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潜入

 この事をアメリーに伝えるべきかは非常に悩ましいところだ。

 何かを企んでいるのは間違いないが、確固たる証拠は掴んでいない。企てての中身も分からないのに、『怪しい』だけを伝えるのは相手を混乱させるだけだ。

 もう少し詳細を掴んでから報告したい。

 そのためには情報収集。



 その日は貴族会議が開かれる日であった。

 国王陛下をはじめアメリー王妃、大貴族の面々が一同に会する。

 議題は不明だ。それはアメリーも同じらしく、普段なら予定を共有する二人は「何の話でしょうか?」と頭にハテナを浮かべながら、渡り廊下を歩くことになった。


「国王陛下はなんとおっしゃっているのですか?」

「フォーレスは何も教えてくれませんでした」

「直接、アメリー様がお話しされたのにですか。普段でしたら侍女経由ですのに」

「ええ。あまりよい予感がしませんね」

「全くです」


 渡り廊下の出口で待つ国王陛下に最敬礼で頭を下げて、両陛下を見送る。

 当然だが貴族会議に侍女は出席しない。この後はアメリーに呼び出されるまで待機となる。

 ブルレイド王に会うのは本当に久しぶりだ。彼の顔を見ると行幸啓の件やアメリー王妃との色々があるので顔が引きつるほど緊張するが、幼い侍女など押しなべてそうなので、それについてブルレイド王は気にしていないようだった。


 さて、この貴族会議は実に好都合だ。たぶん今日も長い長~い会議になるだろう。大貴族はその間この部屋にカンズメになる。

 ということは、つまり……


 やりたい放題!


 自由にスタンリー・ワイズが使う部屋を探ることができる!


 さて、王城は簡単に言うと奥に向かって三構造になっている。

 正門から見て一番手前は王国の執政を司る応接室や謁見の間、各種ホールがある。そして一番奥に王族が暮らす王宮。その間に挟まれた中央部には、大貴族だけが用いることができる書斎がある。

 大貴族は執政に密接なため、ここを足掛かりに王を支援するわけだが、それだけにここには重要な秘密が隠されているに違いない。

 という訳でアメリーを送り出した後、待機などせず、何食わぬ顔で謁見の間を抜けて王城の外に出る。

 ワイズの書斎は王城の中央部にあるので、王宮から行くルートか、正門側から行くルートとなるが、王宮に繋がる回廊は王妃と一緒でなければ通れないので正面ルートを採用。


 王宮に繋がる一つ目の扉を抜けると、中庭のあるエリアに出る。

 久しぶりに石壁の外に出ると空気の軽さに胸がときめく。

 外はいい天気だ。八月の空は雲もなく薄青く煌めき、そそり立つ巨大建築の合間から夏の陽気を運んでくれる。

 砂利を踏み締める感触も心地よい。

 女物の革靴は底が薄くて少々痛いが、それすらほどよい刺激に感じる。


 少し風が舞うので、身をひねりスカートを片手で押さえる。

 二か月以上もこの恰好でいると、スカートを履いている事に全く違和感がなくなる。自分は元々この恰好で過ごしてきたのではないかと思うほどだ。

 このまま大きくなったら女の子に育ってしまうのではないだろうか。

 そう考えるとちょっと怖いが、そんな錯覚にさえ陥る。


「こんにちは、アメリー様付き侍女のルジーナです。門を開けて下さるかしら」

 スカートを抓み上げて門番に礼をする。

「ルジーナ様お一人ですか?」

「ええ、アメリー様は会議の最中です。ひと時、お暇をいただきましたので中庭に見たいと思いまして」

「わかりました。では横の脇戸をお通りください」

「ありがとう」


 ふふーん、慣れたものである。堂々とすれば王城の警備などちょろい物だ。

 ……まぁ別に悪い事はしていないけど。


 門番は一礼をして小さな来訪者を迎える。

 門を越えるとそこは、四角く切り取られた緑の楽園だ。

 数か月前、馬車でここを通ったときは緊張の余り、落ち着いて景色など見られなかったが、馬車道により左右に切り取られた庭園には、灌木や菊やバラなどの観葉植物が植えられ、夏の花となるマリーゴールドやトレニアが可憐な花を咲かせていた。

「まぁきれい!」

 と声が出て自分でもびっくりする。

 ちょっとキャラが入りすぎている。そして元の自分に戻れるだろうかと不安も。

 まさか気づかぬうちに男として大事なものがナチュラルに落剝していないかと、不覚にもスカートの上から手を当てて確認してしまう。

 ――大丈夫、まだある。

 ほっと一安心して歩みを進める。


 サルディーニャに聞いた話では、大貴族の書斎は右手の建物だという。だがどの部屋がワイズ家のものかは分からない。これは入ってみるしかない。


「こんにちは、アメリー様からお使いを承りまして、アンスカーリ様の書斎に伺いたいのですが」

 書斎のある建物の入り口に立つ衛兵に質問をしてみる。

「失礼ですがあなたは?」

「アメリー様付き侍女のルジーナと申します。こちらに来ることはございませんので、初めてお目にかかると存じます」

「ははっ、ルジーナ殿ですね。これは失礼致しました。アンスカーリ公の書斎にとの事ですが、なぜライス殿ではなくルジーナ殿が?」

「へっ?」


 うっかり出た声を殺そうと口許に手を当てて繕う。そうか、侍女は各派閥から出ているのだから、自派閥の侍女がこの手のお使いをするのが習いなんだ。

 自分の設定はレジーナの妹。レジーナの出自は東方のアージュだからアンスカーリでもワイズでもない第三勢力の貴族となる。そこの出の侍女がアンスカーリの書斎に行くのは不自然であり理由がないと筋が通らない。

 慌てたせいか急に顔がほてってきた。


「どうしましたか。ルジーナ殿」

「す、すみません。あ、あなた様がとても凛々しくて見とれてしまいました。あの、お名前を伺っても」

「はい、ヒューイと申します」

「あの、腕とお胸の筋肉がとても逞しいのですね。わたしく、そのような殿方にあこがれていまして、ついはしたなく」

「お褒めに預かり光栄です。体を鍛えるのが好きでして、ガウベルーアでは私のような体格は珍しいようです。もっとも魔法はからっきしなのでお恥ずかしいのですが」

 考えろ、考えろ。考えろ! なんか上手い理由はないか。

「このような重要な施設を守られているのですもの。きっと隊長さんの信頼も厚いのだと思います。このような方に守られていると思うと、わたくしもきっとアメリー様も安心なさいます」

「いえいえ、その若さでアメリー様の侍女をなされているのです。ルジーナ殿も大変優秀なのでしょう」

 それだ!

「は、はい。小さくして侍女になったもので、まだ右も左も分からず。ここに来るのも初めてなのです。アメリー様が『お前は物を知らないので勉強のために一人で使いに行きなさい』と言われて、やっとここまでたどり着きました。

「そうなのですね。なぜアンスカーリ公の書斎にと思いましたが、ご事情を理解いたしました。アンスカーリ公の書斎は二階の奥の部屋でございます」

「ありがとうございます。助かりました」

 よしっ!

 心の中でガッツポーズを決めて、軽やかに頭を下げて歩みを進めるとヒューイが後ろから声をかけた。


「もし、ルジーナ殿」

「はひっ!」

 声が裏返ってしまった!

「どうされましたか?」

「いえ、急に声をかけられたので驚いてしまって。お恥ずかしい」

「鍵はお持ちですか?」

 ――かぎ~!? 鍵だと? そんなのねーよ! ていうかあるべきなのか? 持っていないべきなのか? どっちなんだ。もうヒューイさん、あなた緊張感もたせすぎ、もう脇がびしょびしょだよ。

 それを悟られたくないので、脇を締めて振り向く。


「そうです!!! アメリー様から戴くのを忘れてしまいましたわ!」

「それは困りましたね」

 ああもう、どうすんだよっ。

「あのぉ、これから戻ってアメリー様にお願いしては時間がかかってしまいます。ヒューイ様、開けてくださらないかしら」

 脇締めついでに手を合わせて品をつくり、にっこり微笑んでお願いしてやる。

「ふーむ、そうですね……」

 どうなんだよ、いいのかよ、わるいのかよ、じらせんなよ。

「わかりました。では一緒に参りましょう」

「ありがとうございます。ヒューイ様!」

 もうヤケクソでヒューイに飛びついて逞しいお腹をぎゅっと抱きしめる。ヒューイはよろめきつつ受け止めて、「あはは、ルジーナ殿はかわいらしいですなぁ」と目じりを下げた。

 ――ぼ、僕は何をやっているんだ。何が筋肉にあこがれましてだ。

 なにか自分の中で最後の芯が折れた気がした。



 ヒューイはルジーナが余程心許なく見えたのか、二階までの階段を手を繋いで上がってくれた。もうどうにもなれである。

「ありがとうございますっ」と自分でも驚くほどの会心の笑顔でヒューイに愛嬌を振りまく。

「では書斎の鍵を開けます。私は衛兵の立番で下におりますので、お使いが終わりしたらお声がけください」

「はいっ、ありがとうございますっ」

 ふと昔、前の世界の何処かで聞いた“あざとかわいい”という言葉が頭をよぎった。

 あれは昔のアイドルだったろうか?

 そんなの古すぎて覚えてねぇ!



 さて、意図せずアンスカーリの部屋に入ってしまったが、ここには全く用はない。

 大貴族はアンスカーリとワイズの二人だけなので、アンスカーリの部屋が分かれば、もう一つの部屋がワイズの部屋だと分かると思って聞いたのだが、それが裏目に出た。


 どうしたものかと部屋を見渡して窓が目に止まった。

「そうですわ、ここから窓を伝って隣の部屋に行けば」

 幸い二階の書斎は二部屋しかなかった。ということは隣の部屋がワイズの部屋、中から行けないなら外から入ればいいじゃんという事になる。

 ということで、そのこらにあった椅子を持ち出し、踏み台にして格子窓を跳ね上げて足をかける。

 ここを渡れば。


「って、ベランダないの!」


 足をかけて気づいたが、窓がある側は中庭ではなく城の外壁。つまり側面壁。

 地面までの高さはゆうに一ホブはあるだろう。城壁ってのは敵の侵入を防ぐために非常なる高さを持って作られている。

 元来、城とは丘や段丘など自然の要害を活かして作った砦だ。内側から見える穏やかな景色と打って変わって、外から見る景色は峻険で強面である。


 窓から恐る恐る首をだして下を覗いて、その高さにごくりと唾を飲む。となりの窓までは十セブほど。窓には鍵はないから、窓までいけば隣の部屋に入る障害はない。

 石壁はゴツゴツしているのでボルタリングよろしく足をかけたり掴むことは可能だ。だが、足を滑らせれば即死は免れない。

 

「ピッケルかハーケンがいるな」


 もう一度部屋に戻って、それっぽい物がないか調べる。すると壁に丁度よさげな短刀があるではないか。これを石の隙間に刺してピッケルにしよう。

 だがロープがない。

「安全装置なしのロッククライミングかよ。もうっ、ここで死にたくないよ」

 だがこんなチャンスはもう暫くはないだろう。いまワイズの書斎を探らなくていつできようか。


「やる! 今は女の子だけど僕は強い!」

 ほっぺたをパンと弾いて、スカートの腰回りに短刀を三本刺す。

 窓の欄干に足をかける。片手を窓枠にかけ、くるんと外に体を放り出す反動を使って、短刀を石の隙間に突き刺すのだ。


 短刀は一回目は上手くスキマを狙えず弾かれたが、二回目は見事に石積みの間に挟まった。

 距離的には、これを二回繰り返せば、ワイズの部屋の窓だ。

 その短刀を右手で掴んで、かろうじて欄干に乗っかる左足を、石壁のでっぱりに乗せた。

「イケる!」



 外壁は風が強い。スカートが風をはらんでバフバフははためき、体を地獄へ地獄へと持っていこうとする。

「かぜ、止んでよっ」

 苦し紛れにそう声にしても、その声すらはためきにかき消されて、どこかへ飛んでいく。


 ピッケル代わりの短刀は二つまでは上手く刺さった。だが最後の一個が上手く行かない。

 なにせ四肢が不安定なのだ。足は石の凸を捕まえてもそこから動くことを良しとしない。手はいつ抜けてもおかしくない短刀を握って両方とも塞がっている。


 自分のバカさが呪わしく思える。

 簡単なシミュレーションだ。この大の字に壁にへばりついた状態から一歩を進めるには、少なくとも左の手足は安全地帯から動かさなければならない。それは右手足に倍の荷重をかけることだ。

 それをこんな心許ない短刀に預けていいのか。

 そんな逡巡が五分ほど続き、いい加減足が震えはじめた辺りで気づく。

 どこかで踏ん切りをつけて動かないと、足が持たなくて落ちると。


「ダメだ、行くしかない!」


 左手の短刀を勇気をもって手放し、腰に差した最後の一本に手をかけ口にくわえる。目指すは窓の木枠とここの中間にある石積みの隙間。あそこに短刀を立てて、体を伸ばし身を壁をへばりつけて、足をなんとか引っ張り上げる! それを根性でやる!


「ルジーナ、ひきまふ!!!」


 もうアドレナリンが出過ぎて頭がおかしくなってる。何でルジーナと言ったのか、なぜアムロになったのか、そもそも口に短刀をくわえているのになぜ無理をして叫ばねばならなかったのか分からないが、言葉の魔法を自分にかけて一気に体を伸ばす。

 発声と同時に短刀を持つ手を入れ替え、口にくわえた短刀を右手に持つ。

 なんかほっぺたを切った気がするが気にしない。

 その剣をくるっと逆手に持ち替え、一気に石に突き立てる。


「やっ!!!」

 えらく高い声が出た。こんな高い声は声色を使っている今の自分でも出した事はない。

 そんな冷静な分析を脳の端っこで行いつつ、短刀が思いのほか深く刺さらなかったことにやべっと思う。だが体はもう短刀に重さを預ける体勢なのだ。

 どうするか!

 木枠が近い。この近さなら飛べるんじゃないか!?

 どのみちだめだ、この一本は自分を支えられない。

 そう直感! 体は短刀を思いっきり引き寄せ、右足で石を蹴っていた。


「なあああああーーー」

 視界の隅で今、刺したばかりの短刀が、飛び立つ妖精のようにキラキラと光を放って、あっという間に小さくなっていく。

 あれは自分の命だった。


 木枠はかろうじて手の届くところにある。だが閉まっている。

 バカー! 自分のバカー! そりゃそうだろ。窓なんだ。まるまる開てるわけねーだろ。

 穴だったら強打しても上半身を窓枠にかければ、痛いだろうが落ちることはない。

 だが閉まった窓にどうやってへばりつくんだよ!


 かろうじて手にかかった格子窓の横木を一本握るが、ジャンプしたラドの体重を支えることはできず、無情にバリリと折れる。

 それが二本、三本。


 思考停止!!!


「なんで折れんだよ!!!」

 そう叫んで最後の一本が砕け散ったとき、下からスカートをまくり上げる強い風が吹いた。


「わ、わわ」

 壁を這い上がって来る上昇気流である。

 その力に体は持ち上げられ、ラドは上半身を格子の抜けた窓枠に滑り込ませる。

 気流は瞬間に通り過ぎ、また力を失ったラドの体は重力に引っ張られ格子の上に、ドンと落ちてきた。


「た、たすかった……」


 間一髪。神風に助けられた命であった。

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