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会談の行方

 その後、十日の道のりを兵に扮した二人は歩き続ける。

 まさか新入りを『ウチの王様です』とは言えないので、ライカやイチカ、リレイラ、エフェルナンド、ティレーネには、ケルシュから合流した兵だと濁して言ったのだが、そこはフレンドリー過ぎる五名のこと、コミュニケーションがドキドキ。


「おまえ、どこの生まれにゃ?」

 おまえって、ライカーーー! のっけからタメ口かーーー!

「うむ、王都である」

「随分と上からの喋り方ですね。リレイラより偉そうです」

 そうに決まってんだろ。お前よりはるかーーーに偉いわ!

「余の言葉遣いは少々変か?」

「余ですか? その呼称は一般的ではないかと思います」

 するとブルレイド王は、ラドの耳に口を寄せる。

「一般的に自分のことを何と申すか?」

「僕に聞きます!? まぁ僕の場合は僕ですけど……」

「うむ、ならば余も僕としよう」

「あっちょっとっ!」

と、止めるのも聞かず、また五人の輪に戻る。


「僕の生まれが少々特殊で、このような言葉遣いとなった」

「僕はねーだろ。おっさんの年なら『俺』くらいにしとけって。他の兵になめられるぞ」

 おっさん!!! おっさんですか!

「左様か。ならば俺といたそう」

「面白いヤツにゃ! 名前はなんにゃ」

「名か。フォー」

「ちょっとまったーーーぁ!」


 素で本名を言おうとするので慌てて止め、自分よりはるかに大きな男の手を取ってグイグイ引っ張る。

「陛下、本名はマズいですって」

「そうであろうか? フォーレスなど何処にでもある名であろう」

「いませんよ。会ったことありませんもん。そんな王様と同じ名前をつける肝の座った親なんていませんよ!」

「左様か。ならばマージア卿よ、名はどうする。考えておらなんだ」

「いや、考えておきましょうよ。えーっと、じゃレイドでいいんじゃないですか」

「安直ではないか? それに家名と被っておるし」

「考えてない方に言われたかないです! それにブルさんよりはいいでしょ」

「うーむ、納得しかねるが……」

「いいから、レイドさんっ。これで行きますから」

 そう言ってブルレイド王のお尻をぽんと押し出す。王は困惑を体から発散しながら輪に戻る。段々この人が国王であることを忘れそうだ。


「レイドである」

「レイドさんですね。ではこれからよろしくお願いしますね」

 ああ、ティレーネだけは常識人だよ。

「レイドよろしくな」

 エフェルナンドがブルレイド王の背中を首がガクガクになるほど叩いて祝福している。もう絶対あれは国王陛下だとは言えない。この秘密は墓まで持っていこう。


 一方、アメリー王妃は、うまく魔法兵になって皆に溶け込んでいた。白百合はもともと貴族出身のお嬢様の集まりだ。兵装になるだけでまったく気づかれない。

 アメリー王妃はケルシュ家から合流を志願した貴族としたので、士官扱いとなりサルディーニャと並んで歩く事が許される。

 とはいえ王の許を離され、いきなり徒歩の旅。不安ではないだろうか。

 アメリー王妃は我が王の様子をサルディーニャとともに微笑みながら遠目に見ているが内心はきっと心細いに違いない。ちょっと様子を見に行こう。


「アメリー王妃、このような乱暴な所で大丈夫でございますか?」

「あははは、ラド殿、白百合は乱暴ではありませんよ」

 サルディーニャが呑気にも楽しそうに笑う。

「でも配属は下級士官の魔法兵になっているからさ」

「なにセテがいるのだ。安心しています」

「何かありましたら馳せ参じます。お任せください姉上」

「何かあってからじゃ遅いんだよ。それに白百合からだと僕は守れ……今何て言った?」

「お任せくださいと」

「その後!」

「何も言ってませんが」

「いやいや言ったでしょ! 姉上とか!」

「ええ」

「ええじゃないよ! ええーーーだよ!」

「ご存知ありませんでしたか?」

「知らない、聞いてない、言ってない!」

「貴族間では知られた話だと思っていましたが」

「貴族ぅぅぅ? いやいやいやいや僕はもともとド貧民なんだから、知るわけないでしょ!」

 サルディーニャはきょとんとかわいげな顔を作って、何に驚いているのか不思議そうな様子。

「アメリーは実姉なのです。南方から王妃が出たのは初めてでしたので、サルディーニャ領は大変な祭りだったのですよ」

「私が王族になってしまい、セテには迷惑をかけました。白百合騎士団に押し込んでしまったのは私の責任です」

「いえそんなことはありません。こうして白百合の立場で姉上をお守り出来ることを誇りに思っております」

「ありがとう。おかげで数年ぶりにあなたと旅ができますね」

「はい! 子供の頃に戻ったようです!」


 なんてこと……。そりゃ王族しか知らない秘密をたかだか白百合騎士団長に打ち明ける筈だよ。

 まてよ。なら自分が介入しなくもこの問題、解決できたんじゃないの。

 ていうか、サルディーニャさんに上手く乗せられた? もしかして。

「サルディーニャさん、それ、僕が知らない前提で談判に行ってませんでしたか?」

「いえ? な、なんのことでしょう? わたくしは本当に困り果て」

 絶対ウソだ。あの困惑はもう作戦を決めて僕を巻き込んだ芝居に違いない。

 王都に戻って御の字、ダメでも王様を歩かせるつもりだったんだ。だがここまで皆にウソを付いて引くに引けない。


「わかりました。遠足じゃないので緊張感を持って歩いて下さい。帰るまでが外交なんで」

「心得ております」

 ホントか?

「ハイ! もちろんです」

 ホントかっ!!!


 楽しそうに、そして見えないように手を繋いで歩く、白百合騎士団長と魔法兵の後ろ姿を不安たっぷりに眺める。

 ……遠足じゃないってーの!



 そんな調子でムンタムを超えて荒れ地を野宿で歩き、二度目の襲撃を警戒して先遣隊を走らせながら旅路を急ぐ。

 初めはぎこちなかったブルレイド王だったが、二、三日もするとすっかり五人と馴染み、レイドを気に入ったエフェルナンドは、よくつるんで歩いたり飯を食うようになった。

 だがブルレイド王のもっぱらの興味はライカにあり、隙を見つけてはラドの袖を引っ張り、ライカと話したがった。

 聞くことはパーンのことばかりだ。

 なぜパーンと呼ぶのか、どんな子供時代だったか、どうして兵隊になったのか、なぜラドを信じるのか。半獣人の恐怖を抱きつつも、恐る恐ると話を聞く。

 どれもがライカには答えにくい内容だが、ライカはそれを楽しそうに話す。ときにはブルレイド王の肩を叩きながら、ヘッドロックをかけながら、身振り手振りを交えて話すが、差別や貧困、飢餓、奴隷や集落の酷い生活など内容は辛辣なものばかりだ。

 ブルレイド王はその話に眉をしかめて、だが話を遮らないように、「うむ」と相槌を打ってひたすら聞いた。

 多分どれもが王は知らない話しだろう。知る必要もないし、報告する貴族もいない。皇衛騎士団のパーン兵も奴隷兵と思っていたくらいなのだから。

 フォーレス・ブルレイドはパーンと親しく話した初めての王だろう。

 これが国王の良い変化に繋がればよいと思う。



 目的地まで襲撃はなく、一行は無事、会談会場に到着することができた。

 王と王妃が馬車を降りてから十一日目のことである。

 その間、王はこの国の辺境をつぶさに見続けることになった。片田舎の貧しい食事。城外に住むぼろきれを纏ったハブルの掘立小屋。この一行をみて蜘蛛の子を散らすようにいなくなるパーンの子供達。占領されたムンタムに翻るシンシアナの旗。そして緩衝地帯の緊張感。

 どれも王として高砂からは見る事のできない景色であろう。


 会談会場となる施設は荒れ地にぽつんと建った木造平屋の一軒家で、まるで大草原の小さな家のような異質な存在であった。

 突貫工事で作られたが、それでも二国で行う久しぶりの会談に大工が腕を奮ったのか、白木で作った会場は社殿のような気品があり、大きさも質感も賓客を迎えるには十分に思える。


 一般兵に扮した国王陛下は、空の馬車から両陛下を降ろすフリをして、うまく会場に入り、この秘密の旅にピリオドを打った。

 もとの正装に着替えると、エフェルナンドと飯を食っていた時とはうって変って威厳が生まれる。もう直に話せる雰囲気は微塵もなかった。威厳とはこのようにして生まれるのである。


 ブルレイド王は幕舎と会場をつなぐ、陣幕で隠された通路を日に幾度となく往復した。

 我々は会談の日取りより一日早く到着している。

 だから最低一日は待つだろう。

 それが二日待ち。三日待ち。四日待ってもシンシアナ皇帝は現れなかった。


 距離的にはシンシアナ帝都からここまでは、王都からよりも近いハズである。

 近いがゆえに、出立が遅れているのかもしれない。

 この世界の旅は時間にゆるい。

 なぜなら時間通りに着きたくても、不測の事態が多すぎて、随意にはならないからだ。

 それでも三日も遅れるのは、さすがに異常だ。


 そして温厚なガウベルーア王もさすがに苛立ち、傲然とサルディーニャを呼びつけ幕舎の幕をはねあげた五度目の日の出。

 朝霧の北の向こうから使者が訪れた。


 武人めかしい男は、とても使者とは思えぬ躯体と武装で陣の遥か手前に腕を組んで立ち、「皇帝の使いの者である!」と吠える。

 その者は頭を下げることもなく、こともあろうか地に親書を投げつけ言い放った。

「会談に望まれる皇帝の暗殺を謀ろうなど言語道断! 卑劣な王とは交渉などできぬ!」

 その言葉にブルレイド王を初め、護衛に立つ全員が凍りついた。

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