出しですか」
この世界には金庫というものが無いのが素晴らしい。あるのは鍵付きの引き出しくらいだ。だから何かを隠すにはココしかないと分かる。
王宮で使われている鍵の仕組みなど、分解して研究済みだ。
木製の非常に単純なウォード鍵なので、先端が鋭利な金属棒をウォードの隙間に入れれば簡単に開けられる。しかも横スライドの原始的なつっかえ棒方式だ。
この可能性は考えて、頭に髪飾りを仕込んできた。
こんな中世文明の鍵なんざ、ヘアピンがあれば十分。開けるのに魔法なんか要らない、と言いたい所だが、ないんだよね〜そんな便利魔法が。ホントの世界の魔法はマジ夢がない。
王宮に来るときレジーナから借り受けた髪飾りは鉄製で、微細な彫金が施されており、この国では高価な物だ。
それを曲げるのは憚られるが、仕事なので心を鬼にして先端を床に押し当ててくの字曲げて、引き出しの鍵穴に突っ込む。
舌なめずりして手に伝わる感覚を頼りにウォードを探ると、明らかに硬さの違う部位が見つかった。
狙いはここだ。
先を引っ掛けて……、ゆっくりスライドさせる。
引き出しの中から、ゴゾゾと木の滑る音。
「ゴト」
いかにもな音がして引き出しは難なく開いた。
「楽勝っ」
機敏にでも慌てず、引き出しの中を見る。
ペラ紙の資料が多数。メモの切れ端。そして紙の撚り紐で留められた本。そのタイトルに見覚えがあった。
『ホムンクルスと魔法に関する考察』
鳥肌が立った。
「なんで僕が書いた本が……」
これは写本だ。中をめくってみると魔法の部分は斜線が引かれて消されている。
当時の研究だ。魔法の仮説が間違っていたと分かった部分は不要と見なして削除したのだろう。
原本はホムンクルス工場にある。まさかマイカやエイラが渡すとも思えない。ということはウィリスから流れたか。まぁ考えられなくない。スタンリーはカレス・ルドールとつながっているし、カレス・ルドールは、ウィリスと繋がっていたのだから。
だがイチカのことがスタンリーに抜けているのは何かあれば弱みになる。
やはりスタンリーは、気の抜けないヤツだ。
「ほかは……」
ペラペラと紙をめくると、例の会談へ向かう行軍計画書が出てきた。そこには王と王妃がどの軍に守られるかも書いてある。日付は3月26日。随行に皇衛騎士団を推す書状もある。
「あいつ、知ってやがったか」
他にもメモのような資料がある。
「ん? 筆跡が違う」
明らかに筆跡の違う資料が数枚ある。そのうちの一枚に目が止まった。
「粗末な紙だ」
気になって引っ張り出してみると、茶色にすすけた紙は明らかに他とは違うザラザラの質感。
『不自然が起きるには、起きるなりの訳がある』
ラドは中身を読み始めた。
わら半紙には驚愕の内容が書かれていた。
『ご指示の通りシンシアナ帝国へ会談の中止を提案――皇帝は計画の変更を承認し――アヴェリアより』
「これってまさか、スタンリー本人が王国を裏切って……ん?」
外が騒がしい。女性の声と何か強く否定する男の声がする。
和城で言えばここは二の丸だ、そんな騷ぎが起こる所ではない。
まさかここに忍び込んでいるのがバレたか? だがそんな気配は全くなかったはずだ。きっと違う何か起きているに違いないと思い、手を止めてドアの前に足を向け耳を澄ます。
男の声は衛兵のヒューイだ。何か強い口調でダメだと言っているらしい。
もう一人の女性の声は誰だろうか。
ドア越しでは声がこもってしまいよく聞こえない。仕方なしとドアに耳をあてる。
するとドアの中でゴツリと音がした。
「えっ」
心臓が縮み上がり、息が止まる。
なんで!?
頭が真っ白になり、何もできないまま、ドアは重々しく開いていく。
僅かな隙間から青空を凝縮したような眩しい光が漏れて、その向こうにある人影が見えた。
影は光を含み、光彩の輪郭を纏って次第に現れてくる。
眩しくて見えない。
だが目が光に慣れてくるに従い、相手の姿形が見えてくる。
ひょろリとした背格好。
優男な風貌に鋭く暗い瞳。
少し癖のある短髪の髪型。
スタンリー・ワイズ!
目が合った。
だが互いに言葉は発しない。
「ルジーナ! ルジーナ!!!」
扉の向こうから声がする。アキハだ。
声の遠さから察するにアキハは下の階にいる。
「ルジーナ……。アメリー様付き侍女か」
「……」
喉が張り付いて、咄嗟に声が出ない。
「ここで、何をしている」
スタンリーの人を怒り殺さんばかりの殺気に満ちた声が頭の上から響く。
「す、スタンリー様の部屋のお掃除です」
無理矢理に飲み込んだ唾に、誰が見ても分かるほど喉が動いたと思う。
「そんなものは頼んでいない」
スタンリーはルジーナの手元にある資料に目を向ける。
まさかこうなるとは思っていなかったので、手に持ったままだった。
「ただの侍女ではないな。目的を言え」
スタンリーはレイピアをスラリと抜いて、ラドの喉元に突きつけた。
薄身のレイピアは自分が考案した魔法騎士用の武器だ。それが自分を狙うとは皮肉だ。
「目的もなにも。わたくしはただ侍女としての努めを」
「ウソをつけ。切っ先を突きつけられて、悲鳴の一つも挙げぬ娘などいないわ」
くっ、言われればそうだ。自分の基準はアキハやライカ、ロザーラのせいでズレている。あいつらなら、こんな局面でも相手を睨み返してるだろう。
それより、ここにいることとアメリーの関係を外さなくてはいけない。ここでアメリーの影が見えれば、あの人は疑われて正室を追放されてしまう。
(しょうがない。息を吐いて……、よし、腹を決めよう!)
「そうですわね。たしかにただの侍女と言うのは無理がありました。それで? あなたはわたくしをどうするおつもりで?」
「知れたこと。筆頭貴族の部屋に忍び込む賊など、ここでその首を跳ねる」
普段は腹の底が窺い知れぬ男だが、今はハッキリわかる。
剣先に殺気がある。コイツは本当にやると。
「こんな所でわたくしを殺せば、知られたくないことも詮索されるのではありませんか?」
「どういう意味だ」
「それはご自分の胸に聞いてみることですね」
「いよいよもって、貴様、只者ではないな」
「それはそちらもでしょう。シンシアナと通じて何を企んでいらしゃるのか。この資料、国王陛下に知られてはまずのではなくて?」
スタンリーは、ラドがピラピラとさせた資料を目を細めて見て、口を一文字に閉じた。
「……アヴェリアはシンシアナへの使者だ。我らは北方の処理を陛下から任されている。シンシアナとの取引はあって当然だ」
「ならば、なぜ会談の中止を陛下に伝えなかったのですか?」
「行幸啓の最中にわかった危機だ。私は危険をご報告したが、後日、我が隊に国王陛下はいないと知ったのだ」
「そんなはずはないでしょう。あなたは3月末には皇衛騎士団が国王陛下とアメリー王妃をお連れすると知っていた。知っていて帰城後、国王陛下が皇衛騎士団と移動したと聞いて驚いてみせた。その食い違う行動には裏があるのでは?」
「裏か、その裏とやらを言ってみろ」
「例えば、陛下が行幸啓をキャンセルするよう襲撃をでっちあげ、それを悟られないためとか」
「ふふっ、よい情報収集だ。だが知りすぎた侍女の末路までは考えなかったようだな」
スタンリーは、ふふふと己を貶めるように笑うと、かっとラドを見た。
「死ね!」
喉元に突きつけられていたレイピアが刹那に走る!
だがスタンリーが叫んだおかげで、ラドはその刃先を間一髪で避ける。
しかし咄嗟に次の動きができるほどの余裕はない、自分の踵でスカートを踏んでしまい、態勢を崩して膝から崩れ落ちる。
その失態をスタンリーは不格好に頬を上げて見た。
ニノ剣がすぐにくる!
剣術に弱いガウベルーア人とはいえスタンリーは貴族、剣に覚えありだ。
尻もちをついたラドは狙い、突き刺した剣先を身をくるっとひっくり返えして避けるが、そのまま転がろうして、腰のあたりをぐっとひっらられた。
捕まったか!
違う。
突き刺したレイピアが、スカートを留めるピンとなり、自分の動きを規制しているのだ。
それを外そうともがいていると、
「さっきの威勢はどうした。お嬢さん」
引っこんだ目で残忍に言う。
スタンリーは、レイピアの柄を引き――、いや、この娘を自由にはしたくないと思ったのだろう、逆に上から柄頭を手のひらでドンと叩いて、いっそう強くラドを床に留める。
「我が書斎を血で汚したくはない。あれは日が経つと生臭くてかなわんからな」
スタンリーは、わっと掌をかかげ、五指を開いて魔法を詠唱する。
「インアルト――」
レイピアの刺さったスカートは破ろうとしても破れない。なにせ突っ伏しているうえ、使えるのは片手だけだ。縫製は雑なくせに意外に丈夫な生地は引っ張るだけでは破けてくれない。
そんなもたもたしている間にもスタンリーは無情にも魔法の詠唱をすすめる。
「――セクテン エンゲハルトジンク――」
火点集中型の火の魔法、ファイアアローだ!
まだ研究の途中の魔法である。そんなものまでがスタンリーのもとに漏洩しているのか。
それについてもとっちめてやりたいが、その前にやるべきは生き残る事。
もはや魔法の完成は目の前、炎がランスの形に渦を巻いて形成され、テーパーの先端がこちらを向いてく。
(もうだめかっ)
眼球に放射される熱さが耐えられない。
「イン ケッテン カッテ、なんだ!」
だが建物の下からドカンと突き上げるような振動がして、スタンリーは大きくよろける。
彼の手に込めた魔法のランスは制御を失いラドの頭の上をかすめ、窓を抜けて外へ飛び出していく。
「じ、地震か」
ラドもそう思ったが違う、開き放たれたドアのむこうに、爆炎が上がっている。
それが轟音と熱風を伴って部屋にもなかだれこんでくる。
その常軌を逸した状況に、スタンリーはただぽかんと口を開けたまま、扉の方を振り向いた。