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王の見る景色

 次の街道宿場街「ケルシュ」に着いたラドは、馬車に乗るエア貴人が逗留するケルシュ城に登城していた。

 ケルシュは大きな街ではない。目立った産業もなく、辺りが湿地では作物も取れず、ただ木材運搬の中継地として用いられるだけの宿場街である。

 そんな街だから城も小ぶりで、戦国時代で言えば盛り土した塚の上に建つ陣屋のような質素なものだった。


 ケルシュ城のくたびれて灰色に退色した木組み門を潜り、衛兵に相変わらず子供な事で怪訝な顔をされ、五スブほどの石垣の階段を登り、さあ陣屋に入ろうかという所、横から急に出てきた女性に腕を引っ張られた。

 サルディーニャである。


 彼女は、しーっと口を閉じるようにジェスチャーをすると、グイグイと腕を引っ張って陣屋の物陰に連れて行く。

「ラド殿、大切なお話がございます」

 なんだか告白でもされるのかと思うほど、彼女の頬は高潮して息は熱い。

「こんな物陰で?」

「余人には聞かれとうございません」

「それはロザーラやレジーナにも?」

「二人だけで」

 いよいよ情事の雰囲気ではないか。


 サルディーニャのうるんだ瞳がゆっくりと近づいてくる。背が高いので屈んでくるのだが、そのせいでハラリと落ちる横髪を耳にかけ直す。

 言葉にし難い、いい香り。


「ラド殿……」


「ちょっとまって、まさか告白ですか! 確かに僕は昨日の戦いで活躍しましたけど、まだ心の準備が」

 サルディーニャは狐につままれたような顔で微妙な間をとる。

「誰が誰に?」

 指を交互に行き来させて、きょとん。

「……まさか私ですか!?」

「えっ? あの、ここには僕らしかいないけど」

「それは失礼しました。しかし私は子供は対象外と定めております」

「子供! こう見えても十七の()()ですけど、傷つくなぁ」

「す、すみません! 見た目の話です。ラド殿は立派に成人しておられます! ……と思います」

「いいよ。それで対象外の僕に何の用ですか。こんな隅っこの暗がりに押し込んで。僕は美味しくないですよ」

 サルディーニャは慌てて崩れた顔を直してラドの肩を両手で掴んだ。どうやらスキンシップが好きな方らしい。


「ラド殿、私はどうしたらよいか……」

 今度は世界の終りのような沈鬱な空気。

「あんた、忙しいな。で、どうしたの?」

 サルディーニャは何度も躊躇い、開けた口を塞いでうつむいたり、キッとこちらを見たりを繰り返した。

 だが遂に意を決したのか、ラドの手を取り目一杯に顔を近づける。


「国王陛下に会談の中止を進言したいのです。お力を貸していただけませんか」

「なんで??? 襲撃があったから?」

 まさかそんな話が、こんな美人の口から飛び出すとは思ってもみなかったラドは、つい素っ頓狂な声を上げてしまう。

「そうではないのです! いやそうではあるのですが……」

 端麗な眉目にシワがより、彼女の苦悩が心の底から出てきた。

「すみません。混乱させてしまって。でもこの会談は必ず失敗するのです。最悪、陛下のお命すら……」

「ちょっと、尋常ならざる話しじゃない。なら今すぐ」

「事はそう単純ではないのです」

「ちょっと分からないのだけれど、もしかして僕が戦線を離れている間に危機的な事があったの?」

「いえ、乱戦ではありましたが、陛下のお命を危険に晒すには至っておりません」

「んん?」

「そうではなく、我々が狙われた事が問題なのです」

「はぁ、まぁ、そりゃ狙うでしょ。こんな長旅なんて暗殺のチャンスなんだから。アンスカーリさんの隊もカレンファストさん隊も狙われ――」

「違うのです。狙われたのが我々だけだったのです」

 サルディーニャの言っている意味が、いちいち分からない。

「困っているなら力になるから、もう少し論理的に説明してくれない? キミの言っていることは全然わからないよ」

「申し訳ございません。……ご協力をいただけるのでしたら、総てお話しいたします」

「もちろん……だけど」

 なんともズルいやり方だが、困った美人は放っておけない。いやロザーラやレジーナがお世話になっている方だ、聞いちゃぁイケない悪い予感がヒシヒシとするが力になろうと心に決める。


「この行幸啓は、当隊とは別に二つの隊が北に向かっているのはご存知かと思います。一隊はカレンファスト卿が、もう一隊はアンスカーリ公が率いております」

「大掛かりだよね。貴族会議でも話したけど」

「はい。そしてこの外交は貴卿が思うほど単純安易ではありません。陛下の御自ら会談のために敵地に向かわれるのです。安全のために敵の裏をかくように仕組まれています」

「裏をかく?」

「例のスパイ事件以来、大貴族は慎重になられています。この話を聞いてラド殿は、自分が守られてきた馬車に陛下がお乗り遊ばせていると思いますか?」

 どうやらサルディーニャは貴族会談で決めた護衛の分担を知っているらしい。

 会議では自分が運ぶのは貢物のみ。アンスカーリは影武者を運び、カレンファストが両陛下を護衛することになっていた。

「思わない。僕らが運んでいるの貢物だけだよ。僕はシンシアナに狙われているし、申し訳ないけど白百合騎士団の護衛は余りに警備が薄すぎるもの」

「はい、その認識で結構です。ですが陛下は本隊におられます」

「でぇー! なんで!!! そんなわけないでしょ!!!」

「本当です」

「なんでサルディーニャさんがそれを知っているの!?」

「アメリー王妃が私に」

 本来はサルディーニャも知らぬことなのだろう。二人はどういう関係かは分からないが、このような重要な事も共有する仲らしい。

 そう思ってみれば、アメリー王妃とサルディーニャは年が近くに見えた。


「裏をかいているのです。わざわざ貴卿の護衛をさせたり、狂乱の日に合わせた行幸啓にしたりと」

「でも、でもさ。他の隊も襲われているかもしれないじゃない。シンシアナは見つけ次第、僕らを攻撃してて」

「いいえ、残りの二隊は順調に旅程を消化しております」

「なんでわかるのさ」

「ラド殿が開発したエマストーンの強力版があるのです」

 サルディーニャは足元の皮バッグから石版を取り出してみせた。

「これを魔法士百名の魔力で発動させます。実験では王都から港のある南の都市、トツニクまで魔法は届きました。あまりの魔力に石版は一回の使用で砕け散りますが」

「その通信によると、どの隊も襲撃を受けていないのに、僕らの隊だけ用意周到、見事な手際で襲撃を受けたんだね」

「はい」

「なるほど……これは情報が漏れたと思うのが自然だ。そしてなぜか本隊の所在を知る白百合騎士団長がいる。国王陛下が聞けば無用な疑惑と混乱を生むね」

「はい……。さりとて陛下の危機に何もしないわけにはまいりません」

 これは放ってはおけない。会談どころか全員の未来に関わる重大案件じゃないか。

 もし放置して陛下が討たれでもしたら、自分もサルディーニャも首が飛ぶ。

 それ以上に王国の危機だ。

 そして、やっと楽しくなってきたヴィルドファーレンはお取り潰しとなる。


「サルディーニャさん、よく言ってくれたよ。ありがとう。なんとかしよう。いやなんとかするよ!」



 サルディーニャはラドを伴ってケルシュ城の陛下がおわす部屋に向かう。

 ケルシュ城主は国王陛下が入城する前に、この城を白百合騎士団に明け渡し、使用人も全て払った空城にしていた。よって山切り貴族の城主べファ・ケルシュは、我が地に王を迎えながら拝顔すらしていない。

 この対応は本隊を欺瞞する行為なので、どの街でも同じであった。


 サルディーニャは葛の漆喰模様の扉に手をかけると、「白百合、セテ・サルディーニャであります」と名乗り膝をつく。

 すると中から三つノックがあり、サルディーニャは剣束の宝玉にライトの魔法をかけて、ドアの下に伏せて置いた。暗号なのだろう。


「入るがよい」

「はっ」

 内側から鍵が開く音がする。


 サルディーニャはゆっくりとノブに手を伸ばし、跪いたまま扉を手前に引いた。

 どの城でもそうだが、扉は外開きの開き戸になっている。これは襲撃者の行動をワンテンポ遅らせるための工夫だ。

「アメリー様、お休みのところ、申し訳ございません」

 そろりと開いた扉の向こうには、確かにアメリー王妃が立っていた。どうやら、この隊が本当に本隊であることは間違いない。だが正面に見える大きな椅子に国王陛下はいない。

「お入りなさい、セテ」

 だがアメリーはサルディーニャの背にラドを見つけて一瞬硬直する。その変化を見てサルディーニャは言葉を加えた。

「恐れ入ります。マージア卿も同席願えませんでしょうか」

 アメリーはちらりと右を見て、数度頷く。

「分かりました」

 ラドは深々と頭を下げて、多分、ベファ・ケルシュが使う最も豪華な部屋に足を踏み入れた。


 国王はドアから隠れるように部屋の左隅に腰掛けていた。正面に居ないのは襲撃されたときに一の刃を避けるためだろう。

 部屋には他に誰もいない。身の回りを世話する侍従、侍女はもちろん側近もいなかった。

 余りに不用心。


 そのことにぽんやりしていると、サルディーニャに裾を引っ張られる。国王陛下に挨拶を忘れていた。

「白百合騎士団長、セテ・サルディーニャでございます」

 合わせてラドも頭を下げる。

「皇衛騎士団長、ラド・マージアです」


 国王はうむと頷いて、頭を上げるよう手を振る。その気配を感じて二人は顔を上げた。

「何用か」

 その問に早速サルディーニャは窮した。


 部屋を見回すには十分過ぎる時が流れる。見かねたかアメリー王妃が言葉を継ぐ。

「セテがおしてここには来るのです、何かあったのでしょう。セテ、どうしたのですか?」

 第一印象は切れ長で真っ黒な瞳がキツそうに見えるアメリー王妃だが、予想外に声は柔らかく大きな包容力を感じた。

 その暖かさに安心したかサルディーニャは、詰まりながら言葉を紡ぎだした。


「国王陛下におきましては、この度の襲撃、長時間にわたり心労をおかけしたと存じております」

「案ずることはない。余に被害はなかった。それよりも両騎士団の損害は如何ほどであったか」

「はい、白百合は二十名ほど戦死者が出ております。ほか怪我人もおりますが被害は最小かと。皇衛騎士団は多くのパーン兵が亡くなりました。白百合の盾となり奮闘したのです」

「左様か。マージア卿よ、それはさぞ心苦しかろう」

「ご高配を賜り感謝申し上げます。……あの陛下、ここからは王国の未来のために腹を割って話したいのですが宜しいでしょうか」

「むろんだ。その為にここに来たのであろう」

「はい、耳に痛い話もございますが」

「心して聞こう」

「ありがとうございます」

 ラドは一息ついて、正座で座り直す。

 その姿を奇異なものでも見るように、王と王妃は眺めた。


「この会談を辞めて王都に引き返して頂きたいのです。この会談は仕組まれています。最悪のシナリオの一つには陛下のお命を狙う罠もあるようです。そこまでしてムンタムを取り戻すための会談に赴くのは割に合いません」

 一気に言うと国王は苦虫をつぶした顔になった。

「マージア卿には何度も王国の危機を助けてもらった。しかし今の話はいささか分を超えてはおるまいか?」

 ブルレイド王は国王として畏れられているが温和なお方だ。その方が前置きをして言うのだから、非常に不愉快な心境なのだと察せられた。だが続きを言わねばならない。

「無礼は承知です。王国の中枢にスパイが残っています。この行幸啓は筒抜けです」

 国王の口ひげがピクリと動く。想像もしていなかったのだろう。だがアメリー王妃は微動だにしなかった。どうやら、その可能性に心当たりがあるらしい。


 ブルレイド王はしばらく悩み、重々しく口を開く。

「マージア、もしそうだとしても交わした約束を果たすのが外交であろう」

 わざわざ自分のために平易な言葉を選んでいるのが少々残念に感じられる。

「もし陛下のお命が狙われたら。そして我々が守りきれなかったら、どうするおつもりですか」

「余はお前を信じておる。それにお前の情報が間違っていないとは言い切れないであろう」

「そうですが、可能性とリスクの天秤です。この場合リスクが大きすぎます!」

 王は困ったように肘掛けに体を寄せて頬杖をついた。


「お前とセテは、どこでその情報を知り得たのだ」

 当然それが聞きたくなる。信じろと言うなら根拠が必要だからだ。

「自分はサルディーニャ卿に話しを聞き状況証拠から事実と考えました」

「ならばセテよ。余が信じるに値する根拠を述べよ」

 サルディーニャの口はなかなか開かない。何故ならば言えば次の質問が来るからだ。それでもサルディーニャはとつとつと答えを紡いだ。

「この隊のみが敵に狙われております」

「お前は余がここにいることを知っていたと申すか」

「はい、畏れ多くも」

「ふむ、確かにスパイはおるようだな」

「陛下は誤解なさっておられる! 私がもしスパイと通じているなら、ここには参上いたしません」

「陛下、僕らがもし陛下にあだなす者ならば、サルディーニャさんは腰の剣で、僕は魔法でこの瞬間にでも陛下のお命を奪うことができます。でもなぜそれをしないかを考えて頂きたい」

 ギョッとするブルレイドを置いてラドは続ける。

「貴族会議がたとえ茶番であったとしても、陛下が我が騎士団を推してくだされたことに兵は感激し、昨晩の無謀なる戦に命を賭して赴き戦い抜いたのです」

「それは知っておる」

「いえ、その忠義の重さを陛下はご存知ないでしょう。この戦の皇衛騎士団の損耗率をご存知ですか? パーン部隊は十の二(とおのに)です。五百名もの兵が陛下をお守りするために命を落としたのです。パーン部隊の大隊長は涙を堪えておりました。しかし彼女は、『王様に認められたのは嬉しい』云うのです。その気持ちを無していただきたくない!」

 ブルレイドはむむと唸り口を閉じた。

 信じろと言うには薄弱な根拠だ。しかし限られた情報の中で最善を導くには信じてもらわなければ困る。


 黙っているブルレイド王に代わり、王妃が声を発する。

「マージア卿」

「ラドで結構です」

「うむ、ではラド殿。貴殿の気持ちは分かります。だが王とは孤独なのです。全てをお一人で決めねばならない。間違いの許されぬ勤めであることを理解頂けませんか」

「分かっているつもりです。ならばこそ家臣の忠義を信じて頂きたい」

「むろん信じぬではない。ならば一層引き返すことはできぬでしょう。会談を止めさせようとする動きがあるのであれば、それこそ屈してはならぬ。それは貴殿が一番よく分かっているのではないですか」

 うぐぐ、そうきたか。信じる方向性が違うだろ。

「ラド殿、王には二つの顔があります。内政と外交はともにないがしろにはできないのです。命の惜しさでは治世はままなりません」

「たしかに外交も大切です。しかしそれは命をかけるに値するものですか?」

「そうです、陛下の使命です。そして使命とは文字通り命をかけて成す事にほかなりません」

 いやいや、アメリーさんよ、それは王自身が言うべき言葉でしょ。

 だが本人を差し置いて王妃が言うことで、この二人の力関係が分かった気がした。やはりアメリー王妃は情報漏洩を知ってサルディーニャに詳細を話し、護衛部隊の内密なる変更を王に推していたのだ。

 なにも偶然貴族会議の後にロザーラがいたわけではない。

 あーもうっ!


「陛下、シンシアナに交渉は通じません。自分は幼き頃より幾度とシンシアナ兵と戦いました。彼らは戦を楽しんでいるのです。力がものをいい、それ以上に法や倫理が勝る国ではありません」

「それは余も分かっておる」

「その上で、昨今帝国は狡知に長けた作戦を弄して我々に挑んできています。彼らは持たぬ物を奪うために、知略までを用いてムンタムを奪ったのです。やすやすと交渉で返す筈はありません!」

「……」


 答えに詰まる王のゴツゴツとした手にアメリー王妃はそっと白魚の手を添えてサルディーニャに目配せをする。

 すると今まで黙っていたサルディーニャ。

「畏れ多くも陛下、ここはひとつ芝居を打ってみてはいかがでしょうか?」

「セテ、陛下に芝居ですか?」

 今度は王妃が話しに加わった。

「はい、敵は陛下のお命を狙っております。そこで馬車は空にして、陛下は馬車を降りて兵になりすまし歩くのです。おみ足には辛い旅ですが、会談会場となる緩衝地帯までは安心して赴けます」

「下策ではありますが、お心を貫くならば御自らの行動でお示しするのはよい考えですね」

 マジか!


 だがアメリー王妃の一言が決定打になったのだろう。ブルレイド王は大きく頷き、兵と共に歩くことを覚悟した。


 やんごとなき人を何日も歩かせてもいいのかなぁ、なんて常識的な所で悩んでいると、「道中は私とラド殿が命にかえて御身をお守りいたします」

 ええっ! 勝手に決めんなよ。

 白百合騎士団長、思ったより乱暴すぎる。

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