侍女デビュー
王妃が住まう部屋は遠く、いくつもの廊下を渡り、階段を上り下がりしなければ到達出来ない、ちょっとした迷宮だった。たぶん有事を考えて迷うように設計されているのだろう。
「この階段を毎日なんて、アメリー王妃も公務に赴くのは大変ですね」
気の毒に思い感想を述べると、王妃には謁見の間や公務室につながる専用の通路があり、我々のようにいちいち階段を使わなくてもストレートに目的地までいけるのだとサルデーニャは教えてくれた。どうやらフィレンツェのヴァザリーの回廊みたいなものらしい。
「でも直通路があっては、危険なのではないですか?」
「ルジーナなら気づいたと思いますが、この建物の左手にあった窓のない壁が回廊になっています。回廊には白百合の特別警備兵が立っておりますし、鍵も厳重に管理されております」
「そうなんですね」
「既にご理解と思いますが、この事は内密に」
そんなつまらない話をしている間に、王妃の私室の前に到着した。
サルディーニャは目でラドに合図をして屈ませ、腰の帯剣を引き抜く。
「セテでございます」
サルディーニャは名乗り、先日見たのと同じように剣束の宝石にライトの魔法をかけ、扉の前に片膝をついてかしずく。やはりこれは合言葉らしい。
「セテですか、待ちわびました!」
中からはずんだ王妃の声。
そして靴の鳴る音がして、王妃自らがドアを開けた。
サルデーニャとラドを見たアメリー王妃は一瞬固まり、そして落胆の色を示す。だが次の瞬間には我に戻り「セテ、その者は?」とトーンをいつもに戻して聞く。
「レジーナ・ラピーニの義妹です」
ふぅとアメリー王妃の溜息。
「アージュの者ですね。名を何と申す」
「ルジーナと申します」
「ルジーナですか。セテ、例の話と思ったのですが別件のようですね」
「ん? アメリー様、別件とは何でございましょうか」
「それはわたくしが聞きたい事ですが」
暫く姉妹の間に謎の読み合いが訪れるが、そこは姉妹、サルデーニャがもしやと気づきを機転をきかす。
「アメリー様、ラド殿はご快諾されております」
するとアメリーまた固まり、しかしドレスの足元を整えて屈みルジーナの顔をしげしげと見た。
手を取り、頬を擦る。
「瞳の色……本当ですか?」
「はい、ラド・マージアです。この声なら信じていただけますか」
アメリーは、ほほう感嘆の声を上げると愁眉を開き、「マージア卿」「ラド殿!」「なんと可愛らしい!」と、気持ちを発露させてゆく。
「アメリー様……その褒め言葉は少々微妙なのですが」
「ラ、いえルジーナ。本当に素敵です! ああなんて素敵なんでしょう! とてもマージアの家名をもらった英雄とは思えません」
大いに喜ぶアメリーにサルディーニャもほっと安心したか笑顔が漏れる。
しかし、こちとらの笑いは引きつった笑いなのだけれど。
「レジーナ、ひとつお願いがあるのですが」
「なんでしょうか?」
なんか悪い予感。いきなり仕事の話か?
「一度でよいのでハグをしてもよいですか?」
はぐぅ?
「姉上、またその癖ですか」
「良いではないですか。わたしは飢えているのです。王宮には小さな子供はおりませんから」
「畏れ多くも癖とはなんでしょうか?」
「姉上は無類に小さい子が好きなのです。特に幼少が」
「幼女!」
「一度でかまいません~」
王宮特有の甘い香に負けない、甘ったれた声でアメリーが迫る。初めて見たときはキツそうなご婦人だと持ったが、人には隠された一面があるものだ。
「ルジーナ殿、一度で良いので姉上の望みを叶えて下さりませんか」
「……分かりました。でも変なことをしたらセクハラで訴えますからね」と言う前に、アメリーは正面からぎゅーっとしていた。
「んーーー。かわいいのう。かわいいのう」
やっぱり……馬車に乗るときに思ったんだ。この姉妹、小さい子が好きなんじゃないかって。
過日、謁見の間で頻繁に睨まれていたのはそういう意味だったのか。なんかチラチラ視線が来るとは思っていたが睨んでいたのではなく、純粋な興味。というか性癖だったか。
……いやそれにしても長いな、アメリーさんのハグは。