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叫び

 メジロも花から花へ蜜を求めて、せわしなく木々の間を飛び渡る、ある春の日。

 王と王妃を乗せた儀装馬車が白百合騎士団の隊列に囲まれて王城前庭の広間に現れた。

 出迎える皇衛騎士団は、魔法大隊を中心とした二百の即席の儀仗隊。

 空馬車とはいえ王の御前。

 仕立てたばかりの儀仗服と、月と星の光輝を刺繍した袋状のサッシュを右腕から肩まで通した特殊礼装で身を飾り、念入りに訓練した栄誉礼で両陛下を出迎えねばらならない。

 月と星は王族を表す。

 そして、この一度しか使わないだろうサッシュは王家への魔法の加護を意味しているそうだ。太陽と月でない所が捻っていてガウべルーアらしい。

 因みにこのサシュは一着で四千ロクタン。

 ……無駄金は使いたくないものである。


 儀仗を終えた兵らは広間で馬車を見送った後、急いで城下に戻り騎士団正装に着替えて本隊に復帰する。

 皇衛騎士団の制服は金色の飾り刺繍が袖口に入った臙脂のトレンチ風の上着にパンツはアイボリーのスラックスだ。

 見た目にはビシッと格好いいが、街道警備隊服と違い堅苦しく動きにくいので団員には不評だ。だが王の護衛任務なので常時正装を求められる。

 因みに女性団員も制服は同じ。もともと騎士団に女性は居ないので制服に決まりはなく、自分の好みで決めることができた。望むならゲームのようなミニスカ仕様や、某魔法少女みたいなフリル仕様にする事すら可能であったが、いざそのチャンスが巡ってくると……

「うなぁー! そんな選択できねぇ!」

 願望はあっても純粋に女性団員の反応が怖くて常識的な判断しかできないっっっ!

 ビキニやバニーちゃんのお店のオーナーはすげぇよ。男としてその度胸に尊敬する。


 皇衛騎士団各員は儀仗馬車の足に合わせて王城、城下、洛外と暫時隊列に加わり、約四千五百人の隊を組んで王を守護する。

 王都内の移動はまるでパレードだ。都民の祝福の中をちんたらと進むので、あまりの遅さに城下が倍の大きさになった感じだ。

 王都を出てからも移動速度は極めて遅い。街から街を移動するのに未明から動き出して、星が見えるまで歩く必要がある。

 日がな一日歩くので昼食は芋やらパンをかじりながらとなる。それでも炊事兵が先行してスープくらいは作る。

 それが二週間も続くと思うとうんざりするが、厳冬期の強行だった『豪雪の陣』に比べればまだマシだ。


 だが問題は二週間の食事ではなく、その間に満月があることだ。

 通常の派兵運用では、春先で月の満ち欠けが悪いときは、大事を取って女性パーン兵の出兵は見送る。もしくはズラす。

 いわゆる狂乱を起こしてしまう可能性があるからだ。

 狂乱時の本人たちの気持ちや高揚はヒトには分からない。それは我慢できるようなものではなく、理性のタガが外れてコントロールが効なくなり、記憶も残らないほどの強烈な興奮なのだそうだ。

 例えとしては悪いが、ヒトの泥酔よりも激しい欲望の暴走らしい。

 その月がちょうど護衛の最中に来る。


「月の巡りが悪いのは偶然でしょうか」

 王の乗る一等馬車のスプリングを漫然と眺めながら、ラドの横を歩くイチカが灰色の瞳を不安げに揺らめかせて言う。

 儀装馬車では旅などできないので、王族であろうと移動中は質素な馬車に乗り換える。もっともサイズも造りも乗り心地も我々が使う馬車とは異次元なのだが。

「そう思いたいね。出発日を決めたのはこっちなんだから。シンシアナは関係ないよ」

 イチカ、納得しかねる曇った表情。

 そんな顔で見れられるとコッチまで不安になるが、団長としてはここで弱気になってはいけないので、軽い調子の声色で明るく跳ね返してやる。

 むしろ不安なのはイチカの体調だ。

 イチカの瞳の色が薄くなってきたのは、今に始まったことではない。生まれたばかりの頃のエメラルド色の瞳は今でも覚えている。まるで瞳の奥には宝石でも隠しているのではないかと思うほどの、瞬きを許さない美しさだった。

 それが、体が弱くなり、魔力が衰えると同じく光を失っていった。まるで命のバロメーターのような瞳の色。だからイチカの瞳を覗き見るのは、色彩の向こうに不幸を見るようで躊躇われてしまう。

 それに次第に弱っていく者を見るのは堪える。

 まるで冬に向かう茅場だ。ただ寂寥感だけが募って心を凍えさせてしまう。

 だからだろう、イチカにはつい過剰に優しく接してしまう。


「でもイチカが言うなら、隊を男女に分けよう。月が満ちる前に女性の隊を王の護衛につけて、男性組は少し離れた後ろを守るよ」

「男性陣には気付け薬を多めに持たせましょう」

「慎重なのはいいことだね。でもイチカの心配はよく外れるから、それに期待したいよ」

「ふふふ、そうですね」


 イチカとはしっとりとそんな話をしながら、亀の歩みで通い慣れた北街道を歩いていたのだが、敵はまさにその時に襲ってきた。

 それは次の街も近づいた本日の移動の終盤。真ん丸い月が草原の端から顔を出した頃だった。



「敵襲ーーー」

 ほぼ同時に、後方を守るパーン兵から声が上がる。


 次に唸るような腹に響く声。

「状況ハアーーーク、防御陣形テンカーイ!」

 獅子吼とはよく言ったものだ。イオの声は大きく、その指示はラドがいる隊列の中央まで聞こえてきた。


 今回の隊列は三構成に分かれている。

 最前列にはライカ隊。その後ろをエフェルナンド率いる魔法兵が控える鉄板の二段構え。

 隊列の中央は王の馬車があり、側面を白百合騎士団が、その周囲をイチカ、リレイラ、ティレーネ、ラドが率いる混成部隊が守る。

 後列は荷馬車を守りつつ、イオが背後からの敵襲を分厚く守っている。

 布陣は明らかに後ろが濃いが、来るなら敵は後ろから来るだろうと思っていた。前面からブチ当たればこちらは即応可能なので敵にとっては何のメリットも無い。側面は最も手薄だが、遠距離攻撃に利があり砲撃面積も大きいのでやはりこちらが有利。ならば背後から攻めるのが常道だからだ。


「イチカ、中央を頼む」

 想定通りの攻撃に持ち場をイチカに委任し、人をかき分けて後方へ移動する。

 最後尾が近づくと夜目の効くネコ系や狸係のパーンは、進行方向からみて八時の方を指差して「敵はシンシアナか? それとも狂獣か?」と、暗闇の先を見ようとしている。


 そうこうしているうちにラドの元に連絡兵が走ってきた。

「狂獣です。先程通過した林に挟まれた隘路から出現しました。我々を追ってきています」

「はぐれ狂獣か。もうエンゲージしているのか?」

「まだですが、時間の問題かと」

「偵察は?」

「出てますが、敵規模の確認には至らず」

 その報告が終わらぬうちに、後方から咆哮が轟く。

「抜刀ぉぉぉーーー、一歩も通すなーーー!」

 イオだ。


「早いな。気づくのか遅れたか」

「こちらは風上です。鼻の良いのが使えませんでした」

「責めてるわけじゃない」

「恐れ入ります」


 ラドは胸にドキドキするものを感じて、風向きを確認する。

 四月とは思えぬ生ぬるい微風。

「なんだろう」

 このパターンはエフェルナンドから聞いたことがある。狂獣の合の開戦と同じじゃないか? 夜の風下からの奇襲じみた攻撃。悪い予感がする。


「いかがしますか?」

 連絡兵が指示を求める。

 これがはぐれ狂獣、つまりワンダリングモンスターならば忽ち撃退してしまえばいい。イオはそれを成すに十分な実力がある。


「現在最後尾で交戦中とライカに伝えろ。隊を止めて守りを固めて迎撃する。前方に注意を払って……」

 そう言いかけて、連絡兵の瞳に満月が映っているのが見えた。

 待て。待て待て。

 戦闘が直ぐに終わればいい、だが、もし長引いたら部隊は戦闘状態のまま、狂乱の時間を迎えてしまうのではないか。

 そうなれば……。


「どうなされましたか?」

「今のは撤回する」


 どうする。イチカやリレイラ、ティレーネと相談してから決めたい。だがもしはぐれ狂獣でないならそんな呑気に相談している時間はない、もたもたしているうちに要人を逃がす機会を失う。それが敵の狙いかもしれない。

 なら後方だけ残して、隊列を二分割するか? いや、この襲撃が計画的なら狙いは隊列の分断だ。

 それとも狂乱が狙いの時間稼ぎか。

 選択肢が多い、様々な可能性が否定できない。だが自分だけで決めなければならない。


「……」

「マージア騎士団長」


「ティレーネに伝えろ。パーン隊を男女に分けて男子兵を後方に送れ、女性兵は護衛に残す。白百合騎士団のサルデーニャ騎士団長にはティレーネの指揮のもと要人を警護しつつ街まで走れと伝えろ。エフェルナンドには魔法兵五百人で街道の露払いをさせろ。街道の先で待ち伏せされたら終わりだ」

「はっ」

 連絡兵はまだ青年なのだろう。少女のような高い声でキビっと返事をすると、左手を背に隠して胸を畳んで敬礼し、ラドの顔も見ず走り出す。


「ちょっと待て」

 その足が走る形のままにピタリと止まった。 

「えーっと、キミの名前はなんだっけ?」

「……アリアンです」

「アリアンか、魔法兵でいたかな?」

「新兵であります」

「そうか。最近増強したもんな。アリアン、伝令に追加だ。僕は後方で戦闘に加わる。僕の事は心配無用と伝えろ」

「分かりました」

「行ってよい」

「はっ!」

 連絡兵は、腰の剣を押さえて回れ右をして全力で前方に掛けていく。

 まだ新兵のか細いウエストを目で追ってラドはイオのもとに向かう。戦端は開かれているのだ。戦況を確認しなければならない。



「どうだイオ、戦況は」

「今は押していますが、長期戦は避けたいところです」

「全くだ」

「護衛は大丈夫ですか?」

「ライカ達には王を守りながら街まで走らせた。こっちにはじき男性のパーンがくる」

「さすがは主君。良きご判断です。自分もムズムズ来ております」

「気付け薬は持たせているか?」

「最低限は」

 イオは腰のポケットからアンモニアの入った皮袋を見せる。これがあれば狂乱に陥りそうになっても鼻に近づければ一時的に正気に戻れる。

 ただし狂乱になってしまえば手遅れだ。気付け薬を嗅ぐこともできないし、臭気で正気に戻ることもできない。あとは性欲が満足するまで暴走と乱交が続く。そんな状態で戦闘などムリだ。


 それに気付け薬があっても、激戦の最中に使う余裕などない。幾らパーンが強くても彼らの精神力は無限ではないのだ、命を交わす戦で集中が切れれば、どれ程の強者でもあっさりやられてしまう。

 ()()()狂乱の日の激戦は避けたい。

 避けたいのだが状況がそうさせてくれないならば、無理にでも戦うしかない。


「済まない。いつも苦労ばかりさせる」

「いつものことです。主君」

「いつもって。イオも言うようになったなぁ」

「主君に鍛えられましたので」

「ははは、よし! じゃ動きのおかしい者がいたら狂乱する前に一旦下げろ。ムリにでも気付け薬を使え。短期決戦で狂獣を蹴散らす」



 その頃、連絡兵が走った隊列の中央。

 指示を受けたティレーネがパーン兵を男女に分けて後方に送り出し、隊列が街に向けて動き出す頃には、どこからともなく狂獣が現れ始め、その数はあっという間に街道の前方を封じるほどに膨れ上がる。

 先行して動き出したエフェルナンドは、その圧に接近戦を余儀なくされ露払いを諦めなければならなくなった。

「円陣を維持したまま、後方中隊の指示に従い下がれ! 隊列位置まで戻る!!!」

 孤立を恐れたエフェルナンドは現場判断でラドの命令を撤回し今来た道を戦いつつ戻る。


「ティレーネ!!! ティレーネはいるか!」

 暫く辺りを探すと、

「エフェルナンドさーん!」

 人垣の向こうに高く掲げた剣先が扇に振れるのが見えた。

「ティレーネ! 魔法兵じゃ露払いは無理だ! 俺の判断で隊列に復帰した。まずこいつらを倒すぞ」

 兵団の中からやっとの思いで背の低いティレーネを見つけたエフェルナンドは、開口一番、作戦の変更を伝える。

「エフェルナンドさーん。分かりました、ではここで敵を撃退しましょう。その前に団長からの指示です。男性兵は後方へ行けと」

「この状態でか!」

 ごもっともである。エフェルナンドが合流した頃には、ティレーネ隊は既にライカ隊の守られながら魔法攻撃の真っ最中であり、とても動ける状態ではないのだから。

「狂乱対策なんです。今日は満月ですから」

 エフェルナンドは空を見上げて舌打ちをする。不運が重なったものだ。

「仕方ない。ティレーネに俺の隊の半分を預ける。俺も男だ、前にいられない後方に下がる」

「そんなっ、こんなに沢山の魔法兵をあずけられたって!」

「それこそ仕方ないだろ!」

 冷たく言い放つと、ティレーネは泣き言をにゃーにゃーと何個か言い連ねるが、そんな弱音に構ってはいられない。「あとはお嬢さんにまかせたからな」と肩を叩いて別れを告げる。

「乱暴ですってば! だいたいエフェルナンドさんは普段から――」

 続いて背後から何やら意味不明な恨み節が聞こえてきたが、怒りとも弱音ともつかない愚痴は次第に部隊指示になっていく。

「みなさん、西側を厚く守ってください。もっと沼地まで張り出して!」

「魔法兵さんは白百合さんの前に、パーン部隊より前に出ちゃだめです。そこの人っ!」

 あたふたしながら指示を出す新米士官。

「大丈夫かね、ティレーネちゃんは」

 エフェルナンドは頭をかきかき、隊長としての彼女の試練に幸多かれと祈るのだった。



 北街道は西に山脈をいただくので湧き水が豊富で湿地が多い。ここもその類の低地で街道こそ盛土をして馬車道にしているが、そこを離れれば池塘、いわゆる餓鬼田が点在する非常に歩きにくい土地になる。

 その池塘の泥濘から芋虫にエイのようなヒレがついた狂獣が一匹飛び跳ねてきた。

 それは余りに突然だったから、驚いた兵は咄嗟に斬りつける。

 その自然な行為に、襲い掛かった狂獣の正体を確認しなかった失態を責める者はいないだろう。


 その獣の名は「ワンピレー」


 ワンピレーという名前を知っている者は多いが、ワンピレーの姿を見た者は少ないという。

 奴らは沼地に潜み動物が通ると飛び上がって捕食をする肉食の狂獣だ。

 気持ちが悪い敵だが、出会って一撃で殺される事はまずないという。

 だが――。


 兵がワンピレーを斬りつけた瞬間に、すくみ上がるほどの叫び声が湿地に響き渡った。

 まるでサイレン。いやそんな生易しい音ではない。これはジェット機の騒音を凌駕すると言っていい。


 ワンピレーは強敵ではない。

 だが接触したときは一つだけ気を付ける事がある。

 強力な魔法で一息に殺すか。戦わず逃げるかだ。

 なぜなら、ワンピレーの叫びは敵を呼ぶ。

 その声に反応する狂獣は一匹や二匹ではない。無数の狂獣を呼び込み、乱戦を引き起こし、狂獣は同士討ちすら初めて辺りを死の海にするという。


 ワンピレーという名前を知っている者は多いが、ワンピレーの姿を見た者が多くないのは、知らずにワンピレーを攻撃し、生きて帰ってきた者が殆どいないからである。


 幾重にもこだまする叫びが収まると、変わって何処からともなく地鳴りが響いてきた。それは西からも東からも、前からも後ろからも。

 一体どれほどの数の敵を呼んだのか。いったいどんな狂獣を呼んだのか。

 その疑問の答えは、誰からか教えて貰う必要などなかった。


 誰もがゴクリとつばを飲む偽りの静寂。

「ティレーネ中隊長……この叫び声……」

 一人の兵がこの後に起こる狂気に声をひそめる。


「西! 沼から魚獣!」

「街道正面! ワルグとコゴネズミです!」

「東からハリンシュの集団! 地面が見えません!」

 どこにこれほどいたのかという大群に、皇衛騎士団と白百合騎士団は囲まれた。



 時は少し遡る。

 ラドが後方の戦闘を確認したところ、襲ってくる狂獣はワルグがほとんどで、まれに見慣れぬ犬とも狼ともつかぬ四足歩行の俊敏な獣が混じっている程度のさほど大したことのない敵種であった。

 数は三百もいないだろう。我が騎士団ならば、この程度の狂獣など反撃も許さず蹴散らしてしまう。たとえ満月に体がムズついても。


 戦況は想定通り。

「やはりはぐれ狂獣か」

 二十分も戦わないうちに敵は薄くなってきたので、後はイオに任せて隊列の中央に戻ろうと踵をかえしたとき。一帯を氷漬けにする死の叫びが、自分の全身を包んだ。

 ギャーともアーとも形容ができない甲高い叫び。

 音だけで戦意を喪失するなどあるのかと思っていたが、この世のものとは思えぬ声は、本当に体の中心から芯棒を引き抜き、恐怖のあまり身動きを取れなくさせてしまうほどであった。


 全身を駆け巡った鳥肌が収まると、今度はどこからともなく地響き。

 轟は林の中を一迅の風のように駆け抜け、夜だというのに眠りについた鳥たちを一斉に羽ばたかせて、こちらに向かってくる。


「今のは、まさか」

 今来た道に向き直り、イオの元に走る。

「イオ! いまの!」

「主君! 噂で聞いたことがあります。まさかワンピレーではないでしょうか」

「僕も同じ事を考えた。まずいことになったんじゃないか」

「噂通りなら、ここから無限戦闘です」


 無限戦闘……。

 イオが使った恐ろしい言葉に爪を噛む。

 一般的にこういう時間と立地の戦闘では、敵が敵を呼ぶ状況を作りやすい。夜を妨げられた狂獣どもは凶暴になり、惹きつけられるように血の臭いに集まる。そのようなリスクを避ける為に、今回はド派手な魔法は使わず地味な斬り合いを選んでいる。それでもエンカウントした時よりも多くの敵を相手にしているのは、近くの狂獣が戦いに引き寄せられているからだ。

 それだけココは場所が悪い。

 皇衛騎士団を預かったとき、一般人を守りながらコゴネズミと戦った『洛西の戦い』がそうだったが、今回は狂獣の供給源たる森に更に近いから敵は幾らでも出てくる。

 イオは無限戦闘と言ったが、本当に森に巣食う全ての狂獣を倒すまで戦闘は終わらないかもしれない。

 だがそこまで戦い続けるなど、皇衛騎士団だって不可能だ。


 ――局面を打開しなきゃ。現状の維持は死を意味する。そして座して死を待つなんて、僕の流儀じゃない!


「イオ、ここを任せていいか」

「はい、主君が仰るのならば。しかし何を」

「この戦闘の根を断つ!」



 ラドは大股で隊の前方に歩みを進める。

「リレイラ、イチカ!」

 こういう時に子供の高い声は便利だ。喧騒すらすり抜け狂獣の頭を飛び越えて隅々に届く。

 いつもの杖を高々と上げて、自分の居場所を知らせる。司令官が小さくて見えないと口さがない部下共が笑うので、招集の際はこの手を使う事にしている。

 元ネタはツアー旅行のガイドだ。


 リレイラとイチカは、手慣れたもので高く上げたラドは杖を見つけ、主の下に集まってくる。真っ先に来たのはイチカ。

「とうしましたか?」

「さっきの叫びはワンピレーだよね」

「はい、多分そうです。私も初見ですが伝え聞く内容と合致します」

「こっちも敵が増えた?」

「はい、急にどこからともなく」


「師匠!」

 イチカより体の大きいリレイラが白百合騎士団や魔法兵を押しのけて、ひょっこりとイチカの頭の上から顔を出した。

「師匠、街道の西側がマズイことになっています」

 流石に師匠と崇めるだけあって、リレイラはラドと同じような言葉を使う。

「わかっている。このままでは僕らは早晩敵に飲み込まれる。敵はどこから来ている?」

「私には暗すぎて見えません。母さんなら夜目がきくので分かると思います。呼びますか?」

「ライカはダメだ。ここを指揮して欲しいし、それに僕といると狂乱するかもしれない」

「わかりました。所感ですが戦闘は西の方が激しいです。西方には山があります。その麓の森から来るのではないでしょうか」

「その推測はたぶん当たりだ。ならこの三人でその森にいこう」

「どうするんですか?」

「狂獣の特性を逆手に取る」

「狂獣の殺戮本能ですか?」

「ノンノン。ヤツを使って敵を動かす。名付けて“○の谷の○シカ作戦!”」

「マルの谷?」

「マルシカ作戦?」

 イチカもリレイラもハテナ顔。

「ちょっと権利上、素で言えないけど、○シカの敵は○シカの里を破壊するために、人にあだなす獣をけしかけるんだけど、その獣をおびき出すために獣の子供を囮にするんだ。アレは実にいいアイデアだった。そして僕に狂獣を愛でる趣味はないから、正々堂々と○シカの敵が使った作戦を使う!」

「狂獣には囮を助ける知能も習性もないと思いますが」

「いやいや、それがあるんだ。荷台に荷物をまとめている網があったろう。あれを西の泥沼に放ってワンピレーを二、三匹捕まえる」

「なるほど! そのワンピレーをここから離れた場所で痛めつけるのですね」

「傷つけられたワンピレーは叫び声をあげて仲間を呼ぶ。その距離がほどよければ、ここにいる敵までもが惹きつけられる。集まってくる特性があるのならば、その特性を有効に使わない手はない」

「でも、その任務は非常なる危険を伴います」

「そう、だから僕らがやる。逆に人数がいると危険だから」

 作戦を聞いたイチカとリレイラは覚悟を決めて頷くと、それぞれ近くの魔法兵とパーン兵を呼び集めてワンピレーの確保に動く。戦闘力としてはちょろい狂獣だが捕縛は容易ではないだろう。



 戦況は決して楽観できない。

 王が乗る馬車は白百合騎士団が守っているが、皇衛騎士団だけでは守りきれない敵が侵入してきており、戦場は黄色い気合があちらこちらで起こっている。

 お飾りお飾りとバカにされているが、彼女達は鍛錬を積んだ立派な騎士で、魔法も武芸も素人が足元に及ばない領域に達しているのだ。

 その一団にロザーラとレジーナがいた。


「ロザーラ! レジーナ!」

「ラド殿、この狂獣はいったい」

「ロザーラとの約束は果たせなくなった。いまこの集団はあらゆる狂獣に囲まれてる。それをこの兵数だけで乗り切らないといけない」

 レジーナは近くまで侵入してきたコゴネズミの首を勇ましくも狩り落とし、剣を構えたままに質問する。

「やはり、あの前方から聞こえた叫びのせいですね」

「ああ、あの叫びがきっかけとなって、敵が湧き出るように集まってるんだ」

「終わりは来るのか!」

「終わらせる。終わらせるために僕とイチカとリレイラは一旦ここを離れる。ライカとティレーネを置いて行くから連携して耐えてくれ」

「前後に分けた軍を集めてはどうか」

「それはダメだ。今日は満月だ、パーンが狂乱に入る可能性がある。キミ達だけで乗り切るんだ」

「しかし、ここの兵だけなんて」

 レジーナは不安な声を上げたが、ロザーラは逆にニヤリと笑ってみせた。

「ラド殿は、いつも無茶を運んでくるな」

「僕じゃないよ!」

「あははは、冗談だ。ラド殿。信じてよいな」

「もちろん。必ず何とかする。だから絶対国王陛下と王妃をお守りしてくれ」

「まかせろ」


 ラドとロザーラはがっしり腕を組み合わせて互いの約束を確認し合い、それから何もなかったように戦場に戻った。

「ラド殿が頑張るのだ、私達も両陛下を命に代えても守らねばだな」

「もちろんよ、ロザーラ」

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