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化ける

「むふふ、これは、かわいらしい侍女ですね」

 一瞬いやらしい含み笑いが聞こえた気がしたが、サルディーニャはそう言ってラドとアキハに軽く会釈を返した。


 カンヅメの特訓は二週間続き、やっとのことで『鬼コーチ、レジーナ』の免許皆伝を貰ったのが翌朝、さっそくサルディーニャが自ら馬車を引いて、白亜の宮殿に現れた。

 身なりは白百合騎士団の正装をしているので、何の為にここに来たのかは凡そ想像ができる。


「わたくしルジーナが、レジーナ様の義理の妹。アキハがわたくしの世話係という設定です」

「また随分と複雑な設定ですね」

「こうでもしないと、どこかで足がついてしまいますから」

「たしかに用心は必要ですけれども」

「スパイ狩りもあります。厳重に越したことはございません」

 サルディーニャは、ふむふむと顎に手を当てて、デコボコの二人を値踏む。


「ところでラド殿」

「ルジーナです」

「失礼、ルジーナ殿、まだ王宮ではないのですから、普段の話し方と声色でよいのではないですか?」

 正装になると気が引き締まるのだろ。問うサルデーニャも白百合騎士団長の言葉遣いに改めている。

「いえ、この格好になったならば、身も心もルジーナです」

「左様ですか。随分レジーナに鍛えられたものですね」

「恐れ入ります」

 ラドはスカートを抓んで淑女の挨拶をする。十歳そこそこの幼女が大人勝りに挨拶をするのがサルディーニャにはツボなのだろう。少し上気した顔でサルディーニャはラドの手を取った。

「よいですねぇ」

 褒めるだけならわざわざ手を取る必要はない。何やらあやしい雰囲気。


 サルディーニャはコホンとワザとらしい咳払いをして、一歩身を引いて掌を上に向け、馬車の準備が出来ている事を示す合図をする。

 サルディーニャがここに来ることは余人に知られてはいけない。今日ばかりは騎士団長の身分を置いて自ら馬をひく必要があった。

 因みに騎士団長が自らが引く馬車に誰かを載せることはない。むしろ手を取られる立場である。


 ラドは応えて馬車に乗り込もうと、スカートの裾を摘んで目配せをする。

 馬車は子供には大きい。ステップは高く大股を広げないと乗ることは出来ない。こういうときはホストに目線で手伝って欲しい意志を示す。

 当然サルデーニャもそれを理解しているので、――普段では絶対にしない事だが――箱馬を自ら取り出し膝をついてゲストの足元に配する。

「ありがとう存じます」

 その感謝にサルデーニャは答えない。なぜなら当然だからだ。今はたまたま身分が逆転しているが、本来ならば馬車に載せる方が格下である。

 王妃に仕えれば侍女は主のモノである。王妃の所有物は王妃の分身。邪険に扱わないのは当然のマナーだ。


「それにしても似合い過ぎですね」

 ステップに足をかけたラドにサルディーニャは感心したように言う。

 ラドの格好は侍女着衣だ。

 ガウベルーアに在りがちなバックの切れ上がった紺のプリーツのスカートに、ふわっとした薄ピンク色のブラウス、それにブローチ付きの赤いスカーフを合わせる。頭にはバブーシュカ。ラドは髪が短いので、ダークグレーの肩より長いロングのかつらを装着しその上から髪飾りをしている。


「でしょ! めっちゃ似合う。ちょーかわいいっ」

 全く賛同なのだろう。後を追って馬車に乗り込むアキハが裏声で萌え叫ぶ。

「きっと私に妹がいたらこんなかわいい子よ。もう毎日、頬ずりしちゃう、いったーい! ちょっとぉ、二の腕の肉、つねんないでよ! 淑女の嗜みは!?」

「おこがましいです。それに言われるままが淑女ではありませんので。アキハさんこそ、その服に負けない仕事をしてください」

「分かってるわよ。あんたと違って何年女やってると思ってるのよ」

 口を尖らせて不満げに言う。

 

 アキハの仕事は王宮ハウスメイドである。当初計画にあった、“侍女その二”のセンは早々に無くなった。

 理由は言わずもがなである。さすがにバブルで侍女はいくら白百合騎士団長でも無理だったらしい。レジーナもアキハの性格は強制不可能と判断し、目標を「上級ハウスメイドへのねじ込み」に変えるよう進言したそうだ。

 一般的に王宮で仕えるバブルのメイドは下級メイドと呼ばれ、上級メイドの生活を支える”忌み仕事”をすることになる。だから上級メイドの待遇で入れるだけでもかなり無理をしていることになる。

 上級メイドの制服は、くるぶし丈の厚手の濃緑のワンピースで五分丈の袖。胸の周りに王宮メイド証の刺繍が施してあり、こと上半身は体のラインがくっきり現れる。

 スタイルいいアキハにはよく似合う。

 髪はシニョンにする決まりだ。


 格好だけはかわいい上級メイドだが、担当がハウスメイドならば仕事は厳しい。王宮に勤めて家事全般となれば男手がないので、力仕事も彼女らの領分になる。

 だから上級メイドであっても貴族の子女はいない。だが一般人の女性がなれる数少ない仕事の中で、およそ最高の仕事である。


「アキハさんの体格だとバブルだとすぐに分かってしまいます。上級ハウスメイドは特例です。メイド長にはそのことをお伝えしていますが、困った事があったら私まで言ってください」

「はーい。いったいなぁ、ほら腕赤くなってるし。ラドに傷ものにされたぁ」

 ぶーぶー言いながらアキハ乱暴に馬車を揺らしてラドの対面に座った。

 サルディーニャと比べるとアキハの体は数回り大きい。並べばブルレイド王より大きいだろう。


「はぁ、レジーナはちゃんと作法を教えたのだろうな。それともこれがバブルの性格なのか……」

「さぁサルディーニャさん、行きましょう!」



 少々不安なメンバーを乗せて馬車は王宮に向かう。

 見慣れた王城の門をくぐり、王と王妃が暮らす王宮に向かう。この先は未知の領域だ。

 なんの因果か王城への出入りは滅法増えたが、ラドが見てきたのは、謁見の間やそこに隣接する貴族会議の間、晩餐に使う広間や騎士団の控室くらいなものだ。

 だが王城はもっと大きい、その奥にある施設を観たことはなかった。


「サルディーニャ殿は王宮にお詳しくて?」

「いえ、白百合騎士団とはいえ、王宮に入るのはアメリー王妃をお迎えにあがるときくらいです」

「メイド長とは会わないのですか?」

「メイド長とは定期的にお会いします。王妃の安全を守るために情報交換をするのです」


 メイド長とか侍女などの言葉が翻訳されるのは、自分の偏った知識の賜物だと思う。そういう小説も結構読んだしアニメも一杯見てきた。ただ自分の知識がどの程度正しいか分からないので、ここで言うメイド長が、王宮の家事全般的を取り仕切る人であるかは分からない。


「わたくしの上司は何方になるのですか?」

「侍女に上下はございません。侍女は現在二名おります。ルジーナ殿はその方々と共にアメリー王妃のお側に仕えます。アキハさんはハウスメイドなのでルジーナ殿との接点はございません。何か情報を掴んだらメイド長にわたくしとの面談を申し出てください。とても信頼できる方です」

「えー、じゃラドと離れ離れじゃない」

「アキハさん、ラドではございません。もう王宮です緊張感を持ってください」

「はーい、すみません」

 不満げ答えるアキハの声にも段々と緊張感が満ちてきた。

 身分を偽った潜入工作。その緊張と重責に息が詰まり、この石畳に揺れる小さな馬車が水で満たされた金魚鉢のように思え、息を求めて上へ上へと首を伸ばしたくなる。


 そんな話をしている間にも、馬車は見た事のない門を通過し、遺跡のように広い芝生の中庭を走る。

 水景をめぐらした庭園が馬車の小さな窓から見える。王城は丘の上にあるので、ここに水景があるのは技巧以上に途轍もない贅沢だ。


 次なる門を抜けて、今度は右手に小窓が一杯ある背の高い建物の横をすり抜ける。

 左手には窓のない屋根つきの壁。何かの防御壁だろうか。


 そして、つき当たった正面にある小階段の前で馬車は止まった。

「右手が上級メイドの宿舎です。アキハさんはロザーラとそちらの棟に向かってください。我々は階段を登りアメリー王妃と謁見します」

 アキハが不安げに、ラドっ! と声を上げるがロザーラにたしなめられて、何度も振り返りながら宿舎に吸い込まれていく。


「さて参りましょう。レジーナはこの先には入れませんのでここでお待ちなさい」

 レジーナは一歩下がってガウべルーア式敬礼でサルデーニャ騎士団長に頭を下げる。だがラドに向かっては、

「ルジーナ、アメリー様に能くお仕えなさい。そして全身全霊をもって責務を全うなさい」と、厳しく言い放つ。

 どこに人の目があるか分からないから、レジーナは既に義姉の立場になりきっている。


 それにしても厳しい口調。

『完璧を求める者は、他人にも完璧を求める』

 その言葉通りアージュでもこの調子で周囲と接してきたのなら、本妻の子ならずとも息苦しくて逃げ出したくなったことだろう。

 アージュを追い出された原因は、あながち本妻の悪意だけとは思えなかった。

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