暗夜行路
すみません。タイトル間違えました。。。
一行はくすんで見える白木の会場を後にし、王都に戻る。
外交相手がいなければこんな僻地にいる意味はない。大貴族も巻き込んだ長旅で内政は停滞している。
それに王都がガラ空きなのは何かと問題がある。
内憂外患。
なにも危機は外からだけではない。
復路も三部隊はバラバラに帰都につくので、この異常事態について語り合うことは出来ない。
団員が動揺するとマズイので、一方的に破談になった会談の末路は内密にし、悶々とした気持ちを胸に足取りの重い団員達の尻を叩く。
シンシアナ皇帝の暗殺を謀る恐れ知らずなど、ガウベルーア王国の家臣にいるとは思えない。そもそも隠密で襲撃できる程の実力がある騎士団を自分は知らない。
マギウスライフルならば暗殺は可能だ。
道中、皇衛騎士団隊が襲われた事を知ったアンスカーリ隊やカレンファスト隊の何者かが先走しり報復した可能性もある。
だが会談会場に参集したアンスカーリとカレンファストに聞いても、そのような不穏な動きはなかったという。
ならばこの襲撃は狂言か? シンシアナがでっち上げだろうか? それともシンシアナで起きたテロだろうか。
またリレイラが森で斬った”シンシアナではない者達”のことも気になる。どう繋がるか分からないが、違和感のある狂獣襲撃と関係している気がしてならない。
情報がない世界では、このような憶測が誤解を生み、仲違いとなり、ひいては戦争に発展する。
情弱世界では、自分が知る事が全てであり真実だ。国家間の行き違いは国民感情にも引っ張られて、引くに引かれぬ決断に至る場合がある。
戦争はゴメンだ。
だからと言って、無実に頭を下げて鉾を収めるのはいただけない。
どう出るべきか。
悩んだのは皆も同じだったらしい。
これは出方を誤ると大事になると、帰任の労もねぎらわぬうちに、また貴族会議が開かれる。
例の重い石造りの部屋……。
「まずは事の真相を暴き、誤解を説かねばならないでしょう」
「生ぬるい! 難癖をつけられて黙っている道理がありますか」
「我々は計略にかかりつつあるのです。ここは慎重に」
「うんたらかんたら、うんたらかんたら……」
椅子についてからはや十時間。
そんな議論が行ったり来たり、戻ったり。
この国の貴族さん達はあまり論理思考が得意ではない。紙が貴重な世界の思考力なんてこんなモノだ。あっさり空中戦が勃発し、不毛な舌戦が繰り広げられる。
事件は現場じゃない、会議室で起きちゃうんだ!
ああもう、ホワイトボードがあったら情報を書き出しグルーピングして、打ち手はプロコンして決めたい! 因果関係書きたい!
でもここで前に出て、洋々とそんな事をしたら、アンスカーリじいさんに『お前がなんとかしてこい』と言われるに決まっている。
これ以上、面倒は背負い込みたくない。
よって他人事を決め込む。
一見真面目に頷きながら、心の中ではハナクソをほじる。
――ぼかぁねぇ、ヴィルドファーレンで野良仕事なんかしながら、みんなとホクホクと暮らしたいんだよ。そろそろ種まきもしたいしさぁ。
傍観者~~~
だが山動く!
おいコラ早くから結論出せよ。王様、鶴の一声で決めろよと、念を送っていたのが良かったらしい。この状況をスタンリー・ワイズが打開した!
「北方の事は本来、我々ワイズ家が預かるべき事。事実関係の確認とシンシアナとの交渉の一切を任せて戴きたい」
おお……勇敢というか蛮勇。
むろんそのようなキナ臭い仕事に積極的な貴族はおらず、こういうときだけ一致団結。『まずは賢明なワイズ卿にお任せしよう』となった。
ったく都合のいい時だけ。まぁ自分もなんだけどさ。
それから数週後、可憐な春の草花も繁るうららかな日。
新たに開発した耕うん機で、楽しくヴィルドファーレンの畑で耕起に励んでいると、畑の入り口に設えた冠木門に伝令が飛び込んできた。
だだっ広い痩せ地だが、荒らされたくないので、”ここは耕作地”と分かるように木柵を立てたのだが、その雰囲気が野趣に溢れてよろしかったので、意味もなく冠木門を立てたのだ。
伝令は門柱に手をついき、全力で走ってきた息も整えず叫ぶ。
「マージア卿、い、今すぐ登城を! シンシアナがライシュウまでの割譲を要求してきました! 大戦争になるかもしれません!!!」
はぁぁぁ!!! なんだよーーーもう!
この後のぐちゃぐちゃは、説明を受けたが仔細を思い出すこともできない。
ワイズ一派はシンシアナ皇帝が襲われたという西周りの経路を調べたが、なんの証言も得られなかった。
唯一手がかりを見つけたブルレイド王襲撃現場付近も、襲撃の数日前より西の森に近くを夜な夜な蠢く人影をみたという程度の証言で、それ以上の情報は出て来ず、この筋は迷宮入り。
ところが、ワイズ派がモタついているうちにシンシアナの使者がムンタムとシンシアナをつなぐ新街道に作られた第一砦に現れて、貴族だけが持つガウベルーア製の帯剣をたたきつけ、『この剣の者が皇帝の暗殺を試みた。その者を差し出せ』と強気に出てきた。
この装飾剣の持ち主がいなければ良かったが、シンシアナはどこを調べたか、ワイズ派の貴族の持ち物だと探し当ててしまう。
さぁ大変だ。
犯人を見つけたシンシアナはそれ見たことかと、『皇帝暗殺を狙う姑息なガウベルーアへの賠償としてライシュウまでの割譲を求める』と言ってきた。
この流れはどう考えてもシンシアナの偽旗作戦だろうが、悪魔の証明は難しく対抗策に難儀している間に、シンシアナはアンスカーリ―派と交渉を開始。外交を蹴れば武力抗争に発展すると読んだアンスカーリ派はやむを得ず、部分的割譲を視野に入れた話し合いに応じる事になるのだが、その間にシンシアナは交渉相手ではないワイズ派領地など知らぬと、ムンタムより更に内陸に第二砦、第三砦を建設してきた。
激怒したワイズ派はシンシアナ第三砦に攻め込み、あっさりと砦を陥落せしめる。
だがそれがシンシアナ進軍の理由になって……という次第だった。
全くシナリオ通りに乗せられやがってアホがと思うが、そんな不毛な話にアミリアを持っているというだけで巻き込まれる。
三日も。
ああ、草むしりが……。僕の野良仕事が……。
そして――。
流石に登城するのも、椅子に座るのもイヤになった四日目。
会議は深夜まで及び、うつらうつらと半落ちしている間になんとか結論らしき案が出た。
もうぐったりだと言うのに、自分より年寄りどもはタフだ。
アンスカーリ爺とスタンリーは、未だ熱気冷めやらぬ様で、口角泡を飛ばしつつ次の算段について掛け合いを演じ続け部屋を出て行く。
その後ろを名前も知らぬ重鎮どもが、「然り、然り」と付いていく。
みなさん仕事熱心な事で。どんな仕事か知らんけど。
そんな追従熱心な重鎮とは一線を画すカレンファストは、何の未練があるのかブルレイド王が座をじっと見つめ、主無き椅子に一礼をしてからこちらに歩いてきた。
苦笑いを交えて大きな手を肩に乗せる。
「ご苦労はお互い様だ。ラド君の迎えは来ないのだろう。夜の城内は街区より暗い。気をつけて帰りたまえ」
どういう風の吹き回しか、珍しく労いの言葉。
「いえいえ、そちらも。お気遣いありがとうございます」
儀礼返しにそうは言ったが、城まで主のお迎えが来ない者への哀れみだったと後で気づき、カレンファストが出た大部屋で思いっきりため息をつく。
自分から出たとは思えない、間延びた反響にぞっとする。
誰も居なくなった会議室は、先ほどの喧騒など嘘のようにガランとしており、男どもの体臭だけを残してそこにあった。
何が決まった? 何も決まっていない。ただ絶対に降参はしないと決まっただけだ。
何故このような事態になってしまったのか、誰も考えやしなかった。
我々は本当に正しい未来を選んでいるのか、誰も思考を尽くさなかった。
王でさえ思考を放棄しているように思えた。
ムンタムの戦役は不毛だ。
何度も北方に赴いたが、大貴族の面目と無策に翻弄され続けた戦いだった。
それがまだ続くのか。無策故に。
自分の身長程もあるテーブルに手を広げて体を伸ばす。
納得出来ない。出来るなら誰もいないこの部屋で大声でも上げて手足をバタつかせたい。だがその衝動が指先まで走って、本当の自分が四十も近い大人だと思い出した。
体は魂を乗っ取る。自我は思うよりも柔軟で、あっさりと環境を受け入れて本来の自分が何者だったかなど地平線の彼方に置き去りにしてしまう。
その証拠に、いま無性にアキハに甘えたい。
体が欲するのだ。魂の所以など忘れてしまって。
いや魂だなんて非科学的な。疲れているんだ。だから理性が効かないんだ。
カレンファストが手を載せた右肩の触覚が、未だどんより鈍く残るのも疲れが溜まっているからだ。
四日もカンヅメだったのだから当たり前で。こんなのどんなブラック企業だよ。僕は売れっ子漫画家か!?
ダメだ無意味な思考が止まらん。
「……帰って寝るか」
会議室を出ると、貴族会議が終わった夜の王城は静まり返り、誰もいない廊下の果ては闇の向こうに吸い込まれるように消失していた。
一歩、足を落とす度に、カツンと革靴の踵が床に響くのが何とも怖い。
ガウべルーアには神はいない、宗教が無いということは死後の世界も存在しない。生きとし生ける者は命尽きると砂になる。
だが精神はどこかで死者の恐怖を覚えているのか、この廊下の向こうに何か得体のしれぬ者がいるのではないかと思わせてしまう。
さっき自分の魂などと考えていたのが良くなかった。急に前の世界の「本当にあった何某」が思い出され俄然怖くなってきた。
「いやいや、僕、別に地獄に落ちるような悪いことしてないし」
あえて大きな声を出す。
だって、誰もいないはずなのに、いまカサッっていった気がしたから。
急ごう、いそいで闇の向こうにある角を曲がろう、そしたら出口はもうすぐで――
「ひぃ!」
ななななんか、あの角の向こうにうっすら影がみえるんですけどぉぉぉぉ!!!
びくっとした拍子に、手持ちのカンテラの明かりがふいっと消えた。
「やだ! もう!!!」
ジジっ炎の消える音が生々しく耳元響き、全身の感度が究極まで高まるのを毛穴で感じる。
暗闇の閉じているハズの格子窓の隙間からフワッぬるい風。
いや風? だれがよぎったような空気の乱れ?
「ねぇ誰もいないよ、ねぇ?」
答えはない。
戻ろう。会議室に戻ろう。あそこにはマジックランタンの明かりがある。そう! 僕が引いた魔法導線のおかげで常夜灯になっているんだ。暗いけど。すごーく暗いけど、真っ暗じゃない。
それにもう遅いし、これじゃ帰るのはムリだ。こんなときは机の下に寝るんだった。そうだ! そうだった、僕はそういう業界の人だった。
むちゃくちゃな思考を繰り出し、動かない足を無理矢理動かして、だが恐る恐るとゆっくり振り向むく。
そこには――。
「んぎゃひぃぃぃーーー!!! でたーーー!!!」
目の前に、めっちゃ目の前に顔が!!!!!!!!!